来るなと言うと その125
「だから、無理なんだよ」
「向こうの状況が分からない所に送って、膝から下が床に埋まったり、顔半分が壁にめり込んだらどうするんだ」
「分からない所に、こちらからは送れないの」
俺は、まだ折り畳みのパイプ椅子に座ったまま答えた。
「だって、それじゃああの人は殺されてしまう。勇人、お願い」
「人の質問気答えろよ! 粟田は何処にいるんだ!」
柿田部長が、イラついて聞いて来る。
「お願いされても無理なの」
「第一、君を危険な所に送って誰得?」
「ところで、コーヒー飲む?」
騒ぎを聞きつけて人が集まって来る。その中には、蘇我さんや秋山さんの姿も見える。
違和感を感じていた栃原部長代理が、桜木に小声で聞いた。
「藤波君の様子が違うよね」
「相当怒っていますよ。いまは話し掛けない方がいいですよ」
「怒ってるの? どうして?」
「自分の彼女が自分に黙って、他所の男と手を繋いで迷宮探検デートをして来て、『相手の男性が心配だ。私は健康だから、死んでも構わない。だから、そこまで送れ』って言ってるんですよ。怒らない訳無いじゃないですか」
「ああ。そういう訳か」
「じゃあ、瀬戸山がいくら頼んでも」
「藤波がOKする訳ありませんよ」
桜木が栃原部長代理に、男の心理を説明している。
「人の話を聞けよ。粟田は何処にいるんだよ」
柿田部長は必死に聞いて来ている。
「知らないわよ」
「知らない訳無いでしょ。仲良く2人で降りて行ったじゃない」
「どうして、自分だけ戻って来たのよ」
白本さんも部長に覆い被せて瀬戸山さんを責める。
俺は、白本さんを睨むと立ち上がった。
「知らないわよ。トロールの居る大きな部屋よ」
「早くして、早く!」
「だから、無理なんだよ。無理」
「それにもう、粟田だった物になってるかもしれないしね」
「何言ってるの? だから、早く戻して」
俺は、瀬戸山さんを手で制して、
「お前、何を知っているんだ? 何をしたんだ」
と、白本さんに詰め寄る。
「何もしていないわよ。彼奴が勝手に声をかけに行っただけよ」
「装備を付けて、戦闘準備をしてナンパするのか?」
「え?」
栃原部長代理は、何か風向きが変わって来たと感じていた。
俺は、柿田部長に、
「お前の所の遭難事件だろう。俺の学校を巻き込むなよ」
「俺たちより、こいつの方がよく知っているんじゃないのか?」
俺は、白本さんを顎で指し、一切の協力を断わった。
「自分達で救助隊を組んで、地下深くまで探しに行くんだな。俺は助けには行かんからな」
俺は、瀬戸山さんの方を向いて、
「砂糖とミルクはどうする?」
と聞いた。
「お願い。勇人、何でもするから彼を助けて」
「何でもするんだね」
俺が念を押すと、瀬戸山さんは黙って頷いた。
「じゃあ、一旦座って、コーヒー飲んで、水分補給して休んで居て」
「まだ、生きているかどうかは分からないよ。もう肉片になってる可能性だってあるからね」
俺は熱いコーヒーを四杯、紙コップに淹れる。
「私達の分も淹れてくれる?」
蘇我さんと秋山さんだ。
(え? この気不味い空気の中に入って来るの? 一緒にコーヒー飲むの?)
俺は、もう二つ紙コップを出して、テーブルに並べた。
コーヒーはスティックタイプのインスタントコーヒーだ。
封を切って、お湯を注ぐと出来上がる。
俺は、黙って湯が沸いた鍋から紙コップに直接熱湯を注ぐ。そこに、コーヒーと砂糖とミルクのスティックを切って入れると出来上がった。
「藤波、あなた! 葉月に何をしているの?」
「何もしていないよ」
「そんなこと無いでしょう。なら、どうしてそんな顔をしているの?」
「ええ?」
相当、嫌な不快な顔をしているらしい。
「その顔! あなたの嫉妬と妬みの顔じゃないの! こんなことして楽しいの? 憂さ晴らし?」
「葉月を困らせているだけでしょう」
蘇我さんが俺に捲し立てる。
「真里亞、良いの。今、行ってくれる事になったから」
「あああぁ、藤波の黒い部分か。闇の部分の感情が出ていたのか?」
「何でも完璧で、コンピュータだと思っていたが、弱い部分もあるんだなぁ。初めて見たよ」
栃原部長代理が、桜木に囁いている。
「ええ? あいつ、いつも瀬戸山さんの事になると、感情むき出しじゃん! 何言ってるの」
「そう?」
「そうだよ」
桜木は、女子はそう言うところが敏感なのに、優希は意外と鈍感なところがあるなと感じていた。
「じゃあ、早く行きなさいよ」
真里亞は、勇人を急かしている。
俺は、転送シートを片付けて、ウエストポーチにしまい、コミュニケーターを俺のテントの前に一つ置いた。
「もう、肉片になっていても文句言うなよ」
「うん」
俺は、ウエストポーチから箒を取り出し、ランプをぶら下げる。
「冒険者の指輪」の魔法でランプにライトを点ける。
初めて使ったが、サザンが作った魔法の道具なので、魔力が半端ない。
車のヘッドライトで言うと、ラリーカーのスポットライト程度はある照度だ。それが、360度照らしているいる。
「じゃあ、ここで待ってて」
「行く」
「いや、無理だから」
「大丈夫」
「トロール三匹だけだから、すぐに帰るから」
「私も戦う」
「トロールは倒せるけど、後付いて来れないから」
「え? そっち?」
「倒せるの?」
「トロールって?」
「どうして倒せるの?」
「何言ってるの」
「初めから倒せたの?」
皆が疑問の声を上げるが、二人にはスルーされている。
「飛ぶから、大丈夫よ」
「どうして来るの? 好きにしたらいいけど」
瀬戸山さんが、ポーチから箒を取り出したのを見て、栃原部長代理と蘇我さんと秋山さんは箒を取り出した。
(ええ? お前らも付いて来るのかよ? なんで?)
「はじめ! 乗って!」
「倉田君、ここで待機、ベースキャンプを守っていてくれる?」
栃原部長代理が、後の指示を出している。
桜木は栃原部長代理の後ろに跨った。
左手で、栃原部長代理に抱き付き、右手でカメラを回している。
サッカー部の二人が付いて来ると言って来ている。龍山部長と部員の日向だ。
無理だから諦めろと言っても付いて来ると聞かない。その時、秋山さんが声をかけて来た。
「私達が面倒見ますから大丈夫です。連れて行って下さい」
「え? 私達? 私も?」
「えええ?、大丈夫よ。たぶん、面倒見ますから」
蘇我さんは、渋々納得したようだ。
「じゃあ、任せたわよ。逸れたら、すぐに戻ってね」
緑川高校からも救援隊がやって来た。
「さっきは世話になった。今こそ恩返しの時でしょう。御手伝いしますよ」
(お前らもか? 来るなと言ったら、どうして寄って来るのだろう)
「来なくていいから。自分のケツのハエも追えないのに、人の話に顔突っ込んで来るなよ」
「何かあっても助けないぞ」
「なっ! なんてこと言いやがる」
「さっき助けてもらった御礼をしたいだけだ。心外な」
「ふん」
準備が完了した俺は、サザンに確認を取って、ステータスを上げて貰う。そして走り出した。俺の後ろ少し上を箒が付いて来ている。