第八十五話 『忠犬ライデン』
前回の続き、ノスフェラトゥはパクヒュンキュンの体から抜け出し、竹内唯を救い、そして彼の首を絞める。
パクヒュンキュンは何度か振りほどこうとするが、どうやら無理のようだ。再度呑み込むのも試していたが、同じく無理。なら仕方がなく、ノスフェラトゥを掴み、諸葛夢と同じように、地面に何度もたたき、そして捨てた。
ノスフェラトゥを失ったせいか、パクヒュンキュンの体は再度変異が起こる。サイズは変わっていないが、皮膚は再び消え、筋肉と血管がむき出して、不気味に、ぐにょぐにょと動き出す。
一見形勢逆転と見えるが、実は状況がさらに悪化した。ベヒモスはいまだに取り込んでいて、もしパクヒュンキュンはあの量のマナを操れるようになったら、かなり強化できる。それに、実際に戦えるメンバー、劉凡菲、諸葛夢、ノスフェラトゥは全員ノックダウンされた。
これに気付いたのか、パクヒュンキュンも落ち着く。落ち着いてゆっくりと大量マナの運用方法を模索する。それから、その場に残った人を全員殺すといい。しかし、急に思い出す。扉に逃げだしたアンジェリナはまだいない。
ちょっと入り口辺りに行ってアンジェリナを探そうとするその時、急に何かにぶつかれ、数歩よろめく。振り返ってみると、アンジェリナだ。
「逃げたと思えば、まだ戻ってくるとは、いい度胸だ」
「またの位置調整だよ。あ! 足元を見て!」
屋上で嵌められたことがあり、パクヒュンキュンはすぐ頭を上げ、天井を見るが、何もない。逆に、アンジェリナはすぐまた逃げた。
足元に、確かに異物感がある。退けると、踏みつぶされた人の顔がある。次に瞬間、ぺっしゃんこになった人面は、叫び始め、そして爆発した。爆発する瞬間、大きな光の玉が現れ、パクヒュンキュンの下半身を包み込む。光が消えたとき、彼の下半身も、同じく消え去った。
ほぼ同時に、天井たらりにも光球が現れ、そしてパクヒュンキュンの下半身が中から落ちてくる。これで、パクヒュンキュンの動きは完全に止まった。
これを確認し、アンジェリナはほっとする。
「よかった。変なところに転送されたら大変なことになるよ。朝ご飯を食べてるおじいさんとおばあさんの目の前に、ドカン!と巨大な下半身が現れたらどうするのよ」
と言ったら、すぐ諸葛夢のそばに駆けつける。アメシストを回収して、ちょっと不満そうに愚痴る。
「なんで急に叫んだのよ! 位置調整は結構大変なんだから!」
「すまん……」
竹内唯とベヒモスを呑みこんだ後、諸葛夢は目が覚ませ、パクヒュンキュンは変異している最中にアンジェリナと打ち合わせをした。
作戦は目的は二つ、何かナイフみたいな道具で竹内唯を救出する。そして宝物庫の窓から見れる、絶叫虫を利用してパクヒュンキュンを倒す。あれはたぶん、地下牢の時、転送された蟲だろう。しかし、諸葛夢の叫びによって、絶叫虫は攻撃対象を切り替わってしまった。アンジェリナは結構頑張って計算して、やっとパクヒュンキュンを蟲の上に誘導に成功した。
意外と素直に謝ったから、逆にアンジェリナは赤面して、
「うう~ん、じょ、冗談だよ。アンジェリナだってゆいちゃんを巻き込みたくないもん。それに、お姉ちゃんでしょう?」
諸葛夢は竹内唯を見る。ウタレフが彼女を喚起している。ちょっと考えて、頭を振る。
「いや、人違いだ。ただ似てるだけ」
「でも……」
「お前こそ、自分のアイドルと話したくないのか?」
「う、うん、じゃあ、お言葉にアマ……って、あれ?ムウはなぜ知ってたの?」
飛田俊!!!
諸葛夢は急に彼のことを思い出し、まだ行方不明の飛田俊のことをアンジェリナと話す。しかし、話している途中、急に部屋が激しく揺れる。
「じ、地震?」
「いや、この塔はノスフェラトゥのマナで作ったんだ。彼今の状況じゃ、塔は持たない。とりあえず脱出だ。」
劉凡菲も目が覚めたから、諸葛夢はノスフェラトゥを担ぎ、全員を連れて、屋上に戻る。まだ火が燃えているが、ビルの材料自体は燃えにくいせいか、大分鎮まっている。
全員が出たら、塔は崩れ、無数の大きな石に分解され、そしてドックビルの下に落ちっていく。アンジェリナはすぐ下を確認するが、幸い人影もいないし、石は途中でさらに分解され、そして空気のように消えた。
ちょっとほっとするが、落ちている残骸の中から、何か登ってくる。よく見ると、パクヒュンキュンの上半身だ。
猛スピードでビルを登り切って、高く跳ぶ。そして再度着地したとき、17階の地面が崩れ、その場の全員は、16階の小劇場に落ちった。
小劇場には、まだ多数のゾンビ死体が倒れている。パクヒュンキュンの上半身から、無数の触手が生え、ゾンビたちを巻いて、体内に取り込む。
「まさか、ゾンビを喰って、元に戻りたいのか」
しかし、次の瞬間、諸葛夢は自分の推測が間違ったことを気づく。触手が取り込んだのは、ゾンビだけではなく、元々屋上にあった、ハイテクタワーの部品を、一緒に取り込んでいる。そして、しばらくすると、巨大な、肉と鋼が組み合わせた、異形なものが出来上がった。形は、強風に吹かれ、逆方向になった傘のようだ。あるいは、巨大なシャワー?
「ま、まさか? あれを使って、ウイルスを散布する気?」
アンジェリナは思わず語る。
「またビンゴだ。本当に頭がいいね。お嬢さん」
傘の下から、パクヒュンキュンの顔が現れる。サイズ的に、もう完全に人間の頭じゃない。
「俺をコケにしやがって、なら、お前たち全員、いや、ネオシャンハイ全部の人を、俺と同じような姿にしてやる! マナならいくらでもある。待ってろよ。ネオシャンハイがゾンビパラダイスになるのだ!!!!」
と言ったら、傘の下が膨らんで、たくさんの瘤が現れる。瘤が破裂し、中から緑色の液体が流れ、その液体に触ったゾンビの死体は、再び変異して、そして活動し始める。
「復活ウイルスと実験ウイルスを融合させた最高のウイルスだ。体内の抗体に期待するなよ! そうだな。まずはお前たちを感染してやろう。地獄を見せなくて残念だが、どんな化け物になるのかは楽しみだ!!」
瘤から流れた液体は、やがて霧に変化し、一行に迫る。
「ど、どうしよう、ムウ、また何か戦術がないの?」
「ウイルスを何とかしてあいつのマナの源を切り落とせば何とかなるが、今はどちらもできん。おとなしくゾンビになるんだな」
「ええええ、やだよ。アンジェリナ、本物の肉、食べたくないよ」
「そっちか。なら人造肉工場を襲えばいい」
「あ、そっか」
「納得すんな」
冗談を言っている場合ではなく、復活したゾンビと霧が、どんどん一行に迫ってくる。他の数人は後退できるが、ノスフェラトゥだけは、もう体力ないからか、そのまま倒れた。
これを見て、竹内唯はすぐ霧の中に入り、ノスフェラトゥを助けようとするが、この行動は完全に自殺行為と等しい。
だが、竹内唯とノスフェラトゥの周りに、紫色の炎が現れ、防御バリアのように、霧を蒸発させ、二人を守る。
そしてその火を放ったのは、ウタレフだ。
ウタレフはもう片手も上げ、さらに巨大な紫炎のバリアを作り、アンジェリナ達全員を守る。竹内唯とノスフェラトゥが戻ったら、二個のバリアが一つになり、霧も、ゾンビも燃やされ、全く侵入されることはなかった。
「ちゃ、チャンス到来か? なら、マナの源はどこにあるのかな?」
「あいつ体内にある煉獣だろう。突っ込んで取り出せばいい」
アンジェリナは周りを見て、アイザック引っ張り出す。
「アイザック君、あなたの番ね! 頑張ってベヒモスを取ってこい!」
「む、無理ですよ。先輩! 俺は何の超能力も持ってませんから!!」
「ちっ、使えないやつ」
「せ、先輩」
こうしゃべっているとき、何かがバリアの中に飛んできた。
「この役目なら、私にお任せください」
転んで、あんまり格好いい着地じゃないが、ロウだ。全身やけどしているから、あんな着地になるのも無理はない。
「ろ、ロウちゃん、シャベッタアア!」
「驚かせてすまなかったな。魔力を吸収して力を取り戻すのに時間がかかる。主の魔幻空間でなければ、人型の姿すらなれない」
「で、でも、ロウちゃん、ひどいやけどよ」
アンジェリナはすぐロウの状況を確認する。
「こんな傷など、些細なことだ。主を守れなかった私が情けない。ならせめて……」
ロウは竹内唯を見て、
「あれは主のご令嬢か。せめて彼女を救いたい」
「本当に犬人間とは」
声に覚えがあって、諸葛夢は思わず口を挿む。
「減らず口の若造よ。俺たちの勝負は預かった」
そしてアンジェリナに向いて、
「最後に一つ、私の名はロウではなく、ライデンだ。覚えておくといい。お嬢さん」
と言ったら、ライデンは長く吼え、全速でパクヒュンキュンに突進する。膨らんでいる部分に突っ込む。しばらくすると、液体と霧の発生量が、目に見えるように激減する。どうやら成功したのようだ。
しかし、それでもすでに生成した霧とゾンビは、まだまだアンジェリナ達に迫る。そして、ついに、紫炎のバリアが消え、ウタレフは片膝をつき、喘息し始める。
ウタレフの魔力は、もう尽きた。
迫ってくるウイルスとゾンビ、諸葛夢とアンジェリナは、どう対抗する?
次回を待て!
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次回の更新は3月28日、日曜日です。