地下迷宮 その126
助走を付けて、地割れで出来た谷を一気に飛び越えて、本道に入って、一気に走って下って行く。もちろん、振り返ることはない。
瀬戸山さんと栃原部長代理の箒が飛び上がって、それに続く。
「げっ! 飛び越えられるのかよ」
サッカー部と緑川高校と相模川高校が橋を回って渡って行く。
秋山さんがサッカー部の二人に俊足の魔法をかけている。自分は箒を使っているので、飛行しながらかけている。
蘇我さんは、緑川高校の五人に、より上位の韋駄天の魔法をかけている。本来は走ったりしないクラブだろうし、明らかに相模原商業のサッカー部に遅れていたからだ。
俺は、大体時速20km/hぐらいで走っていた。手を抜いていた訳ではなく、安全マージンを取ると、それぐらいが限界だった。
舗装された道では無いのと、壁に当たると向こうが壊れるのだ。その為、速度が出せないでいた。迷宮は、人工的なものではなく、火山から噴出した溶岩から出て来たガスが抜けた後を、ベースにして作られている。鍾乳洞では無いので、壁面や天井が岩でささくれだっている。
そこに当たると、ポップコーンかポン菓子の様に砕け散って壊れるのだ。
俺に憑依して力を貸していてくれるスライムのサザンのレベルが高いからだ。当たった壁が持たないのだ。
が、それは非常にまずい。壁はトンネルの天井や上の階層を支える構造物の役目も担っている。気楽に壊しまくるわけにはいかないのだった。
俺は、ウエストポーチから鉄刀を取り出して右手に持った。感情が高ぶっているからか、自然に魔刃が鉄刀に現れる。鉄刀が赤く光っている。
走っていると、ゴブリンが一匹突っ立ている。襲い掛かって来るというよりは、どうやら我々の接近に気付かなかった様だ。
左手で、ゴブリンの胸倉を掴み、後ろに引きながら壁際に押し出す。
グチャ
嫌な音がして、ゴブリンが壁に張り付いた。
(あれ? 勢いを殺したつもりだったけど、死んでしまったか?)
振り返る余裕もないまま、俺は走り続けた。
数匹のゴブリンが犠牲になった。俺が優しく端に避けても、ゴブリンは死んでしまうのだ。
次に出会ったのが、小さなゴブリンだった。普通、成人のゴブリンは俺の腰の高さぐらいの身長がある。が、そいつは、せいぜい太ももの中程ぐらいで、ひょっとすると膝頭程度かもしれない。
突然、ライトに照らされて驚いた顔をこちらに向けたのだ。
まだあどけない顔に驚いた目、大きな頭が可愛い。成人のゴブリンの比率に対して、頭が大きく、手足が未熟なのだ。明らかな幼児体型をしている。
このまま走って行くと、後続の者たちに跳ね飛ばされるか斬り殺されるだろう。
「サザン、頼む! 彼を守ってくれ!」
「分かりました」
俺は、走る速度を落として、彼を抱き抱えた。身体が、ほぼ横向きになって、左手で受け止めて抱き抱える。
すかさずサザンが薄い膜となって彼を包み込む。
俺は、右肩を下にし、背中で洞窟の地面を滑って行く。距離にして3mか4mぐらいだ。溶岩は、割と硬い岩なのだが、ポップコーンの様に削って吹き飛ばして行く。
実は、時速20km/hぐらいで転倒しても、テレビドラマの様にクルクル回らないのだ。あれは、スタントマンが怪我をしない様に衝撃を逃しながら、派手に転んでいるのだ。
普通は、カエルが潰れた様にベチャっとコケて、力が無くなるまで滑る。だから、体は擦りむくし、骨も折れるのだ。
俺は、サザンに守られて、痛いし、衝撃はあるがダメージは感じて居ない状態で滑って、止まった。
「キャいう!」
「グハッ!」
「何してるの!」
桜木達の悲鳴と瀬戸山さんの怒声を聞いて身を縮めた。
すると、直ぐ頭上を三人が飛んで行った。間一髪とは今使う言葉だろう。
俺は、ゴブリンの子を立たせてあげて、周りを見たら、母親らしいゴブリンが居た。そちらに子供を歩いて行く様に背中を押してやる。
すると、堰を切ったように泣きながら走って行った。
後から後続部隊が来ることを身振り手振りで伝えて、奥に隠れる様に促した。
ゴブリンの文化に御礼を言う文化が有るのかどうか知らないが、親子はそのまま、小部屋の奥に消えて行った。
俺は、振り返って、皆が来るのを待って言った。
「全員揃っているか? ここで逸れたら確実に殺されるぞ」
「俺は点呼を取って居ないから、一人二人居なくなっても分からないぞ」
「蘇我さん達は悪いんだけど、殿を務めてくれる? で、何かあったら大声を出して」
「良いけど」
蘇我さんは、不満ながら了承してくれた。体育会系の運動部は前を走っているが、普段運動もしない文化系は遅れ出して居たからだ。このままは、一人二人と脱落すると、襲われるのが目に見えて居たからだ。
今ここで、一人でも大丈夫な者と言えば、瀬戸山さん、秋山さん、蘇我さんの三人しかいないのだ。自然と殿の人選は蘇我さん、秋山さんになるし、本人達も理解して居た。
まあ、一部理解できない者もいて、「俺たちも付き合いますよ。安心して下さい」なんて男気を出している奴らもいた。
「自己責任で付いて来たので、何かあっても助けに行かないので、何もない様にして下さいね」
俺は、皆に宣言をして言った。
「死にたくなかったら、その娘の側に居て下さい。一番安全ですよ」
俺は、また走り出した。
約一時間後、オークやゴブリンの群れが本道に溢れているのが見えた。
瀬戸山さんと粟田がトレインした後だ。向かって左側に、避難したトロールの部屋がある。中でまだ生きているのか? 血の匂いを嗅いでなのか? 扉の前より動いていないのだ。
俺は、右手で魔刃を纏った鉄刀を振る。所謂、フォアハンドだ。
紅く弧を描いた魔刃が飛んで行く。正確に水平に振れていない様で、右側がやや上がり始めてフックして行く。
ゴブリンなら首の辺り、オークなら腰の辺りを魔刃が飛んで行く。
ズボボボボボボボボボボッ!
魔刃が通過した辺りに不快な音と血煙が上がる。
俺は、振った鉄刀を左側に構え、手首を返して刃を前にする。今度はバックハンドで振る。
赤い魔刃が弧を描いて、紅い三日月の様な姿で飛んで行く。今度はスライスが掛かった。どっちにしろ左に曲がる様だ。
ズボボボボジャボボボボボボジャジャボボボボボボ
紅い魔刃が、岩肌をも削って飛んで行く。オークやゴブリンの両断されて血煙が上がっている。
「ひっ!」
「うぐっ!」
「うっ!」
俺の直ぐ後ろに迫って来ていた桜木達や瀬戸山さんから悲鳴が上がる。
「うっうわぁ!」
(んと? この声は、サッカー部の誰だっけ?)
後ろの方でも悲鳴が上がっている。
もう、二、三振りして、オーク達を全滅させると、俺は鉄刀を見た。
「なら、なに、何してるんだ」
桜木が聞いてきた。
「噛んでるぞ」
「いや、魔刃が揚力を発生しているんだ。不思議だろ」
「いや、分からないけど」
「そうか、形状じゃないと思うんだけどな」
遅れていたパーティーメンバーが到着した。
「あんた、また、何やってるの?」
「でも、自分で手を下すなんて珍しいじゃない」
蘇我さんが諌めて来ている。
「この中だよ」
「時間が無いのでね」
俺は鉄刀で岩の扉を指し示した。
「え! まだ生きてるの?」
(まあ、俺も疑問だけど、それを言っちゃあ終しめぇだよ。確かに、俺も死んでると思ったけどね)
「ロックを外しましょうか」
緑川高校の生徒が扉を開けると言ってくれた。
空気を読まない奴だなぁ。おれなら怖くて動けぇねぇよ。
(中は、トロールが三匹と、栗田の死骸だぞ)
彼は、長いL字型の金具を隙間に差し込んだ。
何やら、ロックの機構を探している様だ。
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ありがとうございます。
何とお礼を言って良いやら分かりませんが、ありがとうございます。