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あのじいさん その105

 着物の幽霊が動き出した。

庭窪 明代の方に向かって歩いて来る。


「藤波、こっち来るぞ」


「『来るぞ』と言われてもな。祓うのは俺じゃないし。首を絞めたりしたら手を出せるが、今は無理だ」


「無理って言ったて、何とかしないと」


「好きな女を信じて待つんだ」


「それ、男だろ」


「何か言いたいのじゃないの?」


「俺は聞きたくないぞ」


「お前にじゃないだろう。彼女にだよ」


俺は、庭窪さんを指差す。


「何で私?」


「だって、わざわざついて来たのでしょう」

「ロープがまだ首に付いていると言う事は、首吊りをして亡くなった。と訴えているんでしょ。」

「着物を着ているなら、戦前以前の女性で、このマンションは出来ていない。現代人の着物は礼服か晴れ着ぐらいだからね。普段着で着ていると言ったら、相当昔だ」

「だからこの部屋で亡くなったわけじゃなく、貴女に付いて来たのですよ」


「そうか」


「何で私に?」


「知らん」


「勇人、いい加減、年上の人に上から喋るのはやめなさいよね。失礼よ」


「んん? そんなつもりはないが」


「ずっとよ」


「ずっとだな」


「そうか?」


「こっち来るのですけど」


「霊というのは、今見ている姿が本当の姿では無く、そう見せたいか? そう、見てる側が頭で感じているんだ」

「自殺者だから、かまってちゃんなんだろうな。未だに、ロープを付けて自己主張しているし。『私、可哀想でしょ』と自己主張してるんだよ」

「放っておきなよ。庭窪さんが優しそうだから、後ろを付いて来たのだよ」



「きゃあ、来た! 来た! 来た!」


「じゃあ、まずは定番、塩」

俺は、庭窪さんに、スーパーで買ったアジシオを手渡した。


「あっち行け! こっち来んな!」


庭窪さんが、アジシオをかけている。


「止まった」


塩をかけられて、着物の幽霊は止まったようだ。


「どう?」


「なんか、止まったみたい」


「え?」


「『え?』って何だよ。お前が渡したんじゃ無いか」


「ああ」


俺は、ちょっとがっかりした。


「さあ、準備ができましたよ。気持ち悪いでしょうから、さっさと祓っちゃいますね」


栃原先輩が、準備が終わったのか、祓うと言ってきた。心霊ごとに関しては、一枚も二枚も上手だ。まさに余裕の貫禄だ。


「何出してるんだよ」


桜木が俺の手元を見て来た。


「大豆の炒った奴だろ、小豆の炊いた奴、胡椒」


「胡椒?」


「落ちだよ。ちゃんと準備して来たのにな。そいつ、塩でもう効きやがるの」


「ジョークだったのか?」


「うーん、難しいな」


「何がだよ。このシーンで笑いなんかいらないんだよ」


「シュチエーションギャグって分かるか?」


「そこ、ふざけてないでよ」


 栃原先輩と瀬戸山さんが巫女の格好をしている。神道だったのか?


(いつ着替えたんだよ)


 栃原先輩が御神楽を踊り、瀬戸山さんが太鼓で調子を取っている。笙や琵琶だろうか、弦楽器の音楽はMP3プレイヤーから流れている。


 桜木達には彼女が光って見えていたらしいが、俺には単に鈴と扇を持って踊っているようにしか見えない。


 栃原先輩と瀬戸山さんは、共に祝詞を歌っているようだし、栃原先輩はそれに合わせて踊っている。


「藤波、首吊りの幽霊の方が苦しんでいるぞ。どうしよう?」


「知らんし、見えてないし」


「あ、走って来た! 庭窪さんの首を締めてるよ」


「うううっガッガッ!」


 確かに、庭窪さんが苦しそうだ。両手で、自分の首の前の何かを掴んでいる。


「バカだなぁ。こいつ」


俺は、庭窪さんに近づくと首と多分手だろう圧を感じるところに指をねじ込んだ。


「な、何をするんだ?」


「向こうが押して、首が締まるという事は、こちらからも押せるんだ。作用反作用が発生しているからね。つまり、こうやってもてるんだよ」


 俺は、たぶん手だろう所を持って、幽霊を庭窪さんから押し離す。

そのまま、たぶん腕を持って床に押し倒して、右足で踏み付けた。

手と足が床から少し浮いた所で止まる。手と足の裏に柔らかいグニョンとした感覚がある。


「藤波、そこ胸! 胸!」


「光る玉になったり、シーラカンスになって泳いでいる奴に胸もへったくれもあるか!」


「いや、結構ひどい状況だぞ」


「エロいのか?」


「グロいんだ」


 ロープを首につけた遺体に、胸がはだけ、裾がめくれて、紫色に膨れた足の付け根が見えている。そこに勇人が上から胸を押さえて、腹を踏んずけている。


 何がPTSDって、目の前で起こるこの風景がトラウマになる。そんな状況だ。


「うわっ!」


「ぐっ! ぎゃあ」


「きゃあ」


「どわっ!」

 勇人は、後頭部を叩かれたような衝撃を感じた。

振り向いても何も無い。何も聞こえない。


「何だよ」


「藤波ぃ、船がァキタァサァ」


「何で、急に沖縄のうみんちゅうになってるんだ?」


「船が、突然出て来たようだと、けど」


「何言ってんだよ」

「ああ、時代劇みたいな渡し船だろ! 木造の。爺さんが艪か櫂を漕いでるの」


俺は、以前会った舟を思い出した。

山の道を漕いで上がって来て、さまよえる霊を回収して行く、三途の川の渡し船だ。


「人の頭に舟をぶつけて、行き足を止めやがったな。ちょっとその爺さんに文句言ってくれ!」


「おい、その舟が壁を抜けて来たぞ」


「そら、霊体だからな、我々の物理法則外で存在しているからな」

「壁は抜けられるのに、俺にはぶつかりやがった」


「なんか言ってるよ」


「聞こえないよ」


「なんか! 言ってるよ!」


「聞こえないよ!」


「な! ん! か! いって! る! よ!」


桜木が、だんだん大きな声を上げている。


「お前の声じゃねぇよ! 爺さんの声が俺には聞こえないんだよ!」

「落ち着け。生きた人間は連れて行かん、ゆっくり話せ」


「ああ、笑いながら謝ってるよ」

「その首吊り幽霊を連れて行くって」


「ああ」


 その瞬間、すっと、掴んでいた何かが無くなった。手と足が床に落ちた。


俺が立ち上がろうとした時、


「あっ」

「あたま」

「うえ」


ゴン!


見えない何かに頭をぶつけた。


 どうやら、俺の上に舟が進んで来ていたようだ。


「何してるのよ」

「聖霊が来てるのよ」


どうやら、栃原先輩と瀬戸山さんとは、見えているものが違うようだ。


 俺は、這って、桜木達の方へ移動し、頭の上に何も無い事を確認して立ち上がった。

振り返って手を伸ばすが、もう、船に触れる事は出来ない。


(わざとか? わざと舟底だけ物質化させたのか?)


 俺は、気を取り直して、血塗れワンピースの幽霊の方に行き、話しかけた。


「その格好なら、死んで30年は経っているんだろう。殺されて無念だろうが、そろそろ行くべき場所に行ったらどうだろう?」


俺は優しく話しかけた。


「藤波、左、左、もう少し左」


「おかしぃ〜」

駿河 奈津希の方が、声を出して笑っている。

庭窪さんも、破顔している。


 シリアスな場面を一気にギャグに変えたらしい。


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