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薬師の城

移動はとても楽だった。

早歩きで全て歩き切ったが、他の四人はそれが普通のようだった。

やはりそもそもの体力その他諸々が違う。

遅れだして置いていかれたとしても、寝ている男の子のおかげで周りを魔獣に囲まれても瞬殺だった。

あまりにも足が遅すぎる、そういう評価をもらったが気にする必要もない。

さっきも言ったとおりだ。

槍の男と杖の女はチェインに目的地を聞いて先に向かうとのことだ。

統率なんてあったものではない。

チェインはため息をつきつつ、こちらの体力で栽培ができるのかと訝しがっているようだ。

自分から誘ったくせに。

別に道中野垂れ死んでも他の候補をまた探せばいいだけの話。

だからこそチェインにため息をつかれる筋合いもないし、杖の女の子から抗議を受ける筋合いもない。

ポイムさえいればいい。

ポイムも、いつ餌として食べられるか判ったものではないのだから、信用できる人物や獣などこの場にはいない。

槍と杖から遅れること約二週間、ようやくチェインの目的地に着いた。

戦闘にも参加せず、野営のたびに食事の量は減っていき、最終的には豆粒ひとつだったがもらえるだけマシだ。

槍と杖はギルドでクエストをして暇潰しをしていたと文句を言っている。

全て足が遅いせいだ、だそうだ。

自分らが急ぐことを選択したくせに。

散々足の遅さを責め立てられたが聞くに値せず。

また馬耳東風の態度で槍の男は激昂したが、杖の女に宥められてなんとか我に返っていた。

この二人、もう一線は超えている、そんなことが容易に想像できるほど互いの距離が近い。

それを言うなら剣の男の子と杖の女の子もだ。

杖の女の子が剣の男の子に対してどれだけ寝ている間に何かをしても剣を振るうことはない。

杖の女の子に頼みポイムから剣の男の子をおろしてもらう。

夫婦が二つ、こんな中でよくチェインはパーティで活躍してきたものだ。

これ以上近づくと喘ぎ声の合唱が聞こえそうで眩暈がする。

全て、畑の外でやってくれればそれでいい。

当のチェインの夢の舞台だが、本当に何もない更地だった。

夢を構えるこの場所は小さな村で周辺にいる魔獣はポイムなら、苦戦を強いられるだろうが勝てるであろうという場所らしい。

こんな辺鄙な場所にギルドがあること自体不思議な気はするがあるんだから仕方がない。

この村で商売をするにはギルドで登録しなければならず、登録作業に一日費やす。

ギルド登録が済んだ後のチェインの言葉もなかなか刺激的だった。


「とりあえずここだから、家屋とかはなんでもいいから作っといてくれ。あと開墾も頼むな。」


全てこちら任せ。

そんなんで薬屋が務まるのか。

畑仕事もそうだが木こりも大工もやったことがない。

これから木を伐採して小屋を建てねば、活動の拠点がなければ畑もクソもない。

木材のみならず金すら、チェインからは渡されていない。

とんだブラック企業、いや奴隷か。

安請け合いしてしまった自分を責めつつ、いつまでも文句を言っていてもしょうがない。


「ああ、行ってこい。夢に向かって仕事に励んできな。」


チェインたちを視界から追い出す。

村の門番にギルドでもらった変なカードを見せ、何も持たずに村を出て、ポイムを連れてすぐ近くに広がる森に入る。

ポイムなら木の一本くらい簡単に切れるだろう。

試しに自分の腰回りくらいの細い木を切らせてみる。


「ポイム、切れるか?」


ポイムはこちらを見て首を傾げ、前足を木に振り下ろす。

細い木だが長さはそれなりにあるもので、地面に当たった時の衝撃音はなかなかだった。

道具がない、であればこのくらいの細い木を何本か調達して連ねて小屋っぽくすれば良い。

屋根はどうするか。

屋根も丸太を並べて置くだけで格好はつくか。

もう一本ポイムに切らせて二本を更地に持ち帰る。

ポイムが一本咥え、もう一本は引きずりながら。

この虎に愛想を尽かされないように自分も動く。

こちらの歩調に合わせて、少し歩いては振り返り、少し歩いては振り返り、ポイムが心配をしてくれる。

可愛いやつめ。

結構深いところにいるのかただ運ぶのが遅いのか、まだ森を抜けない。

するとポイムが威嚇をしだす。

目の前に鹿、にしては大きな角を持った獣が姿を現した。

ポイムを見て逃げ出さない、むしろ威嚇してこちらににじり寄ってくるところ、その大きな角によほどの自信があるのだろう。

両者の様子を窺っていると、鹿の奥からツノの短い個体と小さな個体が寄り添うようにこちらの様子を窺っていることがわかった。

子鹿だろうか。

よくよくみると足を引きずっている。


「ポイム、待て。」


相手の力量などはかることなどできやしない。

ポイムが様子を窺いすぐに飛びかからないところ、相当強い獣なのだろうが、そんなこと知ったことではない。

鹿に怯えることなく、半ば死んでもしょうがないと諦めながらも鹿に近づく。

目的は子鹿の様子を見るため。

角を下にしてこちらに突進する準備を始める鹿。

もうこの距離なら子鹿の様子が見える。

角が邪魔でしゃがんで子鹿を戦闘体勢の鹿の股の間から観察すると、最初に思ったとおり、足を怪我しているようだった。

頭を下げた鹿に構うことなく、鹿も目の前の人間に少し困惑しているのだろうか、鼻息は荒いが向かってくる様子はない。

そのまま横を通り過ぎ、逃げたそうにも足が動かず、母鹿が子鹿の前に立ち塞がる。

角の大きな鹿よりも覚悟は決まってきるようだ。

母鹿の目の前でしゃがみ、子鹿に手を伸ばした。

母鹿が腕に噛み付いてくるが服を噛んでいるだけで腕まで到達しない。

そのまま子鹿を触り抱き上げると、母鹿の攻撃が止む。

足を入念に見る。

血が出ているのがわかるがそこから先はわからない。

前の村から巻きっぱなしでチェインが何度も薬を塗り直していた左腕の包帯をとき、少しヌメつく薬をこそぎ取って子鹿の患部に塗りつける。

腕を飛ばされたその次の日には、もうくっついて動かせるようになった。

傷程度なら効果はすぐに現れるかもしれない。

しばらく抱き上げた格好のままでいると子鹿が急に足をジタバタし始めた。

地面に下ろしてやると子鹿が飛んだり跳ねたりしている。


「良かったな。」


気がつくとすぐそばでポイムが様子を見ていた。


「行こう、ポイム。」


ポイムと丸太のところまで引き返し、鹿と出会う前と同様に運んでいく。

今度はポイムが並んで歩くようになった。

良かったな、そう言った自分を思い出す。

あの時、この世界に来て初めて他者に微笑みかけたのかもしれない。

鹿たちの方を振り返ると、もうそこに姿はなかった。


「元気でな。」


やがて鬱蒼と薄暗い森を抜け、陽の光が眩しく両目を刺す。


「そっちに行ったわ!」


声がして振り返ると、知らない人が角の大きな鹿、角の短い鹿、子鹿を追って森から出てきた。

鹿を追い詰めるのは三人の女子。

剣を持つ子、杖を持つ子、弓を持つ子。

女の子たちよりも鹿の方が気になり子鹿の足を見ると薬をつけたところが光って見える。

さっきの鹿たちだ。

これも自然の掟なのだろう。

助けた命が次の瞬間奪われる。

止めに入るか?

そもそも止められないだろう、あれはこの森で活動できる熟練した者たちで、こちらなど赤子の手を捻るように簡単に仕留めてしまうだろう。

なんとなく立ち止まり様子を眺めていると、鹿たちがポイム背後に回り込んで女の子たちとこちらを挟むよように位置を変えた。

こちらの思惑に関係なく、狩るもの狩られるもの中に入れられてしまった。

はあ、これはもう鹿の前に立つしかない。


「ちょっと、どいて!」「待って!アルセスがなんで人の後ろに隠れるの?!」「関係ない。殺してあの角を取るまで。」


剣の子は勢いよく、弓の子は状況を見て、杖の子は猪突猛進。


「あなた!まさかそのアルセスをテイムでもしているの?!」


テイム、従属か。

そんなことしているわけがない。


「いや、していませんよ。」

「ならそこを退いて!私たちはその雄のアルセスに用があるの!」「退かないなら、君ごと燃やす。」


杖の子は物騒だな。

丸太を下におろしてアルセスと呼ばれた鹿を見る。

鹿と目が合う。

鹿の想いは一つだ、言葉を交わせなくともわかる。

そういう時、取る行動は一つと決めている。

善悪に関係なく、頼られたら全力で応えよう。


「退きません。助けて欲しいと願う者を蔑ろにはできませんので。」


女子たちの前に立ち塞がる。

ポイムも丸太を置いて横に並んだ。

威嚇はしていない。

おそらく目の前の彼女たちの方が断然強く、本能に従い逃げ出したいところだろう。

それをしないで並んでいる。


「ポイム、ごめんな。付き合わせて。」


ポイムのその行動が嬉しかった。

頭を撫でてやると目を瞑り嬉しそうに一声鳴く。

自然と笑みが溢れる。

これから、彼女らにされるだろうことを考えると笑顔などになれるはずもないのに。


「・・・くっ!」「ならばもろとも!!」「待って!」


彼女たちにも人を殺すことにはそれなりの葛藤があるのだろう。

杖の子も持っている杖が少し震えている。

黙って様子を見ていよう。


「テイムしていないのに魔獣が懐くなんてありえない!」


剣の子が堪りかねたのか大きな声を出す。


「そうなんですか。このアルセスたちとは先ほど森の中で出会いました。子鹿が足にケガをしていて、知り合いの薬師から譲り受けた薬を塗ってあげたところ回復したようで。その時はすぐにいなくなってしまいましたが、こうして再会するとすぐ頼ってきました。テイムがすべてではないのでしょう。隣のセイバーティグリスも同様です。テイムしていません。」


女子たちの表情が驚愕で塗りつぶされる。


「そんなこと・・・。」「ありえない、ありえない、ありえない!」「・・・。」


弓の子、どうやら経験があるようだな。


「でもなぜ、魔獣を助けようとするの?」

「頼られたら何者であろうと助ける、これを常に心がけています。」

「じゃあ私たちを助けてよ。その鹿の角を今日中に納品しないと奴隷になって売り飛ばされてしまうの。」

「奴隷?」


物騒な言葉が出てきたな。


「クエストに失敗したらその違約金を払う。ここにきて失敗が続いてる。私たちはもう失敗できない。だからそのアルセスは絶対に狩る。」

「そう。だから引き渡してちょうだい!」


生きるために必死になっているのは女子たちも一緒か。

振り返り鹿を見る。

後ろから、あっ、という声がした。

今対峙しているにも関わらず振り返り背中を見せること、それはつまり相手よりも自分が格上でとるに足らない相手であることを指すことになるのだろう。

しまった、迂闊だった。

ポイムを危険に晒すことになってしまった。

もう仕方がない。

鹿をじっくり観察すると、角の根元がぐらついているのが分かった。

鹿、角の生え変わり時期というものがあるのは知っている。

もしかすると、この鹿が威嚇だけして突進してこなかったのは角が生え変わりそうだったからか?

抜け落ちてしまえば攻撃の手段がなくなる鹿にとっては死滅の問題となる。

半身だけ振り返ると女子たちとの間合いは縮まっていないのがわかり一安心をする。


「お嬢さん方、角の納品というのはどんな状態でもいいのでしょうか?」

「おじょっ。」「失礼ねっ!」「私たちこれでも18歳よ!もう大人よ!あなたみたいなお子様にお嬢さんなんて言われる筋合い無いわ!」


そうですか。

また若く見られた、しかも10代。

どんどん若返る。

鏡を見てみたいものだな。

それはそうとお嬢さんと呼ばれて喜ぶのはもっと上の年齢か?

惰性でそう呼んだことはあったりしたが実際首をかしげる文化だったな。


「はいはい、お姉さん方、角は抜け落ちた角でもよろしいのでしょうか?」

「え?ええ。クエストには角の納品としか書いてなかったわ。」


ならちょうどいい。


「ちょっと、待ってろ。」


鹿に近づいて頭に手を伸ばす。

動かずそのまま手を鹿は受け入れた。

角を触るともう少し力を入れれば抜けてしまいそうだ。


「我慢しろよ。抜くぞ。」


片手で角の一本を持って、もう片方の手で顔を抑え、力いっぱい角を引き抜いた。

意外にあっさり取れたが角の生え際から血が流れだす。

角をポイムの背中においてもう片方も抜き去った。


「大丈夫か?」


鹿を見ると、血は滴っているものの目には生気があり痛がっている様子もない。


「よし、偉いな。」


ポイムの背中に置いた角を取り、女子たちの方に歩み寄る。

気持ち悪いものを見るようにしており、一歩後ずさったが、一歩だけでなんとか耐えている。


「ほら、お姉さん方、これを持って行ってください。」


差し出した角を弓の子が弓をしまって受け取り、剣の子の後ろに隠れてしまった。


「それと、若造じゃありませんよ。これでもあなた方よりも歳上の37歳です。」


女子たちが口をあんぐり開けている。

これ、前も見た。


「それではこれで。」

「あ、待って。」

「はい。」

「いいの、ですか?これ。売ると高く売れるんですよ?」


言葉が改まったな。


「構いません。あなた方が奴隷になるくらいなら安いもんです。では。」


ポイムと鹿の待つ場所まで歩き、丸太をまた持ち上げる。

鹿をこのままにしておいていいのだろうか。


「お前ら、これからどうするんだ?」


鹿たちの顔を順に撫でる。

子鹿の反応が一番よく、危機が去ったことを察知したのかそこらへんを飛び跳ねている。


「ポイムと一緒にくるか?」


鹿たちはじっとこちらを見た。


「一緒に来るならついてきな。」


ポイムは丸太を咥えて、歩調を合わせて歩き始めた。

鹿たちは、ポイムのあとに続いたり、子鹿は横に並んで凛として歩いている。

それが応えか。

振り返ると女子たちがまだその場から動いていない。


「おーい、早くクエストとやらを終わらせなさーい。」


我に返ったのか慌てて村の方に走り込んでいった。

どちらも助けることができたが、次はそうはいくまい。

どちらか選んで蹴落とさなければならない時が来る。

自分が巻き込まれ転がるときが必ず。

今までそうだった。

今回だけ、特別だ。

主人公の一人称どうしよ

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