帰ってきた瀬戸山 その124
俺、藤波勇人は、自分のテントで休んでいた。そうすると外が騒がしくなって目が覚めた。少し寝ていたらしい。
起きて行って、様子を見ていると、どうやら誰かを探しているらしい。
「どうしたんですか?」
俺は栃原先輩に聞いてみた。
「見張りを瀬戸山さんにお願いして居たのだけど、居なくなってしまったのよ」
「相模川の生徒も居なくなったみたいで」
向こうの方でも、
「粟田を見たか?」
と探している声がする。
しばらくすると、最後の目撃者は二時間ほど前で、本道の入り口に二人して立って居たという事だった。
瀬戸山さんには、見張りの指示が出してあったが、粟田には、相模川高校からは、一切指示を出していないと言う事だった。
話し合いの結果、二人で、迷宮の奥へ降りて行ったのではないか? と言うことになった。
俺はトリコーダーを起動し、瀬戸山さんの位置を確認すると、迷宮の本道を下に向かって移動していた。
側に、もう一つ人の反応があり、距離が近く、一緒に手を繋いで走っている様子だった。
後方には、百匹足らずのゴブリンやオークの反応があるが、狭い所に数多くの反応があるので、良くは分からない。
しかし、これはトレインというやつじゃないか?
(何をやってんだか?)
と素直に思う。瀬戸山さんの実力なら、一人でどうにでも出来ただろうにと不思議に思いながら眺めていた。
俺は、トリコーダーを眺めていても仕方がないので、俺のテントの前に転送シートを広げ、折り畳みのパイプ椅子に座り、コーヒーを淹れる為の湯を沸かし出した。
転送シートには、瀬戸山さんのコミュニケーターをロックオンして有る。いつでも転送可能だ。
「何をしているの?」
俺の横に来て、栃原先輩が聞いてきた。
「コーヒーを飲もうと思って、湯を沸かしているのですよ」
「自分の彼女がいなくなってる時に?」
栃原先輩はニコニコと笑い出している。
「捜索隊の準備が出来ました」
魔法部の人間が報告に来るが、それを手で制して、
「何処にいるの?」
「ここから二階層ほど下に居ますよ」
「そこで何をしているの?」
「知りませんよ。ただ、誰かとゴブリン達から逃げ回って居ますね」
「どうして助けに行かないの?」
「子供じゃないんだから、自分で何とかするでしょう」
栃原先輩は振り向いて、
「待機! そのまま、装備は解くな!」
と命令を出している。
「どうしたのですか? 早く探しに行かないとヤバイですよ」
倉田が不思議に思って、駆け寄ってきた。
「うーん、多分必要ないんじゃないかな?」
「見つかったのですか?」
倉田は、「この非常識な時に」と俺のコーヒーの為の湯を睨んでいる。
「まだだけど、二階層ほど下で、ゴブリンやオークに追われているらしいの」
「じゃあ、早く、急いで救援に向かわないと。諦めたら駄目ですよ。まだ、助かるかもしれませんよ」
「確かに、1人の為に多くの犠牲者を出すかもしれません。だけど、見殺しには出来ません」
こいつが、こんなにまともだとは思わなかったが、ただ相手の実力を見抜く目はないらしい。
相模川の白本さんもやって来た。
「あら、自分の彼女さんが居なくなったのに、落ち着いてコーヒーなんか飲んでるの?」
俺は、上目遣いにジロリと睨むと、無視してトリコーダーに目を落とす。
「粟田には困ったものね。すぐに可愛い子を見つけたら声をかけるんだから」
「ほいほい付いて行く女も女だけどぉ」
「知り合いか? 自分のところの生徒は自分で助けろよ」
「俺は知らん」
「ふん」
白本さんは、面白くなさそうに立ち去って行く。
「藤波! 何をしているんだよ!」
「瀬戸山さんが居なくなったんだぞ」
今度は桜木がやって来た。
「ああ、待っているんだよ」
「何をだよ」
「最高のタイミングをだよ」
「え?」
「どうして?」
「なっ!」
倉田、栃原先輩、桜木が驚きの声を上げる。
「人の彼女に手を出した代償は払って貰わないとな」
「藤波ぃ。お前、腹黒いな」
「なーに、俺は一切手は出さないさ」
「ところで、インスタントだけど飲むか?」
「ああ、砂糖とミルクを多い目で頼む。さすがに今日は疲れたんだ」
「私も貰える?」
「インスタントですよ」
「ありがとう」
俺は、何処かに紙コップがあった筈と、テントの中に入って荷物を探した。
俺は、紙コップの束と言うのだろうか、重ねて一本の紙コップの棒状の物を持って出て来た。ホームセンターで売っている状態そのままだ。
「ああ、良いところを見逃した。クソ!」
トリコーダーの光点を見ながら、己の失敗に悪態を吐く。
「桜木、撮らないのか? ソロソロだぞ」
「おお、サンキュウ」
桜木は、転送シートの方に向けて、カメラを回し出す。
俺は胸の紀章を叩いて、転送シートに命令を出す。
「コンピュータ、一名転送!」
転送シートの上に光の粒子が舞い、徐々に人の形になり、実体化して行く。
「……るから、あなたこそ後ろに下がって!」
瀬戸山さんが現れて、何もない空中を睨みながら喋っている。
「えっ!」
「何を?」
「ちょっと、」
瀬戸山さんは経験が有るので、それが勇人による転送だとすぐに理解した。
俺は、折り畳みのパイプ椅子に座って足を組んでいる。
「おかえり。大丈夫だった? 大変だったね」
「やめてぇぇー!」
「戻してぇ、直ぐに戻してぇ!」
「あの人死んじゃう。早く、戻してぇぇぇー!」
「それは出来ないなぁ。残念だ」
俺は座ったまま答えている。
「瀬戸山! 良かったなぁ。無事だったか?」
栃原部長代理が側に飛んで行って、肩を抱いて喜んでいる。
(んん?)
栃原部長代理は何か違和感を感じたが、それが何かはわからないでいた。
「違うの! 早く戻ってあげないと、あの人が殺されてしまう」
「誰が殺されるの?」
栃原部長代理は、瀬戸山さんを落ち着かせようと話を聞いている。
「知らない。話しただけだから。名前も知らない」
「まず、水でも飲んで落ち着いて、もう大丈夫よ」
「私は大丈夫。早くしないとあの人がトロールに殺されてしまうの」
「ええ? トロール?」
栃原先輩は俺の顔を見る?
「知らないし、死んでいようが生きていようが興味はないね」
その時、噂を聞きつけた相模川高校の柿田部長が走って来た。その後を白本さんが続いて走って来る。
「見つかったって? 何処にいたんだ?」
「ええ、大分深く潜っていたみたいですけど」
「粟田は? 粟田は何処だ?」
「うちの瀬戸山だけですよ」
「彼奴はダメだったのか?」
「ダメも何も、彼女しか戻っていませんから」
「何処に行ってたんだ? どうして1人なんだ?」
柿田部長が、瀬戸山さんを責めるように問い詰める。
それを無視するように、瀬戸山さんは俺の方に来る。
「お願い。戻して」
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