変わり果てた自分
「その魔獣はテイムしている魔獣か?」
新たに外から連れてきた鹿たちを門番に止められた。
ポイムはチェインの巧みな言葉で中に入ることは許されたが。
角のない鹿なら大丈夫と思っていたが違うようだな。
「はい、テイムしています。何か問題でも?」
嘘で固めてみる。
「テイマーなら・・・。アルセスを狙って外から肉食魔獣がやってこないかを警戒しなきゃならん。だが肉食魔獣が一頭いるしな。大丈夫だろう。あとその丸太は何だ?」
「薬師の買った土地に建物を建てようと思いまして。どうせなら自力で建てようと思い持ってきました。」
本音と嘘を混ぜ合わせる。
「チェインさんの土地か?それはご苦労なこった。しばらくそのパーティで移動か?」
「ええ、どのくらい丸太が必要か計算してませんからね。」
「そうか。しばらく雨は降らなさそうだし、お前さんを襲うような奇特なやつもおらんだろう。森に入る時は気をつけてくれよな。死体で出てこられてはかなわん。」
「はい、気をつけます。」
一礼して村の中に入った。
薬師の更地に丸太を乱雑に置く。
本当、あと何往復すれば足りるのやら。
腰に手を当ててため息を漏らす。
「おじさん!」
「ん?」
呼ばれた方に振り返ると先ほど角を渡した女子たちが立っていた。
「おじさん。さっきはありがとう、ございます!」「クエスト達成した。奴隷落ちは免れた。」「あの、魔獣に触っても、いいですか?」
「ああ、構いませんよ。ポイム、触らせてくれってさ。お前らも、もう怯えなくていい。」
ポイムの背中を叩き、鹿たちの頭を撫でて、このまま更地の上でじっとしているように促す。
全員、恐る恐る手を伸ばし、ポイムの体に触れる。
ポイムは更地に伏せて撫でやすいように姿勢を低くした。
気持ちよさそうに目を瞑っている。
段々慣れてきたのかポイムの体に身を預けて抱き着き始めた。
「あったかーい。」「さらさらしてる。」「背中おっきい。」
さて、問題の鹿たちだ。
鹿たちは直立不動で、両者睨み合い。
お、弓の子が行った。
角の無い鹿の頭に恐る恐る、慎重に慎重を重ねるように手を伸ばした。
おお、触れさせるのか。
つい先ほどの関係性ではなくなっているのが窺える。
剣の子、杖の子がわらわらと群がり鹿を撫でまわす。
子鹿が周りを走り回り、飛び回り、頭を撫でられて嬉しそうにしているな。
ポイムが少し寂しそうに半目を開いていて少し笑った。
「どうしましたか?」
「いや、ポイムが寂しそうだなと。」
「この子、ポイムって言うんですね。賢いねー、ポイム―。」
剣の子がポイムに戻ってきて体を預けている。
「ポイム、乗せてやれ。」
がう、よりも、にゃう、に近い返事をして剣の子を背中に乗せた。
「うわーたかーい!」
更地をのしのしと歩いている。
剣の子が楽しそうにしているのを他二人が物欲しそうに見ている。
鹿の二頭と目が合った。
構わないよ。
頷いてやると、鹿たちが女子たちの背中を小突く。
「え?何?」「どうしたの?」
鹿が前足を折り姿勢を低くして、乗れと言わんばかりに女子たちを見つめる。
二人は意を決したかのように背中に跨ると、鹿は巨体を前後に揺らせて立ち上がり、二人は鹿の背中にしがみついた。
「た、高い!」「すごい!景色が違う!」
弓の子は順応し、杖の子はずっと背中にしがみついたまま。
歩き始めると更に弓の子はテンションが上がり、杖の子は目を瞑ったまま落ちないように必死になっている。
乗り換えをしたりして散々楽しんだ女子三人がキラキラした笑顔を向けてくる。
「「「今日はありがとうございました!」」」
「ええ、こちらこそ。この子らも楽しかったみたいですから。ここにずっといますので、旅に出るまでの間は一緒にこの子らと遊んでやってください。」
「あ、はい。あの、私たち明日ここを発つんです。いただいた角のおかげで旅費が溜まって、一度故郷に帰ろうかと。」
剣の子が寂しそうに話をしてくれた。
「そうですか。残念です。」
「あの!また、故郷に帰ってもう一度旅に出るってなって、ここに来たら、またここに来てもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。この子らも、旅立つことがなければ、ですが。」
「それは・・・。」
「ああ、寿命とか死ぬとかではなくて、また自然に帰るなら追わないということです。この子らがそうしたいなら、そうさせるべきでしょう。」
「・・・おじさんは寂しくないの?」
杖の子が問いかけてくる。
「もちろん寂しいですよ。あなた方がいなくなるのもね。実を言うと、この世界にきて間もないんですよ。異世界から来た、と言っても信じられないでしょうが。」
「いえ!」「そんな気はしてた。」「やっぱり、服装見たことないから。」
「そうですか。別に何か特別なことができるわけではありません。この更地を畑など農地に開墾して、薬師の作る薬草を栽培することが今の目標です。一人で行いますから、まあ時間はかかるでしょうね。あなた方がまたここに訪れるころ、まだ何も育ってないかもしれません。」
うふふ、と女子たちが笑みを浮かべる。
すると三人が肩を並べてひそひそと話をし始めた。
「あの、これで旅は辞めようかと話してたんですけど、一度故郷に戻ったあとまたこの村に来て、おじさんのお手伝いをしてもいいですか?」
「え?ええ。構いませんが。」
予期しない問いに思わず生返事をしてしまった。
目の前の子たちが笑顔なら、良いか。
「おじさん。歳上なんだからもっと砕けた話し方にしようよ。」「でも本当に歳上?私たちよりも絶対若いよね、見た目。」
「ん。なら遠慮なく。まだこの世界で鏡を見ていないんだ。自分の顔がどうなっているのかわからん。そんなに若いか?」
「うん。」「そう。」「これ、鏡、見て。」
杖の子から鏡を受け取ると、そこに映るのは見たことの無い顔の男がいた。
鏡で見える範囲、正面、下から、横から、どう見ても別人がそこにいる。
「こんなことって・・・。髪の毛の色まで違うじゃないか。だが服装はこの世界に来る前の服装・・・。一体どうなって・・・。」
女子たちの言うとおり、高校生かそこらのまだ肌に張りのある顔をしており、どちらかというと自分で言うのもなんだが疲れてはいるが端正な顔立ちをしている。
若返ったわけではない、別人の顔だ。
そして何より毛が白い。
よくよく腕だの足だの体毛を見ると白だ。
こんなものを見せられて混乱しないわけがない。
「おじさん大丈夫?」
「あ、ああ、すまない、取り乱した。見慣れた姿ではなかったからな。まぁ、良いか。確かに若い顔をしているな。でも髪の色がな、これだけは年齢相応だろう。」
白髪と言っても遜色ない髪色に年齢を伝えた人たちは妙な顔をしていたが納得したのも頷けた。
「おじさん、平気?」
「ああ、すまない。鏡を返すよ。」
杖の子の鏡を返す。
まだ心配そうに見ている女子たちに大丈夫だと伝えなければ。
「本当に大丈夫だ。ありがとう。自分がどんななのか知ることができた。」
「うん。ねぇおじさん、名前何て言うの?」
「ジュンだ。」
「私レイナ。」「マリカ。」「リオン。」
剣の子がレイナ、杖の子がマリカ、弓の子がリオンね。
「全員故郷は一緒かい?」
「うん、幼馴染なの。」
「そうか。もう暗くなってきたな。気を付けて帰りなさい。」
「はい。ジュンはどうするの?」
「ここで寝るよ。」
「ええ?!寒くないの?!」
「あの子らがいるから。」
虎と鹿を指さした。
女子三人は納得して、心配そうな顔からやっと笑顔を取り戻した。
「それじゃあまたね、ジュン。」
「風邪ひくなよ。」
「「「おやすみなさい。」」」
宿の方に向かって歩いていく女子たちに手を振る。
故郷に帰る、か。
きっと大変なことの連続だったのだろう。
仕事で精神を病んで実家に帰るなんてこともよく聞く話だ。
ゆっくりしてくると良い。
こんな大変な場所にまた来るなど、無理はしないでほしい。
村の建物から光が漏れ始める。
暗くなっては何もできないのでポイムの腹に収まって眠ることとする。
すると鹿たちも集まってきて、暖を取るには十分なほど、モフモフで温かい。
断食も経験していたせいか、腹が減るのはまだ先だ。
チェインも帰ってきてはいないが気にする必要はないだろう。
目を閉じて、ゆっくりと、温かさの中に埋もれていった。
異世界転移になるんでしょうか