山本受難 その117
「桜木! 誰か斥候に出ただろう。危ないから戻るように言え!」
俺は桜木に呼びかける。
「サッカー部の山本だ。この先にゴブリンが居るので、様子を見に行ったんだ」
「戻るように言え」
「龍山部長、山本君を戻せって、後ろから」
「様子を見に行かせただけだ。大丈夫だ」
「はい」
「藤波、大丈夫だそうだ」
「そうか。可哀想に」
俺はコミュニケーターを切った。
パーティーはゆっくり進んで居た。
しばらく経っても、山本が戻って来なかった。
暗がりの中で戻って来ると、こっちを向いたヘッドランプで直ぐに分かるのだ。
500mも進むと、事の重大さに、皆が気付き出した。
「山本がいないぞ」
「山本が帰って来ないぞ」
「どこまで見に行ったんだ?」
前方の本体が騒がしい。
流石に迷宮と言うだけあって、迷宮内は無数に枝分かれした道が続いているのだ。
各々が各自自分の都合の良い所で狩をするのだ。そして、所々に部屋が有るのだ。部屋と言っても、少し広くなっている様なところを指している。
俺達は、地下三階の大広間と呼ばれる場所を目指している。数々の分岐点を通って降りて行くのだ。下るのも登るのも、ガイドがいないと遭難してしまうのだ。
俺は、黙ってついて行った。一旦は警告したし、これ以上深入りする義理はない。
しばらくすると、桜木が聞いて来た。
「藤波、サッカー部の山本を見なかったか?」
「いや、見なかったが、さっき皆で置いて来ただろう」
「あそこにまだ居るんじゃないか? 重傷だったし」
「え? 会ったのか?」
「会っていないよ。皆の後ろをついてきたから」
「山本が居たんだな」
「居たぞ。多分」
桜木は、慌てて龍山部長に報告をした。我々が重傷の山本を置き去りにして来た事を伝えた。
ワンダーフォーゲル部とサッカー部とラグビー部が、急いでとって返して走り出した。それに、オカ研の部長がついて行った。
「倉田! 副部長。パーティーをまとめろ」
「女性が中で、男が前後だ。戻るぞ!」
俺は、倉田に叫んだ。
それを受けて、倉田副部長代理が、指示を出して戻り出した。
俺は、リヤカーの引き手を押して向きを変えた。
サッカー部の部員達が、何度も往復して来た。探して居るが見つからないようだ。
100mほど戻った所で、俺はパーティーを止めた。
「倉田、そこの左側に、岩の扉があるだろう。その中だ」
「中のゴブリンは七匹だ」
俺は、リヤカーを止めて、リヤカーの荷台に腰を掛けた。
「藤波、どうしたんだ?」
桜木が聞いて来た。
「はあ? 休憩して居るのだが?」
「いや、中に山本が居るんだろ」
「ああ、いる様だ」
「助けないのか?」
「助けてやりたいのは山々なんだが、俺には扉が開けられない」
「俺が開けられるのなら、山本が自分で開けて出て来ただろう」
倉田と剣道部の部員達が開けようとするが、ビクともしない。
「藤波、お前、これは本当に扉なのか?」
倉田副部長代理が、怒りながら聞いて来た。
「俺が知るかよ。俺が前を通った時は、もう閉まって居たよ」
「どうすりゃいいんだ」
倉田副部長が頭を抱えている。
「お前、魔法使いなんだろ。開錠の魔法が使えないのかよ」
桜木がカメラを構えたまま聞いて来た。
「使えるか! そんな物。アニメの見過ぎだ」
「第一、俺は魔法が使えないんだよ」
「それに使える奴なんざ、桐崎ぐらいだ」
「大体、そんな物、普通に使える奴が……。」
「ああ、居たよ」
「蘇我さん、ごめんなさい。この扉を開けてくれませんか?」
「私も、そんな魔法を知らないわよ」
「え? 知らないの?」
俺はスケッチブックに魔法陣と呪文を書いた。
「これでお願い。多分開くから」
「どうしてお前が知って居るんだよ」
桜木が突っ込んで来る。
「今度うちに来い。載って居た本を貸してやる」
栃原先輩、瀬戸山さん、蘇我さん、秋山さん、アーチェリー部の三人、剣道部の三人に集まって貰った。
トリコーダーの情報を見せて、大まかな作戦を決めた。
各自が配置につき、決行した。
倉田と俺が扉に着き、蘇我さんが鍵を開錠するのを待つ。
二人は役立たず組であるが、男なので力仕事ができるのだ。
蘇我さんの詠唱の始まりを合図に、魔法使い達は詠唱を始めた。
ゴチン!
重い音がして鍵が開いた。扉に手をかけて居た俺には振動も伝わって来た。
体重をかけて、扉を一気に左右に開く。俺は右、倉田は左だ。
間髪入れずに、桜木が、クロスボウの高輝度ライトを点灯する。
ゴブリン達が五体、中央部に集まって、何かをして居たのだが、一斉にこちらを見た。
一瞬ブワッと熱を感じたが、避ける必要はない。秋山さんが火球を打ち込んだのだ。火球が吸い込まれる様に、ゴブリン達にに飛んでいく。
桜木が、赤色レーザーサイトを点灯し、狙いをつける。
シュッ!
シュッ!
シュッ!
弦の音なのか、矢が空気を切る音なのか? アーチェリー部の放った矢の音がする。
シュッ!
桜木も撃つ!
剣道部の二人が、左右の隠れっているゴブリンを一撃で切り倒す。
残りの一人が突撃し、矢の刺さった奴や火球を食らって動けない奴のトドメを刺す。
剣道部の後に続き中に飛び込んだ栃原先輩と瀬戸山さんが山本の回復魔法をかける。瀬戸山さんが傷の回復、栃原先輩が生命力の維持だ。
三人が駆け付けた時には、山本は口からピンクの泡を吹いて居た。意識が無く、胃の内容物か気道を塞ぎ、肺から出血した血が吹き出して気管を詰まらせているのだ。
肺にまで到達した刀傷は、普通の回復魔法では治らないのだ。瀬戸山さんは、まず出血している場所を探し、そこを縫合するのだ。そうして、先に傷を治す。
そこを栃原部長が回復魔法をかける。
遅れてやって来た蘇我さんが、頸部に治療魔法を掛けている。
山本は、サッカー部の部員だ。今回は、三人程で浅間山大迷宮探検合宿に参加して居た。
サッカーと関係のない行事だが、参加すると基礎体力が上がると評判の合宿なのだ。
新年明けての大会に予選で負けていたので、この時期は自主トレの時期なのだ。冬休みと言うのは、春の大会に向けて各校とも練習に熱が入る期間なのだ。
一緒に参加している、藤波と言う一年が生意気で鬱陶しいが、女子マネージャーやファンの女生徒も参加しており、いいところを見せるチャンスだった。
しかし、まずは一回失敗した。隠れていたゴブリン達に気付かなかったのだ。もう少しで、魔法部の女生徒が殺されるところだった。
剣道部が殿を務めていたが、女生徒が遅れている事に気付かなかったのだ。そこを狙われた。
迷宮内は、道が枝分かれしており、溶岩流の下に出来た迷宮の為、身を隠す穴は無数に有るのだ。奇襲をしようとすると、いとも簡単なのだ。
そこで、今回は、サッカー部のファンの女生徒が魔法で索敵をしていた様だ。なんと、100m程先にゴブリンがいると言うのだ。これは、まだ誰も知らない情報だ。
龍山部長が、俺に様子を見て来る様に言ってくれた。やはり、俺は頼れる男なのだ。そして、ここで活躍すれば、女子にもいいところが見せられるのだ。
偉そうなことを言っても、隊列の後ろからリヤカーを引いているだけの口だけ男とは違うのだ。
走り出した俺に、オカ研の桜木が戻る様に言って来たが、これは龍山部長が遮ってくれた声が聞こえてた。
ヘッドランプは暗く、荒れた洞窟内を走る事は難しい。しかし、たった、ゴブリンが二体だ。特にどうって事は無い。
確かに、100mほど来た地点で、ゴブリンが二体隠れていた。
すぐ様、俺の剣の錆にしてくれると切り掛かったが、逃げ足が速く、直ぐに10mほど逃げてしまった。
追いかけて斬りかかるが、臆病で弱いから、逃げ回って倒せない。
終いに、面白がって、キャッキャ、キャッキャと囃し立てて笑っていやがる。
「お前ら、ゴブリンの分際で人を舐めやがって!」
俺は真剣に走って追いかけると、走って逃げ出した。
右に左に、跳んだり、跳ねたり、頭の上で手を叩いたり、人を小馬鹿にしながら走って逃げていく。
ついに追いついたと思ったら、右にある部屋に飛び込んでいく。
「よーし! ついに追い込んだぞ!」
俺は剣を振り上げ、その部屋に飛び込んだ。
「その首を刎ねて、土産にしてやるぞ!」
俺は大声で脅したら、目の前にゴブリンが五匹になっていた。
ガラガラゴゴゴゴーォガン!
大きな音に驚いて、振り向くと岩の扉が閉まるところだった。
一匹づつ二匹のゴブリンが左右の扉を閉めるところだった。
(しまった。閉じ込められてしまった。こいつらは、隠れていたのか)
俺は焦りこそすれ、落ち着いて対処すれば大丈夫な事を知っていた。
ありがとうございます。
また、ブックマークして頂きました。
大変喜んでいます。
頑張って次回作を書かせていただきます。