テントの中では その128
魔法部は大型テントを二張り持って来ていた。男女一つづつ使っている。
オカルト研究会の女子も一人なので、こちらを使っている。
俺は、六人用ドーム型テントを一人で使っている。長身なので真っ直ぐに寝る長さが欲しいのと、一人っ子なので、人と一緒に寝るとストレスを感じるのだ。因みに、○○人用テントは、人数分が座れるようにできているんじゃないかと思うぐらい小さい。俺は、身長分の長さが欲しいので、大型のテントになったが、実際、大きいと思うほどの大きさはない。
その中に、所謂、発泡スチロールの銀マットを3枚重ねて、その上にラグを敷いた。床面の凸凹を気にせず、寒さをしのぐ為だ。
溶岩の岩は凸凹で切断面は鋭利だ。川が流れていないので、表面が研磨される事が無く、寝ると痛いのと迷宮内は冷えていて寒いからだ。
その上に冬用寝袋に入り、上から羽毛布団に断熱アルミシートを掛けて出来上がりだ。
俺は、サザンを指輪に戻して、憑依から解放して寝袋の寝床に潜り込み、すぐに寝入ってしまった。
栃原部長代理は、自分の食事をやっと終え、倉田副部長に後を頼みテントに入った。そしたら、中が騒がしい。
「どうしたの? 早く寝なさい」
「葉月が、泣いているんです。口を聞いてくれないって」
「……。」
(それは自業自得だろうに。何処の馬の骨か解らん奴に付いて行くからだ)
「どうしても、泣き止まないし」
「何もしてあげられないし」
「瀬戸山! 自分で謝ってこい!」
「うるさくして迷惑だから、寝袋持って表行け!」
「部長、なんてこと言うんですか? 瀬戸山が一番傷ついているんですよ」
「さあ、一番は誰かな?」
「瀬戸山! 寝袋持って付いて来い。表は寒いぞ」
栃原部長代理は、寝袋を持って泣いている瀬戸山さんを連れ出した。
「……うぐ……うぐ……。」
瀬戸山さんが泣きながら栃原部長代理の後をついて歩いている。
栃原部長代理は、少しウロウロとして、ベースキャンプの周りを歩いて、話を聞いていた。
話を聞いていたと言っても、泣いて何を言ってるか解らない話だった。
しかし、端に張ってあるとあるテントの前まで来ると、テントのファスナーを開けて入れと言った。
「他の人達の迷惑になるから、ここで寝なさい」
「……はい……。グス」
瀬戸山さんが中に入ると、栃原部長代理はファスナーを閉めて、微笑みながら立ち去った。
瀬戸山さんは中に入ると誰かが寝ている事がわかった。辺りは暗く、テントの中は一層暗くて顔を確認出来ないが、誰かはすぐにわかった。
身長、匂い、仕草からの総合判断だ。
俺は寝ていると、テントのファスナーが黙って開けられて、人が入って来た。
グズグズと泣いており、四つん這いで入って来た。そして、入って来て固まっている。
暗い中、誰が入ってきたのか解らなかったが、泣き声ですぐにわかった。
俺は寝袋から手を出して、羽毛布団を少し上にあげて、横に寝るように促した。
「こんな時間にどうしたの?」
「ウグッ、ウッ」
「そこは寒いから、入って横になるといいよ」
「寝袋に入ってるから何もしないよ。大丈夫」
「うん、うっ、うっ」
瀬戸山さんは、自分の寝袋を広げて入って来た。
俺は寝袋から手を出して、左手で瀬戸山さんに腕枕をして、右手で抱いた。
「あのね。ゴメンね。あたしね。そんなつもりじゃなかったの」
泣きながら謝ってきた。
俺は、瀬戸山さんの頭に顔を付けて言った。
「目を開けて、最初に君を見たい」
「ほんと、見張りについて来てと言われただけで」
「誰よりも、最初に君を見たい」
「え? 何言ってるの?」
「愛と言わなけりゃ、解らないだろうか」
「馬鹿……。」
テントは布一枚で、密集して張られてキャンプを作っている。
布で隔てられていて、相手の姿は見えないが、隣のテントまでの距離は短いのだった。
俺のテントの横では、オカルト研究会のテントが張ってあり、中で桜木達が作業をしていた。
撮影したデータをDVDにバックアップを取ったり、編集をしていたのだ。
そこへ足音が二つ近づいて来て、一つは遠ざかって行った。
そして、隣のテントでは泣いている女性の声がする。勿論そこには藤波が寝ているはずだ。泣き声の主もよく知っている。泣いている理由も見当が付いている。
「こんな時間にどうしたの?」
これは、藤波の声か?
「ウグッ、ウッ」
瀬戸山さんだ。
「そこは寒いから、入って横になるといいよ」
「寝袋に入ってるから何もしないよ。大丈夫」
「うん、うっ、うっ」
化繊の衣摺れの音が聞こえる。
(えええぇ? 隣が修羅場じゃ~ん。どうするんだよ)
「あのね。ゴメンね。あたしね。そんなつもりじゃなかったの」
泣き声がする。
「目を開けて、最初に君を見たい」
(え?)
「ほんと、見張りについて来てと言われただけで」
「誰よりも、最初に君を見たい」
「え? 何言ってるの?」
「愛と言わなけりゃ、解らないだろうか」
「馬鹿……。」
(本当に馬鹿だ。それ、中島みゆきの歌だよ。笑える。我慢できん)
「クックックックックックックッ」
桜木が笑いを堪えていると、隣で寝ていた部長が、
「ウオォー! 寝られん」とのたうちまわっていた。
(あいつらはそうなんだが、さすがに隣でされてもなぁ)
桜木は編集作業に戻った。
俺は、寝袋に入った瀬戸山さんを後ろから抱いていた。
そして、瀬戸山さんは身をくねらせてこちらを向いて来た。寝袋に入ったままなので難しそうだ。
「ゴメンね」
瀬戸山さんは、俺の胸に頭を埋めて来た。
顎を引き上げて、軽く唇を重ねた。
そして、胸に抱き寄せた。
「会いたかった」
「私も会いたかった」
「これ、クリスマスプレゼントなんだ」
俺は、枕元に置いたウエストポーチから取り出したオープンハートのネックレスを瀬戸山さんの首に付けた。ハートの頂点にダイヤが埋められて有る、普通のネックレスだ。
「綺麗だよ。似合ってるよ」
「ありがとう」
瀬戸山さんは寝袋に入っているので、手が出せないでいた。
俺はもう一度キスをして眠りに落ちた。
隣のテントでは、桜木達が編集作業を行っていた。
藤波のテントの会話は、全て聞こえていたのだ。
(え? クリスマスプレゼント? しまった。今いつだよ!)
桜木は慌てて腕時計を見ると、24日の14時過ぎだ。
溜息を付いて、胸を撫で下ろした。
そして、編集作業を放り出して、指輪のケースを持って、テントを飛び出した。
栃原部長代理は、倉田副部長とテント前のテーブルに腰掛けてお茶を飲んでいた。
「あいつ、メチャクチャ強いのですか? 聞いた話だと、トロールを蹴り殺したって聞いて、さすがに信じられないのですが」
「夏の合宿の時よりレベルアップした人外振りだったよ。強いとか弱いとかじゃなかったね」
「怒っていたから、感情が高ぶって隠さなかったんだろうね。私、トロールを蹴り殺してる人間を初めて見たわよ」
「瀬戸山も倒していたけど、普通だったよ。うーん、普通じゃなかったけど、三匹ぐらい倒せていたのだろうね。本当なら」
「え? 瀬戸山が?」
「ああ、攻撃する前にトロールが苦しんで、動きが止まったところに氷柱攻撃だったよ」
「順番が逆じゃん」
「あはは、流石に魔法学科の一組だね。戦闘って、レベルじゃ無いんだね。笑っちゃう」
「いや、笑えないですよ」
「トロールですよ」
「普通、倒せますか?」
「そこが、魔法学科なんだろうね」
「私達凡人じゃ及ばない世界よね」
「瀬戸山がかぁ」
「それだけ強く無いと、彼氏になれないのかな?」
「いや、あいつは優しいんだよ。特に瀬戸山にはね。人間も怨霊も関係ないんだ。瀬戸山に害を与えたら皆殺しにされるよ」
「ああ、夏の合宿でされていましたね」
「伊豆では、瀬戸山に取り憑いた怨霊がボコボコにされてたわよ。素手で引き剥がされてる怨霊なんて初めて見たわよ」
「あ、来ましたよ」
「何が?」
「『誰か?』でしょ」
「え? 誰?」
「もう一人のおかしい奴で、一番いい女性を持って行ったやつ」
「私は席を外しますよ」
倉田は立ち上がって、テントの中に消えた。
栃原部長代理が振り向くと、桜木が立っていて、倉田に手を上げていた。
声には出さないが、男同士のあの「悪いなぁ」と言う表情をして倉田に謝っている。