夢の中で…
夢というのはもともと何なのだろう、自分の記憶の欠片が見せているものだとも、未来の自分から今の自分への警告だとも言われている。
だが、現実はただの脳波の変化だという声もある。
しかし私は信じたい、夢というのはもう一つの世界を見る手段だという亊を
††† 1 †††
何時も夢で見ている夕日の中に俺はいた。
目の前にいる少女から、これは夢なんだという亊がうっすら分かる。
何故かというと、その少女の顔を俺は現実で見たことがなかったからだ。
「お前は誰だ?」
そう言うと少女はにこりと笑い
「私の名前は…」
††† 2 †††
「ジリリリリリリリリ」
うるさい目覚ましの音、残念ながら俺には起こしてくれる妹もいないし、起こしてくれるほど両親は優しくない。
つまりこれで起きなければ遅刻確定というわけだ。
俺は布団から起き上がり、二階から一階へ洗面所目指して降りていった。
洗面所で顔を洗い、歯を磨く何時もの日課だ。
普段ならこれだけで目は冴え渡るのだか、最近はあの夢のことが気になって頭が冴えない。
食パンをくわえて母さんに
「行ってきます」という、母さんはそれに答える様に
「忘れ物ないわね?」と聞いてくる。
だが、今の俺にはそれすらも耳に入ってこない。 通学路を歩きながら、どうしても俺からあの夢のことが頭から離れない。
何で夢のことが忘れられないんだ。
そんなバカな亊を考えている俺自身に、嫌気がさし始めてきた頃背中を叩いて
「よ」と言ってくる奴がいた。
こいつの名前は小阪太郎俺の親友だ。
こいつは機械マニアで何時も俺を実験台にしようと企んでいる。
「どうした? 最近元気ないな高山そんな時にはこれ、スーパービックリヘルメット」
そう言って小阪が取り出したのは、頭の天辺に豆電球がついたメカメカしいヘルメットだった。
何時もなら思いっきり突っ込むのだが、今の俺にはその元気がない。
「おい、またかよ」
そう言って肩を落とす小阪、だがそんな小阪を尻目に俺は歩き出した。
今は朝の柔らかな光や小鳥のさえずり、爽やか風さえうっとおしかった。
昼休み小阪が俺の前に来て
「おい、悩みごとがあったら何でも話せよ親友だろ?」
と聞いてきた。
俺はその時初めて小阪に大分気を使わせていることに気付き、小阪の言う亊を聞く事にした。
「実は俺、夢の中である女の子とデートする夢を毎日見ているんだ、最初はお互いにギクシャクしてたけど、だんだん何でも話せる仲になってきてその事が頭から離れないんだ」
小阪は何故かうんうんと頷いている。
「それでその娘は可愛いのか?」俺はうつ向いた。
それが分かればこんなに悩んでいないのだ。
「お前それはあれだな恋だ」
何言ってんだこいつは、機械のいじりすぎでついに自分の頭のネジも弛めてしまったんだろうか。
「いいか昇、恋は当たるも八卦当たらぬも八卦と言うじゃないか」
「いわねぇ〜よ」
ちなみに昇というのは俺の下の名前だ。
「まぁいいから俺に任せろよ」
そう言って不敵に笑う小阪は、微妙に怪しく周りを引かせるには十分だった。
放課後、久しぶりに遊びに来いよと言う小阪に、別段用事のない俺は小阪の家に寄ることにした。
家に入ると、相も変わらず綺麗な小阪ママが迎えてくれた。
小阪ママは美人だ。
それゆえ小阪も顔は整っていた。
(え? 俺? 聞かないでくれ)
小阪は家に入ると俺を地下室に案内してくれた。
地下室は何に使うか分からない工具やら、何やらがごちゃごちゃしている。ここに来る度に片付けろと言うのだが、小阪はまるで聞く耳を持たない。
小阪は俺を分厚い鉄の扉の前に案内してくれた。
その扉を開いた瞬間俺は正直引いた。
中は、メカメカしいベッドと、コンピュータが3、4台置いてある。
親友の俺でも引くのだ、一般人が見たら小阪を精神病院へ連れて行こうとするだろう。
「小阪、これは何だ?」
俺の問いに、ニヤリと笑みを浮かべ
「これは夢をコントロールして、さらに記憶する事ができる機械だ、原理は説明しても分からないだろうが、これが完成すれば究極の娯楽になる!」
つまり、一発当たりそうな機械ができたから俺を実験台にして試したいわけだ。
「それで、安全なのか?」
長い長い沈黙
「…………だいじょ〜ぶ!」
不安だ。
俺の不安感を感じ取ったのか、小阪は無理やり俺をベッドに縛りつけようとする。
「ちょ…おま…意外に力が…」
まるで精神病院の患者の様に縛りつけられた俺は、小阪の
「グッドラック、よい夢を」
という言葉と共に意識を夢の中へと手放した。
††† 3 †††
暗闇の中に人影が見えた。
夢だと分かっているのにまるで夢じゃない様な奇妙な感覚に戸惑いながらも、その人影に問いかける。
「君は誰だ?」
月明かりに照らされるようにうっすらと見える赤い髪、白いワンピースが良く似合っている彼女は何時も夢でみるあの娘だ。
彼女は顔に笑みを浮かべ俺の問いかけに答える。
「私の名前は…」
「ズドーン!」
その言葉をさえぎるように何かが落ちてきた。
気が付くと回りは紫がかった、広い空間に変わっている。
「こっち」
彼女はそう言って俺の手を掴み走り出した。
上から落ちてきた゛それ゛は、口をパクパクとしながら俺達を物凄い勢いで追ってくる。中途半端にでかくてちょっと怖いが、良く見るとパック○ンに良く似ている。
「あ、これ俺が5歳の時見た夢だ」
何故か頭の中にその事が浮かんだ。
パック○ンは、ある一線を越えると追って来なくなった。
ホッとしていると、花びらが頬に当たった。
その花びらは数を増やしていき、前が見えないくらいになる。
あまりの勢いに、俺は仰向けに倒れこんでしまった。 気が付くと、誰かの膝の上にそのまま寝ていた。 体が揺れていることから小舟に乗っていることが分かる。
目を開けると、木々の合間から青い空が顔を覗かせ、太陽の光がまるでダイアモンドの様に輝いて木々にアクセントを加えていた。
「大丈夫ですか?」
俺に膝枕をしてくれている彼女はそう尋ねてきた。
「うん、大丈夫…あのさ、もう少しこのままじゃ駄目かな?」
俺の問いかけに
「えぇ…」
と彼女が返し幸せな時間が流れる。
「ぴゅー」
そう、今はこの
「ぴゅー」と言う音さえいと愛しい。
「ぴゅー?」
なんとその船は水漏れしていて沈みかけていた。
「もう!またですか!?」
怒り気味で彼女が言う
「しょうがないだろ夢なんだから!」
反論すると頬を膨らませ
「何時も良いところで目覚めちゃったり、変な落ちにするのは何処の誰でしたっけ?」
相当ご立腹の様だ。
「で、この落ちはどうなるんですか?」
俺は暫く考え沈む直前に思い出す。
「これは7歳の時見た夢でこの後は溺れるんだ」
彼女は深いため息をはいた。
俺はそんな彼女の手を握り
「大丈夫、今は泳げるし危なかったら助けてやるよ」
暫くの沈黙の後に
「本当?」
と訪ねる彼女、俺はそれに
「あぁ」
と答えた。
暫く見つめ合う二人、突っ込みがいたら早く脱出しろとか言われそうだけどそんなのは気にしない、今この瞬間が大事なのだ。
俺達はこうして手を繋いだまま沈んでいった。
これがまた何故か泳げないのだ。
気が付いたのは俺が先らしい、彼女はまだうつ向いたままだ。
周りを見渡すと
「城か」と思わず突っ込みたくなる豪華な装飾がされている部屋にいた。
その中にズラリと料理が並んでいる長い長い机と、まるで俺は偉いとでも言っているかの如く高い背もたれが付いた椅子に彼女と並んで座っていた。
彼女を指で突っつくと、彼女は目を擦りながら
「おはよう」と言って目覚める。
今更だがこの夢は゛夢゛らしくない、この部屋の温度や空気、料理の匂いや、肌に触れるもの等現実と変わらないものばかりだ。
そんな亊を考えていると、彼女はお腹を擦り
「これ食べていいのかな?」
と聞いてきた。
「ちょっと待って嫌な予感がする」
俺はそう言って彼女を止めると、暫く考えこの夢を思い出しす。 「この夢は俺が10歳の時見た夢で料理を食べたらお腹が膨れ上がって爆発するんだ」
そう言い終わると、今度は床が抜け落ちた。
暗闇の中を落ちていく俺達、あのなんとも言えない落下する時の感覚を味わいながら落ちていくと、クッションの様な物に尻から突っ込んだ。
しかしそれでは衝撃を吸収できず、ちょっと痛い。
腰を擦りながら立つと、周りは白で統一された奇妙な所になっていた。 先程のクッション見たいのはなくなっていて、辺りは階段と奇妙な穴しかなかった。
穴にはいくつも種類があって、丸い物、四角い物、星形の物等があった。
ふと、目の前を見ると誰かがいる。
髪は黒くオールバックで黒いマントを羽織っている。手には身の丈以上の鎌を持っており、顔はダンディーな中年だ。
何故か逃げねばと言う思考が働き、逃げようと
「いたたたぁ」と言って腰を擦っている彼女の手を握り、走り出そうとすると彼女は立ち上がりその男を見ておもむろに口を開いた。
「お父さん?」
何故か彼女の手を取り、勝手にお義父さんから逃げようとする俺の体
「お義父さん等と気安く呼ぶな!」
人の心が読めるのだろうか、流石おと
「呼ぶなと言っただろうが」
顔のスレスレを飛んでいく鎌
慌てて俺は隣にあった穴へと入っていった。
穴から出ると先程の場所とは色だけが違う所に出た。
ここは全体が緑色だった。
ホッと一息着くと先程の穴から手が出てきた。
その後物凄形相の顔が出てきて
「逃〜げ〜る〜な〜!」
と睨み付けてきた。
それから俺達とお義父さんの追いかけっこが始まった。
色々な色の部屋を逃げ回り、最後は白い部屋で追い詰められてしまう。
鎌を振り上げるお義父さん、もうだめだそう思った時、鎌を下げた。
俺は何故かわからず困惑していると
「娘よ、何故人間等に興味を持つ? 人間と我々バグは共存出来ない亊を知っているだろう?」
と聞いてきた。
彼女は父親を見据え
「どうして? せっかくで来た友達も次合うときは忘れちゃう、大切な人だって私を夢だと切り捨てちゃう、私はいつまでこんなことを続けなきゃいけないの?」
と怒鳴った。
お義父さんは彼女に語りかける
「それは仕方ない、割りきらなくちゃいけない事なんだ、お前にもそのうち分かるときが来るさ」それでも彼女は睨むのをやめない、それを見てお義父さんはため息をつき
「全く母さんに似て頑固だな…今日だけだぞ」
そう言って鎌で俺達の周りを斬った。
みるみる変わる景色。
それはいつも夢で見る景色だった。
淡いセピア色の夕日に染まる地元の街、山々、海、空、そしてその真ん中にある橋の上で俺達は並んで立っていた。
何時もならここで他愛もない話をするのだが、今は二人でその景色を眺めるだけだ。 暫く景色を見つめていると、彼女が口を開いた。
「初めて会った時のこと覚えてる?」
俺が忘れるはずがない
「確か俺が部屋のレイアウトを書いた紙を、お前が突然現れて破ったんだっけ?」
彼女はにこりと笑い
「あの時大喧嘩したよね」
「そうそう、それから…」
ふと彼女を見ると下を向いていた。
この時間を長引かせようと俺が口を開くのを彼女が言葉で制した。
「あのね、私達バグは人の夢を食べて生きているの、人が目覚めるには私達が夢を食べなくちゃいけないんだけど、食べられちゃった人はその夢忘れちゃうんだ」
彼女は肩を小刻みに震わせ流れ星の様に光る物を流した。
小さな彼女の背中を俺は後ろから優しく包み
「大丈夫俺は忘れないから」
と囁いた。
彼女は振り返って
「じゃあ忘れない為のおまじない」
と言って唇がそっと触れる程度のキスをしてきた。
俺の時間が止まっていると、彼女は俺の目を見据え
「私の名前は夢月 早希忘れないでね」
と涙まみれの顔で言った。
俺は込み上げるものをぐっとこらえ
「俺の名前は高山 昇お前こそ忘れるなよ」
と言って、オデコを人差し指で突っついた。
その瞬間、俺の目の前が真っ黒に染まった。
††† 4 †††
目が覚めると小阪が横で俺を見ていた。
暫くしてここが小阪の部屋だと気付く。
小阪のボンバーヘッドから実験が失敗だった事が分かる。
目覚めた俺に小阪はいきなり泣きついてきた。
「今度こそ死んだと思った」
(何?)
††† 5 †††
それから何事もなく2週間が立った。
何時もの様に朝のホームルームが始まる。
朝の香りが吹き抜ける教室に、担任が招き入れ新しい転入生が入って来た。
その姿に俺の口は開きっぱなしになる。
黒く長い髪の彼女は口を開く。
「私の名前は…」
春の風で舞った桜が教室にひらひら入ってきた。
もうすぐ春も終わる。
END
拙い文を最後まで読んで頂きありがとうございました。