第六話 『遺産』
人類はかつて夢を見た。
数字の0と1だけであらゆるものを永久保管するという夢。
しかし、戦争と物理法則の変化によって、この夢は壊れた。クラウディングサーバーの破壊、インタネットの停止、実機ディスクの自壊、真っ先に試された、文学、美術、映像作品のデータはほとんど失った。
幸いごく一部旧記録メディアは発見され、現在ネオシャンハイの各高校や大学で保管されている。いずれ必ず来る復活の日を待ち続けてきた。
だが、目の前の景色は、再びアンジェリナを失望の深淵に叩き落した。
新元学園、電脳実験室の倉庫、今まで保管された旧記録メディアを含む、すべてのものは真っ黒な燃えカスと化した。
「な、なんで」
「いやあ、先倉庫のドアを開けたら、僕もびっくりだよ」
「ギャツビー先生、警察呼んだ?」
「警察?」
「煙感知器は破壊されたよ」
アンジェリナは天井に付けた火災防止用煙感知器を指して、
「ふつうの火災なら、煙感知器ですぐ反応して消火動作するし、警報も鳴るはずだよ。誰も知らないうち燃やしたわけないじゃない? 誰かが事前に煙感知器を破壊した」
「でも、煙感知器は夏休み期間で壊れて、あの時暑すぎて燃えてしまった可能性は?」
「ディスクはまだ熱いよ」
アンジェリナは棚の上に、一枚のCDの残骸を触って、
「それに、ここまでやられて、もし自然発火の場合、かなり長時間燃やさないといけないの。こうなったら、隣データ室壁一面のカセットテープは全滅のはず。あのタイプのカセットテープは高温に弱いでしょう。隣部屋はとっくに大パニック」
「まあ、言われてみれば。」
ギャツビーも納得したのようで、アンジェリナは続けて説明する。
「だから、誰かがまず煙感知器を破壊して、そして火炎放射器みたいなものを使って、今朝燃やしたの。これはれっきとした放火事件だよ」
「なるほど、分かった。すぐ手配するよ。あ、じゃあ、ちょっと君に頼みたいんだけど……」
「頼み?」
ギャツビーの頼みとは、ちょっと同業中学に行って、旧メディアを数枚借りてくるのことだ。同業中学なら、まだそれなりのものを持っているはず。アンジェリナは快諾し、無理やり諸葛夢も連れて、三人はまず自転車で駐車場まで行く。あちらでアンジェリナの車が止まっている。
一台真っ白なスポーツカーだ。
いろんな廃車からパーツを集めてきた自作の白いスポーツカーだが、多くの廃車自体は高級車のためか、外見はかなり格好よく、車好きの人が見たらよだれが出るぐらいだ。諸葛夢も思わず見入るが、運転席に向かうアンジェリナを見て、
「小学生も運転できるのか?」
てっきり学校のバスに乗るかと思った諸葛夢は、思わず発言してしまった。
「アンジェリナは小学生じゃないもん! それに、運転するのは人工知能のハナちゃんだよ」
「偉大なるアンジェリナ様、おはようございます。どこへ向かわれますか?」
車から、機械的な女性の声が聞こえる。災前のスマホAIやボーカロイドに結構似てて、本当に久しぶりで、懐かしい感じすらする。
しかしその前に、
(要するに俺はこの人工知能とやらと同格ってわけか)
諸葛夢は思ってしまう。
「同業中学。お願いねハナちゃん」
「かしこまりました。」
路上に車はあんまりないが、衛星や無線インターネットなしで、15キロ離れの同業中学まで自動運転は20分以上かかる。
車の中はエンジンの音以外何の音もない。いつも元気いっぱいのアンジェリナも、この前の出来事で黙り込んでしまう。この気まずさを感じたか、カイは先にしゃべりだした。
「嬢様、犯人は誰だと思う?」
「わかんない、今情報少なさすぎだよ。倉庫のカギはマスターキーを含めて三つあって、ギャツビー先生とアンジェリナと警備室……」
「犯人はほかところから入れない?」
アンジェリナは頭を振って、
「倉庫の窓は小さくて換気用のもので、人が入れないよ。通風口にはファンがついてて、先も動作しているでしょ、だからあっちも無理」
「あれ、動作したっけ?」
「プラスチックを燃やす臭いはあんまりしなかったでしょう」
これで、カイは納得したが、
「あ、そういえば思ったより匂わなかったな。でも実験室って、朝結構早く大学部の人がいろいろやってたんだろう?ドアから入ると、すぐばれるじゃない?」
「小型の火炎放射器や携帯式のトーチバーナーなら、カバンに入れられるし……」
「いや、凶器隠されたって、犯人だぞ、見られて困るんじゃない?」
これを聞いて、アンジェリナは沈黙した。なぜ黙ったのかが理解できなかったカイに、
「要するに犯人は学生や先生の可能性はあるってことだ」
諸葛夢は代わりに説明した。
「えええ?そうなの?なんで?」
「わかんないわよ。アンジェリナの判断ミスだったらいいんだけど……」
再び車の中沈黙し始めた。
「偉大なる司馬アンジェリナ様、間もなく到着です。」
「ありがとうハナちゃん。どう、ハナちゃんの運転は?」
アンジェリナはドヤ顔しながら、諸葛夢に聞く。
「小学生運転よりマシ」
「小学生じゃないもん!」
「じゃあ、お前いくつなんだ?」
ずっと前から諸葛夢の疑問だ。
「え……、レ、レディに年齢聞かないでよ!」
一応逃げた。
20分ちょうど、車は同業中学に到着した。警備室に新元学園の学生証(学生手帳みたいなもの)を見せ、三人は直接倉庫に向かう。
新元学園と違って、同業中学は極めてふつうの学校、というより、貧民向けの学校だ。災後も修復に努力したが、やはり校舎はボロボロで、あちこち弾痕らしき痕跡が見える。政府からの資金は限られているため、いい教師や生徒が入ってこない。人材が足りないと、研究成果も少なくなって、投資が入ってこない。という悪循環に落ちってしまった学校だ。
アンジェリナの後ろについて倉庫に向かっているとき、カイはこっそりと諸葛夢に聞く。
「夢、あの放火事件って、魔族の仕業の可能性は?」
「ゼロじゃないが、低い」
「なんで?」
「目的はなんだ?」
カイはちょっと考えて、そして閃く、
「例えば勉強嫌いの魔族がすべての教材を焼き払いたいとか?」
「これおまえじゃあるまいし」
「い、いや……決して俺じゃ……ってなんでわかるんだ?」
諸葛夢はちょっとカイを見て、
「勉強熱心に見えないからだ。あの小娘と違って」
「ハハハ、って小娘ってなんだよ。失礼だろう。お前も嬢様と呼べ!」
「断る」
カイは腕を組んで、真面目に考え始める。
「じゃあ、やっぱり痛いなる司馬アンジェリナ様のほうがいい?」
「確かに痛いが、俺は人工知能じゃない」
「じゃ、どう呼ぶつもりだよ?」
「司馬のお嬢様」
「おお、この呼び方がいい……って、あれ?」
先の一言は諸葛夢の声ではなく、前から聞こえてきた。
「高貴な司馬のお嬢様が、このへっぽこ学校にいらっしゃるとは、いったい何の御用だ?」