桜木の修行 その109
青木ヶ原の樹海と言うのは、観光地なだけあって道の駅があり、バス停だってあるのだ。
流石に、夜はバスがないが、日中なら食事も出来るのだ。
問題は、自殺者が多い事。そして、ゾンビがいる事だ。
それに、最近はネットに動画を上げるのが目的で入って来る人が増えたため、ゾンビの材料の供給が止まらないのだ。
その為、ゾンビ討伐の依頼を魔法協会に出しているが、単価が安いために誰も受けないのだ。
我々は、一旦腹拵えをし、駐車場に移動する。流石に道の駅はダメだろうから、観光客用の駐車場に移動した。もう、この時間は無人になっている。
ここで彼等に模擬刀を渡し、懐中電灯を腰にぶら下げさす。
背中の荷物は、駐車場の隅に置いて置いた。こんな時間、泥棒すらいなくなる地域だ。
「じゃあ、呼んで来るから、ここで待っていて」
「狙う所は頭だけだぞ。他の部位はノーカウントだ」
「口か顎の下から上に突くんだ。頭蓋骨の底に蝶形骨と言う薄い骨があるから、それを狙うんだ。ドラマの様に額の骨は、貫けないぞ」
「ええ?」
「盆踊りにならないように注意するけどな。あと、俺が死んでも探しに来ないで、すぐに帰れよ。見捨てて行け」
「お前、ここでゾンビ退治をするのか?」
「ああ、俺が連れてくるよ」
「解った、カメラをセットするから待ってくれ」
桜木は、三脚にカメラをセットして、数台設置した。そして自分の頭にもカメラを付けだした。なんとかカムと言う奴とLEDライトを頭部にセットする。
「お前、ゾンビになっても撮影してそうだな」
俺はそう言って、花火を一発上げた。
俺は、花火を上げつつ、ラッパを吹いて森の中をうろついた。
スマホを見ながら位置を確認し、電波の届かないところでは、GPSで確認する。東西南北のどちらに移動すれば良いかだけなので、数字表記で十分なのだ。
以前に、相模川の救出事件で、相当数倒しているのだが、またもやゾンビはウロウロしている。YOUTUBEにアップしようと、準備もなしに入ってくるのだ。そして襲われる。
山梨県警からの依頼は、ずっと続いている理由がこれだった。
何体かのゾンビを連れてきては、桜木達に戦わせる。
桜木は、以前にもゾンビを見ているので、驚くことも無く冷静に対処している。
そんなことを繰り返していると、騒ぎを聞きつけたのか、ゾンビ達が自主的に集まり出した。騒がしくしているだけで、寄って来てくれるので便利だ。
「周りを確認して、逃げ道を確保するんだ」
「『肉を切らせて骨を断つ!』は絶対無いから。肉切られたら終わりだぞ」
「徹底的に逃げ続けるんだ」
アドバイスをしつつ、俺は、また花火を上げた。
定期的に上げておかないと寄ってこないからだ。
「逃げ道を確保して、攻撃だ」
「二手、三手先を見越して逃げるんだ」
「右から来るぞ、一旦下がれ」
俺は指示を出しながら、ゾンビを寄せる為の花火をまた、上げた。
この広大な森に、YOU TUBEなどの映像を撮りに来て命を落とす人がいるのである。
その為、集まるゾンビ達は比較的若くて、新しい個体が多い。
流石にここまで多いと問題になりそうなものだが、まだ問題にはなっていない。
山梨県警には、十分迷惑な行為だろうけど。
一時間おきに小休憩を挟み、スポーツドリンクを飲まし、食事をとらす。食事と言っても、コンビニで売っているバームクーヘンやチョコレートなどだ。
すぐに血糖値が上がる甘いものを選んである。
桜木は、休憩の度にカメラのバッテリーを確認している。
夜半を回る頃には、二人は、より多くのゾンビを相手にできるようになって来た。スキルレベルが上がって来たのだろう。と言っても、中学生の剣道部のレベルだろうとは思われる。
辺りに耳を澄ますと、「あ〜、あ〜」とか「うぉ〜」と言う声とも音ともつかぬ声が聞こえている。どうやら、まだまだ周りに居るのだろう。まだまだ、この世をさまよっている彼等の声が聞こえていると言う事は、狩る標的には困らないようだ。
ただ、死んでいて、息もしないのに何の音かは、俺には気になってしょうがない。
俺は、ラッパを吹き、タンバリンを鳴らし、花火を上げる。笛ロケットなどは大変効果的だった。
もう八時間も連続で戦っている。長時間の筋肉の疲労が集中力を欠き、気が散漫になり、要らぬ事を考えたり、幻覚幻聴を見たり聞いたり、危険な状況になって来る。
その予防の為、立ったままでも水分補給や糖分の補給は欠かせない。
瀬戸山さんが、細かく切ったバームクーヘンや飴を口に運んであげている。
「腕が下がってるぞ!」
「無駄な動きをするな! 疲れるぞ!」
ゾンビの顎を破壊すると警察には嫌がれる。身元捜査に、歯の照合が有るから、上下の歯が揃っていた方が捗るのだそうだ。
しかし、こちらも命がかかっているので、下手に考慮とかは出来ないのだ。
午前3時の休憩で、持って来ていた間食用の食料が尽きた。
増えた二人分の計算を誤ったようだ。女子がそんなに食べるとは思わなかったのだ。
俺は、ゾンビが集まり過ぎると、ドラゴン花火に火をつけたりして調整しているだけなので、運動量は少なかったこともあり、そんなに空腹感はない。しかし、瀬戸山さんは、緊張も有るのか、極度のストレスからか、よく食っていた。
(自分が食ってどうするんだよ)
口には出せないが、計算が狂った原因は彼女だ。
翌、午前7時頃に空が明るくなって来た時には、駐車場は辺り一面死体の山であった。
新たに寄って来るゾンビもいなくなったので、このあたりのゾンビはほぼ全滅したのだろう。
俺達は、死臭漂う駐車場で朝食を取った。吐いたりする者も居無いので、四人共全員が感覚が麻痺して居たのだろう。
それにしても臭い。死体の腐った、甘い、腐った、反吐が出そうな匂いだ。我ながら、よくこんなところで食事が出来るものだと思う。
「桜木、これからだぞ。」
「何が?」
「強くなる特訓だよ」
「へ? 今までのは?」
「うーん、スキルアップと経験点かな?」
「次は、筋力アップだ」
「みんな真面目にコツコツ、コツコツ練習しているんだよ。そう言う事をせず、簡単に強くなるには、筋力アップが一番早いんだよ」
剣の強さは、剣の素質×スキルで決まる。
剣の素質は、肉体のステータスと知覚のステータスで決まる。
筋力、敏捷、器用 などの体力系ステータスが肉体系の素質に影響する。
つまり、筋力が上がると、素質も上昇するのである。
「そ、そうか。今からか?」
「ああ」
「ゾンビの死体の回収だ」
「あの、時給がいい奴だよ」
「そうか……。」
(お前が金に困ってると言うから取ってきた依頼だぞ)
9時頃になると、トラックが4台やって来た。荷台に特製棚を積んであり、これにより遺体を多く積めるようになっている。
「うさみみパラダイスさんと聞いて、トラックを全部出しましたよ」
愛想の良い中年男性が話しかけて来る。山梨観光協会の人だ。俺と瀬戸山さんは以前にお会いしている。
一応、「もふもふのシッポ」だと訂正はしておいた。
不織布のツナギとマスクにゴーグルをお借りして、積み込みの作業を行う。
遺体を不織布とビニールで出来た遺体収納袋に入れて行き、トラックに積み込むのだ。
棚に一体ずつ納めて、遺体同士が重ならないようにする。長時間遺体が重なったりすると、そこから痛んで崩れてくるのだ。
駐車場の管理人が迷惑そうにこちらを見ている。しかし、ゾンビは自然災害扱いなので、残念そうにこちらを見ている。退治されなくて、数が増えて、こちらの世界に出て来られても困るからだ。
観光客が、スマホカメラでゾンビの遺体を撮影している。
「もう、樹海の中は安全なので、入っても大丈夫」
と言っても、この光景を見たら、足が進まないらしい。
貴重な風穴とかあるのにね。
今回は、トラックや作業員が多かった事もあり、昼過ぎには概ね片付いた。
駐車場で水を借り、血液やよくわからない体液を流して、綺麗に後片ずけを行なって、午後三時には撤収となった。
県警の横にある、安全協会で風呂を借りている。
ここでよく汚れを落としておかないと、帰りの電車で、生ゴミを見るような目で見られてしまうのだ。
ここは、湖の方の駅ではなく、富士山に登山する素人登山客が間違えて来る駅に近い。
「おい、藤波。俺は強くなったのか?」
湯船に浸かりながら、桜木が聞いてきた。
彼の体の筋肉は、もう限界を超えているだろう。しばらくは、筋肉痛が続くだろう。
「それほど強くはなって居ないだろう」
「やはりそうか?」
「もちろんだ」
「後、何日だ?」
「三週間ぐらいかなぁ」
「頑張れな。でも、剣道部の練習についていける程度には強くなったぜ!」
日が暮れて、四人で電車に揺られて居る。昨日から一睡もして居ないので、四人はすぐに眠りに落ちた。
無事に乗り換えが出来たのが不思議なぐらいだった。
俺は、瀬戸山さんの手を握ったまま寝てしまって居た。