肝が据わった女編-1
十羽と華とはお茶水駅で分かれ、自宅に戻った。
十羽とも一応連絡先を交換した。
「何か困った事が有ればいつでも呼んでください」と言っていた。この男は関わる女性全てに優しいタイプのようだった。長い間優しくない夫とずっといる文花は居心地が悪くて仕方がない。むしろ不自然な男だなと思ってしまう。
「そうねぇ。暇な時お茶でもしてくれない?主に夫とミイの愚痴で」
「ははは、良いですよ」
十羽は笑顔だった。
意心地悪くても、ミイの事はまだまだ聞きたい事がある。このままで終わらせるには惜しかった。
「文花さん、いくら十羽君でも人妻が男と会うのって不味く無い?」
華が耳元で小声で呟く。
「大丈夫よ。そもそも夫は不倫に常習犯だし、私の事なんて全く興味が無いんだから」
「そうかなぁ。なんか文花さん危なっかしいんですけど」
華は独り言のように呟いていた。
家に帰ると、夫はリビングのソファの上で寝転んでぼんやりとしていた。相変わらず仕事は捗っていないどころか、一行も書けないようだった。冴えない表情を見てすぐにわかった。
「文花ちゃん、どこ行ってたのさ」
「ちょっと、友達のとこ」
「あれ、なんかいい匂いする? マックみたいな?」
鋭い。
マックでが無いが、秋子の家で食べたピザの匂いだろう。
「まさか文花ちゃん不倫しているの?」
「はあ?」
思わず変な声が出てしまった。
不倫常習犯の夫がそれを言う?しかも若干不満げに。
「あのねぇ、私はあなたを愛してるのよ?」
「愛してる? 本当に?」
夫は鼻で笑った。一瞬小馬鹿のするような目で文花を見ていたが、すぐに穏やかな目に戻る。
「何か腹減ったなぁ。文花ちゃん何か作ってくれよ。あのクッキーみたいのが食いたい」
「材料がもうないのよ」
「じゃ、買いに行こうよ。一緒に」
「良いけど、アレ超高い国産のだけど。お店今日閉まってるわ」
文花が見つけ出したオーガニック専門店で買ったものだが、その店は火曜日と水曜日しか空いてない知る人ぞ知る人の店だった。自宅から電車で往復一時間かかる。
「えー、別にその辺の安い小麦粉でいいよ。文花ちゃん作ってよ」
夫は文花の返事を聞くまでもなく、支度をし始めてしまった。文花は止める隙が与えられない。
結局二人で歩いて近くスーパーに歩いて事になった。
中型のチェーン店のスーパーは、店員によるおすすめ品の宣伝放送や安っぽい音楽が流れていた。
あまり客はいなかったが、たまに文花や夫をチラチラ見てくる客は少なからずいた。
夫は全く気にせずソーセージの試食をつまみ、小麦やバターだけでなく、クッキーに関係のない筒状のポテトチップスやペットボトルのジュース、レトルトカレーもカゴに入れていた。
文花がたしなめても無視だった。まるで子供と一緒に買い物をしている気分だった。流石におまけ付きお菓子を欲しがったりはしなかったが。
結局夕飯や次の日の食材も買ってしまった。
夫は疲れたと言ってもスーパーに併設されているイートインのコーナーに座った。
「なんか平和だねぇ」
しみじみと夫は呟き、さっきスーパーで買った缶コーヒーを啜った。
「そうかしら? なんか近所の人に白い目で見られてる気がするんですけど」
「そういえば文花ちゃんとこんな風に買い物行くなんて久しぶりだなぁ…もっと一緒に来てやれば良かった」
その声はあまりにも小さく、スーパーの店内放送にかき消された。
「今なんか言った?」
「なんでもない」
夫はコーヒーを飲み干し、缶をゴミ箱に捨てに行った。
確かに夫と買い物に行くなんて久しぶりだった。こんな真っ当な幸せな夫婦のような行動をとったのはいつ以来だろう。
確かにこれはミイがいたら手に入れる事が出来ない時間だったのかもしれない。
あまり嬉しくはないが、その点においては良かったのかもしれない。
ただ、別にミイが死んだからと言って文花に気持ちは向くわけでもなく、単なる同居人か都合のいい家政婦と思われてる可能性が高い。ミイを殺して夫の心が帰ってくるならとっくに殺してる。殺さないのは、そんな事そても夫の気持ちが帰ってくる確証などないからだ。
そう思うと犯人の気持ちがわからない。わかりたくもないが、ミイを殺してえられるリターンなど僅かしかないのだ。
そう考えると逆に犯人はわからないか?そんな事を思案している間、誰かの視線を感じた。
あたりを見ても自分を見ているものなどいない。雑誌の記者か噂好きの近所の連中か、文花がミイを殺したと疑ってる警察か。




