第八十七話 『記者アシスタント』
視点はちょっと変え、これからは、ロイの話だ。
新元4年9月19日月曜日。ロイは朝一番退院した。古天仁が彼の入院料を立て替えし、そして晨曦病院から隔離観察の健康証明まで持ってきたから、今日から、ロイはやっと自由にネオシャンハイで動けるようになる。
ではまず、身分を登録し、そして仕事を探す。入院料はちゃんと返済しろと、古天仁にいわれたから、さすがに警察の話は無視できない。
身分登録自体は簡単だ。元々災前ほとんどの個人情報データが壊され、しかも今ネオシャンハイにいるのはほとんど外国人なので、簡単な申請用紙に名前など記載して提出すればいい。張三やら李四※やら、偽名や偽情報入れても全然問題ない。確認しようがないから。
張三っていう名前はもう使えない。ロイより先ネオシャンハイにやってきた友達がすでに張三と名乗っていたから、合流出来たらややこしくなる。元々は一緒にネオシャンハイで何かの事業でもやろうと約束したが、最近全然連絡が取れない。
しかし、今のご時世で、連絡が取れなくてもおかしいことじゃない。インターネットもなければ、スマホや電話もない。ネオシャンハイから出入りするには高い崖から降りたり登ったりする必要があるから、手紙一通送るだけでも結構大変なことだ。でも、どうやらインターネットは直に回復すると聞いたので、回復したら、ゆっくりとインターネットで彼を探せばいい。
ロイ・ハート、年齢25歳、身長186センチ、血液型A型、仕事は……記者かな?
仕事の欄に、いろんな予備の選択があるが、ロイはちゃんと読んで、結局ジャーナリスト、レポーターと記入した。
臨時身分証明書をもらって、ロイは派出所※2を後にした。次の目的地は、古天仁が教えてくれた、職業紹介所だ。一階の掲示板に、いろんな募集情報が貼っている。確かに災後ネオシャンハイでは労働力不足で、求人情報が多い。ただ、工事現場の肉体労働や工場の仕事、あと研究所の助手がほとんどだ。
新年晩報、研修記者、括弧記者アシスタント一名募集
ついに発見した。本当ならまずは工事現場でしばらく働いて、そこからゆっくりジャーナリスト関連の仕事を探そうと考えたが、まさか一発で見つけるとは。ロイはすぐ求人情報の紙を剥がし、そして自分のポケットを漁る。ぐちゃぐちゃの紙幣が二枚を取り出し、20元は利用料として箱に入れ、10元はポケットに戻した。
昼、不衛生そうな飲食店で陽春麺※3を食べた後、これで本当に一文無しの状態になってしまった。ネオシャンハイでの知り合いがないから、お金を借りるのもまず無理だ。
古天仁からなぜかけちん坊の匂いがプンプンするから、これ以上彼から借金するのはやめたほうがいい。もう一人は、アンジェリナっていう女の子だ。研究所でアニタと名乗っていたが、どうやらアンジェリナのほうは本名だが、どう見ても小学生、精々中学生ぐらいだから、さすがに小学生にお金を借りるのは抵抗があるし、貸してくれても、十数元しかもてなさそうだ。
ハハハと苦笑いするロイだが、アンジェリナはネオシャンハイ一大富豪司馬焱の孫娘であることを、今の彼は、知る由もなかった。
なら、イチかバチか、新年晩報の採用を賭けて、入社したら給料を前借するしかない。さもなければ、土を喰うしかない。幸い、土ならいっぱいあるぞ。
そう考えている最中、ロイはすでに新聞社に到着した。古くてボロい4階建の建物だ。とてもそこそこ売れている新聞社とは思えない。隣に新聞社ロゴの入った看板がなければ、ただのボロいマンションと思われてもおかしくない。そして、その看板もまたひどい出来だ。何せん、新年の年は、張り紙だ。
警備員も受付もなく、ドアを押せば、自然に中に入れる。コピー室で資料コピーしているスタッフと話したら、履歴用紙を記入し、そしてそのまま4階に行かせ、編集長面接になる。
しかし、4階に行ったら、一番奥の社長室から、喧嘩の声が聞こえてくる。ロイは見に行こうと思ったら、メガネをかけている中年の女性に止められた。
彼女の名前は張紅だ。今は新年晩報の副編集長を担当している。どうやら社長と編集長が重要な会議をやっているので、面接は彼女が代わりにやることになる。簡単な面接だ。自己紹介や、仕事経験、あとは将来の夢とか、淡々と行った。どうやら張紅はロイにあんまり興味がないようで、面接のとき、彼を見る回数は、ただの三回。
これで土食い確定のようだ。ロイは一階の入り口辺りで、面接結果を待ちながら、どこの土がおいしいなのかを考える。できれば、草とマヨネーズも欲しいところだ。
しかし、意外なことが起こった。面接は何と成功した。採用だ。今すぐ文房具を受領して、108号席に行くように案内が来た。そして向こうの107号席は、ロイのボスの席だ。
文房具もらう時、仕事の内容も簡単に説明された。要するに正式記者の助手で、雑用係だ。車の運転や写真の現像※4、仕事スケジュール管理やレポートの校正、などなどなどなど、全部やる。そして仕事の成績が良ければ、正式記者になる。
鉛筆消しゴムなどいっぱい入っている段ボールをもって、ロイは108号席に向かう。一階8番目の席だから、見つかるのに時間がかからない。机の上に、書類が山のように積んでいる。いまだに倒れそうだ。
そして書類の向こうから、赤くて、くせ毛がいっぱいの髪の毛が、徐々登ってくる。ロイは、日の出を見ているのような気分だ。
髪の毛の下は、メガネをかけている若い女性の顔だ。ずれたメガネを直し、濃いイギリス弁で、ロイに聞く。
「だ、だれ?」
「あ、ええっと、新しいアシスタントのロイです。よろしくお願いします」
「わお、オーマイゴッド、あたしにもとうとうアシスタントかぁぁ! うれしいな。あ、あたしキャサリン、よろしくね」
軽く握手したら、キャサリンはあるファイルをロイに渡して、
「じゃあ、初仕事。ロイ、まずはここの文章を校正と編集をお願いね。印刷工場の人、英語苦手だから、こちらはしっかりやらないと」
初仕事は結構地味だ。今ネオシャンハイの新聞紙には、いろんな国の言葉が交わっている。どうせみんな翻訳機を使って読むから、読者から見ると、特に問題ないが、編集のほうは意外と大変。改行、区切りなど、全部厳しくチェックしないといけない。
しかし、ロイが一番気になっているのは、記事の内容だ。かなり綺麗な文章だが、内容はいずれも地味。犬探しや、新商品発売、そして新しい建物の竣工、ロイの考えた新聞記事と、かなりかけ離れている。
そう考えながら作業したら、キャサリン机上のトランシーバーが鳴り、どうやら何か事件が起こったのようで、ロイはすぐ興奮して、彼女の車を運転して、一緒に現場に駆けつける。
結局、消防士が高い樹から子猫を救助する事件だった。
「なあ、キャサリン、俺たち、いつもこんなちっぽけな事件を報道するの?」
「何言ってるの? 細かな視点から、人の美しさを表現するのよ。はい、チーズ」
消防士たちと猫に写真一枚。一理あるから、言い返す言葉はない。そう思っているロイは、おとなしく照明の手伝いをし、なるべく消防士たちをかっこよく映る。
すべての取材が終わったら、もう晩御飯の時間だ。陽春麵はとっくに消化され、ロイのお腹がグーグーと鳴く。給料の前借は明日になるので、とりあえずキャサリンからお金を借りて、これでしばらくは凌げる。
夜は取材の文章作成するから、お金の節約も重ねて、晩御飯は新聞社の食堂を選んだ。が、なぜかキャサリンが大笑いした。笑う理由は教えず、キャサリンはロイを食堂に連れていく。
新聞社の外見と同じぐらい、またしょぼい食堂だ。食事をする社員は少なく、定食を選んでいるのは、どうやらロイとキャサリンだけのようだ。
そして、実際に飯を食べたら、キャサリンが笑う理由、食べる人少ない理由はわかった。まずい。これほどまずい料理は珍しい。どれぐらいまずいかと言うと、料理見本のプラスチックモデルを齧っているような感覚がする。一番作りやすいサラダも、材料は一応新鮮なものの、変な味がする。
もうちょっと雑談しようとするロイ、もしかして、A&E研究所での怪異体験も語れるかもしれないと思ったら、急にお腹がいたくなる。やっぱり食べたのはプラスチックだなと、ロイは思ってしまう。すぐ失礼して、トイレに突撃する。
トイレで苦痛から解放するロイ、腹痛は大分抑えたところで、外からほかの人が入ってきて、雑談が始める。
「聞いたか? キャサリンのやつ、やっとアシスタントが配属されたってよ」
「なんで? こっちだってアシスタント欲しいのに、忙しくてさ」
「しらねえの? アシスタントついたらもう言い訳ができない。今度の査定は不合格になったら、首だ」
※張三と同じく、たとえる時の名前。実際に使う人はたぶんいない。
※2 中国では戸籍管理なども、派出所で行う
※3 上海(および周辺地域)では、麺とスープ以外何も入れないラーメンを陽春麺と呼ぶ。作りやすいうえ、食材も少ないため、めちゃくちゃ安い。
※4 フィルム写真の時、写真暗室でフィルムを現像する必要がある。デジタルカメラ世代ならたぶん知らない情報かもしれない。
キャサリンが首?新聞社にも不穏な空気が。
次回を待て!
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