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勇者の娘と元妻は王国を見捨てた。


「ほ、本当ですか?」


「そうなのです」


王立学園の寮で暮らす私は王妃である伯母様から王宮の私室へ来るように呼び出された。


そして1ヶ月前に勇者であるお父様が王国を捨て、剣姫のカリーナさんと共にハンブルグ聖国に向かったと聞かされたのだ。


「一体なぜお父様は?」


「知りません。(アントネット)を悲しませ、国を捨てるなぞ所詮は貧乏貴族ですね。

恩知らずが」


王妃である伯母は吐き捨てる様に言った。

養子で公爵家に入ったお父様。

確かにお父様の実家は地方の男爵家だが世界を救った勇者にあんまりな言い方だ。


「マリア、お前は違います。高貴なるタリスカー公爵家の血を引いてますからね」


慌ててフォローする伯母、だが自分の実家を(高貴)と言う馬鹿な貴族意識だけは決して忘れないんだ。


「お父様の実家は?」


気掛かりなのはお父様の実家、お父様と2回しか行った事がない。(母は来なかった)

優しいお祖父様とおばあ様の治める長閑で美しい男爵領に何も無ければいいが。


「ハンブルグ聖国に併合されました」


「そうなんですか?」


「あんな辺境の田舎領、惜しくもありません、こちらからくれてやりますとも」


強がりだ。

本当は王国に逆らった見せしめで血祭りに上げたかった筈だ。

しかし遠方なのでろくに兵が出せないのだろう。

ハンブルグ聖国がバックに着いたのなら尚更


「それで私を呼んだ訳をお聞かせ下さい」


下らない愚痴に付き合う気は無い。

寮から直接王宮に呼び出したんだ。

私が母と接触されたら何かと不味いのだろう。


「マリア、ロワンドを連れ戻しなさい」


「連れ戻す?」


このババア...いや伯母様、勇者であるお父様を呼び捨てだと?


「今なら罪を不問にするとでも言えば、喜んで帰って来るでしょう」


「はあ...」


こいつ馬鹿だ。

伯爵令嬢で剣姫のカリーナさんと亡命したのに娘の私が行ってホイホイ帰って来ると思っているのか?


「それが叶わぬなら賢者ハリスを連れ帰りなさい」


「ハリス様を?」


なんでハリス様を連れ帰るになるのだ?

賢者ハリス様はハンブルグ聖国の重鎮、今や国の中枢に位置する立場だ。

私ごときが行ってどうなると?


「マリア、貴女は我が妹アントネット譲りの美貌が有ります。

靡かない男等いないはず」


「はあ...」


馬鹿もここまで行けば呆れるしかない。

私はまだ12歳だ。

賢者ハリス様は確か26歳、色気も無い小娘が行ってどうこうできる訳が無いだろう。


それに私は2年前王宮で賢者ハリス様に御会いした事がある。

その時感じたのだ。

ハリス様は恐らく....女性だ。


漂う雰囲気、お父様を見つめる愛とおしそうな目、同じ女だから分かる。

賢者ハリス様はお父様を愛していると。


「どうしました?」


考え込む私にババア(王妃)が小首を傾げる。

あの時一緒に王宮で会った筈なのに気づかなかったのか?


「畏まりました、では1度実家に戻り旅の準備を」


長く話していると頭が痛くなる。

とにかくこの場を早く去ろう。


「その必要はありません、このまま行くのです」


「え?」


なんとまあ無茶な事を、寮から着の身着のまま来ている私にそのまま旅立てと?

実家に戻り母と会う事がそんなに不味いのだろうか。


「せめて1度寮に戻り私物だけでも」


「仕方ありませんね、1度だけですよ。

明日にでも出発なさい」


溜め息を吐きながら了承するババア。

良かった、お父様との思い出の品や宝物は全て寮の自室に持ち込んである。


「ありがとうございます」


胸糞悪いが頭を下げて王宮を後にした。


「なにこれ...」


寮の自室に戻った私は部屋の惨状に絶句する。

中はメチャメチャに荒らされ、お父様の実家から贈られた宝石類が全て奪い去られていた。


価値の無いと判断した指輪やネックレスが床に散乱している。

それはお父様が旅の途中で買い求めてくれた物。

どちらかといえば残された物の方が私には宝物だった。


「手紙が...」


しかし破り捨てられたお父様からの手紙に心が痛む。

旅の途中で私を気遣い書かれた手紙にこんな真似をするなんて。

その場に崩れ落ち泣きじゃくってしまった。


「ん?」


残された私物を鞄に詰めていると部屋の外に人の気配が、確認しなくても分かる。

王国の連中だ。

身内の私まで見張るとは本当に腐った奴等だ。

私の部屋を荒らしたのもこいつらだろう。


「さて、どうするかな」


外の奴等は私までハンブルグ聖国に亡命しないために見張るのが役目だ。

これでは自由に身動きが取れない。


「おや?」


机に置かれていた手紙に気付く。

今朝は無かったので私が不在の時間に届いた物だろう。

それより手紙から僅かな魔力を感じる。

常人には分からないだろう。

しかし魔術が人一倍優れている私には確かに分かった。


「これは...」


手紙は封を切られ中を見られた後があった。

中は王立学園の成績表だ。

一見は...


「エクストラ解除(リリース)


手紙に最高位の解除魔術を施すと表面に書かれた文字が動き出す。

本来書かれていた内容に戻り出した。


「え?」


書かれた内容に思わず声が。

しかし大きな声は出せない。

外の奴等に気づかれては厄介だ。


手紙はお父様からの物とカリーナさんの物、そして聖女ケリー様と賢者ハリス様の4通だった。


お父様の手紙には今回の事に対するお詫び、そして私の幸せを祈る内容で細やかな心使いが私の心を満たした。


(お父様....)


余り顔を会わす事が無かった親子だけどこんなに愛されていたんだ。

熱い涙が頬を伝った。


次はカリーナさんの手紙を...


(なんですって!)


あらかじめ自分に消音(サイレント)の呪文をしていて良かった。

そうで無かったら口から大声が発っせられていただろう。


母が不義を...


内容は母がヌークと長年に渡って不倫関係にある事。

屋敷の連中は全て知りながらお父様に黙っていた事。

そもそもお父様と母の結婚そのものが王国によって仕組まれていた等が書かれていた。


ヌーク、騎士団長を勤めるだけあって剣の腕は立つ。

いつもお父様の不在時屋敷に入り浸っていた男。

イヤらしい笑みをいつも浮かべ貴族の醜聞に何度も出て来ていた。


何度も離婚を繰り返し今は独身。


母に何度も言った。

お父様の不在時にヌークを家に上げるのは止めてと。

聞き入れて貰え無かった。

だから私は王立学園の寮に入ったんだ。


(あんな奴は母じゃない。単なる色欲の獣だ)


カリーナさん手紙を読み終えそう思った。


(次はケリー様の手紙と)


ケリー様の手紙はお父様と運命の再会を果たせましたとか、

お父様の離婚はハンブルグ聖教会で認められホッとした等、世界最大の聖教会の教皇と思えない内容だった。


それだけケリー様はお父様が好きと言う事か。

ケリー様の世間の評価との乖離を感じた。


(次はハリス様ね)


ハリス様の手紙は、勇者の処遇を知った世界中の国々がバンサロン王国に魔王討伐の報奨金や魔物討伐の報酬の支払を全て止める事を決めたと書かれていた。


報奨金は一旦全てハンブルグ聖教会を通じて支払われるからお父様とカリーナさんの2人分を止められたら王国は大打撃だ。


(成る程...)


これで納得した。

『お父様を連れ戻せ、賢者ハリス様を連れて来い』

全て金の為か...


ん?


ハリス様の手紙の最後に決意されましたらお使い下さいと書かれている。


これは...


裏側に書かれていたのは魔方陣。

一目で分かった、これは転移の魔方陣。

行き先はハンブルグ聖国。


転移の魔方陣に掛かる魔力は膨大、私の全ての魔力でも足りない。

それを手紙の裏側に蓄え、更に擬装の魔術まで。


底知れぬハリス様の実力、いやハンブルグ聖国の実力に驚く。


「つまり私を逃がしてくれるのね」


消音の魔術が切れて言葉が声になり口から出るが構わない。

ハンブルグ聖国はバンサロン王国と一戦を交えるつもりだ。


その為に私を王国から逃がそうと...

お父様は知らないだろう。

そんな事になると分かっていたら亡命まではしなかった筈だ。


「カリーナさん、ありがとう」


亡命の手引きをしたのは多分カリーナさん。

彼女は心底お父様を愛していたから。

あれほどの美貌で結婚もせずお父様の近くに居る事を選んだのだから。


「ケリー様、ハリス様、本当にありがとう」


穢れた血を引く私の為に...


「さようなら!!」


魔方陣を発動させる。

眩い(まばゆい)光が私を包んだ。


「糞!」


「やめろ!」


異変に気づいた見張りが部屋の扉を蹴破り中に入って来たがもう遅い。

私の身体はもう実体を失っている。


「戦場で会いましょう!」


視界から消え行く見張りに叫んだ。



――――――――――――――――――――――



勇者ロワンドに行ったバンサロン王国の仕打ちを知った世界の国々は魔王討伐の報償金の支払いを止めた。

王国の貴族達は莫大な報償金で贅の限りを尽くしていた為たちまち困窮する。


王国はハンブルグ聖国に亡命したロワンドとカリーナ、マリアの身柄を返す様に要請した。

しかしハンブルグ聖国を中心とした世界中の国々が勇者達の亡命を認め王国は完全に孤立した。


政治的にも追い詰められた王国はハンブルグ聖国に攻め込んだ。

戦力、戦術、戦略と全てに勝るハンブルグ聖国にバンサロン王国はたちまち押し返され、僅か2ヶ月で敗北は時間の問題となっていた。


そんなある日、私アントネットは王妃で姉のマリアンヌに王宮へ呼ばれた。


「お呼びでしょうか?」


王の間で膝まづき頭を下げる。

外に出たのは1ヶ月ぶりだろうか?

こんな姿を本当は誰にも見せたく無かったのだが...


「...誰?」


姉は私の顔を見て呟く。

周りの王族や近習達もざわついている。

分かってる、こんな醜く変わり果てた姿を見てアントネットと誰も思わないのだろう。


「アントネットに御座います」


優雅に立ち上がり腰を降ろそうとするが倍以上に太った身体に足腰が支えきれない。

無様に転がりスカートが捲れ上がった。


「失礼いたしました」


慌てでスカートを戻す。

周りの連中は顔をしかめている。

その中には姉の命令で昔身体を許した奴等の姿もある。

姉は私の目を見つめた。


「アントネットで間違いありませんね、誰か椅子を!」


ようやく分かったみたいだ。

1ヶ月前に会った時より更に醜くなってしまったから仕方ない。


「それでご用件は?」


用意された椅子に座り用件を尋ねる。

覚悟はしていたがこの姿を晒し続けるのは辛すぎる。


「う、うむアントネット、ロワンドに和議と停戦の仲介を」


「仲介と言いますと?」


「貴女はロワンドの妻であろう」


私の言葉に姉の隣に控えていた宰相のルークが答える。

こいつも私が以前身体を許した男。

ヌークの兄で姉の愛人。


()妻で御座います」


ロワンドとの婚姻はハンブルグ聖教会から取り消されている。

私の不義によって...


「それでも13年夫婦であったのだ、元と言えど妻の頼みならばロワンドも」


何と愚かな...

この期に及んでまだ私を利用するつもりか。

教会から『勇者の妻』と言う名の加護を取り消され。

以前よりの絶望から繰り返した不摂生に本来の醜い肉体と成り果てた私をロワンドの前に晒せと?


「いざとなれば肌の1つも触れさせてやれば良い、ロワンドも喜ぶであろう」


下衆な姉の言葉に王族達から笑い声が洩れる。

こんな醜い身体に利用価値等無い事は分かっているだろうに。

もっとも結婚してからロワンドと1回しか肌を合わした事が無い。


「ロワンドの傍らにはカリーナが居ます、喜びはしませんわ」


笑みを浮かべつつ笑い声を上げた貴族を睨みつける。

[カリーナ]最強の剣姫にして私の従妹。

代々の武功を誇る伯爵サルバトーレ家の令嬢。


その美しい容姿はバンサロン王国の紅薔薇と称えられた。

そんなカリーナに私など本来は及びもしなかった。

実家が私を着飾らせ、美しき令嬢と祭り上げたのだ。

自らの政争の道具とするために。


カリーナがロワンドを心から愛しているのを王国内で知らぬ者はいない。

そんな彼女がロワンドと共に亡命したのだ。

私など憎しみの目で見られるだけの事だ。


「それでも妻であったなら...」


宰相のルークがまだ何か言おうとしている。

この男にそんな権限が?


「国王陛下は?」


この国の一大事に姿を見ないのはおかしい。

しかし見渡せど国王陛下の姿は確認出来なかった。


「陛下は療養中です」


「療養中?王太子様は?」


姉の言葉に首を捻る。

それならば王太子が代理で出席せねばならぬ筈。


「療養に王太子も付き添っておられるのだ」


宰相の言葉にキナ臭い噂が真実味を帯びる。

国王陛下は毒を盛られ王太子共々北の宮殿に幽閉されていると。


「そんな事よりアントネット、行って貰えぬか?」


そんな事?

国王陛下の事がそんな事とは...

元々姉は後妻で王室に入った。

先妻が産んだ王太子を廃し、自らの息子達に跡を継がせ様と画策しているとの噂もあったが、こちらも真実の様だ。


「分かりました。ロワンドに会いましょう」


「そうか行ってくれるか!」


私の言葉に歓喜する王族達、ここまで追い詰められていたのか。


「お願いがあります」


「言ってみよ、何でも叶えてあげましょう」


喜色満面の笑顔で姉は言った。


「ヌークを同行させて頂きたいのです」


「ヌークを?」


私の言葉に宰相のルークが顔を曇らせる。

意外な言葉だった様だ。


「しかしヌークは...」


言葉を濁すルーク、分かっている。

奴も私と同じ状態の筈だ。

勇者の加護を失い、みすぼらしい姿になっている事だろう。


「マリアに真実を告げるつもりか?」


姉が身を乗り出し尋ねる。

マリア、私の娘。

勇者ロワンドの子として育てられた王国随一の魔術の使い手。

今は聖国に寝返り圧倒的な魔力で王国を追い詰めていた。


「それも選択肢に」


「成る程」


姉や宰相、王族達は顔を合わせて笑う。

マリアの秘密、それはロワンドでは無くヌークの娘である事。


「宜しい、ヌークの同行を許可します」


「ありがとうございます」


よし、これで後腐れ無く死ねる。

悪夢の人生にようやく別れを告げる事が出来る。



数日後私はヌークと馬車に揺られていた。

加護を失い弛んだ体型のヌーク。

艶やかだった金髪は艶を失い、登頂部は完全に禿げ上がっていた。

何より変わったのは、


「へへへ、俺はヌーク様だへへへ」


両手足を失い。上半身だけ騎士団長の軍服に身を包んだヌーク。

下半身は剥き出しで椅子に括りつけられている。

糞尿は椅子に備え付けられた樽に落ちる仕掛けになっていた。


体を揺すりながら訳の分からない事をずっと言っている。

発狂したヌーク、もう正気に戻らないだろう。

[勇者の部下]と言う加護を失い、強さも無くしたヌークは部下から凄惨なリンチを受けた。


それはヌークのした事への報復。

部下の妻を寝取り、酷い物になると部下の娘達まで毒牙にかけていた。


宰相の兄を後ろ楯に使いやりたい放題だったヌーク。

聖国と戦争になるとヌークの部下達は一斉に騎士団を離れ亡命した。


剣姫のカリーナを頼ったのだ。

これにより主力の王立騎士団は事実上壊滅した。

そして亡命前に彼等はヌークに意趣返しを行った。


両手足を切り裂き性器を引きちぎり止血を行う。

最後はヌークの全身に樹液を塗りたくり、亀虫が数万匹入った麻袋を被せて行ったのだ。


栄えある王立騎士団のやる事では無いと王族は憤慨していたが手緩いと思う。

何故殺さなかったのだ?

この男にされた、いや王国にされた私の怨みを考えたら甘過ぎる。


涎を垂らすヌークを見ながら悔恨の過去を思い出す。

ヌークとの婚約は親が決めた物。

貴族の娘である宿命と諦めた。


しかし成長に伴いヌークは派手な女遊びを始める。

そんな愚痴を従妹のカリーナに吐き出す日々。


ある日勇者が神託された。

やって来たのはまだ12歳のロワンド。

王国は勇者を囲い込むため貴族に婚約者を募った。

条件は純潔(処女)である事。



まだ経験の無かった私は真っ先に手を挙げた。

特にロワンドに惹かれた訳では無い。

ただ彼の姿に穏やかな人生を夢見たのだ。

(カリーナは悔しがりながらも祝福してくれた)


そんなロワンドを私は裏切った。

でも言い訳をさせて欲しい。

純潔を失ったのはヌークに乱暴された事だ。 


処女を失った事を知った実家は事実を隠蔽しロワンドに抱かれる様命じた。

拒めばよかった....他の人に、カリーナに婚約を譲れば良かったのだ。


しかし言い出せないまま2ヶ月後ロワンドと1夜を共にした。

12歳のロワンドに私が処女か否か等分かる筈も無い。

無事に逢瀬は終わり、ロワンドは魔王討伐に旅立ち事実は闇に葬れた筈だった。


ここで予想外の事が起きた。

私の妊娠、相手はヌーク。

悪夢は終わらなかった....


事実をロワンドに告げようと何度も手紙を書いた。

しかし手紙はロワンドに届く事は無かった。

私の実家が握りつぶしていたのだ。


「事実を知ってロワンドが魔王討伐に失敗したらどうするつもりだ?」


周りからそう言われ勇気を失った。

数ヵ月後早産と言う事にしてマリアは産まれた。

ロワンドは魔王討伐で不在。


立ち会ったのはヌーク、家族の許可無くては立ち会えぬ筈。

ここで愚かな私はやっと気がついた。


仕組まれていた。

思い返してみればロワンドとの婚約に実家は反対しなかった。

ヌークが私を襲った時も、ヌークは罪に問われ無かった。


それからの私の人生は実家の便利な道具だった。

国王陛下の後妻に姉がなれる様に裏工作に駆り出され大勢の権力者に抱かれた。

何度も妊娠をし、堕ろした。


捨て鉢になった私は酒に薬物に逃げた。

本来ならば体に負担が掛かる筈が加護のお陰で変化は無かった。

死にたいと思いながら勇者ロワンドの妻を演じる日々。

やがてロワンドが魔王討伐を果たした。

莫大な褒賞金が家に入る様になりやっと王族の娼婦の様な生活は終わった。


そんな私をヌークは飽きもせずに抱いた。

もうどうでも良い。

マリアは私を嫌い寮に逃げた。

完全に私の心は壊れていた。


そんなある日ロワンドと久し振りに顔を会わせた。

ロワンドは背嚢を背負い鎧に身を固めていた。

入り婿のロワンドは旅の準備すら1人だったのだ。


「お出掛けですか?」


気まずさを抑えて聞いた。


「うん魔竜討伐に」


「ええ?」


魔竜討伐に1人で?

ロワンドは魔王討伐を済ました後も世界中の魔獣退治に駆り出されていたがこれには驚いた。

厄災の魔竜討伐に1人で行くなんて死にに行く様な物では無いか。


「お辞め下さい、もしもの事が有りましたら」


さすがに止めた。

愛情からでは無い。ロワンドが死んでしまったら私は王族の娼婦に戻るのが怖かったのだ。


「大丈夫だよ、心配しないで。ありがとうアントネット」


心からの優しい笑みでロワンドは私を見つめた。


その時やっと気づいた。


ロワンドを裏切り続けて来た人生に。


操り人形の人生に。


...本当はロワンドを愛していた事に。


「お帰りになる日をお教え下さい」


「アントネット?」


「準備をしてお待ちしております」


決意は固まった。


この人を助けよう。

王国から解放するんだ。


カリーナが居れば大丈夫。

未だにロワンドを愛している彼女ならきっと救ってくれる。


「分かった、手紙を書くよ」


嬉しそうなロワンドに口づけをした。


「アントネット...」


「さようなら」


「うん、行ってきます!」


笑顔でロワンドは旅立だった。


後は知っての通りだ。

手紙でロワンドの帰宅する日を知り、朝からヌークを呼び出しひたすら抱かれた。


「これは...?」


裸で抱き合う私達にロワンドは崩れ落ちた。


「何見てるんだ?」


ヌークが勝ち誇った顔でロワンドを見る。

私は必死で作り笑顔を浮かべ無言でヌークの唇に吸い付く。

話す事が出来ない。


話したら私まで泣き崩れそうだ。

ロワンドが無言で扉を閉めて出ていくのをただ見送った。

(ごめんなさいロワンド!)

心で叫んだ。


「今日はここらで泊まりましょう」


馬車を操っていた馭者の言葉で我に返る。


「ご苦労様」


私は馭者に酒を渡した。

この男はタリスカー公爵家の人間、酒に目が無いのは知っている。


「こりゃどうも」


嬉しそうにコルクを開け瓶から直接飲み始める。

物資が乏しい王国だ、久し振りの酒に我慢が出来なかったのだろう。

半分程飲むと馭者は崩れ落ちた。


「後は宜しく」


睡眠薬の入った酒瓶が足元に転がる。

馭者の懐に遺書と数枚の金貨、ハンブルグ聖国に託した手紙を入れた。


この男は信用出来る。

そう思って馭者を指名したが手紙をハンブルグ聖国に届けてくれるか分からない。

だがこれしか方法が無いのだ。


「お待たせ」


馬車に戻りヌークと再び2人になる。


「アハハハ....」


ヌークは相変わらず涎を垂らしながら笑っていた。

懐から小瓶を取り出しヌークの口に流しこむ。


「ンー!!」


ヌークの体が跳ねる。

吐き出さない様に口を押さえる。

手足の無いヌーク、暴れようにも体をくねらせるしか出来ない。

1分も経たない内に動かなくなった。


「すごいわね」


ヌークから手を離す。

涙を流し、だらしなく舌を出して息絶えたヌーク。

小瓶は王国から渡された物、交渉が決裂したらロワンドに飲ませろと命ぜられた毒薬。


「とことん腐ってるわね」


小瓶を投げ棄て短刀を取り出す。

宝玉が散りばめられた短刀、ロワンドと結婚した時に身につけていた物。


[夫の危機にはこの短刀で戦え、家名を汚した時はこの短刀で自裁せよ]

バンサロン王国、結婚式の伝統。


首筋に当てた刃を曳き下ろす。

血飛沫が馬車の中を染めた。


「....ロワンド....マリア」


2人の名前を呟きながら安らぎを感じ、意識が消失した。


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