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ベランダのヒヒ その106


「何やってるの? あたし達がするから、下がっていて」

「ぷっ」


 瀬戸山さんが怒ったような、笑っているような顔で言って来て、そして、吹き出した。


(笑うのを我慢してたのかよ)


「藤波、人が死んだら、こんな舟が来るのか?」


「お前、敬虔な仏教徒じゃ無いだろう」

「仏教徒があの世に行くには、向こうの見えない大きな川を渡るんだ。それが三途の川なんだ。そこを悪い事したものは泳いで渡るんだ。いい事したものは、上流にある、細い橋を渡るんだ。もっといい事したものは、さらに上流の幅の広い橋を渡るんだ」

「だけど、時代が経つと、三途の川の渡し船だ、奪衣婆だ。と変わっていって、渡し賃も六文になったのさ」

「それを聞いて居るから、自分の頭が船の映像を見せて居るのさ。宮沢賢治の銀河鉄道の夜なら、蒸気機関車だ」

「松本零士なら、俺はさっきC62に轢かれていたよ」

「迎えに来た乗り物も、空飛ぶ牛車だったり、火の車が付いていたり様々さ、本当の姿は死んで見ないと分からないさ」


「船に見えるけどな」


「いまは船でいいんじゃ無いのか?」

「バッフクランのガダッカじゃ嫌だろう。揺れるぜ」

(一人乗りだし)


「バッフクラン?」


 俺は部屋の隅で、しゃがみ込んでお茶を貰う。最初に淹れてくれたものだから、もう冷めていてぬるくなって居る。


「爺さんに、表のサルも連れていって貰えよ」


「フン、フン。あれは人じゃないから、自分は向こうに送れないって」


「怠慢だな、上司に電話するぞって言ってやれ」


「ああぁ、ああ」

「うぉおお」

「……。」


 顔の向きから、どうやら三人は、舟を見送って居るようだ。どんな光景が見えていたのか、俺にはわからない。



 部屋の中は静かになったようだ。俺には、初めから栃原先輩と瀬戸山さんの神楽しか聞こえていなかったけどね。


「さあ、終わったし、帰ろうか?」

俺はゆっくり立ち上がった。


「あ、あれは? 大きな猿がベランダに居るじゃないの」


奈津希さんが、ベランダを指さして、当然とばかりに抗議してくる。


「依頼は、『部屋の中に幽霊が出て困っている』だったでしょ。あそこは部屋の外」


「そんな、何とかしてよ」


「術が解けたら見えなくなるから大丈夫ですよ」


「大丈夫じゃない。大丈夫じゃない」


「そんな事言われても、契約外ですし」

「強くて、我々には対処できませんから、無理です」


「そんな、何とかしてよ!」


「でしたら、まず先祖供養をして、ちゃんと自分の霊格を上げて、自分自身を守って貰った方が良いでしょう」


「でも、どうやって?」


「この壺を購入頂いて、毎日拝んで頂くと、ご先祖様もお歓びになられますよ」


「それは?」


「昨日、私がスーパーで買って来た、漬物など入れる壺ですね。ラッキョや福神漬けを入れるのに良いのではないでしょうか?」


「プッ! 明代、壺を買わされてるの?」


奈津希さんが、遊んでいる俺を見て笑っている。


「何を馬鹿な事してるのよ。何とかして来なさいよ」


瀬戸山さんが俺の襟首を掴んで怒っている。


「俺?『して来なさいよ』って、俺は、今日は専門外なのですけど」


 俺の抗議の声も、魔人瀬戸山には届かず、かすかな抵抗も虚しく、瀬戸山さんにベランダに引き摺り出された。

扉を開けて、蹴り出されたのだ。


 俺は首をひねって、振り返って言う。

「こんな事されても、全く見えないし、感じないのだけど」


「桜木! それ持って来て手伝って」


「ああ、何するんだ?」


「何処にいるか分からないのだよ」


「ちょっと、塩を掛けて見て」


桜木がパッ、パッ! と塩を振る。


「何も感じていないようだぞ」


(そら、そうだろう。それぐらいでは撃退できないだろう)


霊体の強さは大きさに比例する。見た目が大きいと強いのだ。


「じゃあ、次、小豆な」


「呪文とか無いのかよ」


「小豆は、あれだ!『小豆研ぎましょうか? 首取って研ぎましょうか? ショキ、ショキ、ショキ』だ」


「それは、小豆研ぎだろう!」


「そっか?」


 桜木が小豆を投げつける。


「顔にぶつけると、嫌な顔をしてるぞ!」


(そんな事したら、誰でも嫌だと思うぞ)


「じゃあ、次は煎り大豆だ」


「なんて言うんだ」


「鬼は外だろう」


「おにはぁ〜そ〜っとぉ〜!」


「うわっ! 怒って来た」


「中に入れ! 中に!」


 俺は、桜木を室内に押し戻した。


ドン!


 俺は何かに弾き飛ばされて、隣室との隔て板に当たって止まった。

フレームに当たったから、壊れなかったが、壊すと大変だ。お隣さんから怒られるところだった。

 ベランダのガラス戸がバンバン音を立てている。閉めてあると、自ら中には入れないようだ。

(ガラスってスゲーな。結界にもなるのだなぁ)


 俺は慌ててステータスを強化する。間髪入れず、何かに、或いは何かが、上方から叩きつけられる。見えないので分からないが、相当な力を感じる。


 何かが強烈に俺に当たって来る。その度に体が吹き飛んでいる。

手を顔の横に上げて、防御姿勢を取り頭を守る。多分、ヒヒに殴られているのだろう。


 サザンを憑依させようか迷っていると、桜木が扉を少し開けて、豆撒きの援護射撃をしてくれた。


「鬼は外! 鬼は外!」と言いながら、左手で煎り大豆を投げつけてくれている。

(右手のカメラは何だ? いくら撮影しても、そんなもん映らんぞ)


 何かの攻撃が止んだので、今のうちにと体勢を立て直す。


「桜木! 俺に霊視を掛けて貰ってくれ!」


「分かった」


 桜木は、ガラス戸を閉めて、また中に入っていった。


 俺は体を屈め、両手を頭の横で構えて防御姿勢を取る。

それでも見えない何かは、容赦無く叩きつけて来る。その度に俺の体は前後左右に吹き飛ぶ。


 「私、霊視なんてわからない。使った事ないし。見えてたから」

瀬戸山さんが、何か言い訳している。


「ウロ覚えだけど試してみるね」

栃原先輩が、呪文を振り付きで唱え出した。栃原先輩は、魔法レベルが低いのだ。部長としてのマネジメントや人望は高いのだが、彼女の魔法の素質は低いのだ。

そして、挙句の果てにうろ覚えと言っている。


 庭窪さんと駿河さんは、ベランダに入りきれないヒヒが、頭と肩を屈めてしゃがんで俺を殴っているのを見ていた。

「死んじゃう、死んじゃう、あの人死んじゃう」

「早くこっちに入れて上げて、ねえ、早く!」


「まだ大丈夫よ。勇人は、まだ本気出していないから」


瀬戸山さんが生暖かく言い放つ。


「え?」

「えっ?」

「え?」


「瀬戸山さん? 藤波が本気出すとどうなるんです?」


桜木は恐る恐る聞いて見た。


「あの猿が即死してるわよ」

「伊豆の幽霊船みたいにね。あなた居たでしょう?」


「そぉうダァなぁ〜」

(おんなこえぇ〜。あの状況で、助けてあげないのか?)


 栃原先輩が詠唱が終わったのか、ガラス越しに霊視の魔法を掛けてくれる。

俺の視界の中に、徐々に黒い靄の様な物が立っているのが見える。 しかし、ヒヒの姿には見えない。栃原先輩の魔法レベルが低いのだ。


「ありがとうございます」

俺は視線を動かさず、礼を言った。


 黒い霧から、何やら黒い物が伸びて来る。多分、ヒヒのパンチか? 爪による引っ掻き攻撃だろう。

どちらにしても、当たっていいものじゃない。


 俺は、黒い多分ヒヒのパンチを手で払いながら避けている。余裕がある時に前に避けるのだ。半歩、靴一個分でも前に進み、影との距離を詰めていく。



ありがとうございます。

ブックマークをありがとうございます。


読んでいるだけの人は、なぜそんなにブックマークにこだわるの?と思うかもしれませんが、書くものにすると、人気のバロメーターなのです。


本当にありがとうございます。

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