クリスマス その129
やあ、まだ起きていたんだ」
「ええ、申し送りや今後の予定やミーティングをしていて、今は雑談モードかな?」
「寝てないでしょ。大丈夫?」
「そうね、あなたと同じぐらい大丈夫かな」
「じゃあ、ダメじゃん」
「コーヒーを飲む? インスタントだけど」
「ありがとうございます、でも、少し歩けるかな?」
「良いわよ。でも、この近くには海の見える丘も、夜景の綺麗な公園もないわよ」
「そっちの方に、星空が綺麗に見えるポイントが有るんだ」
「ふふふふふふ、本当に?」
「本当さ」
「本当の本当に」
「本当の本当さ」
「じゃあ、行ってあげる」
「では、お嬢さん、足元が暗いのでお手をどうぞ」
「あら、今日は紳士なのね」
二人は歩き出した。
と言っても、ここは地下三階大広間と言われる空洞なので、差し当たって見るべきものはない。
二人して、亀裂の谷を覗くと、ゴブリンやオークの死骸をメイキュウドクオオトカゲが食っていた。
全身鱗があり、その隙間から毒を含んだ汗をかく。尻尾には一本の大きな棘があり、それを振り回して戦うらしい。棘は、細い棘の集まりで、微妙に隙間があり毛細管現象で、毒の汗が上って来ているのだ。
毒は、神経毒で、哺乳類、オーク、ゴブリンの手足などの骨格筋から麻痺し出し、最終的には呼吸ができなくなってしまうのだ。
まあ、普通は深深度にいるので接触する事は無い。
また、大蜘蛛もオークの死骸を食べに来ていた。
こいつは、女郎蜘蛛を巨大にしたかっこうをしている。全長は8〜10mぐらいの黄色と黒の蜘蛛だ。
そんな様子を上から二人で見ていた。
「整列! 私語は謹んで!」
「せっかくの合宿で時間がもったいないから、ハンティングを行います」
「隊列を崩さない様にすれば危険はありません」
相模川高校の隊列だ。
武器やポリカーボネートの鎧でボコボコ音が立っている。
「ええ、凄いなぁ。休憩しないのかよ」
「藤波君に言われて、倉田副部長をリーダーにして正解だったわ」
「え? なに?」
「倉田副部長がね、『急がずに、この環境に慣れるための習熟時間を置きましょう』ってね言い出して、この時間を作ったの」
「ああやって、相模川には遅れるけど、その方が安全で100%力が出せるからって」
「ああ、成る程ね」
「腹が立つけど、違うか。俺の嫉妬か。倉田先輩の言う通りですよ。正解ですよ」
「どうして腹が立つの?」
「優希が他の男を褒めたので、嫉妬しただけです」
「馬鹿ね。彼、あなたのことも褒めていたわよ」
「なんて? いや良いです」
「『もう一人のおかしい奴』だって」
「あいつら程おかしくは無いですけどね」
二人は大広間の裂け目の橋まで来ていた。谷を渡るには、ここを通るしかないのだけど、今は誰もいない。
もう少ししたら、相模川の連中が通って行くだろうか。
「優希、手を出して。これ、クリスマスプレゼント」
桜木は栃原部長代理の左手の薬指に指輪をはめた。
「ありがとう。高かったでしょう」
「いや、ちょっとバイトしたら、そうでもなかったよ」
二人は暗がりの中で抱き合ってキスをかわしていた。
俺は表の喧騒で目を覚ました。倉田が何か叫び回っている。
「全員起きろ! 装備をつけて集合!」
俺のテントの前まで来て、また戻って行き、また叫びながら戻って来る。
そして、遠くに喧騒やオークの叫び声が聞こえている。
(なんだ? 寝ている間になにがあった?)
「勇人、起きて! 外で何かあったみたい」
「ああ、起きたよ」
「自分のテントに帰られるか? 送ろうか?」
瀬戸山さんは、スエットスーツに寝袋を抱えて飛び出した。俺も黒いGパンだけを履いてテントを出て瀬戸山さんを抱きながら歩いて行った。
亀裂の向こうにオークやゴブリンの大群がおしよせているのが見えた。
洞窟内は薄暗く、非常に見難いが、八王子南高校の生徒が、大群を抑えている様だ。
橋のこちら側の安全な所に相模川高校の生徒が座り込んでいる。憔悴しきっているところを見ると、こいつら、やっちまったなと思われる。
狩をしていて、失敗して逃げて来たのだ。人数が減っており、だいぶやられたのだろうな。
(本日、2回目のトレインかよ)
「落ち着いて、ゆっくり行動しろ! あわてる必要はないぞ!」
倉田が叫んでいる。
(いや、そりゃ慌てるって、防がなきゃ殺されるんだから)
「じゃあね、大丈夫だから落ち着いて。時間があったら何か食べるんだよ」
俺は、瀬戸山さんを魔法部のテントまで送ったら、中に入るのを確認した。
サッカー部とラグビー部が飛び出して整列している。こう言う時は、運動部は規律正しく行動できる。
(おお、山本も居るじゃん。大丈夫か?)
俺は山本を確認した。まだ本調子ではないだろうに、ま、知らね。
「急いで、橋の八王子の応援に行ってくれ! アーチェリー部を支援に直ぐ送るから。急いで! 急いで!」
「よーし、みんな落ち着いて、ゆっくり行動しろ。慌てなくて良いぞ!」
倉田がテキパキと捌いている。
(どっちなんだよ。笑っちゃうぜ。しかし、倉田で正解だったな)
俺は、上半身がTシャツ一枚なので、自分のテントに戻ることにした。
自分のテント近くまで戻って来ると、桜木が飛び出して来た。
フル装備に、背中にクロスボウ、腰に予備の矢を入れた矢筒を下げて、スタビライザーにカメラを固定したものを持って飛び出して来た。
「桜木! コーヒー飲むか?」
「ええ? 後でな。淹れておいてくれ!」
「おお!」
(断らないのかよ)
俺は着替えて、テントを出ると湯を沸かした。普通にガスボンベと鍋を使用した。
「アーチェリー部はこちら側から狙撃して下さい。剣道部は盾がないので、キャンプの警護を頼みます」
俺は、鍋からマグカップに湯を注いで、鍋をコンロに戻した。
鍋に袋麺のラーメンを二つ入れた。具は無い。こんな状況だし仕方がない。ここは地下迷宮だ。
「ワンダーフォーゲル部は中央へ。サッカー部の女子も中央へ」
「陸上部は支援に回って下さい」
「魔法部! 行くぞ! 男子は支援! 女子はけが人の回復だ」
「相模川はまだ生きてる! 放っておけ! 八王子の回復優先だ!」
「お前たちは、サッカー部のマネージャーと一緒にいろ。ダメだと思ったら逃げろよ!」
「え? ええ? ……?」
ラーメンを作って居ると、倉田と目が合った。俺を見て絶句して居る。
「コーヒー飲むか?」
「い、や……、いい」
「そうか」
「瀬戸山! お前の彼氏、ラーメン作ってるぞ!」
「勇人は放っておいて!」
「多分、死なない」
「そっちじゃねぇよ。そんなこと心配しねぇよ!」
「あいつは放っておきなさい。この後、問題集解き出すから」
蘇我さんまで、参戦している。
「瀬戸山が危険になったら来るわよ」
栃原部長代理も放って置く様に助言している。
俺は、火を止めて、粉末スープを入れている。鍋の湯の量を見て、粉末スープの量を加減するのがコツだ。
「よし! 行け! 行け!」
魔法部も走っていった。
俺は、ラーメンを食ったら、ワンダーフォーゲル部のいる中央部に行って、甘いものを作って置く様に言った。
サッカー部の女子マネージャーは直ぐに理解した様で、直ぐにレモンの砂糖漬けを作りだした。魔法部の女子達も、おにぎりを作るべくご飯を炊きだした。
(レモンを持って来ているんだ。すげっー!)
俺はそっちに驚いた。