山本絶体絶命 その118
扉の鍵は、見ただけで分かるほど原始的なものだった。太い木の棒が落ちてつっかえ棒になっているだけだ。
だが、つくりが大きいのだ。一人でロックを外して、扉を開けることが出来ないのだ。
それに、先ずは七匹のゴブリンだ。
彼らは狡猾で、決して剣の届く距離には近づかず、石などを投げて来る。
下に厚手の服、その上がケブラーの防刃素材の服、その上にポリカーボネートの外装の装甲を来ている。投石ぐらいでは屁でもない。
ガツン、ガツンと当たっているが、ダメージは感じない。ただ、見えない暗がりから飛んで来るのが怖い。見えた途端、体が勝手に避けてしまうのだ。
LEDヘッドランプの照射距離と照射角は狭い。まともに見えるのは、5mから10mほどだ。あとは真っ暗闇の世界だ。
ゴブリンは暗がりの世界から襲って来る。錆びた鉄板か杭の様な刀では、ポリカーボネートの外装に傷すらつかない。しかし、心因的な恐怖心はどんどんと高まっていく。
暗がりの中から飛び出して、ガキャと切っては暗がりの中へ消えていくのだ。
その中の一匹が背中に取り付いた。ヘルメットをガンガン叩いて来る。切りつけているのか、突き刺しているのか分からないが、俺が傷付くことはない。しかし、先ずは背中のゴブリンを払い落とさねばならない。いつまでも彼らの好き勝手に、野放しには出来ない。
空いた左手を後ろに回し、左、左にへと体を回転させて行くと、左足を掴まれた。左足の後ろから膝のあたりを抱え込んで来やがった。
左足を蹴り上げたり、左手で掴もうとしたり、苦戦していると、右の脇に熱いものを感じた。一瞬、何がどうしたのか判断がつかなかったが、息が吸えなくなった。
「ああ、右脇から右胸を切られたのだ」と分かったが、痛みというものはなかった。
背中が重くなり、息を吸って胸郭が広がると焼ける様な激痛が走った。
もう一匹、右腰の上辺りに取り付き、防具の隙間の右脇を刺しやがったのだ。
今度は右肩から胸に痛みが走る。
背中に取り付いたゴブリンが、右首から胸に掛けて刺して来た。
振りほどこうにも、力が入らない。
顔に石が当たるし、太腿の防具のポリカーボネートを切りに来られた。
ガシュ。
痛みもダメージも感じないが、今は息が出来ない。
段々と胸が苦しくなって、動けなくなって行く。胸に、喉に何か詰まっているようだ。
ゲッホッ!
咳とともに真っ赤な血が喉から出て来る。
ふわっと床が浮いた感覚があって、地面が回っている。緊張と恐怖と出血による貧血だ。
ヘッドランプが照らしている床も、遠く、暗く感じて、手足が痺れて重く感じている。
「ああ、ダメだ。何してたんだろう。俺は」
「龍山部長、助けて!」
「扉を開けて、みんなに知らせないと」
山本は、ここで意識を失った。
俺は、通路に止めてあるリヤカーの荷台に座っている。後ろには、魔法部の女生徒達も座っている。
さすがに、女生徒達は賑やかにしゃべっているが、俺は黙ったままである。
一旦、リヤカーから彼女達を下ろして、荷物を積み直し、平らなベッドを作った。
オカ研のカメラやバッテリーはアルミケースに入っている。このケースは人が上に乗れるぐらい丈夫なのだ。一応、ケースに乗って立つ事は禁止されている。脚立では無いからだ。しかし、イベントなどでは、乗る奴が続出するほど丈夫なのだ。
このアルミケースを並べ直し、テントや毛布などを積み、ベッドにした。
女子生徒達には窮屈な思いをさせるが、仕方がない。俺は自分の荷物を背負う羽目になっているし、災難だった。
治療の終わった山本をリヤカーに乗せて寝かせている。スリープの魔法で、まだ寝かせてあるらしい。三日は安静にしていて欲しいのだそうだ。
通路で待っていると、捜索に出ていたもの達が、一人二人と戻って来た。
やはり、ワンダーフォーゲル部以外は一人づつ捜索活動をしており、二次遭難を全く考えない、バカな行動だと思ったが黙っていた。
ゴブリンに襲われたり、迷宮内で迷子になる可能性だってあるのだ。複数で行動するのが基本なのだが、龍山部長はそれが出来なかったのだ。
俺は、こういう時に、日頃の訓練や学習が役に立つのだと認識を新たにしていた。
全員が揃うまで30~40分はかかってしまったが、小一時間の休憩を挟んで、出発となった。時間も遅く、仮眠を取るものがいたが、山本を除く全員が怪我もなく出発となった。
倉田副部長が、俺たちリヤカーの後ろに剣道部を配置し、リヤカーを押す人員を一名付けてくれた。
大きな本道を下っていると、後ろから灯りが近付いて来た。20個程のLEDヘッドランプの列だ。
最終出発の相模川高校に追いつかれてしまったのだ。
「こんにちは」
「お先にどうぞ~」
俺は一番後ろなので、追い抜く冒険者に挨拶をするのだが、高校単位になると、数が多くてうざい。
大体、酔ってたとはいえ、向こうの顧問教師が俺に絡んで来たのだ。挨拶以上に関わる気など無い。その時にも、ちゃんと「俺に関わるな」と言ってある。
相模川高校の生徒は、迷宮内でリヤカーを引いているのにも驚いたが、荷台に三人も載っている事に驚いていた。どうやら、ゴブリンに襲われて、けが人が出たと思っているようだ。
どうやら、列の前の方で、相模川高校の部長と栃原部長代理が話しながら歩いているようだ。
追い抜く勢いで歩いていた相模川高校の隊列が遅くなって、横に並んで歩く格好になった。
「後ろの人達は大丈夫なの?」
白本さんが声を掛けて来た。
俺は聞こえなかった風を装い、無視をした。
荷台から女生徒が、
「ええ、ありがとうございます」
「大丈夫です。なんとも有りませんから」
と、適当に返事をしている。
「ねえ、聞こえないの? 後ろの人達は大丈夫なの?」
「俺にかかわらないでくれないか?」
「なんで? 後ろの人が寝ているから心配しているだけよ。何も無いわよ」
「救援が必要な時は、部長を通じで依頼を出すはずなので、俺に話しかけないでくれ」
前の方を歩いている誰かがこちらを気にしているようだ。ヘッドランプが一機、後ろを振り返り、こちらを気にしている。
逆光になり、俺からは、顔は見えないでいる。
山本は目を覚ました。
頭がゴツゴツと揺れている。これでは違う病気になりそうだ。
微かに、天井に光が届き、この寝かされている場所が動いていると判断が出来る。
確か、背中にゴブリンが取り付き、胸や肩を刺されたのだ。
慌てて傷に手を当てるが、痛いどころか、完全に傷が治っている。防具は脱がされているが、シャツには穴が空いており、ぐっしょりと血で濡れている。つまり、夢では無く、切られたのである。そして、誰かに助けられて、治療を受けていたのだ。
「あら、目が覚めたのね」
「山本君が目を覚ましたわよ」
「ゆっくり、水を飲ませとけ。ペットボトルのキャップで飲ませても良い」
「痛がったり、様子が変なら、すぐに知らせてくれ」
聞き覚えのある声がするのだが、山本からは見えないでいる。
ただ、白い鎧を着た、美人の女性が、自分の横を歩いている。
ポリカーボネートの鎧に、ヘルメットは被っていない。
彼女は、誰かの気を引こうと話しかけているが、つれなくされているようだ。
「どうせ、貴方ならゴブリンの敵じゃ無いでしょ。どうして怪我人が出てるのよ」
「関係ないだろう」
隣に座っている女生徒から、水のペットボトルを差し出されて、
「少しづつゆっくり飲んでください」
と言われている。
ガタゴトと揺れている。
凸凹の天井が動いている。
隣を歩く女騎士が、俺の心配をしている様に装っている。しかし、実はそうではない事も分かっている。
反対側に座っている女生徒が、水の入ったペットボトルを取り上げて、「まだあるから、ゆっくり飲んでください」といっている。