目の当たりにした魔法
流石に腹が減る。
結構早い時間に起きてしまった。
また寝た後にチェインたちが来たらしく、丸太が木材になっている。
角材が増えたな。
麻袋の中身も漁ったようだ。
話しかけていけばいいのに。
あー、お腹が空きました。
「ポイム、せめてお前だけでも食事してきなさい。」
村の門からポイムを外に解き放つ。
「お前さん、飯食ってるか?」
「ああ、いいえ。食べていませんね。」
「顔色あまり良くないぞ。これをやるから何か食べるんだ。森の中ならまだしも村の中で餓死されては堪らん。」
「いいの、ですか?」
「ああ、いい。その細腕ではクエストも無理だろう。チェインさんがこの村にもたらしてくれる恩恵は絶大なんだ。薬も、冒険者もやってくる。そんな人が連れてきたやつだから、飯代くらいくれてやってもいい。」
これはありがたい。
見返りとか求められても何もできないが。
「だがなあ、釣った魚に餌をやらないとはこのことかね。そんな人には見えないが。あと、ここらでスライムを連れてると舐められるから気を付けろよ。」
「わかりました。ありがとうございます。あと相談なのですが、家の基礎の部分を作りたいのですけどどうにもならなくて。何かいい方法ありませんか?」
「あ?石の部分か?あんなもん持ち上げて切って並べるだけだろ?」
それができれば苦労はしない。
「お前さん、魔法は使えるか?」
「あまり得意ではないです。」
「んまー、そうだな。丸太を素手で運んでくるくらいだものな。」
「ちゃんとお礼は。」
「お前さんからはいらん。チェインさんから何かしらもらうとしよう。まずは飯を食ってこい。あと家屋の作りに関することだからチェインさんに話を聞かんと進められないな。今晩も仕事で遅いのだろうから当直の者に伝えとく。ほら、早く食ってこい。」
「ありがとうございます。」
チェインから何かと言っていたが基礎部分を作るのだからそれなりのものが求められるのだろうな。
知らんけど。
「お前はここで待ってるんだ。」
スライムに更地で待つように指示。
言うことを聞くかわからなかったが、ちょこんと更地の真ん中で止まっているところ、こちらの意思は伝わっているのだろう。
飯屋、まだ日が登って間もないというのに冒険者たちが出入りしている。
入り口から中に入ると朝の腹ごしらえに大忙しといったところでこちらに構う者はいない。
空いている席に座ってみよう。
「注文は?」
忙しく店内を回っている店員に金を渡してこれで食えるものを、と注文する。
「はいよ。」
店内では談笑したりする者はいない。
眠い、怠い、精神を研ぎ澄ましている、さまざまな冒険者たちが男女問わず目の前に出された食事を黙々と食べている。
「お待ちどう。」
料理が目の前に配膳された。
肉、だろうか。
汁物に小鉢、と付け合わせが多い。
それぞれ一口ずつ食べてみると、塩味は足りているが香ばしさが足りない気がする。
胡椒か?
村に流通する香辛料は少ないのだろうか、どこか味気ない。
とはいえそんな贅沢な生活もしてこなかったので味について文句はない。
腹を膨らますには十分すぎるほどの量が目の前にあるだけで満足だ。
ひたすら黙って食べて、全ての皿を空にした。
食器を下げにきた店員に一言告げる。
「美味しかったです。」
「あ?そうかい?わたしゃもうちと濃い味のが好きだけどね。」
そんなこと言っていいのか?
店を出て更地に戻る。
スライムが足元に寄ってきた。
「お前の飯はまだだ。」
改めて更地を眺める。
村自体にそんなに建物はなく、門から門まで直線の道沿いにギルドやさっきの飯屋が並ぶ。
村の外周を簡素な木の柵で囲っていて容易に中から外を見通すことができる。
あの鹿なら簡単に柵を飛び越えるだろう。
だが柵を越えなかったのはどんな理由があるんだ?
魔獣がこの柵を越えて入ってくる姿を見たことがない。
その理由を知らないで更地で寝るのはだいぶ不用心な行為だな。
チェインの更地はそれほど広くなく、道沿いに二十歩ほどで、奥行きは道から村の外周の柵まであり、自分の足で三十歩くらいある。
ギルドからは更地までは一軒分、更地を挟んで門まで三軒分で村の門、ポイムが出ていった門にたどり着く。
ちなみに区画は杭とロープで囲われていてどこまでかがわかりやすい。
そろそろポイムが帰ってくる頃か?
出て行った門に行くとちょうどポイムが走って戻ってくるのが見えた。
「帰ってきたか。あいつもここでの狩りは苦労するだろうな。」
門番の言葉に柵の簡素さが際立って見える。
「変なこと聞きますが、どうしてこんな柵で外の魔獣から村を防衛できているのですか?」
「なんだそんなことも知らないのか?坊主。ギルドに結界石があってその結界の範囲に柵を張っているだけだ。結界石も万全じゃないからな、たまに結界を破って魔獣が中に入ってくる。それを俺らが狩るんだよ。門は結界で守られないようにあえてこうして、囲って結界の効果を遮断しているのさ。」
「なるほど、丁寧な説明ありがとうございます。」
結界、魔法、魔獣、ファンタジー要素がちらほら散見し、異世界に来てしまったことをどうしても実感し絶望する。
もう戻ることは叶わないのか。
戻ってもどうしようもない人生が待っているだけだが。
ポイムを連れて更地に戻り、今日も丸太を取りに行くことをポイムに伝えて村を出る。
一往復して丸太を四本持ち帰り、今日は終了した。
-
次の日、目が覚めると門番が起きたタイミングを見計らってこちらに近づいてくる。
「昨日チェインさんと話をしたんだが、お前さんが寝てしまっていたから作業はやめておいた。さあ、起きたのならそこをどいてくれ。作業を始めるぞ。」
門番が徐に両手を前に掲げると、風も吹いていないのに向かい風に服が煽られるようにはためく。
これが、魔法。
昨日はなかった白い石、基礎の石が触れてもないのに動き出し、浮き、刻まれ、寸分違わぬ形になって、地面に並べられていく。
「すごい・・・。」
思わず声に出てしまうほどだ。
綺麗に並べられた基礎石の上に角材が浮いて並べられていく。
門番の手の動きに呼応するかのように角材の端が加工されていき、つなぎ合わされ、家屋を形作っていく。
釘の本数が少なく感じたのはこれができるからか。
みるみるうちに建物が完成する。
壁はないが屋根はある。
床もある。
「内壁を作って外壁を作る。その作業は任せる・・・、間取りを知らんのだったな。釘はあるか?」
麻袋を持ってきて門番に手渡した。
「よしよし。一気に終わらせるぞ。」
板が浮き、角材にあてがわれたところを門番が釘をたちつけていく。
すぐに家屋は板で囲まれ中が見えなくなり、今度は土が塗られていく。
土壁か。
家屋の高さや長さに合わせて切られた板が外に重なっていく。
重ねられた板に手を掲げ、自分も魔法が使えるかと念じてみるが動くわけがない。
「坊主、火石と水石はあるか?」
それならわかりそうだ。
「麻袋の中にありませんか?」
「ん?おお、あるじゃないか。準備がいいな。」
門番が石を持って、ほぼ完成した建物の中に入っていく。
「おーし、終わった。坊主だと何年かかるかわからないところだな。これでここは住めるようになっただろう。」
「すごい・・・。」
数時間だろうか、建物が建ってしまった。
「坊主は本当に魔法が不得意なんだな。これくらいなら誰でもできることだ。重力魔法に風魔法だな。冒険者ならだれでもこれくらいのことはできるだろう。」
目の当たりにした魔法には度肝を抜かれた。
今は建築に力が使われたからいいが、これが人に使われたら。
対抗手段を持つなら良いだろうが、持たない者が対峙してしまうとその結果はあっけなく、無惨なものになるだろうな。
杖の女と杖の女の子には逆らわないのが吉だ。
「はは、そんなに驚くなよ。大したことはしていないんだから。おい?」
外から見ても結構大きな建物だ。
道沿いのドアから中に入ると、商店になっている。
いつ作ったのか、ガラス、ガラス窓があり、ガラスのショーケース、奥につながる間取りとなっている。
これはまさに、チェインが隠居した時の薬屋となる場所だ。
奥にはリビング、隣にキッチン、更に奥に書斎だろう棚がある部屋と、客間、寝室か、十畳くらいの広い部屋がある。
二階建てになっていて、二階は普通の四角い部屋が四部屋だ。
さて水は、やっぱり外か。
じっと見つめる。
「坊主、使い方はわかるか?こうやって魔力を当てると水が、ほらな。出てくるんだ。」
魔力など持ち合わせていない。
だがこれを使いこなせなければ栽培など不可能だ。
「どうやったのですか?」
「は?こんなの説明する必要ないだろ?魔法が使えないわけでもあるまいし。」
門番の顔は、目は、こちらが今どう見えているのだろう。
異質の者だろうか。
「おい。不得意、そう言っていたな。まさか使えないのか?」
門番から目を逸らす。
わかりやすい反応だが、今自分のできることはこれしかない。
「おいおい、両親は一体。孤児でもできることをお前さんはできないのか。どんな幼少期を過ごしたんだ?・・・だから、ここを任せたのか。外では簡単に死んでしまうが中なら守られているから。冒険することもなく確実にそこにいる存在として、か。」
「あの、水の出し方を教えてくれませんか?」
「ああ、想像が飛躍しすぎたな。こうするんだ。」
門番は魔法の使い方を教えてくれた。
触らなくても物を動かしたりするにはそこら辺にあるマナを感じるところから始まるらしい。
そしてマナを水を出す石に当て、込める。
マナを流す、というらしいその方法でしか水は出てこない。
「マナを、流す。」
感覚的なことはすぐにはできず、この世界に順応するにはなかなか骨が折れる。
「あれ、水が出てきた。」
ちょうど近くで見ていたポイムが、にゃう、と鳴く。
マナが流れなくなると止まるので、人の場合手をかざすのをやめると止まるといったかっこうになる。
魔獣は手をかざさなくとも、本能的にマナを操作することが可能で、ここにマナを流す、流さないを手をかざさなくともできてしまうのだそうだ。
「坊主のマナの扱いは絶望的だな。」
魔法は使えないらしい。
家の構造だが、ポイムが入れるほどのドアの広さはなく、外で放し飼いにするしかない。
魔法でわかったとおり、ポイムがいなければおそらくこの世界で生き残ることは不可能。
水を調達すらできない。
まあいい。
今更悲観する気はない。
ポイムが水を出せるならそれで良い。
「あとは栽培する薬草を植える畑を作るのか。」
この際だから門番に農具を作ってもらえるか聞いてみたが、大雑把な家の作りならできるが農具などは無理、とのことだった。
「そういうのは鍛治屋に作ってもらうもんだ。鉱物の加工は簡単にどうこうできる代物じゃない。鍛冶屋はギルドの隣の、あっちの門に近いところにあるから聞いてみると良い。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「ああ、あと余談だが、昨日チェインと話してる時に剣聖の子と槍聖の男がいてな、彼らもここに住み込むらしいぞ。」
「そうですか。」
間取りから言って一階がチェインの巣だ。
ノエルと槍の男が二階、一人一部屋だとすると杖の女子達が一部屋ずつ。
部屋に余りはないな。
そのうち二人一部屋になるのだろうが。
どうして自分が住めるものと思っていたのか。
ポイムの小屋か何かを作ってそこに居候させてもらうのが良いだろうな。
「おし、仕事終わり。それじゃあな。」
門番が持ち場に戻っていく。
その門番の言っていた鍛冶屋にでも行ってみるか。