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勇者と剣姫は聖女と賢者のいる国に亡命した。


「カリーナ...」


「どうしたんだロワンド?

そんなにやつれ果てて」


いつもの様に王宮で騎士団の訓練を終えた私。

1人暮らしをしている屋敷に戻り、夕飯の準備をしているとボロボロの姿をした男が訪ねて来た。


男の名は勇者ロワンド。

剣姫である私や聖女と賢者の4人を中心とした魔王討伐隊は13年前に結成され5年を掛けて魔王討伐を果たした。

地上最強の男ロワンド、その変わり果てた姿だった。


「カリーナ聞いてくれ...」


弱々しく口を開くロワンド、訪ねて来たのは嬉しいが余りにも薄汚れた格好で異臭もする。

これでは家に臭いが移ってしまう。


「ちょっと待て、先ずは風呂に入れ」


「そうだな、すまん」


ロワンドは自分の腕を臭い顔をしかめる、惨めな姿に胸が押し潰されそうだ。

風呂は私の帰宅に合わせ奉公人が毎日用意してくれている。


私は既に入った、風呂場の掃除は翌日奉公人がするのでどんなに汚れても問題は無い。


「着替えまで、ありがとう」


すっきりした私の知るロワンドが照れ臭そうに笑ってリビングに戻って来た。


もしロワンドが泊まる事があればと妄想し購入していた着替えが初めて役に立った。


「可愛い...」


そう、ロワンドは可愛いいのだ。

背丈は私より低く、艶やかな茶色い髪、丸く大きな瞳。

程よく引き締まった身体は正に私の理想だ。


胸だけデカく筋肉質で大柄、紅い髪に切れ長な瞳の私と全く違う。


「どうした?」


「い、いや何でもない」


見惚れているとロワンドは小首を傾げて私を見る。

ヤバい、襲ってしまいそう。


「それにしてもロワンド随分と疲れているな、1ヶ月程見なかったが何をしていたんだ?」


話題を変えよう、自制だ、自制。


「ああ、魔竜を倒しにな」


「魔、魔竜討伐を?」


魔竜討伐をしていたのか?

そんな話は聞いて無い。

世界の厄災である魔竜を倒すとなれば魔王討伐程では無いがそれでも討伐隊を組まねばならない筈だ。

当然剣姫の私も一緒に行く所だが王国から何も聞かされて無かった。


「カリーナは知らなかった様だな」


「当たり前だ!知っていたら無理にでも同行していたさ。何人で行ってたんだ?」


「1人だ」


「な?」


1人だと?


「王国は何を考えているんだ!

勇者は強いが不死身では無いぞ。

怪我をしたら治癒魔術を使える奴は必要だし、戦う時もフォローする仲間は必要不可欠だろうが」


「まあ怒るな、国も苦しいんだろ。

討伐隊を組む資金が無ければ仕方無い」


「馬鹿な!」


王国に金が無い訳が無い。

魔王討伐を果たした勇者や私には世界中から報奨金が毎月送られているし、何より魔竜は世界中から討伐の要請が掛かっていた。

討伐を行うなら準備金が世界中から集まった筈で...


「あの野郎...」


脳裏に浮かぶのは王族と執行官の面々。

貴族意識だけ高く、無能の癖に金にだけ汚い醜悪な連中。


「カリーナありがとう」


「何が?」


「俺の為に怒ってくれて」


「オゥ!!」


涙で目を潤ませるロワンドの笑顔に思わず奇声が出る。

何て可愛いんだ!反則だ!


「...それだけじゃないんだ」


ロワンドは両肘をテーブルに着き項垂れた。


「何が?」


「さっき屋敷に帰ったらな...」


テーブルにポタポタ溢れる雫、それはロワンドの涙。


「まさか...アントネットか?」


「ああ、アントネットがヌークとベッドで...」


[アントネット]公爵家の令嬢でロワンドの妻、そして私の従姉。

ヌークは伯爵の2男で王国の騎士団長。


やりやがったか、あの腐れアバズレ。

よりによって相手はヌークか。


「あの馬鹿、まだ切れてなかったのか...」


「切れる?」


私の言葉にロワンドは顔を上げる。

涙と鼻水で酷い顔だ。


「ほれ、ちーんしろ」


「ば、馬鹿にするな!」


「いいから!」


ロワンドは諦めた顔で私のハンカチに顔を埋めた。

愛する人の泣き顔は見たくない。


「ヌークはアントネットの元婚約者だ」


元々アントネットはヌークと幼少の頃から婚約していた。

しかし2人の婚約は破棄された。


魔王が現れて勇者が神託されたからだ。

それが辺境の地を治める男爵家の5男坊、ロワンド。


王国は魔王討伐を果たした暁にはロワンドとアントネットは結婚すると発表した。

 ロワンドを懐柔し王国に縛りつけたのだ。


美貌のアントネットとショタ...可愛い勇者ロワンドとの婚約は国を挙げて祝福されたのだが...


「そっか、俺が間男だったんだ」


「随分とあっさり納得するんだな?」


「だって2人は愛し合っていたんだろ?」


「まさか?」


アントネットは確かにヌークの婚約者だったが元々親同士が決めた事。

軽薄で女好きのヌークと結婚する事は嫌がっていた。

だからアントネットはロワンドとの結婚を喜んでいたと思っていた。


だからこそ私や聖女のケリーもロワンドを諦めた(つもりだった)のに。


「屋敷の連中に言われた」


「屋敷の連中?」


「アントネットの情事を見て泣き崩れる俺に執事やメイドが「男爵の5男風情が公爵のアントネット様と伯爵のヌーク様の仲を裂くからだ、身の程知らずめ」だって」


「.......」


久し振りにキレた。

確かにロワンドは地方男爵の末っ子だ。

しかし勇者に指名されるや婚約者に名乗りを上げたのはアントネット自身ではないか!


ヌークもあっさり身を引いて、国王から魔王討伐の騎士団長に抜擢されて...


そう言えばヌークの奴、討伐の最中しょっちゅう報告の為と言って王都に戻ってやがった。

最初から国を挙げてロワンドを騙してたのか。


魔王討伐の報償金を奪い、更に無茶な魔竜討伐をさせ、死んでも構わない、いや死ぬように仕向けやがったな?


「殺す」


怒りに体が震える、私の愛するロワンドに許せねえ...


「止めろカリーナ!!」


立ち上がり愛剣を掴む私にロワンドはすがり付く。

だがもう止まらない。


「もういい、俺が出ていく」


「出ていく?」


「俺が家を、この国を出れば全て丸く治まるだろ?報奨金もアントネットに...いや国にくれてやる」


国にとって勇者を失う事は痛手だが毎月入る報奨金は莫大だ。

私の報奨金も殆ど国に差し出す様命じられていたからな。


「行き遅れのお前に金は要らんだろ」と実家にも言われ...


「ど、どうしたカリーナ泣いてるのか?」


「何でもない、どこか行く宛はあるか?」


「いや、無い」


やはりな、勇者になり13年前に12歳で王都に来て以来王国に縛り付けられていたんだ。

行く宛は無くて当然だ。


「それならハンブルグ聖国に行かないか?」


「ハンブルグ聖国って聖女ケリーと賢者ハリスの居る?」


「そうだ、あの2人はハンブルグ聖国の王族だからロワンドと私の亡命は拒まんだろ?」


絶対に拒まんだろうな、特にケリーは。

普段の落ち着きを失い小躍りするケリーの姿が目に浮かぶ。


「おいカリーナ」


「なんだ?」


「まさか一緒に亡命する気か?」


「当たり前だ」


『嫌と言ったら王宮に殴り込んで死ぬ気で暴れるぞ』

そう言おうとした。


「カリーナ...ありがとう」


「ふぇ?」


全く予想と違う事が...

ロワンドは私の胸に顔を埋め身体を震わせていた。


「ありがとう...ありがとう」


「相変わらず泣き虫だなロワンドは」


(やっと巡ってきた!!)


ロワンドの髪を撫でながら心の中で何度もガッツポーズを繰り返し、生まれて初めてデカイ胸に感謝した。


早速ケリーに手紙を書かなくては、最後に


[私のものかな?]


これだけは忘れずに書こう。


―――――――――――――――――――――――


「ロワンドが来るの?」


カリーナから届いた手紙を途中まで読んだ私は思わず歓喜の舞を教皇の執務室で踊る。

いつもは感情を抑えて過ごしている私だが嬉しい物は嬉しい。


聖女として魔王討伐の為ロワンドと共に過ごした5年。

苦しい事もあったけどロワンドが居たから頑張れたのは間違いない。


私がハンブルグ聖国の王族でなかったら絶対にロワンドを落としてしたのに。


先にロワンドとアバズレ(アントネット)との婚約を発表されて王族の私はどうする事も出来なかった。(国家間の争いになりかねない)


思い出すだけで頭に血が昇る。

お陰で私は未だに1人者だ。


「さて続きを」


椅子に座り直して先を進める。

手紙の内容は私の想像を越えた展開を見せていた。


あの純情可憐なロワンド様を騙し、ハンブルグ聖教会が支払っていた魔王討伐の報奨金どころか魔物退治の報酬まで取り上げていたなんて。


「ハリス」


手紙を読み終えた私は部下を呼ぶ。

やがて扉が開き黒い神父服(チャソック)に身を包んだ人間が現れた。

私より高い背丈にエキゾチックな顔立ち、長い黒髪を無造作に束ねている。


「お呼びですか、姉さん」


「こら、教皇様と言いなさい」


「はい、教皇様」


美しい笑みを浮かべるハリス。

小柄で童顔な私と全然似ていないが仕方がない。

聖女はその体が小柄で無垢である事が条件だったんだから。(多分)


決してロワンドのお嫁さんになりたいとか、並んだらお似合いだとか、初めての人はロワンドが良かって訳じゃないもん。


「教皇様?」


あ、いけない!すっかり妄想してたわ。


「バンサロン王国への送金を全て取り止めなさい」


「...宜しいのですか」


ハリスは笑みを消し真剣な表情に変わる。


「構いません、ロワンドの手に全く渡って無かったばかりか彼に酷い仕打ちを...」


駄目だ、手紙の内容にまた涙が。


「分かりました、しかし王国と一戦交えなくては。

姉さ...教皇様はロワンド様やカリーナ殿と殺り合えますか?」


あ、その事ね。


「大丈夫、ロワンド達は王国を見捨てたから」


「なんと!」


「それで2人はハンブルグ聖国に亡命したいって」


「ほう、ならば此方は負けどころか損害すら出ませんな」


「ええ」


当たり前だ、愛する(しまった言っちゃった!)ロワンドと戦えるもんか。

親友であるカリーナと殺り合うのもごめんだ。

カリーナときたらロワンドの事になると見境が無くなるから魔王討伐の時も大変だった。


かすり傷のロワンドに『ケリー、早くハイヒールを施せ』って。


手足が吹っ飛ぶ程の重傷に使うハイヒールをかすり傷に使えとは無茶だ。


まあ使ったけどね。


「手紙見ていいですか?」


ハリスが珍しく希望を言った。

姉である私には気持ちが痛い程分かる。


「どうぞ」


「ありがとう」


手紙を読み進めるハリス。

その目に怒りが滲む。

やはりロワンドのされた仕打ちが許せないのだろう。


「む?」


ハリスが手紙の最後に目を止めた。

何だろう見落としたかな?


「どうしたの?」


「負けませんよ」


ハリスは手紙の最後に書かれた文字を指差した。

そこには、


[カナモノ タワシワドロン?]


そう書かれていた。


「意味わかんないよね」


「アナグラムです」


「アナグラム?」


言葉を入れ替えるのか。


「あ!」


解読を終え思わず叫んだ。


[ロワンド ワタシノモノカナ?]


「カリーナ殿、やりますね」


「ええ」


不敵に笑うハリス。

髪を束ねた紐を解き、妖艶な笑みを浮かべた。


彼は...いや彼女は賢者ハリス。

男と偽り魔王討伐に参加した私の妹。

そして彼女もロワンドを愛してる。


「負けないわよ」


凄まじい色気のハリス、だが5年間最後まで女と気づかなかったロワンドに色気が通じるか不安も感じる私だった。



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