第百二十九話 『砕けた宝石』
エタりません!
話は前回の続き、勝ったと思っているカイと林宇の前に、傷だらけのクロこと、クレッツァフが現れた。
紫金紅葫蘆は相手を溶解物質が充満した異空間に転送する力がある。そのクレッツァフはどうやら自力で戻ってきた。が、あの空間で大ダメージを受けた。
「て、てめぇええら!! ゆるさんぞぉおおおお!!」
と雄たけびながら、スケルトン並みに痩せたクレッツァフは、急に筋肉ムキムキの大男に変化した。
大ダメージを受けて判断力を失ったのか。小僧二人に徹底的痛めつけたいのか。クレッツァフは肉体強化魔法で、自分の体を強化した。
「こいつ、あとのこと考えないのか?」
これを見て、カイは驚愕する。肉弾戦の強化魔法は、自分の肉体を強化するのか、攻撃効果を強化するどっちかだ。掛け算感覚で、どちらを強化すれば、それなりの効果が出る。しかし実際にやるとき、ほとんどの人は後者を選ぶ。なぜなら一番安全だから。
もちろん、後者もいろんな弱点はある。使用者の技量にもよるが、限界は低い。相手が対魔法の防御をしっかり取っていれば、効果は低減する。そして、本人の身体能力が低すぎる場合、効果は薄い。
もしかしてずっと魔法研究に没頭するクレッツァフはまさにその状況だ。あのスケルトンみたいな体じゃ、攻撃効果を強化しても若者二人に勝てるはずがない。だから、彼は己の肉体を強化するのも、ある意味正しい。
しかし、なぜ前者を選ぶ人が少ないかというと、肉体強化魔法は、体への負担が強すぎる。下手すれば、廃人になりかねない。かつて地下墓地で、魔法の杖、アメシストもアンジェリナに使った。しかし、アメシストはちゃんと加減をしたうえで、見積もった制限時間も厳守した。おかげで、アンジェリナの体は無事で済む。
というか、あの一戦後、彼女の素の身体能力はむしろ増長した。古天仁曰く、成長期の少年少女、特にアンジェリナみたいな普段よくスポーツする子には、稀に起こる現象らしい。そして当の本人は、増やしたい部分は全然変わらなかったから、ちょっと不満。
どういう意味なのか、カイにはわからない。
そして目の前の、筋肉の塊と化したクレッツァフだが、たとえこの戦いで生き延びれたとしても、たたじゃすまないだろう。
アンジェリナの影響もあったのか、別に相手を殺す気はない(紫金紅葫蘆にずっと閉じ込められたら結局死ぬんじゃないかと聞いてはいけない)。でも相手はこちらを殺す気満々だ(当然だが)。元々はやせ細った魔術師と思えないほどパワフルかつスピーディーになった。
カイと林宇は何度も吹き飛ばされた。一撃一撃は非常に重く、もしパワードスーツがなければ、一般人の林宇はとっくにやられた。幸い、クレッツァフは肉弾戦の経験浅いのか、急所には当てられてない。
作戦開始から、どれぐらいの時間経ったのか。25分ぐらいかな?まだ勝てるかもしれない。ぴちぴちのアンジェリナだって3分しか耐えられなかったんだ。目の前の男は、長く持たないはず。
やっぱり、カイの読み通りだ。クレッツァフは急に動きが鈍くなって、息も荒くなり始める。
「り、林宇! もうちょっと辛抱だ。チャンスはもうすぐ来るよ」
一撃で吹き飛ばされた林宇は、力を振絞ってやっと立ち上がれる。そして不満そうに、
「し、辛抱? こちらはもうげ、限界かもしれんよ。じょ、冗談じゃねぇよ。お前たち、今までずっとこういうのと戦ってきたのか」
話している最中、林宇は部屋の隅っこにあるものに気付く。アンジェリナの宝石と、カイの袋だ。たぶん、先の激戦で落ちってしまっただろう。そして、魔法の小瓶が袋から出てしまい、ひび割れている。透明の液体がゆっくりと零れ落ち、広がっていく。
「や、やべぇ、お、おい、カイ!! あの宝石が!」
「え? 宝石がどうした?」
まだクレッツァフとやりあっている最中のカイは、悠長に状況把握できない。これを見ると、林宇はパワードスーツの収納ボックスから、一個の欠片を取り出した。
宝石の欠片だ。
チラッと林宇の手元を見たカイは、びっくりする。あの欠片の色といい、形といい、アンジェリナの宝石の一部に違いない。
話はちょっと遡り、数日前、マイケル、クレッツァフ、および伝説の猟魔人二名が、アンジェリナと林宇に襲撃したときの話だ。
アンジェリナは消え、巨大な黒い妖怪が崩れ去っていたその時、林宇は思った。せめて一矢報いたいと。手持ちのレールガンなら、まだ一発撃てる。すぐ充電し、向こうに発射した。
ドカンと、大きな爆発音の後、結果を確認する。やはりというか、相手は無傷だ。自分はもう用がないなのか。ケープの男はでかい宝石をもって、笑いながら一行とともに去った。
しかし、四人が去った後、林宇は気づく。ケープ男の立ったところに宝石の欠片があった。あの一撃はケープ男の魔法で防げたなのか、白い男女の攻撃で相討ちになったのかはわからないが、あの宝石には当たった。あの欠片は、間違いなく、アンジェリナの一部だ。
陳宝云曰く、アース・メイズ・ディメンションから復元の時、パーツちゃんとそろっていれば、問題なく元に戻れるが、ちょっと離れてしまったり、間に何かを挟んでしまったら、うまく復元できず、最悪の場合死ぬかもしれない。
「は、はやく、このかけらを!!」
林宇は懸命に叫んだが、カイはなかなか対応できない。逆に、気が散らかしたのか、首がクレッツァフに捕まれ、吊り上げられた。
カイができなかったら、せめて自力でアンジェリナの復元を阻止したい。が、林宇もあっという間にクレッツァフに捕まれた。クレッツァフは左手でカイ、右手で林宇を吊り上げ、そして全力で地面に叩きこんだ。
この一撃はさすがに重い、若者をコングリートの地面にめり込んむ程のパワーだった。そしてカイと林宇はたくさん吐血し、しばらくは動けなくなった。
対してクレッツァフも、ついに体の限界なのか、強化魔法は解除され、元のカリカリな姿に戻った。しかもかなり衰弱して、よろよろしている。しかし、疲れ切った彼の顔に、不気味な笑顔が浮かぶ。
「ふ、ふふ、面白いこと聞きましたねぇ。これで、いいアイディアが浮かびますよ。イヴ01のクリスタルは砕いたのですか。危うくそのままランス様に献上してしまったんです。ああやったら怒られます。礼を言いましょう。
でもですね。あの欠片は、彼女のどの部分なのかはわかりませんよ。手かもしれませんし、足かもしれません。手足なくしただけじゃ、死ぬこともないし、子供もちゃんと産めますよ。これで、結局ランス様に献上すべきじゃありませんか?
お礼としてなんですが、彼女を、二度とランス様に狙われないように、して差し上げましょう」
すると、クレッツァフは震えている手を上げ、アンジェリナの宝石に向かって一発の魔法を打ち出した。パリっと、宝石は両断した。
「や、やめろぉ!!」
カイは絶叫した。しかし、これを聞いて、クレッツァフはむしろうれしくなる。
「イヴ01は不慮の事故で死んでしまった。かわいそうに……
まあ、イヴプロジェクトは本当に成功でしたら、子供産むための女はいくらでも量産できます。今は新人類を作るよりも、真神の導きで大きな災いから生き延びるほうがよほど重要だと、ランス様もきっと理解してただけます」
クレッツァフは、荒い息しながら、伸び伸びと語る。
「にしても、あんな薬を使う必要がありませんね。私自ら、術を解いて差し上げましょう。は、はははは、はははははははははは」
クレッツァフは狂い笑いしながら、砕け散った宝石に向かって、アース・メイズ・ディメンションの解除魔法を放つ。
林宇は最後の力を振絞って、手元の欠片を投げる。
が、結局間に合わなかった。
離れ離れ、アンジェリナだった宝石の三つの破片が、光って、そして変化し始める。真っ先に現れたのは、彼女の手だった。
アンジェリナがバラバラに?
次回を待て!




