桜木 その107
庭窪さんと駿河さんは、
「あの人、素手で戦ってるよ。拳法の達人なの?」
と不安そうに聞いて来ている。
「あいつが拳法なんて聞いた事ないなぁ。多分素人だけど、見える様になったからじゃない?」
と桜木が答えている。
俺は、黒い影との間をじりじりと詰めて来て居た。
そして、足を高く上げ、多分影の頭のあたりを蹴り上げる。
数歩分後ろに退く黒い影に、もう一発蹴り上げる。
さらに後ろによろめく影に、手帳型携帯ケースから、魔法紙を一枚とって、呪文を読む。
「結界!」
黒い影は六角柱の結界に閉じ込められた。上下は六角錐の結界で蓋がされている。
俺には、六角柱の結界の中に黒い影が浮いている様に見えている。
ただし、桜木達には、六角柱の中にヒヒが閉じ込められている様に見えているはずだ。そのヒヒが、結界の壁を叩いているが、壁はビクともしていない。
俺は、両手を上下に突き出し、掌を合わさる様に動かした。すると、六角柱の結界も手の動きに会せて小さくなっていく。
結界が女性の小指の爪ぐらいになった時、作業は終わった。
俺は、左掌にそれを乗せて、右手で魔法障壁、物理障壁と魔法を掛けていく。もちろん、魔法紙を使っただけだが。
次に、ポーチから小さな水晶を取り出し、中に封印した。
この水晶は、昨夜のうちに強固の魔法を掛けてあるのだ。
さらに、上から物理障壁を掛けておく。水晶の外部からの破損を防ぐためだ。
「藤波、倒したのか?」
「いや、俺には霊能力がないから、倒せていないよ。封印しただけだ」
俺は、水晶を持って部屋の中に入る。
「ラフノールの鏡ならぬ、ラフノールの水晶さ」
「ラフノール?」
桜木が聞いてくる。
あたかも、心霊関係にそんな単語は出て来なかったと言いたそうだ。
「これぐらいの小ささの結界なら、サザンの魔力なら発動にも維持にも魔力をほとんど消費しないのさ」
「そして、この水晶は魔晶石なので、日々魔力がたまっていき、維持にはその魔力を使うと、永遠に封じ込められるってわけさ」
「本物の『ラフノールの鏡』の様に宇宙を飛んだり、亜空間を作ったりは無理だけどなってか、物質は小さく出来ないから無理だし、時間も経過するので人は封じ込められないけどね」
「桜木、やるよ。さっきの壺に入れとけよ」
「入れとけよって、らっきょじゃないだろう」
「なに今の?」
瀬戸山さんが聞いて来た。
栃原先輩も不思議そうに水晶を見ている。
「だから、ラフノールの水晶さ」
「『さ』じゃないわよ。そんな魔法なんて聞いたことがないわ」
「今説明しただろう」
「庭窪さん、駿河さん、まだ悪霊は居ますか?」
「いえ」
「じゃあ、依頼は完遂で良いですか?」
「はい」
「ありがとうございました」
「では、テーブルを借りれますか?」
「え? はい」
「桜木、サインを貰えよ」
「ああ」
桜木が契約完了のサインを貰って、契約完了となった。
ついでに、黄色い和紙を細く切って短冊を作り、朱色の筆ペンで「般若波羅蜜多」と書き、木工用ボンドで貼り付け、壺の蓋を封印する。
「木工用ボンド?」
「ああ、乾くと透明になるから大丈夫だ」
「いや、そうじゃなくて」
次に「開封厳禁」とか書いていって、どんどん貼り付けていってると、横から桜木が聞いて来た。
「そんなので、効果があるのか?」
「もちろん無いよ」
「えっ」
「俺、霊能力ないし。適当に作ってるだけだから」
「これで雰囲気出るだろう」
「後さ、桐の箱に、書道部とかに頼んで、『しそしそこくそ』みたいな字で和紙に由来など書いて一緒に入れとくんだよ。で、桐の箱の蓋に、『悪霊封入』とか『開封厳禁』と書いて封をするんだよ。オカ研の宝物になるぜ」
俺は、悪い顔して微笑んだ。
「お前、『しそしそこくそ』って、真面目に書道してるやつに殺されるぞ」
帰りの電車である。依頼者の家を出る時に、依頼者の二人の女性と桜木の霊視の魔法は解いてある。
「良いアルバイトになったね」
瀬戸山さんが話しかけて来た。
終電に近い、空席の目立ち始めた電車の中である。LEDの電灯に白いカバーが付いている。おかげで、妙に車内が白く明るい。
「ああ、数時間で一万円だからなぁ」
「なんで、あんな無茶するの? 心配するじゃない」
(え? いやいや「心配するじゃない」って、嫌がる俺を引き摺って、ベランダに放り出したのはあなたですよね?)
「うーん? 熱ある?」
「なに? 無いわよ」
「この頃、記憶が飛んだりしない?」
「全然。どうして?」
「その胸に手を置かせて、よく考えてみてよ。俺をベランダに放り出したのは君だよ」
「え? そこじゃなくて、倒さないで封印したじゃない」
「ふははは、確かに、瀬戸山がベランダに叩き出していたな」
「うふふ」
俺は笑っている瀬戸山さんの肩に手を回した。
甘い時間が流れている車内を壊す様に桜木が話し出す。
「藤波さあ、魔法使えるじゃんか?」
「何度も言うけど、使えないよ」
「え? いや使ってるじゃん」
「あれは、俺に憑依しているサザンってスライムに、魔法の道具を作ってもらっているだけで、俺は使えない」
「んん?」
「俺に有るのは、『魔法の道具を使う素質』だけなんだよ。だから、道具は使えるんだよ」
「だけど、D&Dみたいに事前に準備しないといけないんだ」
「そうか、そうなんだ」
「それでもすごいな」
「俺にもそんな素質が有ったらなぁ」
「無い物はしょうがないな」
「今度、浅間山の合宿について行くんだが、何か出来ることは無いかなと思ってさ」
「お前がついて行くのを辞めたら、足手纏いが一人減るぞ。助かるんじゃ無いか?」
「お前さ、まじで言ってる?」
「勿論、一番合理的で、一番被害が少ない方法だ」
「くそっ!」
「ダメ、ダメ、勇人にそんなこと聞いたって無理よ。片眉を釣り上げて『船長、それは非論理的です』としか言わないわよ」
「桜木君は、『俺が先輩の前に立って盾になりたい』って言ってるのよ」
「ふむ、良い心がけだ。ファイヤーボールの一発ぐらいは受けられるだろう」
俺は、桜木に向かって言った。
「ところで対人地雷の効果を知っているか?」
「対戦車用の地雷は、人が踏むと、その人を吹き飛ばして終わりだ。だが、対人用地雷は違う。対人用地雷は、兵士の片足だけ吹き飛ばすのさ。片足を吹き飛ばされた兵士はまだ生きてるので救護するだろ。頭と足を持って、そいつを担ぎ出したら、その戦場から三人の兵士がいなくなる。」
「それに、傷痍軍人が本国に帰れば、反戦運動が活発になるし、身体障害者が増えれば経済的ダメージも与えられる。良いことだらけなんだ」
「ああ」
「つまり、盾になったお前は即死するべきなんだ。なまじ助かると、戦力の減少を招くことになる」
「それを踏まえて、まだ、盾になって朽ち果てたいのか?」
「なっ?」
「なんてこと言うの? 友達でしょう」
「はじめは、私が守るから大丈夫よ」
栃原先輩が桜木を抱き寄せて、自分が桜木を庇うと言い出した。
ありがとうございます。
高評価をいただきました。たぶん……。
低評価をつけてくれた人がいっぱいとか無いよね。