地下道を逃げ回る その123
なにせ、付き合ってる彼氏が、ミスタースポックのような男で、受験にしか興味がない男だ。必死に、自分にアピールする姿が可愛く思えたのだ。
ちなみに、女性は男に惹かれるのに男の腕力は関係ないのだそうだ。
オスは、多くのメスとSEXすると、数多くの自分の子孫を残せる。メスは、健康なオスの遺伝子や、その社会で優秀な遺伝子を得ると、自分の子供が優秀になる可能性がある。
その為、オスは他のオスを排除する為、大きく、強くなって、自分だけがSEX出来るようにするのだ。
それが腕力だったり、経済力だったり、社会的地位だったりする。
メスは、産まれた子を自分一人で育てるより、オスと共同で育てる方が生存率が上がる。環境が厳しかったり、外敵が多いところでは、夫婦で育てたり群れを作ったりして子育てをするのだ。
つまり、人の女性が男に求めているのは、自分と子供を大切にしてくれる人なのだ。決して、腕力の強い人ではないのだが、男は精神が幼いので、ついつい腕力のアピールをしてしまうのだ。
粟田は、ついつい舞い上がってしまい、調子に乗ってしまった。迷宮を深く降りてしまったと言うこともあるが、一箇所で長く居てしまった。
ある部屋を覗いた時、ゴブリンが五匹程居た。
粟田は、同時に襲われると辛いが、移動しながらならどうにかなると判断した。
一匹目を不意打ちし、首を刎ねた。
その後、二匹目のところに駆け寄り、胴を切った。両断とは行かなかったが、致命傷だ。ほぼ即死だろう。
そして、三匹目を振り被って袈裟斬りにした。
これで大勢は決まった。やや離れて態勢を立て直したところに、突っ込んできたゴブリンを蹴り倒し、踏んづけて胸を刺した。
五匹目は、逃げるところを背中から切りつけた。
粟田は、確かに強かった。一人で五匹相手にするとは流石である。粟田自身も、強いと自覚があった。
「大丈夫だったかい?」
さりげなく女性を気遣うことも忘れて居ない。これが勇人なら、無事な姿を確認して終わりである。無駄なことは言わないのだ。
「ええ、強いのですね」
「そうでも無いですよ。あなたが照らして居てくれたお陰ですよ。助かりました」
文章にすると何でも無いが、現実には相当うるさいのだ。
ゴブリンは「ギャァー!」だの「グフグガ」とか話しているし、切られた時の悲鳴も響き渡っている。
刀同しが斬り結んだ刀身の響きは相当響くのだ。
それらが、迷宮の本道が伝令菅の様に、減衰させずに遠くに伝えるのだ。
二人が部屋を出て本道に出た時は、既に上の方が騒がしかった。ゴブリンの足音や声が多数して、だんだんと近付いてきている。一方、迷宮の奥の方に続く本道には、走ってくるゴブリン二匹に出くわした。
「こっちだ!」
粟田は、瀬戸山さんの手を引いて奥の方に走り出した。
「みんながいる方に逃げた方が良く無いですか?」
左手で瀬戸山さんの手を引いているので、両手剣を片手で振っている。
ガン!
ザシュ!
致命傷は与えられないが、道を開けさせるには十分だった。
「ゴブリン達が大勢で追いかけて来てるんだ。無理だ」
「大丈夫だよ。一旦降りて、隠れてやり過ごせばいいのだから。簡単さ」
粟田は、瀬戸山さんに不安を与えない様に気を使っている様子だった。
「あれぐらいなら、私が倒しましょうか?」
「ファイヤーボールの一発や二発でどうなるものでも無いよ」
「生き残るためには、逃げる勇気も必要なんだよ」
粟田は、二つ目のミスをした。本道に面している各部屋を、隠れる所はないかと覗いていったのだ。
部屋といっても、ちゃんとした部屋ではない。元々は、熔岩のガスが抜けて冷えた穴だそうだ。それを壁に石を積んだり、床を平らにしたり、使える様に改造されて来た部屋だ。
そこには、ゴブリン達が湧いている。そこを、一部屋一部屋、ヘッドランプを点けて覗いて行ったのだ。夜目の効かない人でも気付くだろう。それが、夜目の効くゴブリン達なら尚の事、あっという間に周囲のゴブリン達を集めてしまった。
二人は一時間ぐらい走って居た。
昨夜から寝ておらず、数時間歩いて、戦闘があって、尚且つまた走っているのだ。体力も無く、足がガクガクと震え、思考も鈍って来て居たのだが、それでも、背中に聴こえるゴブリン達の足音から逃げるのに必死だった。
相当深く潜って来たのだろう。出会う妖魔もゴブリン達からオークに変わって来ている。
粟田は、オークにも勝ち続けているが、剣の重さが全然違う。自分よりふた回りも大きいのだ。相撲取りが鉄棒を振り下ろす事をイメージして頂けたら分かるだろうか?
オークの剣は、剣とは名ばかり、分厚い鉄板を剣の形に打ち抜いて、グラインダーで削った様な剣だ。もちろんこれも、マナが変質して出来上がったもので、鉄を生成しているわけではない。
それを持った全身筋肉の巨大な化け物が、体重をかけて振り下ろしてくるのだ。まともに受けたら剣が折れてしまう。粟田は、上手く避けて、すかして戦っていたのだ。
諦めずに、二人は走っていた。
息が出来ず、心臓が口から飛び出しそうだったが、立ち止まると殺されて食われるのが目に見えていた。
本道の左側に、また部屋の入り口が見えた。今度こそと覗いてみたら、大きな部屋で、天井も異常に高い。ヘッドランプの灯りが奥の壁に届かないぐらい広かった。
ゴブリン達の姿もなく、オーク達の姿も見えない。
二人は飛び込んで、隠れる所を探し居ていた。すると、入って来た入り口には扉が付いていた。先ほど、山本が誘い込まれた部屋についていた様な石の壁の様な扉だった。
「ここを閉めて、隠れていよう。そのうち、仲間が助けにきてくれるかもしれないし、数が減ったら、倒して脱出できるから」
「ええ。少し休まないと、私も戦えないし」
二人で協力して、壁の様な石の扉を閉めた。
グググゴログゴロゴロゴロ。
扉はユックリと動いて、しまったと思ったら、石の落し棒が「ゴクン」と落ちた。
多分、もう開かないだろう。この巨大な石の落し棒を上げない限り。
「グゴロゴグフ」
二人の背後で音がする。いや、巨大な生物の声だ。
二人は振り返って、音の正体を探してみる。
空中に、自分達のヘッドランプに照らされて反射している二つの灯りが、三対見える。
夜行性の生き物は、網膜が少ない光で見える様に光を反射するものが多い。こいつらも、迷宮の中で、その様に進化したのだろう。
しかし、その灯りは、6m程上空に見える。
つまり、トロールだ。
「君は後ろに下がって、俺に支援してくれ」
粟田は、瀬戸山さんを後ろに押しやって、トロールの方を向いて構えた。
「大丈夫よ。トロールぐらいなら倒せ……。」
瀬戸山さんの声が途中で消えた。
粟田は、振り返って見ると、瀬戸山さんは、何かを話して、前に出てこようとしている格好のまま光の粒子に包まれて、消えて行った。
「大丈夫か? かぁ?」
「俺は置いていかれたのか? どこだ? どうしたんだよぉ~!」
「答えてくれよ!」
粟田は、暗闇に向かって叫けんでいた。