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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
三章:狼の生態
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86.タネも仕掛けもございません




「なるほど。名前の“夕一”の順番をひっくり返してカタカナとして、そのまま苗字から読んで“フェルマータ”ってことか。ほぼ本名だな。ネットリテラシーはどうした」

「す、すみません」


 謝ってばかりいる夕一のつむじを眺めながら夜は安堵のため息を吐いた。


 協力を承諾された後、授業が始まっていたことを思い出した夜は夕一と待ち合わせをして自身の教室に戻った。


 もしかしたら臆病な彼が逃げ帰ってしまうことも考えていたが、それは杞憂だった。放課後、指定した場所に行くと夕一は体育館前に体育座りをして夜を待っていた。


「すまない。すぐに本題に入りたいが生徒会の仕事が残ってるんだ。もう少しだけ待っててくれ」

「は、はい、大丈夫ですけど……」


 すでに二時間ほど待たせていることに罪悪感を覚えつつ、夜はバインダー片手に続々と体育館に入ってくる生徒の点呼をとっていく。


 人目が苦手らしい夕一は隅っこに寄って、またまた体育座りで大人しくしていた。


 今日の放課後は、来る文化祭のステージ演目の予行を行う。演者に段取りを確認したり、この場である程度の完成度ではないと判断したグループの演目を弾いたりするのが夜の仕事だ。いわば予行を兼ねたオーディションのようなものである。これを機に新入部員の獲得を目的として部活動として参加してくる団体などの参加が多い。


 夜の指示に従い、次々と目まぐるしく行われる演目は、笑えたり華やかだったりするものが多かった。ダンスグループは素人でもかなりの完成度だ。自信満々に出てきた漫才コンビの男子生徒たちは棒読みが目立っていたが、練習次第ということでギリギリ本番の出演を許可した。


「ふう」


 演目の僅かな切れ目のたびに夜は手に持つバインダーで顔を煽いだ。九月とは言え残暑の中の体育館の気温は、すこし厳しいものがある。


「むど…………い」

「ん?」


 僅かに自分を呼ぶような声が聞こえ、顔を向けると夕一が上目遣い気味にこちらを見ていた。頭の中で今の夕一の声を組み合わせ「六堂先輩」と呼ばれたことに気がつく。


「どうした?」

「い、いやその、ジャージ暑そう……っすね」

「ああ……まあ、動きやすいからいいんだ。それよりもほら、待たせてしまって暇だろうから舞台を見ておけ」

「は、はあ」


 夜は話を逸らし、少し上がりそうになった口角をバインダーで隠した。生徒会の仕事上以外での後輩との関わりがほとんどなかったため、先輩扱いが妙にこそばゆかった。


 次の演者が準備を始めている舞台へ注意を戻すと、その中の一人でこちらを見ている目立つ白い頭が目に入った。


 手を振り、こちらに寄ってきたその男はやはり中等部生徒会所属の神里(しんり) 三月(みつき)だった。仕事上で関わる後輩の一例だ。というかこいつしかいない。


「お疲れ様です! 六堂先輩!」

「ああ、神理お前……オカルト部だったのか」


 キラキラと眩い美貌を放つ彼の顔面から目を逸らしてバインダーを見下ろす。


 次の演目は却下候補第一線に評価していた中等部(というか中等部にしかない)からの申請で、『オカルト部主催“非”マジックショー』となっていた。二度見してその演目名と神理の顔を見比べると、彼は乾いた笑みを浮かべて頷いた。メガネがずり落ちている。


「は、はは……すみません、変な出し物で。オカルト部の(うちの)部長がすごく張り切ってるんです。面白くないわけではないと思うので、お手柔らかにお願いします」

「む、それは演目の出来次第だが……お前がオカルト部……? 学年主席のお前が?」

「ま、ボクが運動部なんかに入ったら全校の女の子からの人気を奪ってしまって試合どころではなくなってしまいますからね! 妥当な判断だと思いませんか?」

「そういうものか」


 彼の完璧な顔面を前にされてはまともな思考能力も削られる。適当に頷き、彼を舞台に追い返した。


『寄ってらっしゃい見てらっしゃい! オカルト部主催のガチタネも仕掛けもないマジックショーです! ただいま新入部員大募“キーーーーーーーン”』

「コカちゃんハウリングしてるよ!!」


 少々元気すぎるらしい女生徒の部長の宣言を皮切りに始まったオカルト部の出し物は、神理を含めた男女二人ずつというたった四人の規模にも関わらずなかなかの物だった。


 男子生徒に模造刀で斬られた神理が真っ二つになったように見えた直後一瞬で治ったり、神理を貫通した弓矢が背後にあるりんごに命中したりと本格的だ。血糊と思われる赤い液体の散り方がいささか派手すぎて後の掃除が大変そうなので、それさえ抑えさせればだいぶ問題のない出来ではないだろうか。


 申請段階で火器と真剣の許可を求めてきた団体だったので、ふざけた連中だったら叩きのめすつもりだったが、神理が部員ならばそこまで問題はないだろう。


『オカルト部でした! ありがとうございましたーーー!!』


 持ち時間五分ぴったりに演目を終了したのを見届け、夜は彼らの団体のリスト横に出演許可のチェックマークをつけた。


 修正点をいくつかメモし、舞台を降りてきたなぜか顔色が悪い神理に手渡すと吐きそうな声で礼を言われた。


「さて、次が最後だが……」


 リストを確認し、既に人がほとんどいない体育館を見渡してため息をついた。


「お、終わりですか? これで……」

「いや……もう一組あるはずだが、やはりいないな」

「やはり?」


 審査段階で弾いて仕舞えばよかったと思いつつ、白紙が目立つ申請書をバインダーからつまみ上げた。「バンド演奏」とだけ演目名に記入されたそれは、申請書と呼ぶのもおこがましい程適当に見えたが、この場に来てパフォーマンスをするなら見るだけ見てやろうと慈悲の心で残してやっていた。


 だがやはり、バンドメンバーと思われる人間の姿は体育館にはいない。予行の参加者も、オカルト部の面々が、片付けを綺麗に終えてステージから降り始めているのみで、他の者はすでに帰ってしまっている。


「あ、あの……」

「ああ。もう終わるから、後片付けをしたら話をしよう」

「あ、ちがくて、この予行……のことなんすけど」


 未だ口調が固く吃る夕一が参加者が出ていった体育館出口を眺めながらおずおずと口を開いた。そう言えばさっきから隅でキョロキョロと人を探しているように首を伸ばしたりしていた。


「今の予行って、生徒だけじゃなくて外部の人もいましたよね?」

「ああ、毎年地域の合唱クラブとか、老人ホームからの定期演奏会のメンバーとかから申し込みが来るんだ。そっちは別で中庭の方の催しだがな。いまは後夜祭の予行とセットでやったんだ」

「じ、じゃあ、他にも何か申し込み……なかったですか? 歌系の……」

「……む? なんだお前、フェルマータとして申し込んだりしたのか?」

「い、いや、オレは別にそんなつもりじゃ……」

「……まあ、そうだよな」


 僅かな時間ながら把握した夕一の性格からして、全校生徒が見るステージに立つような度胸のある人間には見えない。当然かと頷く。


 ふと、近づいてくる足音が聞こえ、そちらを見ると背の低い男子生徒が一直線にたったか夜の方へ歩いてきた。中等部の、しかも先ほどオカルト部のステージで神理を模擬刀で切る役をしていた部員だった。夕一がびくりと肩を揺らして存在感を消すように黙った。


 低い身長を補うようにぴょんと立った大きなアホ毛が目立つ男子生徒はやはり夜の前で足を止め、仁王立ちで腕を組んだ。


「お前は確か……大神(おおがみ) (みどり)、だったか? 前に一瞬顔を合わせた気がするが、どうだったかな」

「俺は別に覚えてない」

「おい、敬語を使え」


 ボサボサと櫛が通されていなそうな黒髪が妙に長い彼、大神は長い前髪の奥に隠れた大きな目を眠そうに半開きにした。その口調に敬語がついていないことを指摘したが、大神は素知らぬ顔で続けた。


「次のやつの代理で来たんだけど」

「次のやつ? ……もしかして、この「バンド演奏」の申請主がお前か!?」


 丸めて捨てる直前だったふざけた申請書をバインダーに戻し、内容を確認する。やはり名前の欄に大神どころか誰の名も書かれていない。


「俺が出したんじゃないけど。それ出した奴が、演者も演目もまだ確定してないから書けないとか言ってて」

「確定してないなら申請するな!」

「俺に言うな」


 大神は夜の声が耳障りだとでも言うように耳に手を当て、目つきの悪い人相をさらに顰めた。


「じゃあそもそも誰だ、これバカでアホみたいなふざけた申請を出したのは!」

「昊」


 下手にボールを放るように、ぽんっと軽い調子で大神の口から飛び出した名前は夜の思考を停止させた。


「だれ、だって……?」

「昊だっつってんだけど、アンタよく一緒にいただろうが」

「そらって、あの本田 昊!?」

「うるせえ……」


 戸惑いよりも先に、またあの自由人()に引っ掻き回されていると感じた夜は目をぐるりと回した。頭に手を当て、深呼吸をしていると横で静かにしていた夕一が息を呑む様子が見えた。


「き、貴様は昊の……何だ?」

「母方の従兄弟だけど。言ったことなかったか」

「初耳だ……!」


 夜は痛みが押し寄せては引いていく右手を抑えながら彼の顔をマジマジと見た。目つきの悪さは全く昊とは似ていなかったが、言われてみれば雰囲気が似ているかもしれない。


 疑われていると感じたのか、ずっと無表情だった大神は突然目を細め、口角をうすく上げた。


 夜は息を呑む。内斜視気味の細められた瞳、緩やかな弧を描く口元、少しだけ赤くなる頬。ニンマリと言う効果音が似合うその笑い方は、昊本人を幻視するほどそっくりだった。これは血の繋がりがあると言われても疑いようがない。


「ふう。あいつの笑い方疲れるから安売りしたくないんだけど」


 目を奪われていると大神は顔から力を抜き、無表情に戻った。


 冷や汗を拭いつつ、夕一を見ると彼も同様に驚いた顔をしていた。昊の従兄弟という話は少なくとも嘘ではないだろう。


「では……そうだ。お前は代理で来たと言っていたが、昊が何か言ったのか?」

「んあ、文化祭当日までごねる演者の説得ができなかったら、俺が代理でなんとかしてくれって。あいつ事故ったの知ってるから、とりあえず今日は俺が来た」

「て、適当な奴だな、昊……と言うか演者の説得ってなんだ? こんな当日近いのにはっきり断りもせず出演を決められないようなゴミムシみたいなやつを演者にするな。演目が決まらなきゃこっちだって後夜祭スケジュールを組めなくて予定が押してみんなが困るんだぞ」


 事故は知っていても、唐突に決まった彼の昨日の退院はまだ彼の耳には入っていないらしい。知らせようかとも思ったが、身内ならそのうち連絡がいくだろうと予測し、黙っていることにした。魔王である奴と今出会わせてややこしいことにはしたくない。


「代理なんてできるのか?」

「これでも現役なもんで……いろいろとネタはあるっちゃある」

「なんの現役だ」


 顔を引き攣らせながら夜はもう一度白ばかりの申請書を見下ろした。


 今、夜が世界で一番命をかけている存在が、保険をかけてまで行おうとしていた演目が気になる。


 そもそも、なぜ昊は夜にこのことを黙っていたのだろうか。文化祭の演目については生徒会に目が通されるのはわかっているだろうに。


「どうして、名前すら書かなかったんだ、昊は」

「……さあな。わかりきったことだけど。とにかくその枠は開けとけよ。できればトリで」

「な、何を生意気なっ! って言うかお前っ、敬語を使え敬語ォ!!」


 夜は、その校則違反級に野暮ったく長い前髪もまとめて説教してやるつもりで大神に掴みかかったが、ひらりと容易にかわされてしまった。身のこなしが軽い。


 体育館出口まで逃げおおせた大神は、最後にチラリとヨルを振り返った。


「てか情弱センパイ。俺の名前、ミドリじゃなくて“ロク”だから。……んじゃよろしくさいなら」

「誰が情弱だ! 読み間違えてスミマセンでした!!」


 夜は体育館を出ていく大神の背中にダイナミック謝罪を浴びせた。


 直角に頭を下げてから、ため息をついて頭を上げる。無礼者を叩きのめすこともできない自分を顧みて、体が鈍ってしまったかと首を傾げた。


「全く……近頃の若者は年上の敬い方ってやつを知らな――」

「さっ、サーセンしたァッ……!!」


 少々憤りながら振り返ると、夕一が夜に向かって綺麗な土下座をしていた。


 かと思えば次の瞬間にはぐっと尻を上げ足を上げ、三点倒立を始めている。訳がわからない。


「本当にすみません、オレ、このまま切腹して死にます……ッ!」

「ウワ゛ーーーッ!? 何してる夕一お前ゆういちぃ!」


 いつのまにかペンが立てられた床の方へ天高く伸ばした夕一の体が倒れ始める。夜は彼の体がペンに突き刺さる直前に慌てて滑り込み、夕一の体を抱き止めた。


 振動でころりと立ってたペンが呆気なく倒れた。


「何してんだお前!?」

「うう、ごねる優柔不断なゴミムシですみません。みんなに迷惑かけてすみません……」

「なに!?」


 顔色の悪い夕一はもぞもぞと夜の腕の中から這い出てもう一度改めて土下座の体勢を取った。


 また三点倒立をするんじゃないかヒヤヒヤするのも知らずに、夕一はくぐもった声で続けた。


「ご、ごめんなさい六堂先輩、オレちょっと嘘つきました……」

「嘘? 」

「それの演者、オレなんっす」


 夕一は土下座したまま夜が持つバインダーを指先で指した。


 目を向ければすぐに、ほぼ白紙の申請書が目に入る。


「おいまさか……でもさっき」

「さっき言ったみたいに、オレ“は”そんなつもりなかったんすけど……生徒会室で言った通り、そ、昊はフェルマータのマネージャーもしていて……いや、オレはリアルライブなんて絶対やらないって言ったんすけど……昊がどうしてもっていってなんかワヤワヤしてるうちに昊と連絡取れなくなってパニクって……」

「長い。簡潔に」

「……勝手に文化祭のステージで“フェルマータ”が歌うよう……昊に申し込まれちゃった、みたいで」


 夜はまじまじと夕一を見下ろした。リアルライブ。既視感のある話だった。


「そ、それで今まで散々ごねて……サーセンしたっ……!」


 夕一がごちんと床に頭を打ちつけた。


 しかし、夜には謝罪よりも気になることがたくさんあった。暫し考え込み、やがて口を開きかけた瞬間、ぽんっと肩に手を置かれた。


「愛しの昊に会いに来ないと思ったら、随分と活躍してるじゃないか、勇者」


 驚いて振り返ると、そこには上機嫌そうな笑顔の魔王がいた。


「まさか忘れてた訳じゃないよな? 従魔術士を探すのに集中してただけだよな〜〜〜?」

「あ、ああ」


 昊のことは常時考えていたが、魔王のことはすっかり頭から抜け落ちていた夜は目を逸らした。すると、動揺した様子で土下座から立ち上がる夕一が目に入る。


「そ、昊!? お前、連絡も返さずに今まで何して……!」

「ん? ああ、久しぶりだな〜〜〜!」

「久しぶりじゃねえよアホンダ昊!」


 適当に返事をしただろう魔王に妙に生き生きとして夕一がキレて食ってかかっている。


 そういえば夕一は昊と連絡が取れなくなっていたと言っていた。魔王と入れ替わったのだから当然だが、それを馬鹿正直に言っても話がこんがらがるだけだ。


 面倒だが、この場に音乃も呼ばなければ……とやることの順序立てをしながら、夜は二人を引き剥がした。




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