第六十六話 『血と骨の異空間』
一方その頃
新元4年9月22日夜、諸葛夢と女警備員、ドックビルB2、二人はまだこれからの打算について言い争っているその時、エレベーターから血が滲む。次の瞬間、血潮が噴き出し、地下車庫を飲み込む。さらに、血は停まっている古い車を溶かす。
この状況はまずいと思って、諸葛夢はすぐ女警備員を連れ、非常用階段から上に登る。血潮はあっという間にB2を没してしまい、しかもすごい勢いで“血”位が上がっている。まるで二人に襲い掛かる赤い猛獣のようだ。諸葛夢はすぐさま鉄のドアを閉め、これで浸水は若干阻止できた。
だが、車すら熔かす血潮、鉄のドアは長くはもたないと判断し、諸葛夢はさらに女警備員を上に連れて、登っていく。一階さえ戻れば、出口でビルから脱出できるはず。
「そういえば、あなた、名前は?」
逃げながら、女警備員は諸葛夢に聞く。
「諸葛夢」
「へえ、いい名前じゃない?」
女警備員は黙々と上に走る諸葛夢を見て、
「あれ、あたしの名前を聞かないんだ」
「興味ない」
「何よ、失礼ね!」
諸葛夢は急に止まり、女警備員をチラッとにらむ。
「じゃあ、名前を尋ねる前に、まず自分が先に名乗るべきって言っておこう」
「ぐ、ぐぬぬ、か、勝ったと思うなよ!ふう、わかったわ。名乗りましょう、あたしは郭小宝っていうんだ」
全く香味を示せない諸葛夢、下から血潮がどんどん迫ってくるのを見て、すぐ郭小宝を連れて、さらに上に逃げる。
やっと一階に辿り着き、諸葛夢はすぐドアを閉め、郭小宝は先に非常用階段から出る。次の瞬間、彼女は驚愕な表情で、目玉が落ちるぐらいに目を丸くして、一階のロビーを見上げる。
ドアを閉めた諸葛夢も、すぐ振り返るが、ずっと無表情の彼も、危うく同じ表情になってしまう。
二人の目の前に、ドックビル一階のロビー、ボロボロでもきれいに片づけられた空間はすでに消えてなくなり、代わりに、瓦礫と骨、そして黒い物体が構成された、黒い空間になってしまった。空中に、あちこち巨大な石柱や松明が浮いている。
「こ、ここはどこ?あたしたち、先階段間違ったのかな?」
「どんな間違いでこんなところに辿れる?」
ツッコミながら、諸葛夢は思う。
(マナで作った異空間だ、こんな巨大ない空間が作れるのは、かなり強い魔族か覚醒者だな。だが、あいつは無反応。確かにあの妖狐知世みたいに、マナを隠せる魔族の時も反応はなかった。だがわざとこんな空間作ったんだ。存在を隠す意味がない。
なら覚醒者か。しかしなぜ俺とあの女を閉じ込める?猟魔人の同業者が吸血鬼退治の手柄を横取りする気か?しかし、吸血鬼レベルの魔族なら、敏腕の猟魔人はここまでやるのか。
結論。情報少なさ過ぎて、判断出来んか。)
「お~い、夢ちゃん、夢ちゃんってば」
ぼーっとしている諸葛夢、郭小宝は彼の服を引っ張りながら、後ろのドアからどんどん入ってくる血の水を指して、
「ここもやばくなった。どうにかして」
「夢ちゃんってよぶな」
「じゃあ、むむ?」
「……、夢ちゃんで結構……」
侵入してきた血を見て、諸葛夢はまた変だと思う。マナで作ったこの空間なら完全に独立の異空間のはず。血の水がまだどんどん入ってくるってことは、この血も異空間の一部。しかし、なぜ地下駐車場は異空間に変化しなかったのか。
しかし、今は細かく考える余裕はなかった。血潮に飲み込まれる前に、出口を探さなければ。せめて、安全な場所を見つかったら。
上を見ると、空中にでかい石柱がある。大きさ的に、人がちゃんと上に乗れる。一番近いのは、三、四メートルぐらいの高さだ。自分一人だけなら、今の調子でも跳べる。しかしとなりに女一人増えたら話は別だ。
「あたし一人にしないでよ」
考え事を見透かしたのように、郭小宝はまた諸葛夢の服を引っ張る。
「元よりそのつもりはない。俺を抱け」
「な?なななな、あたしに何する気?」
諸葛夢から、嫌気な目つき。
「ま、まあ、冗談だよ。軽く警備員ジョークだよ」
と言って、郭小宝はぎゅっと諸葛夢を、正面から抱き着く。
いい香りだ。どっかの小娘とまた別格、大人的なにおい、香水の匂いがはっきりとわかる。しかし、臭覚より、さらに気になるのは触覚だ。柔らかい何かが、諸葛夢の肋骨に当たる。下から三本目から八本目あたりに。
「何する気だ」
顔真っ赤の諸葛夢は、郭小宝から離れる。
「いやあ、こうやって、あたしを抱いて上に登るでしょう?」
郭小宝は諸葛夢の顔をみて、大笑いし、
「夢ちゃん、顔が赤いよ」
「うるさい。とにかく、正面はダメだ。小脇で抱くのはどうだ?」
今まで、何回かある小娘をこのような形で、挟んで移動することがあった。諸葛夢は挿む手本の動きを郭小宝に見せるが、彼女はすぐむきになる。
「何よこれ、レディーに対する行動じゃないわ。本当は姫抱っこするべきじゃない?」
「じゃあ、おんぶするよ」
郭小宝はちょっと考えて、後ろから、再度諸葛夢の首に抱く。
後ろからでも、大した変わりはない。香りも結局するし、背後からも、相変わらず柔らかい物体の触感がする。しかし、これ以上躊躇う余裕はなく、血はすでに足の近くに迫ってくる。
深くしゃがんで、猛ジャンプし、諸葛夢は郭小宝をおんぶして、空中の石柱に辿る。一回だけのジャンプだが、かなりきつく、諸葛夢は郭小宝を下ろし、休憩し始める。
郭小宝は楽しそうに、すでに血の池と化した下を見て、諸葛夢の肩を叩き、
「すごいすごい、もっと上に飛ぼう」
冗談じゃないよ、と諸葛夢の心の中には叫んだが、どうやら血はまだどんどん上に登っているようで、この石柱を没するのも時間の問題だ。
小休憩してジャンプ、ジャンプして小休憩、4,5回繰り返したら、二人は一番高いプラットフォームに到着し、諸葛夢は喘ぎながら、また休憩に入る。
郭小宝は諸葛夢の肩を叩いてから、辺りに歩き廻り始める。
ちょっと休憩したら体力は大分回復した。下を見ると、遠いからか空間がでかいからか、血の上昇スピードは大分落とした。これでこれからの作戦を考える時間ができた。
今のこの空間、五角形の形をしている。五本の巨大な骨と、無数の小さい骨で組み合わせて、まるで五枚のあばら骨でできたのようだ。
肋骨の間で、黒いものがあり、諸葛夢は試しに触ってみたら、がりがりの手触りで、触った手も黒くなる。
「これは燃えカスね」
最上部のプラットフォームを一周回して、郭小宝はまた諸葛夢の隣に戻って、
「あっちには大きなドアがあるわ。ちょっと行ってみない?」
上は骨でできた天井、下は車をも熔かす血の池、どうやら選択の余地はないようだ。仕方なく、諸葛夢は郭小宝の後ろに連れ、プラットフォームの向こう側に回る。
同じく黒いドアだ。触ってみれば、やはり上に分厚い燃えカスがある。こっそりドアを開け、中は新天地だ。
ドアの中には、骨と燃えカス一辺の外とガラリと変わり、ぬくもりのある、リビングルームとなっている。机もソファーも、テレビも時計も、何もかも、一般的な家庭に見える。ただ一つだけが違う、サイズがあっていない。
諸葛夢と郭小宝は、まるで巨人の国に来たのような、すべての家具は、ありえないぐらいに大きいうえ、サイズの倍率もバラバラだ。
部屋に入った瞬間、音楽が流れ始める。郭小宝はすぐわかる。ショパンの華麗なる大円舞曲だ。これを聞いて、なぜか踊りたくなる。手を上げ、後ろの諸葛夢から、シャルウィーダンス、って誘ってくれるのを待つ。
諸葛夢は、これを無視して、さらに部屋の奥に進む。一応予想通りの行動だが、郭小宝は思わずため息をする。
諸葛夢の目標は、部屋向こうのもう一個のドアだ。あれならまたどこかにつながっているかもしれない。
二人はちょっと歩いたら、空中から、奇妙な模様が浮かぶ。はっきりと見えないが、花のようだ。
「まあ、なんてロマンなんだ。舞曲に花。しっかし、ここの朴念仁はわからないわね」
郭小宝の愚痴に付き合う気のない諸葛夢、しかし、ポケットの中の金属かけらは、微かに振動した。すぐ郭小宝をベッドの下に連れ、身を隠す。
突然、空中の花は、歪みはじめ、激しく跳躍し、騒動し、その次、花は火花と化し、炸裂して部屋中の跳びまわる。炎はないが、温かいリビングルームは、一瞬で黒くボロい家になって、焦げる匂いもする。
二人はまだどんな状況なのかを把握してないその時、大きな音で、この部屋に入った時のドアが敗れ、大男が入ってきた。
しかし、この大男は、体中に長くて灰色の毛が生え、そして首の上は、狼の頭だ。
部屋に入ってきたのは、狼男?
次回を待て!