植え付け
「先ほどの件、ジュン様も聞いていらっしゃいましたね。当事者としてご足労願いたいのですが。」
「わかりました。こいつらも一緒にいいですか?」
「ええ、大丈夫です。どうぞこちらです。」
受付嬢についていく。
ギルドの中、女が入っていった奥の部屋。
ドアが開けられ中を見ると、女が椅子に座っている。
中に通されポイムとスライムと、女が座っている椅子の隣に立って、何が始まるのかを待った。
「こちらで少々お待ちください。」
ドアが閉められた。
無言のまま時間が過ぎる。
結構待たされようやく開いたドアの奥にいたのは、知らない男だ。
「ここのギルドマスターをしている者だ。ジュン君、ここに君を呼んだのはそこに座っているアリサ君の身許引受人になってもらいたい。そもそもギルドは警備や治安部隊ではないし、殺しについてこの村でそれを裁く者は存在していない。であるからして、誰かに彼女を引き渡したいのだよ。聞けばここまで連れてきたのは君だというじゃないか。引き受けてくれるね。」
「はい。」
選択の余地のない問いをこちらにされても時間の無駄なだけだ。
だがアリサは驚いたようにこちらに顔を向ける。
「さあ、アリサ君、ジュン君が来てくれたからもうこの件は終わりだ。この部屋から速やかに、外に出てほしい。」
アリサが立ち上がりギルドマスターに一礼すると部屋から出て行った。
ギルドマスターにこちらも一礼して出て行く。
「君、本当に37歳?」
「ええ。」
止めた足を再び動かしてアリサを追った。
ギルドの外で彼女が立ち止まっているのが見える。
追いつくと、急に頭を下げてきた。
「今日はありがとうございます。身許引受人にもなっていただいて。」
「いいえ。」
正直、早くこの面倒ごとから逃れたかった。
「宿に泊まっているのですか?」
「はい、ですが・・・。」
それは嫌だろう。
男といた部屋だ、帰りたくないだろうな。
宿に空きはないだろうか。
「荷物は部屋に置いてあるのですか?」
「はい。」
「荷物の整理でもしますか?」
「・・・はい。」
「ポイム、スライム、チェインの家で待っていてくれ。」
にゃ、と一声鳴いて歩き出すポイムとスライム。
「それじゃあ部屋に行きましょう。」
宿に入って階段を登る。
階段は広く作られていて大人二人が横に並んでも肩がぶつかることなく移動できる。
アリサの横に並んで階段をあがり、泊まっている部屋の前についた。
鍵はアリサが持っており、ドアに差し込む。
ドアが開かれ部屋を見ると、床やベッドに快楽のために作られたのだろう様々な道具が転がっている。
今日も無事に帰ることができたら、アリサはまたこの散らかった道具を使われていたのだろう。
ただどうして、ここまで感情が動かないのか、自分でも驚いていた。
棚を物色して袋を見つけると、床に転がったものを片っ端から袋に詰めて行く。
「アリサさん、あなたのものはあなた自身で、整理してください。」
「その、袋は・・・。」
「これはあなたに刺激を与えて、男が快楽を得るために使ったもの。つまり男のものであなたのではない。男のものはこちらで片付けます。」
アリサは何も言わずに袋を取り出して、自分のもの、部屋の片隅に置かれたものを袋に入れた。
「終わりました。」
最初からそれは目に入っていた。
彼女の荷物などほんの少ししかないだろうことも予測していた。
男ものに先に手を出して、彼女のもの以外触らせないようにしたかったから。
「では宿の人に男二人が洞窟で命を落としたことを伝えてきてください。もうひとりの方は部屋鍵がないでしょうから、宿の人に空けてもらいます。もうひとりの方もこちらでやりますのでアリサさんは手を出さなくても結構です。今日はもう遅いですから、アリサさんはここともう一つの部屋以外に空きがあれば、そこに泊まるといいでしょう。」
「は、はい。」
アリサが部屋から出て行った。
階段を降りる音が聞こえる。
まだ床に転がるオモチャを拾い無造作に袋に詰め、床が終わるとベッドの上に取り掛かり、クローゼットの中などを調べて私物を部屋からとっぱらった。
部屋から出ると、ちょうど宿の従業員らしき人が部屋にやってきた。
「お世話になります。この度はご愁傷様でした。」
「いえ、これ、そちらで処分いただけないでしょうか?」
「ええ、必要ないものでしたらそうさせていただきます。」
「こちらは終わりましたから、もう一つの部屋もいいですか?」
「はい。ご存知かと思いますが、こちらです。」
もうひとりの男が泊まっていた部屋に案内され、ドアが開け放たれる。
こちらはさっきの部屋のように散らかっておらず、代わりに酒とコップ、割れたコップのが窓際に散乱していた。
「すみません、この部屋の片付け、宿の方でお願いします。もし遺品が出てきても処分いただいて構いません。」
おそらく何も出ないだろう。
この部屋に泊まっていた男も、アリサと一緒に泊まっていた男も、貴重品などは全て持って出るタイプの人間だ。
こちらの指示がなくとも、宿の方で全部処分していただろうが。
部屋を片付けて、それで今回の事件は幕引き。
「はい、かしこまりました。」
「あの女性は今晩こちらには?」
「一部屋ご用意しております。こういう時のため、常に空けている部屋を使っていただくことになってますので。」
「ご配慮いただきありがとうございます。」
アリサの部屋は確保されている。
面倒ごとはこれでおしまい。
宿から出て飯屋に向かい、同じ頼み方で食事を取る。
チェインの家に戻り、部屋は使わず今日も野宿だ。
ポイムたちは更地を走って遊んでいた。
二匹を呼んで、眠りについた。
-
騒がしくて目が覚める。
まだ夜中だ。
窓から部屋の中を見るとチェイン、その他四名が店の中で祝杯をあげているのが見えた。
喜んでいる最中に水をさすのはやめよう。
ただうるさいのも勘弁願いたい。
チェインの家からなるべく遠くの柵のあたりに移動してまた眠りについた。
「ぉぃ、ぉきろ、おい!」
空はまだ暗い。
チェインの声に目を覚ます。
「おい、よく作ってくれた!ジュン!皆喜んでいたぞ!」
熱量の差がこんなにもあるとは。
それにその家のほとんどは門番の男が作ったものだ。
感謝するなら門番な。
「そうか、良かったな。」
「これからの仕事への意欲が高まって仕方ないな!」
野宿は触れず。
まあ、そんなものだろう。
そういう契約だ。
雨風凌げる場所も、温かい食事も、契約には含まれていない。
あくまで栽培。
「薬草は手に入ったか?」
「ん?渡して大丈夫か?まずはこれを栽培してくれ。HP回復、MP回復のポーションに使う薬草だ。これ単体でも傷の回復に効果を発揮する。」
「ああ、やってみるよ。」
「頼んだぞ。比較的取りやすい薬草だから栽培に失敗しても言ってくればすぐに追加を持ってきてやる。」
バッグの中から二株、取り出された薬草を受け取った。
「せいぜい頑張れよ。」
「どうせすぐ根をあげるわよ。」
「あまり近寄らないでくださいね。」
「・・・。」
ノエルが起きているのは初めて見たな。
彼はこの中で唯一チェインの家作りに関わっている。
もう活動を始めるらしく、家から五人が出て行った。
薬草を桶に入れて根を水につけ、もう一眠りと思ったところで見たことのある人影がこちらを見ている。
「ここにいらしたのですね。」
「はあ、昨日はどうも。」
「ジュンさんも、あまり良い待遇ではなさそうですね。」
アリサが影のある微笑みを浮かべながら少し俯いた。
「これだけ立派な家を建てたのに、中に入れないのですね。」
「ええ、そうですね。」
「あの、私、これから恋人のお墓に行って、恋人に別れを告げてきます。」
「はい。」
「そうしたらあとは故郷に。・・・あの、またこの村に来たら・・・またこうして話をしてくれますか?」
「はい。その頃までにへばっていなければ、ですが。」
「・・・うふ。わかりました。でもそれはお互いに、ですね。では、またいつか。」
「ええ、お達者で。」
アリサが村から出て行った。
更地から後ろ姿を見送った。
視線を下に落とすと、桶の中の薬草が水面に浮いていた。
-
アリサが村を発った日から数日が過ぎ、クエストで得た金を少しずつ食い潰しながら鍛冶屋が来るのを待った。
薬草は手で穴を掘って、地面に植え付けている。
こうしてみると、更地の外に生えている雑草と遜色ない。
鍛冶屋に依頼をしてから十日くらいだろうか、鍛冶師が農具を持ってチェインの家を訪ねてきた。
「ほれ、できたぞ。ここで、使っているところを見てていいか?使い方や使い方心地を教えてくれ。」
鍬と角スコ、丸スコ、ジョウロ。
どれもイメージどおりに仕上げてくれている。
「ありがとうございます。では作業に移りますね。」
チェインの家の裏手に家から柵に向けて直線に地面を耕して行く。
とにかく柔らかな土を作り、全体をこの鍬で掘り起こして、それから畝や畦作るつもりだ。
それにしてもこの鍬、地面を簡単に掘り起こすことができる。
振りかぶって思い切り地面に刺す必要がない。
腰のあたりまで持ち上げて重力に任せて落とすだけで入って行く。
鍬を支えるときにだけ力を入れればいい。
「とても楽に掘り起こせます。ありがとうございます。」
「そうか。それはそうやって、地面を起こすのに使うのだな。土を柔らかくするのなら魔法が楽だろう。」
鍛冶師は魔法で土を掘り起こしてみせた。
かなり深くまで土が柔らかくなっているようだ。
栽培するのは草だ。
どれだけ根を張るかわからないが、根を張ったところに水がなければすぐ枯れてしまうだろう。
深く掘り起こしすぎると水が下に浸透しすぎて根に水分がいかない。
鍬のこの長さくらいが丁度いい。
黙々と作業を続け、ようやく一列、畑を掘り起こした。
「スライム、食べてる栄養の少しを掘り起こしたところに出せないか?」
スライムに尋ねると、スライムが掘った場所をなぞるように動き出し、通ったあとに水の跡ができている。
肥料だ。
これを丸スコで大雑把に混ぜて行く。
スコもサクサク土に入り楽だ。
柵の前まで終わったら引き返してくるときに盛り上げて畝を立ち上げた。
不恰好でもいい。
畝を跨ぐようにして進み、庭先に戻ってきた。
とりあえずで植えた薬草をその部分全部掘り返して土ごと、畝に植え替える。
間隔を空けて薬草を植え、ようやく栽培が始まった。
「ポイム。」
水を出してジョウロに少し注ぎ、ジョウロの水を薬草二株にかける。
「こんだけ耕してわずかにそれだけかよ。」
「はい。暇なんでまた明日にでも隣を耕します。薬草はこれでしばらく様子を見ます。」
「はっ、そうかよ。その道具に不具合があったら言えよ。あとそうだ。坊主が持ってきた魔鉄だが、ありゃどこで手に入れたもんだ?あんな純度の高い魔鉄は初めてだ。」
「いえ、洞窟に落ちてたので。」
「そうか、いいもの拾ったな。じゃあな。」
スライムが作ったもの、そう言うことをためらった。
このスライムはもうここでの生活に欠かせない。
肥料も撒けることがわかった今、変なことを言って連れて行かれるのはごめん被りたい。
スライム、こいつにも名前をつけるか。
ポイムと一緒の仲間だからな。
「スライム、来てくれ。今から言う言葉で一番しっくりくるのを名前にしようと思う。わかるか?」
スライムが足元で動かなくなった。
スラリン
サスケ
プリン
ゼリー
なかなか反応しないな。
よくよく見ると水信玄餅のようだ。
ポリン
ライム
キナコ、ずりずり
「キナコでいいのか?」
そこら辺を活発に動き回っている。
「じゃあキナコな。」
スライムに名前をつけてから開墾を進め、全部で7畝を盛った。
最初の薬草、回復草とでも名付けようか、が雑草のように大きく成長し、チェインが持ち帰った薬草が増えて行った。
今の種類はこれだ。
最初の薬草、回復草
消毒草
マナウォート、魔力草と呼ぶか
回帰草
持久草、ネーミングがおかしい気がする
それぞれ何に使われどのような薬、ポーションとなるのかは全くの不明だ。
不明でも構わない。
ただ、育てる、それだけ。
植えてから一週間、余ったもう木材に日数の記録をつけているのだが、回復草と消毒草が花をつけた。
回復草は白く小さな花、消毒草は黄色の花。
これで種が取れれば、この畝にたくさんの薬草が芽を出せば。
想像するとわくわくする、こんな感情は久しぶりかもしれない。
薬草の花は四日、きれいに咲いて種を付けた。
薬草が完全に枯れるまでそれからまた一週間を要した。
その間に他の薬草も花をつけ、土色か緑しかなかった畑が少しの間色に包まれたように思えた。
枯れた薬草を抜きキナコに与え、種だけを取り出すように指示すると見事に種だけを吐き出した。
とても小さな種で風に飛ばされそうだ。
種を保存する何かを調達しなければ。
とりあえず桶に種を入れて、畝を耕しキナコに肥料を撒いてもらい、桶に入れた種を一粒ずつ、等間隔に畝に指であけた穴に落としていく。
キナコは、薬草ということもあるのか、与えると動きも活性化する。
畑の薬草も世代が一巡し、そろそろ種の保存について本格的に考えなくてはならないため、まずは何をするでも金頼みなのだから、ギルドのクエストを受けようと足を運んだ。
やっとこそさ栽培が始まりました