第三十六話 『荒廃屋敷』
ちょっぴりのホラーが始まる。耐性の無い方はご注意を。
ポタポタ
水の音が聞こえる。あいつ、また蛇口をちゃんと閉めてないのね。何遍言えばわかるのかしら。後でビシッと注意しておかないと。
そういえば、私はまだ読書中のはずだけど、なぜか急に真っ暗になって。今目を開けても、真っ暗だ。しかも後頭部が痛い、何かが刺さっているみたい。
視界が結構制限されている。自分の呼吸もちゃんと聞こえる。手で触ってみると、どうやら巨大な、鉄の仮面が被っているみたい。
しかし、開けない。完全に固定されていて、金具で止められ、鍵やツールなどの物がなければ開けるのは無理のようだね。
幸い口の部分に穴がちゃんとある。水ぐらいは飲める。
起きようと思ったら、首の痛感が増した。手で触ってみたらびっくり。数本のケーブルやチューブが、針を介して、首や仮面を越して後頭部に刺さっている。
我慢して全部抜いて、やっと座れるようになる。
どこかの部屋のなか、暗い環境だ。しかし微かに光源はある。机の上のノートパソコンと非常用のライト。
パソコンをちょっといじる。しかし完全にフリーズした。というか、このノートパソコン、ハードディスク、新型ディスクは一切ない。
これでも今の貴重な光源だ。しかも持ち歩ける。懐中電灯の代わりになれる。
ノートパソコンをもって、部屋をちょっと確認する。どうやら実験室みたいで、いろんな人体解剖の図面が見られる。一番多いのは、脳構造の関連ものだ。
もう一度先まで寝ている椅子を見る。椅子というより、処刑用のものらしく、あちこちに拘束具があって、電力がなくなったせいで、全部アンロック状態だ。
地面に、一枚の紙があり、上に、
『電力使用時に注意。多数の設備を同時に使うな。またヒューズ飛んだら、B2で交換すること』
もしかして、今はその状況?誰かがB2に行って、ヒューズ交換中?なら一刻も早く、ここから脱出しないと。なんかやばいところだと思う。
しかし、ちょっと気になる。この紙はふつうのコビー用紙じゃなく、会社などで使われてた物のようで、下に、PPって書いたロゴがある。
PP?なぜか聞いたことがある。でも思い出せない。
とにかくここから出よう。思い出してる途中にやばいやつが戻るってオチは笑えないわ。
ノートパソコンをもって実験室を出る。外も真っ暗の上、人の気配はない。
部屋ならいっぱいあるが、数個試してみたら、トイレ以外は開けない。
ここは地下室みたいだ。窓などは一切なく、空気も重くて、そして若干淀んでいる。
廊下の突き当りに、鉄の扉がある。いかにも外に出られるって感じがするが、開閉のレバーを引いても反応がない。
電力がないなら、普通ドアは開錠状態になっているはずだが、欠陥品でなければ、よほど中の物が大事なのかしら。
では、電力復旧が先決か。
私の勘が間違って、このドアこそB2に向かうためのドアだったら、大変なことになる
電力復旧のためならこのドアを通る必要があり、しかし電力なしじゃ、ドアが開かない。こんな設計士がいたら、今すぐ死刑すべし。
仕方がなく、とにかく逆の方向に行くしかない。
ちょっと歩いたら、人の声だ。小さいけど、間違いはない。
誰かが仮面を外してくれたらうれしいが、やはりここの人はすぐには信用できない。
ノートパソコンを折り畳み、こっそりと接近する。
「エ、エミリー?」
L字廊下の向こうに、震えている、男の声が聞こえてくる。
「こここここここころ、ここころす、みなころ、あいして、みころ、ぎりぎりぎり、あなああんた、うらうら、たたち、たち」
どうやらもう一人はエミリーという名前の女性だ。しかし何が言っているのかはわからないし、鋭くて、冷たくて、そして異質なしゃべり方だ。
「な、なに言ってるんだ?そ、それより、なんで俺を刺さる?」
「ちちちちちち、ふ、男、死、びびびびびびび、びち、ししししし、おくおく、あままえ、ひひひひひひひひ」
どうしても向こうに何があったのかを知りたい。こっそりと覗くと、白衣の二人、尻餅を食らっている男は、懐中電灯をポケットに入り、肩の部分は血が染みだしている。
女はナイフをもって、男の前に立つ、後ろから顔が見えないが、頭はめちゃくちゃ揺れて、震えている。
女は再度、ナイフで男を刺さる。何回も、何回も。もう見るに堪えない。覗くのをやめたが、女の不気味な笑い声と、男の悲鳴が、いやでも耳に入ってくる。
逃げ出したいが、足が話を聞かない。それに、あの方向はB2に行けるかもしれないし、男の懐中電灯が欲しい。しばらく待機すべきか?
数分立って、やっと再び静かになった。もう一度覗くと、男は血の海に倒れている。出血量から見ると、助かりそうもない。
すぐ、懐中電灯の光が消えた。血で汚れたのか、ポケットの服に遮られたのか。
息を呑んで、聴覚を研ぎ澄ませる。どうやらほかの人がいないようだ。狂った女はどっかに去ったのに違いない。
ノートパソコンを開け、前に進むか。
しかし光が付いた瞬間。目の前に、異形の顔がある!!
「……!!!」
血まみれで、歪んでいる顔だ!笑っているのようで、口が変な円弧を描く!
「おまおおおおおままおまえ、だだだだ、れ、ししく、さくさし、びち、ちび、こうか、こうか、んんん、ややや、やきころ、こおろすおま」
つぎの瞬間、血のついているナイフが、私に向かって刺さってくる!
反射的に、私はノートパソコンを盾とし、ナイフの攻撃を防いだ。そして女に全力で蹴った。
ノートパソコンで命が救われたが、光源がなくなってしまった。うかつに走ったら壁にぶつかるかもしれないが、それでも、暗闇の中に、素早く前進している。
トイレでもいい、何か入れる場所があれば!
かちゃ
ラッキー、本当に閉じてない部屋があるんだ!とにかく身を隠そう。
全力でドアを抑え、外の声を聴く。女の声はだんだん近づいてくる。
来るな!来るな!来ないで!
心の中は絶叫する。
笑い声は過ぎ去っていく。もうしばらくたつと、女の気配は完全に消えた。
体から力がぬいたのように、ため息して、座ろうとする。
しかし、振り返ったら、光が見え、何か棍棒のようなものが、顔に向かって振り下ろす。
ドカン
「きゃっ!」
一瞬で自分の声を殺す。狂った女に聞かれたらまずいし、この時限って、頭にかぶった邪魔なお面に感謝したいぐらい、痛くはない。
「おっと、あのクレイジービッチじゃないようだな。すまん」
懐中電灯の後ろにいるのは、男だ。
「大丈夫かい?」
「幸いこの被り物があるから、大丈夫だわ」
「よかった。本当にすまなかった。俺はジャック、冒険者だ。君は?えっと、ルイス?」
ジェックは私の胸を見て語った。
頭を下げ、確かに胸元に、名札がついている。手書きでLouiseって書いてある。
誰?知らないわ。
「これは、たぶん何かの間違いだわ」
名札を外し、
「私の名はアニタ、本屋をやってる。中古本屋のオーナーだわ。」
古本屋のアニタ?確かに死んだはずのでは?いったい何が起こったのか。
次回を待て!




