緑川高校 その121
「あれなんか、ただの花火だぜ。思いつかないよな。普通」
飛んでくる花火を避けようと、ホブゴブリンが小さなゴブリンを押して、地割れに落としている。
「参考になるなぁ」
「いえ、そんな事はないでしょう。あいつが苦し紛れに考えただけですよ」
「即興でこれか? 俺たちを助けに来て、上手い事罠に嵌めたなぁ」
濃霧の中、桜木が伏せてクロスボウを撃っている。レーザーサイトは使っていない。適当に撃っても当たるぐらい標的は多い。
俺も伏せながら、適当に矢を射っている。弓をしっかり引けないので、威力は半減どころか殆どない。しかし、判らない所から、矢が飛んで来ることが大切なのだ。
しばらく経って、体勢が決まった頃にオークが現れた。身長は2m足らず、体重は150kgから200kgぐらい。数匹が威圧感を醸し出している。
人間よりふた回りも大きいと、直接戦う気がしないし、体の小さなゴブリンたちは近づかず、逃げ回っている。
オークは、ゴブリンが接敵していないのを見るや、身近にいるゴブリンを投げて来た。
流石にラグビー部だ。飛んで来るゴブリンを盾で受け返している。
ボゴン!
ポリカーボネートの盾に当たると、そのまま霧の中に落ちて、二度と立ち上がる事はなかった。
まさに奈落の底に落ちているので、這い上がる他ないのだが、そんな奴は一匹たりといない。
そのうち、オークが弓矢の攻撃を受けて蜂の巣になって、諦めたのか、こちらの対岸に突撃をかけて終わった。
「グホッ!」
刀を振り上げて、落ちて行った。
「げっ!」
緑川高校の生徒が驚きの声を上げる。
「君のところの部長さんは天才か?」
「助けてもらったお礼を言いたいので紹介してくれ」
「良いですけど、普通の人ですよ」
本道からの出口は、次第にオークやホブゴブリンが中心になって来た。
オーク達が、ゴブリンを投げ、前のオークやホブゴブリンを押し落とすので、次第に数が少なくなって来た。
気の短い奴は、刀を振り上げて、勢いを付けて飛び込んで来る。勿論、この距離が飛べる訳も無く、落ちていくのだが。
そろそろ数が減って来て、殲滅するのに頃合いと思い、俺はラグビー部、サッカー部、剣道部のメンバーを呼んだ。
霧の中から腕だけを突き出し、左右に大きく振った。
すると、何やら俺たちの後ろの方を指差している。振り向くと、フル装備で戦闘準備の整った相模川高校の生徒達がいた。
いつの間にか、クランク型の橋を渡り、後ろに回り込んでいたのだ。
ヘッドランプなどは点けていない。闇に乗じて潜んでいたのだ。
「気付くのが遅くなってしまった。遅れてしまってすまん。加勢に来たぞ!」
「みんな、行くぞ」
矢で射られ、ほぼ蜂の巣状のオークやホブゴブリンが、かろうじて立っているところに、相模川高校の生徒が突撃を掛けた。
「おい! それは「横」だろう。止めろよ!」
俺は立ち上がって抗議するが、
「『横』とは失礼な、俺達は緑川高校の救出の手伝いに来ただけだ」
「要るのか要らないのかは緑川高校が決める事だ」
忘れていた。確かにそうだ。これは、あの避難者達の救出作戦だったのだ。
(ええ? 彼奴らは緑川高校って言うの?)
「そうだな。援軍が来たので、この場は任せよう。俺たちは引かせてもらうよ」
俺は立ち上がって、犬咲の方を向いて言った。
「かいさーん! かいさーん! もーう良いよー!」
俺は指輪に命令した。
「サザン、憑依!」
指輪から出て来たスライムが俺を覆い、体内に入って行く。
「すまん、少しの間、俺を守っておいてくれ」
「勇人、オークを殺した方が早いのでは?」
「いや、放っておけばいいよ。彼らを守る義理はないから」
「あの金具が高いんだ。あれだけは回収しときたいんだ」
「気配を消しておいてくれ。迷宮中がパニックになるからな」
「はい。分かりましたけど……。人の感情は理解できませんね」
俺は、ゆっくりと歩いて、本道の入り口の方に移動する。
傷付いたオークと相模川高校の生徒との間をすり抜けて、カラビナからロープを外し、カムを回収した。
オーク達は、俺に襲いかかることはなかった。俺に異質な畏怖を感じているようで有った。
濃霧が無くなり、足元がむき出しになったので、辺りがゴブリンやオークの死体が転がっているのが見える。
俺は、床に並べたロウソクも回収して行った。
種明かしをされたオークの驚いた顔が見えるし、暗くなって肉眼では戦闘がし辛くなって困っている相模川の生徒の顔も見える。
「おい! お前、何をやってるんだ?」
「お前」と言われて答える義理もないし、答える気もない。
「じゃあ、あとは宜しく」
戦闘中の相模川の生徒に告げる。
「お前らも、もうこれ以上俺は介入しないぞ。人族だからと言って、彼らを擁護することはない。好きにしろ」
オークにも、この戦闘から離脱する事を宣言する。
「ナニ? 何言ってんだ?」
「グホッ」
妖魔の言葉は、何度聞いても言語にすら聞こえない。サザンは「今、私はあなたの頭に直接話しかけています」って奴だからな。音声での会話ではないし。
「桜木、帰るぞ。足元を照らしてくれ。地割れに落ちたらたまらないし」
桜木がクロスボウに付いたライトを点灯してくれて、前で誘導してくれている。
橋を渡って、犬咲の方に戻った。
「ああ、犬咲、ありがとう」
「倉田、助かったよ。大分倒せたしな」
「ありがとう。君が向かいに来てくれたんだね」
「助かったよ。あの瞬間、君が絶望の淵に立っていた時に見た希望の光だったよ」
(なんでこいつ、上から目線なんだ?)
「まさか、使ってる武器が花火だとは思わなかったけどな」
(その花火使いに助けてもらったんだろうが)
「いや、無事で何よりでしたね」
「各部のみなさん、応援ありがとうございます。倉田さん、ありがとうございます。栃原先輩、もう寝ますよ。ありがとうございました」
「あれは? どうするの?」
栃原先輩は地割れの谷の向こうを指差して聞いてくる。
「え? 俺には関係有りませんけど。何か?」
「いや、流石ね。私には真似出来ないわね」
「誰でも出来ますよ。彼奴、剣も振ってないし、魔法も使っていませんよ」
「やったのは、ここにいた俺達です」
倉田が、栃原部長に喰ってかかった。
「違うわよ。助けられるのに見捨てて来たのよ。仲間も自分も安全に行動する為なら、他人は見捨てられるのよ。情なんて、理性で割り切れるのよ」
「俺達の安全ですか?」
「馬鹿じゃないの? 瀬戸山よ」
「彼にとって、私も貴方もゴブリン以下の価値しかないわよ。間違えたら見殺しにされるわよ」
地割れの谷の向こうは真っ暗という訳ではない。
本道に置いて来たロウソクがまだ燃えているからだ。ただ、本道の出口付近の灯りは俺に回収されているので暗い。
肉眼では、オークのシルエットぐらいは見えるが、振り下ろす剣先などは見えない。
ガン!
ボコッ!
ザン!
オークの剣が、相模川高校の生徒に振り下ろされる。
「ボコッ!」
ポリカーボネートの盾で防いでいるが、見えない剣は避けようがない。
オークの剣は鋭くも鋭利でもない。鈍麻な長い鉈のような剣だ。それも錆びて刃も欠ぼれている。
盾で受けられなかった攻撃は、鎧や防刃チョッキなどで止められているが、物理ダメージは止められない。ケブラー繊維の防具で痛打力は拡散はするが、運動エネルギーは直接体に来るのだ。
「明かりだ。明かりを出せ」
「魔法部は援護してくれ!」
全体を照らすようにライトを点灯すると、戦力が減ってしまう。
手負いとは言え、成人男性よりふた回りも大きいオーク相手となると、少人数では難しい。
かと言って、アーチャーやランサーは前で剣士が戦闘しているので支援が難しい状況だ。
一言で言うと、戦況は膠着していた。