貴方に対しては聖女、お前に対しては悪女。
「アルメリーダ。何が不満だったんだ?どうか、戻って来てくれないか?」
ここまでたどり着くのに、大変だったのでしょう。
ディアノス王太子殿下は、ボロボロな服装でやつれ果てておりました。
わたくし、アルメリーダはディアノス王太子殿下の国、ハラレス王国の聖女でしたの。
でも…
聖女である事が、嫌になって隣国の山奥で暮らす事にしたのですわ。
え?こき使われたとか、色々といじめられたのかって?
いえいえ、とても大切にして下さいましたのよ。
国中であがめてくれて、わたくしの居た部屋も立派な部屋で、食事も豪華な食事。
オマケにディアノス王太子殿下の婚約者という、平民出身のわたくしにとって、
なんて良い待遇なんでしょう。
でも、いくらなんでも、閉じ込めるだなんて酷いじゃないですか?
わたくしだって、祈ってばかりでなくて、外で遊びたいし、買い物もしたい。
自由な生活をしたいですわ。
聖女だから、国の為に祈って過ごせって、国王様も、ディアノス王太子殿下も、
神官達も、国民全員が、聖女だからって聖女だからって。
うんざりしたのです。
だから、隙を見て逃げ出して、今、隣国の山奥で暮らしておりますの。
しばらく隠れたら、街へ繰り出して、自由気ままにこの国で生きようと思っておりまして。
ディアノス王太子殿下は、わたくしの足元に縋って、
「君が帰って来てくれないと、国が滅びてしまう。結界はどうしたんだ?
悪い瘴気が入り込んで、皆、病でバタバタ倒れている。雨が止まず、植物が枯れ果てて行く。どうか、戻って来てくれ。」
「わたくしは、自分だけが可愛いの。だから、誰がどうなろうと構わないわ。どうして、自分の人生を犠牲にしなければならないの?
嫌よ。わたくしは、自由に生きるの。だから、帰って頂戴。」
「帰る訳にはいかない。君を強引にでも連れて帰る。」
「貴方、わたくしにろくに会いにきてくれなかったわよね。婚約者になったはずなのに。」
「そ、それは…」
「嫌だったんでしょう。平民の娘と結婚するのが…」
「私は王族だ。確かに平民の娘と結婚したくはなかった。だが、君は聖女だ。だから、私は結婚してやろうというのだ。」
「だから、わたくしは帰らない。さっさと帰らないと日が暮れるわよ。そうしたら、山で迷って、降りられなくなるわ。言っておくけど泊める気もないから。」
わたくしは、ディアノス王太子を追い出しましたわ。
「まったく、嫌な男…本当に国を出てよかった。」
わたくしの事を悪い女だと思うでしょうね。
でも、本当に自由がない生活。ろくに会いにきてくれない婚約者。
孤独でとても苦しかった。
だから後悔はないわ。
しばらく山小屋に滞在しておりましたわ。
「ここもなんだか退屈ね。街へ降りて男でもひっかけようかしら。今までまったくいい出会いがなかったんですもの。」
「聖女アリスティア。」
「違うわ。わたくしはアルメリーダ。」
「いや、聖女アリスティアだ。」
そこに立っていたのは、ディアノス王太子殿下の弟、トール王子でしたかしら。
なんせ一度しか拝見したことはありませんので、思い出すのに時間がかかりましたわ。
トール王子はこう言いますの。
「二頭聖獣の生まれ変わりである貴方は二つの顔を持つ。聖女アリスティアと悪女アルメリーダ。ああ、兄上が、わが国民が申し訳ない事をした。
だから、貴方は悪女アルメリーダになってしまったんだね。
どうか。聖女アリスティアに戻ってくれないか。これまでの事は謝る。
君が自由が欲しいというのなら、出来るだけ叶えるから。頼むから我が国を滅ぼさないで欲しい。罪のない人達が亡くなってしまう。どうかどうか…」
トール王子は頭を下げてくれたわ。
仕方がないわね。
「わたくしは、聖女アリスティア。貴方の心に打たれました。
国へ帰りましょう。そして、ハラレス王国の為にわたくしは祈りましょう。
でも、忘れないで。わたくしの中にはアルメリーダがいることを。」
「解っている。君がアルメリーダにならないために、私は努力するよ。」
わたくし、聖女アリスティアは、ハラレス王国の与えられた屋敷に戻り、国の為に祈りましたわ。
病で苦しんでいた人達は病が治り、空は晴れ渡って、光に溢れて…
ああ…良かった。心からわたくしはそう思いましたの。
トール王子がわたくしに手を差し伸べてくれました。
「君のお陰で国が滅びないで済んだ。有難う。」
「いえ、貴方の国を想う心が、この国を救ったのですわ。」
あら…見たくもない男がわたくしの足に縋っていますわ。
「アルメリーダ。これからは大切にするっ。大切にするから。」
ディアノス王太子…わたくしの胸に憎しみの炎が灯る…
「わたくしは聖女アリスティア。でも…」
「わたくしは、悪女アルメリーダでもあるのよ…」
ディアノス王太子を蹴り飛ばして、その顔を踏みつける。
「うふふふふふふふふ。アハハハハハハハ。」
ゲシゲシとその顔を踏みつけながら、
「悪女のわたくしを聖女アルメリーダと崇めていただなんて本当に笑える。
二度と、わたくしの前に現れないで。王太子ディアノス。もし、現れたら、
お前を殺してもいいのよ。」
「許してくれっ。私の何が悪かったのだ。」
「それが解らないなら、王になる資格もないわ。」
ニヤリと口端を歪めて、トール王子に向かって笑い、
「貴方なら解るわよね。」
「ああ、兄上は貴方の事を見下していた。私ならそのような事はしない。
貴方は聖女アリスティア。アリスティアなんだ。」
「そうね…二つの顔なんて本当は持ちたくなかった。
わたくしは…アルメリーダに逃げていたんだわ。閉じ込められていて辛くて、アルメリーダを作り出して、ああああっ…わたくしはわたくしは…」
涙がこぼれる。
アルメリーダなんてなりたくはなかった…
ただ、ただ、普通に生きたかったの…
トール王子が抱き締めてくれた。
「君だけに負担をかけたくはない。どうか、私と結婚してくれないか。
この国の為に、私と共に生きて欲しい。私で出来る事は力になろう。だから…」
「普通の恋がしたい。普通に生きたかったの…」
「すまない。本当に…でも、君に祈って貰わないと…本当にすまない。」
トール王子は何度も謝ってくれましたわ。
だから…わたくしは…アルメリーダは…眠る事に致しましたの。
だって…トール王子は泣いていたんですもの。
わたくしの為に、泣いてくれたんですもの。
涙は見せなかったけど…だから…わたくしは、聖女アリスティアとして、生きる事に致しました。
それからわたくしはトール王子と結婚致しました。
いえ、トール王太子殿下ですわね。ディアノス様は、わたくしに踏みつけられたことがショックだったようで、修道院に入られてしまいましたわ。
トール王太子殿下は、国の為に祈るわたくしの為に、それはもう気を使って下さいますの。
祈ってばかりもいないで、時々、お散歩したり、お忍びで一緒に買い物したり、毎日が楽しくて。
ああ…もうじき、次代の聖女が現れる予言を受けましたので、わたくしは安心してこの役を降りる事が出来そうです。
二度と、アルメリーダになる事も無く、わたくしは、トール王太子殿下と幸せになりますわ。