地下道でトレイン その120
誰もが知っている、夏の縁日で売っている花火だ。そんな物、妖魔に当たっても火傷をするのがせいぜいだ。
魔法使いが使うファイヤーボールとかと訳が違う。子供のおもちゃなのだ。
横で桜木は、クロスボウを撃っていた。
先頭のゴブリンが弾かれた様に倒れる。
「ギャギャガグガー!」
「ホーホーグホー!」
「キイィィーーイ!」
ゴブリン達は悲鳴を上げて数歩退いた。
すかさず俺は、手持ち花火に火を点けて、床に置いた四つのドラゴン花火に火を点けて行く。
「逃げろ!! 逃げろ!! 足を止めるな!」
俺は手を大きく回して指示を出す。
「シュボボボボ、シュボボボボ、シュボボボボ、シュボボボボ、ブボボボボボボボ」
ドラゴン花火が炎の壁を作る。
こちらからはゴブリンの様子は見えないが、多分向こうからも見えないだろう。
その為、炎の壁のこちらから、数袋分の月旅行と5連発花火を発射する。
「ギャギャーーァガグガーァ」
炎の壁から火の玉が飛んで来るのである。ゴブリン達はさぞ恐怖したことだろう。
その間にも、桜木のクロスボウの矢が飛んでいるのである。何匹かには当たっただろう。
俺達は、追いつかれそうになると花火を使い、殿を努めながら逃げていた。
「右です。橋はあちらです」
「右です。橋はあちらです」
避難者達を本物の橋に誘導している声が聞こえて来た。出口は、もうそこの様だ。
また、俺は大量の爆竹を投げつける。
ババババババババババァーン!
洞窟内に爆音が響く。
「ギャギャガグガー」
度々聞くフレーズだが、何を言ってるのかは全く理解できないでいる。
そして、出口にもドラゴン花火を大量に置く。と言っても15個ぐらいだが。
東京まで買いに行っているのだが、ドラゴン花火は高いので、さほど持ち合わせがないのだ。お金になるゾンビ狩りの時の様には使えないのだ。
「シュボボボボ」
ドラゴン花火に火をつけると、俺達は右側の本物の橋がある方に逃げて、倉田に合図を送る。
10m程の距離を取って、暗がりの中に伏せていると、辺り一面に霧が立ち込めて来た。強い魔力のせいか、立っていると足元が見えないぐらい濃い霧だ。
俺は桜木に言う。
「ヘッドランプを消せ。レーザーサイトを使うなよ。居場所がバレる」
「ああ」
桜木はヘッドランプを決して伏せている。
ドラゴン花火の炎が消えて、ロウソクの列の二本の灯りだけが続いている。
「キュウワー、キュウウワ」
妖魔達は地下3階大広間に入ったところで立ち止まった。
目の前の橋の向こうに、人間が待ち構えていたのだ。
人間は数が少ないので、細くなった橋の向こうで待ち構えて、横に広がっている。
正面は鎧の剣士、左右はアーチャーなど射撃武装、後ろは魔法使い達であろうか?
このまま突っ込んで剣士と闘って足が止まると、横から射撃されるのだ。
相手に地の利を取られた形だ。
しかし、我々には数の優位がある。相手の三倍以上の数だ。負けるはずがない。
「ウワウワ、キュォオオオン」
戦闘の合図が後方からかけられた。
ラグビー部の犬咲が中央に立っている。体が大きいから選ばれた様だ。
しかし、これは適任だった。作戦の意図をよく理解していて、恥ずかしがったり、動揺することも無く振る舞えたのだ。
「よく聞け! 妖魔ども! 己の行いを反省し、地下の冥府に逃げ帰るならまだしも。襲って来るとはいい度胸だ! 我がつるぎの錆にしてくれよう!」
(あいつは演劇部か? リアルで、こんな厨二なセリフが聞けるとは思わなかったよ)
犬咲の低く、朗々とした声が地下に響く。妖魔達の注目を集めるには十分だった。
「シールド! 前に!」
「イエッサー!」
ボコッ! ボコッ! ボコッ!
ポリカーボネートの盾なので、ボコッという音がする。
「抜刀! 構え!」
「ウェアスッ!」
シャーーァン!
「弓隊! 構え!」
「はい!」
「魔法部隊! 準備!」
「はい!」
「その他! 準備!」
「オッス!」
(もう、あいつがリーダーでいいんじゃないか?)
なんども言うが、単に体がデカイから選ばれただけである。まさか、ここまでノリノリでハッタリをかますとは、誰もが思っていなかったのである。
ゴブリン達も馬鹿ではない。先頭で飛び出したらシールドで防がれて、矢で射られる事は目に見えている。
先頭で飛び出した仲間を盾にして、あの剣士を倒さないといけないのだ。
地の利は人間に有るが、この気象が妖魔に味方した。霧が立ち込めて、小さなゴブリンの身体のほとんどを隠してしまうのだ。
妖魔達は身を小さくして突撃をかけた。できるだけ中央寄りを、仲間達の間に身をかがめ走り出した。
タッ、タッ、タッ、
擬音にすると「スカッ」だろうか?
勿論、そんな音は誰も聞いていない。
聞いたのは、
「キエェェェーーーェ……」
ドップラー効果により低くなり、小さくなっていく声。
「わはははは、我らが魔道士達の魔法を思い知ったか!」
(誰の魔法だよ。犬咲さん、アドリブも効くのね)
「者共! 撃てぇー!」
シュッ! シュッ! シュッ!
ブワッ! チュイン!
パシュ! パシュ!
ガン! ガン!
矢が飛び、
火球や光弾、
スリングの鉄球、
砲丸代わりの石、
などが飛んで行く。
ボウッ! ボウッ! ボウッ!
シュッ、パンッ!
ピイィィィ、
5連発花火に月旅行、笛ロケットだ。
陸上部が手製のスリングを作って石を投石している。砲丸ぐらいある大きさの石を、手製のスリングでハンマー投げの様に投げている。
距離は必要ないので、ほぼ水平に石が飛んで行く。
ワンダーフォーゲル部は、パチンコの方のスリングだ。鉄製の球を撃たれると、当たると怪我をする程度の威力はある。鴨程度の大きさの鳥は、当たると死んでしまうのだ。
そして、何も出来ない者達は打ち上げ花火を連射している。魔弾系の魔法を隠すためと、数を多く見せて、妖魔達を驚かす意味がある。これのおかげで、火球や光弾がより一層脅威に感じるのだ。
誘導され、避難していた者達は振り返り、驚嘆の声をあげた。
誘導係の生徒に率いられて、実在するクランク型の橋を渡った所だった。
自分達から脅威を逸らすために、地割れの対岸で集まっていると思っていたら、そのまま戦闘が始まった。
地割れに渡されたロープに釣られたロウソクの列。そこに足元も見えない様な濃霧が張られている。
そして、地割れの隙間に、ゆっくりと濃霧が落ちて行っている。床が無いので、そこにとどまれず、自重で落ちて行っているのだ。そこを何匹ものゴブリンが落ちて行っている。こちらの落下速度は速く、普通にストンと落ちて行っている。
その光景を、遠くから避難者の緑川高校の者達が見ていた。
「スゲェな。君の所はいつもああやって戦っているのか?」
「いつも、来ていませんから」
「そうだな。魔法使いは濃霧を発生させているだけだしな。剣士も攻撃せず、アウトレンジからの攻撃のみで浮足立たせている」
パッっと辺りが明るくなる。5連発花火が発射されたのだ。辺りの濃霧が緑に染まり、オレンジに染まり、あかに染まり、黄色に染まる。