い、異世界? 異世界召喚か? その10
あれから何日経ったので有ろうか?
富士山登山記念と書いた杖のお土産を二本買って走っている。まるで、ノル ディックウォークの様だが速度が違う、ただ、杖を二本突いたこの方が楽に走れるのだ。
国道を走って「川越」の文字を見て、今「日光東照宮」の文字と矢印を見た。
国道を走って来たので、意外と距離は稼げた。
相模原はゴールでも何でもなかったのだ。今度は北に向って走っている。
日光東照宮、華厳の滝とお詣りすると、また、山の中を走り出した。
進路をやや東に変えて、北東を目指している。
山の中は、魔物が多いし、寒い。
ここまで来ると、山の中はぐっと寒くなる。ジャージでは、野宿がキツイ。しかし、鄙びた温泉や民家に泊まるが、無いときは野宿で有る。
ヒシヒシと冷気がケツを伝わって上がって来るのだ。
スマホを見ると月山と有る。いま、ここの神社の宿坊を借りて泊まっている。
常に電波が入るわけでも無く、アンテナが圏外になったり、一本立ったりしている。
神仏習合で、神社なのに仏像のお堂があったりし、よく分からない状態になっているが、修験者が多く、一般の人も修験道の修行に来ている。
ここはお風呂も大きく、一般の人と一緒だし、部屋も大部屋だったが、屋根があって、布団があって幸せだった。人は、壁と屋根と風呂で幸せになれるんだと思った。
翌朝、朝のお勤めが終わると、蘇我の爺さんが、
「今日で結願だ。気合い入れていけよ!」と言ってくれた。
しっかりと朝食を摂ると不動堂に行く。「今日で、最後だ!」と、気合を入れる。
(しかし、魔法は結局使える様にはならなかったなぁ。何の修行だったのだろう?)
不動堂に着く。相当古い建物の様だ。今から、ここで護摩焚きをするらしい。
俺も若い修行中の僧侶に混ざって準備を手伝う。
小さなお堂の正面にキンピカの不動明王の像が立っている。
その手前に、不動明王に向かって住職なのか色が違う袈裟を着た坊主がいる。そして、その手前、住職の後ろに護摩が組んで有る。
護摩の左右に6人づつ、若い先ほどの小坊主さんが、三人二列に座る。
護摩の手前に、副住職? が座っている。その後ろに、二列に二重に爺さんと俺が座っている。
左前が与里野の爺さん、右前が蘇我の爺さん、左後ろが奇織の爺さん、右後ろが俺だ。
護摩焚きの修行は、朝の9時前から始まった。副住職が進行係で、住職が合わしている感じだ。
俺は、護摩焚きが始まってすぐ、正座が辛いと思って居たが、5分もしないうちに暗がりに落ちた。
床が暗くなり、無くなった感覚だ。物理的に、どこかに落ちていく感覚がしている。
時間的に、長いのか、短いのか良く解らないが、どこかに落ちて行っている感覚は残っている。
暗いトンネルをドンドン落ちて行く。
既死体験でよく聞くあれで有る。
で、スコンと花畑の上に落ちた。
目の前を、30cm程度の妖精がパタパタと飛んでいる。
「良くいらっしゃて下さいました。勇者様」
その妖精が、俺に向かって何かを言っている。
周りを見ても、パタパタと妖精が6人ほど飛んでいるだけだ。
「オレ?」
「そうでございますよ。勇者様」
再確認してみても、どうやら俺に話しかけているようだ。
「ひょっとして俺を呼んだの?」
「そうでございますよ。石仏様に救って頂ける様にお願いして居たのです」
「早速、願いが聞き届けて頂けたのです」
飛び回っている妖精達が説明してくれた。
そこには石の地蔵があったが、何かが違う。
この地蔵は、錫杖じゃ無く剣を持っている。後光じゃなく、炎を背負っている。目をカッと見開き、牙が生えている。
(不動明王のヤツ~。勝手に何してるんだよ! ここ何処だよ)
(まさか、異界に転生したらチートでした。ってやつか? 俺は死んだのか? 神様にも天使にも会わなかったぞ)
「こちらでございます。勇者様」
てんとう虫の様な妖精が案内してくれて、妖精王の前に連れて行かれる。
一面の花畑の中、少し盛り上がった丘の上に、豪華な椅子に座った羽の生えた裸の王様がいた。
ぷくっと肥えて、上半身は裸で王冠を戴いている。背中にはミツバチのような羽根が生えている。
「よくぞ来てくれた、勇者殿よ」
キョロキョロと周りを見ても、やはり誰も居ない。
「たぶん、違いますよ。俺は勇者でも何でもないし」
「ちょっと、人違いなので帰して貰えませんか?」
「むりじゃ、儂にそんな力は無い」
「・・・・・・え?・・・・・・。」
「むりなんじゃ、儂にそんな力は無い」
その、たぶん妖精の王様が、もう一度説明してくれた。
「いや、聞こえなかったんじゃ無くて」
俺は思い直して、前向きに質問してみた。
「では、どうしたら帰れるんでしょうか?」
「うーん、石仏に頼んで派遣して貰ったので、石仏に言えば何とか? いやいや、魔族を打ち負かして、この精霊界を救って頂けたら、その時はお前の世界へ帰すであろう」
(今、「帰せない」って言ったじゃん。第一、魔族って何だよ)
(ちょっと、これは、ちゃんと断った方がお互いの為だな。向こうも、ちゃんとした勇者を召喚しないと困るだろうしな。)
「あのう、私はただの高校生なので、石仏に頼んで帰して貰えませんか?
で、ちゃんとした勇者を、もう一度召喚し直して貰って下さい」
「勇者殿よ、魔族がこの精霊界に魔界から侵攻してきおったのじゃ。
奴等を打ち負かして、この世界を救ってくれ」
(何を人の話をスルーしてるんだよ。勇者じゃ無いって言ってるじゃねーか!)
「いや、だから勇者じゃ無いから」
「詳しいことは、そのものが説明するのでな。頼んだぞ。勇者殿よ」
勝手に話を終わらせて、すーっと後ろの花畑に同化して消えて行く妖精王。
晴天のどこまでも続く青空に、大地には色取り取りの花が咲いている。
イトトンボかカゲロウの羽根をモチーフにした羽根が生えている妖精がパタパタと飛んで来る。
トンボの様ではなく、飛ぶ時はパタパタと羽ばたいている。オニヤンマのような羽根の動きではない。
そんな妖精の一匹か一人かが自己紹介をする。
「私の名はフローラ。貴方がこちらに居る間は面倒を見させて頂きます。よろしくお願いします」と。
身長は30cmぐらい。身体は人の女性だ。幼女や三頭身ではなく、大学生ぐらいの人間の女性だ。背中に二対四枚のカゲロウの羽のような羽を持っている。
少し幼げな、中学生ぐらいの顔に、触覚が生えている。
蝶の羽を持っているものは、ヒラヒラのワンピースを着ているが、ハチやトンボの羽を付けているものはスリムなパンツスタイルだ。
フローラはキュロットスカートを履いている。
この世界には、ボタンがないらしく、服を留めているのは紐である。
「ええ~、勇者様、今この妖精界は魔族の妖魔に侵攻されて滅び掛かっています」
うんうん、よくある話だ。初期のPCゲームか家庭用ゲーム機はこんな話ばかりだったなぁ。映画なら、50年前のファンタジーかな? ネバーエンディングストーリーってのもあったな。
で、仲間を探して、共同で倒すんだよなぁ。
「我々の魔法は攻撃が苦手なのです。そして、彼らの方が強くて暴力も振るえません」
「で、勇者様に魔族達を排除して頂きたいのです」
キタッーーーー! テンプレのような進行。
「お断りします」
「断っても帰れませんよ。我々が召喚した訳じゃ有りませんからね」
ええ? なんで解らないのだろう。だから石仏に帰すように頼んでくれって言ってるんだよ。
「俺は勇者じゃ無いの。刀も剣も持ってないし、使えないし。弓矢も使った事もないし、勿論、魔法も使えない。
持ってるのはこの鉄棒一本。何と戦えだって? たぶん、人違いなの。解る?」
「(石仏が呼んだ勇者なので仕方がないのよ。こっちも貴方で我慢してるのよ)解ったわ。では、勇者かどうか試して見ましょう」
「よし、俺の実力を見せてやろう。ガッカリして泣くなよ」
俺は、自分の実力を見せることになった。
ふふふ、知って驚け。ただの高校生だぞ。