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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
9/94

9.丸洗い

今日が毎日投稿最終日の予定でしたが、調子がいいので12日まで続けようと思います。

よければお付き合いください。

 



 延々とジェットコースターで螺旋を描いて落ちていく感覚の次に、今度は急上昇させられているような感覚で意識が覚醒した。


 二回目おはよう。


 心なしか軽い体を少しみじろぎしてから、瞼を持ち上げた。薄暗い室内が目に入る。地面に倒れていたらしい。


 なんだか生臭い匂いが鼻について少し顔をしかめた。


 えっと、なんでまた倒れてんだっけか。クマ倒して、急にスマホがペラペラ喋り始めて……それにしても何度も地面で寝る羽目になったせいか、背中が固まって痛いな。


 俺は、酷使した体を労るために、ググッと手を上に伸ばして背中を逸らすために左右に傾ける。


 念を入れて体を右に左にひねっ――


「~~~ッ!?」


 心臓止まるかと思った。


 俺が右側に体を思い切り捻ると、その方向にはまん丸金色の双眸があった。


 至近距離で目の合った金色の目の持ち主――狼少女は、突然俺がそちらを向いたのに驚いて後ろに飛び退いた。すぐ背後にあったルームの壁に頭をぶつけて悶える。途端にその大きな狼耳がへにょっと下がった


 気を失っていた俺のすぐ横に最初からいたらしい。絶妙に見えない位置にいたから全然気がつかなかった。


 後頭部を抑え、涙目で床に転がる姿は少し可愛いがそんなこと考えてたらヤバいやつなのでとりあえずちゃんと普通に心配することにした。彼女のそばに歩み寄り、そっとしゃがみ込む。


「だ、だいじょうぶか?」


 声をかけると、狼少女はハッと我に帰って体勢を立て直し、今度は慎重に壁に擦り寄った。


 な、なんだ!? 幼女が痛がる姿を可愛いと欠けらでも思ってしまった俺が怖いのか!? 当然か!


 狼少女は不安げな目を揺らして一言も声を上げようとしない。しかし、最初に出会ったときのように無理やりにでも逃げようという意思は持ってはいないようだ。


 俺は過度に刺激しないようにと、しゃがんだまま足を動かしてゆっくりと彼女に近寄った。


 こ、こういう時ってどういう言葉をかければいいんだ!? 「こわくないよ」とか、完全にフリ(・・)レベルに信用できない言葉に聞こえるような気がするし……


 ………ん?


 かける言葉を探して逡巡しながら彼女へ近づいた時、気がついた。


 ものすごく……くさい(・・・)


 今まで気づかなかったのが不思議なくらい、物凄い悪臭がこのルーム内、特にこの狼少女から放たれていることに気がついた。いや、この子だけじゃない、俺からもする。


 彼女の纏っている質素な布や灰色の髪の毛を見ると、初めに会った時にはなかった赤黒いシミがついていることに気がついた。これはおそらく先ほどの戦闘でのクマから飛び散った血だ。悪臭はそこから放たれている。


 急に固まったのを見て、狼少女が不思議そうにこちらを見ている。俺はその肩をがっしりと掴んだ。びくっと彼女の全身が跳ね上がるが、俺は構わず服を引っ張って立ち上がらせて、壁際から引き離した。


 驚きに驚きを重ねた狼少女は俺の手を振りほどこうと少し抵抗していたが無駄だ。狼少女は半ば引きずられながら、進行方向を見て顔を引きつらせる。さらに抵抗の力を強めたが、俺は本気で彼女を()へ強引に引きずった。


「抵抗するんじゃない! いいから丸洗いだァ!」


 可愛い女の子から血生臭い匂いがするのだけは可哀そうで許せない。


 俺は気合いの雄叫びを上げながら、とても軽い狼少女を川の中に放り込んだ。ドボンと水柱が上がる中、俺も下着以外を脱ぎ捨てて、青白く光る川底目掛けて入水した。


 数十分後。


 濡れ髪に半泣きで地面に体育座りをしている狼少女を見て、俺は正気に戻っていた。


 ちょっとさっきのは事案だったな……


 川を風呂代わりに、狼少女の服だけでなく血のこびりついた髪の毛や裸足で土だらけの脚などを全てゴシゴシと洗い尽くした。ついでに俺の血だらけの上着も。


 流石に子供を濡れたままの服を着せておくわけにはいかないので、俺の荷物の中にあった赤いジャージの上を着させている。もみ洗いをした服は、ダンジョンの凸凹とした壁にひっかけて干してある。


 そのおかげであのひどい匂いはかなり消えたが……


 こんな、こんな……! 嫁入りたぶんの女の子の髪を勝手に弄り回すなんて俺はなんてことを!! この子の父親には顔向けできないよ、オレェ!


 まあ、だからこうして数分前からずっと狼少女に向かって土下座し続けてるわけなんだけど。


 そうして自らダンジョンの砂利に顔を擦り付けていると、とても控えめな力で肩をツンツンとつつかれた。顔をあげると、心配そうな顔をした狼少女が俺を見下ろしていた。さっきまであった恐怖心が薄れている。


 ゆ、ゆるしてくれるというのか! どこまで良い子なんだ!? 可愛くて素直で寛容とかどういうことだ!


 名も知らない幼女の優しさに打ちひしがれる。呻き声を腹の底から絞り出し、なんとか波立つ心を沈めた。狼少女が困惑している気配を感じるが、これは必要なことだ。


 ……そういえば本当に、この子のことなんも知らないどころか会話すらしてないぞ。


「ええと……キミは名前はなんていうのかな?」


 俺は不審者認定されていないことを祈って、なるべく優しい声で語りかける。すると、狼少女は一瞬動きを止めて首を傾げた。その桃色の唇を開いて言葉を紡ぐ。


「~~~、~~? ~~~~~」


 あぁぁあぁぁあぁぁぁ……!


 言語通じないタイプの異世界だ~~~ッ!!


 まさかの伏兵出現に俺は思わず思いっきり天井を仰いだ。


 俺は今この子の口から紡がれた言葉をかけらも理解することができなかった。初めて聞いた単語に、初めて聞いたイントネーション。英語の成績が他の教科よりは結構良い俺でも何もわからない。


 あ、でも声はすっごい可愛い。いやそんなことを気にしている場合じゃねえ!


 こういうのってなんか勝手に脳がこの世界の言葉を認識できるようにしてくれるようなものだったりするじゃないか! どうしてここでテンプレ発動しないんだ!


 い、いや、言語は言葉の身にあらず、体で語るべし! だ!!


 俺は少し考え、少女と目を合わせて、スッと自分を人差し指で指差した。


 必殺、ゴリ押しボディランゲージ!


「俺……ソラ。本田(ホンダ) (ソラ)


 俺の名前を何度か言ってから、自分を指していた指を狼少女に向けた。


 彼女は少し首を傾げていたが、思い当たったように俺の目を見つめ返してきた。そして、数回口をパクパクさせながら、俺のことを指差した。


「そ……ラ? ~~~、ソラ……?」

「そうそうそうそう、それ! ソラ!! 俺ソラ!!」


 テンションが上がって、俺は何度もうなずく。若干カタコトになったが気にしない。


 すると今度は狼少女が指を自分に向けて、上目遣い気味に再び口を開く。


「ぅ……うぃうぃ……ウィウィ」

「ウィウィちゃん!」


 通じたああああああ!!


 俺は心の底から湧き上がる達成感にガッツポーズをした。突然死早い動きをした俺に、狼少女――ウィウィはビクッと驚いた。


 可愛い名前じゃないか! 知れてよかった!


 ポジティブになった俺は、ガシッと俺のジャージの袖が余っているウィウィの手を掴んだ。


 この調子で会話してやる! 英語なんかよりこの子の言葉理解してやるぞ、俺は!


 そんな意気込みを叫んでいるいると、脳内に機械音声が響いた。


【この世界の言語を検索完了しました。翻訳アプリで翻訳を使用することができます。マイクへのアクセスを許可しますか?】


 だから早く言えっていうのに! 俺が努力した時間ッ!!


 ガックリと頭を垂れながら、ウィウィの手を離して胸ポケットに手を伸ばす。


 そして、そしらぬ顔で点灯している液晶画面に表示されたウィンドウの『許可する』をタップした。瞬時に画面が切り替わり、翻訳アプリが自動で立ち上がる。画面中央にあるマイクのマークが震えていて、周囲の環境音を拾っているのがわかる。


 翻訳アプリか……元の世界じゃ英作文の宿題が出たときにカンニングにしか使ってなかった。最近は特に精度が高くなくて使ってないレベルだったからな……


 いちいち翻訳を通して話すのはちょっとテンポが悪くなって疲れそうだ。


 そんなことを考えていると、ウィウィが不安げな顔で首を傾げた。待たせてはいけないと、とりあえず翻訳を試してみることにした。スマホを口の前に構える。


「えっと、もしもし? って、え!? 早っ」


 俺が話した途端……というか一単語話し終わる前にスマホが食い気味で、翻訳し出した。しかも、その話す声が今までの機械音声ではなく、俺の声そのものだった。


 翻訳を聞いたウィウィはパッと大きく目を開いて驚いている。


「こ、ことば、わかる……! どうして?」


 すると、ウィウィが思わずこぼした言葉を、スマホが翻訳して俺に聞かせた。こちらもものすごいスピードで翻訳されている上に、声色はウィウィのものそのものだ。


 普通の会話と変わらないほどの翻訳スピードに、感動して思わず手が震えた。


 スマホ、もうお前が勇者レベルに一番万能だぞ!?


 感謝してもしきれない。こうなったらガンガン使い倒したる。


「すごいだろこの機械! 俺の自慢の相棒!」

「……わッ!?」

「あ、ごめんでかい声出して……えっと、ウィウィでいいんだよなー?」

「う、うん。ウィウィ……ウィウィ・ウルフィア。……あなた、ソラ?」

「そうそう! お前頭いいなー、記憶力もいいなあ!」


 思わず頬が緩む。


 ウィウィの言葉が少しカタコトなのもちょっとチャームポイントだ。このスマホの翻訳が未熟なのか、もともとこの子が喋ることに慣れていないのかは知らないけど、よちよちと言った雰囲気が可愛い。


 ……可愛い!


 久しぶりの尊いものを見た感動にさらに俺の心が打ちひしがれていると、おずおずとウィウィが自ら口を開いた。


「あの……あなた……」

「ん? ソラでいいよ」

「あ、ソラ、は……狼族?」

「え? いやにんげ……あっ、違うか! そうそう、お前と同じ狼族なんだ、俺!」

「おおかみ……」


 俺は自分の尻尾を背中から引き寄せて自分の腕に抱く。


 いやいや、ほんと忘れっぽい。いまの俺のチャームポイントこれだから。


 尻尾をピロピロ、狼耳をひょこひょこさせて、狼アピールをしていると、ウィウィの表情が曇ったえっ、と思った時には、ウィウィの目から大粒の涙がハラハラとこぼれ落ち始める。


「は!? なんだなんだどうした!?」

「うっ……えっ……」


 どうしたぁあああ!? これ俺が泣かせたのか!? 俺が処されるべきか、そうなのか!


 ウィウィは着ているジャージの余りで顔を押さえた。嗚咽を繰り返す彼女に対して、俺はオロオロするだけで何もできない。何発かダジャレをかますが、彼女の笑いのツボには届かなかったようだ。


「おとうさぁん……うっ……」


 その一言で、大体のことを察することができた。。翻訳を通さなくても、その声が震えているのは容易に感じ取れたからだ。


 考えてみれば、こんな小さな子がこのダンジョンの最下層にいるのはおかしいとわかる。はっきり言って彼女は強くないだろうから、魔物でもないことがわかる。何か事情があってここに来たのは明白だった。気になるのはその事情。


「なあ、何があってここにいるんだ? お前……もしよかったら話してほしいんだけど。もちろん落ち着いてからでいいから」

「うっ、うぅ……」


 ウィウィは涙でジャージを濡らしながらコクンとうなずいてくれた。


 俺はしばらくの間ウィウィの背中をさすっていた。その間に、スマホにウィウィを鑑定させる。


【レッサーウェアウルフ:狼族の一種。人間の姿に加えて狼の耳や尻尾、歯などの狼の一部が出ている。スライムにも劣る戦闘力を持つ狼族の中でも最弱の種族。ウェアウルフの進化前。獣人の姿をしているが、進化をすることができる】


 ん、狼族ではあるけど俺とは違うのか?


 たしか、俺はただのウェアウルフだったけど、この子の種族名の頭には“レッサー”がついてる。確か“劣っている”的な意味だったか……


 種族情報の後に、さらに鑑定結果は続く。


【栄養失調気味。小さな擦り傷と軽度の火傷を最近負っている。命に別状はない】


 それを聞いて俺は、やっぱりと彼女を見た。ジャージは上だけしか着ていないので足が膝から下がひどく痩せて骨張っている。この子が元々いた環境のことは全く知らないが、いいものではなかったことは簡単に想像できた。


 それと火傷っていうのは……さっき体を洗った時に腕に跡があるのを見た。沸騰したヤカンに触ったりしたんだろうか?


 そうして俺なりの考察をしているうちに、彼女は落ち着いたらしい。ぐずぐずと鼻をすすって膝に埋めていた顔を上げた。そして、あ、と声を漏らして、涙でグショグショになった俺のジャージを見て申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんな、さい……かしてもらったのに」

「え? いいよあげるし」

「でもこれ……とってもいい、ぬの……?」

「いやーそんなもんじゃないぞ別に。体育でコケまくって肘とか擦れまくってるし」

「たいいく?」

「うん、体育」


 普通に会話ができるようになってきた。最初は恐怖の感情丸出しだったのが、今は電車で乗り合わせたちょっと気の合う人レベルまでになっている。


 この調子でこの子の話を聞こう。さあ、まずは俺の大爆笑必須の小話でこの場を一度あっためて……


「ウィウィのこと……助けてくれてありがとう」

「あ、ハイ。どうもどうも」

「でも……たすかったの、ウィウィだけ……なの」

「だけ? 他に誰かいたのか?」


 ウィウィはズズッと鼻を一度すすってから、俯き気味だった顔を上げてある方向を見る。その視線の先には、このルーム最大の特徴である大きな扉があった。そういえば、戦うのに必死でこれの存在忘れていた。


「ウィウィ、この扉の先(・・・)からきた、の」

「え、でも開かないぞこの扉!?」

「本当はひらく……でも今はうごかない」


 その言葉を聞いて、俺はウィウィに会う前のことを思い出した。


 俺は、立ち上がって壁に引っ掛けて干していた上着のポケットを探った。そこに大事に入れていたあのネックレスを取り出す。もちろん小さな菱形の飾りがあるあれだ。これはもともとウィウィが落としていったもの。ここで返さずいつ返すのか。


 ネックレスを掲げると、ウィウィはパアッと顔色を明るくした。思わず立ち上がって俺の近くへ駆け寄った。


「これ、これ……!」

「お前のだろ? 最初にあったときに落としてってた」

「なくしたと……思ってッ……おとうさんのペンダント……!」

「ん」


 ウィウィの掌にペンダントを慎重に置いて手渡した。ウィウィはまた涙目になってそれをギュッと握りしめて胸に抱いた。


 ……あれ、ネックレスじゃなくてペンダントっていうのか。違いがわからねぇ。


 ともかく、こんなに喜んでくれたのなら、よかったってもんだ。


 ウィウィは心ゆくまでペンダントを愛おしそうに見つめると、俺を見上げた。身長差があり、すごく上目遣いになり――そして、にこっと花が息吹くような笑顔を浮かべた。


「あり、がとう……ソラ」

「ああ……よかったよ」


 かわいいなあぁコイツッ!!!!




【主人公:本田(ホンダ) (ソラ)

ようやく本名判明。脳内だけではなく口開いてもテンションが高かった。


【狼少女:ウィウィ・ウルフィア】

狼の少女。かわいいが、痩せていて傷だらけ。


2020.12.28:修正


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