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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
三章:狼の生態
89/94

84.魔王軍




 ヨルが高く跳躍し、アノネが灯火にしていた炎を増幅させた。


「伏せてっ!」

「おわぎゃ!」


 キャラは昊が自分を庇おうと伸ばしてきた手を逆に掴み、その場に大人しく伏せさせた。こいつは何度言ってもいうことを聞かない。


 見上げると、ヨルが飛んでくる矢を一本一本キャッチしては弓兵の方へ投げ返すのを高速で繰り返していた。あまりにも力技すぎる。

 

 アノネの炎が空を暴れまわって回収が漏れた矢を焼き払い、灰と化した残骸が降った。


「すごいなあ勇者ってやつは。ねえ? キャラクティカちゃん」

「え、ええ……」


 完全に戦闘要員の力を信頼しているのか、レデイたちは高みの見物のように呑気にヨルを見上げている。


 レデイという男は昔から何を考えているのかよくわからない。


 ヨルが着地し、軽い一蹴りで森の方へ突っ込んでいった。アノネは呆れたような顔をして既に魔法杖をしまっている。


 森の中から複数人の悲鳴と打撃音が聞こえてきた数十秒後、ヨルはキャラたちの元へ帰ってきた。その手には一人の獣人の襟首を引きずっていた。


 どうやら攻撃をしてきた人影を全てのしてしまったらしい。


「は、早すぎる……あっけなさすぎるよヨルサン。これが小説なら二ページもかからなかったんじゃないの」

「褒めても何も出ないぞ」

「いや七割ドン引いてる」


 手にしていた獣人はゴロンと雪の上に転がされた。


 まだ幼さが残る若い狐の獣人のようだ。装備はヨルによって取り上げられており、鼻血を出して気絶している。


「おそらくリーダー格の者だ。他の弓兵も全て獣人だった」

「アステラの人?」

「いや、少し様子が違ったように見えたが」

「話せばわかるかな? おい、起きろ〜」


 ソラがぺちぺちと狐人族の顔を叩く。


 キャラにはなんとなく彼らの正体が分かっていたが、神という存在の性質上、聞かれなければ答えることはできない。


 何度かうめいた後、狐人族は突然目を覚ました。飛び上がって逃げようとしたが、ヨルがすかさず刀の鞘を彼の額に打ち据えたので、彼はまた痛みに悶えて雪の上を転がった。


「いたッ……!」

「答えろ、貴様たちは何者か」

「お、お前たちこそ何者だ! オレは名乗らないぞ!」

「質問に質問を返すな。お前らはアステラ教徒か?」

「ち、違う! あんなのと一緒にするな!」


 全力の否定の姿勢からして、狐人族は本当にアステラ教徒ではないようだ。そうだったら胸を張って自慢してくるだろう。あそこの教徒はそういう奴ばかりだ。


「はは、尋問モードヨルサンこわ〜〜〜」

「……あ!? ま、ま……」

「え? ママ?」


 ヨルに食ってかかっていたせいか、そばにいたソラに今頃気がついた狐人族は目を丸くした。口をパクパクさせ、彼を指差して固まる。


 不味いかと思ったが、キャラが口を出すか逡巡している間に、彼は言葉を次いだ。


「――魔王様!?」

「……はい?」

「は? ソラがなんですって?」


 狐人族は間違いなくソラを指してそう言った。やってしまったかとキャラは顔を覆った。


 ヨルとソラの過去のいざこざは鏡を通して知っている。だから聞かれても黙っているつもりだったが、ややこしいことになった。


「ま、魔王様……ですよね!? あなた!」

「違うよ?」

「ジブンは魔王軍第六小隊弓兵部隊隊長のナバです! 魔王様に謁見できない身分なのは重々承知でありますが、以前たまたまお姿を知る機会があってすぐにわかりました!」

「だから違うってば! にゃんの話デスカ!?」

「ごちゃごちゃうるさい!」


 ソラに詰め寄った狐人族のナバを引き剥がしたヨルは、追加で往復ビンタを食らわせた。


「ソラは魔王じゃない! オレが散々調べ尽くしたんだ、勝手なことを言うな!」

「そォだよ! 調べ尽くされたんだよ!」

「そ、そんな……」

「まあまあ、そこまでにしましょう」


 キャラが宥めてようやく解放されたナバは腫れた頬を抑えてしなだれた。


「確かに顔と背格好はそっくりだが魔王様は獣人ではなかった……」

「そもそも人種が違うのかよ、間違えんなブレイモノ!」

「親戚とかでもないんですか? 本当にそっくりで」

「他人の空似でしょ、ソラだけに」

「笑えません」

「酷いよアノネちゃん!」


 ソラが渾身のギャグを罵倒されて落ち込んでいると、カラカラと車椅子を動かしてレデイが寄ってきた。


「ええと、魔王軍と言っていたけれど……それについては誰も触れないのかな?」

「……あ」


 ナバが不味いと表情を引き攣らせた途端ヨルに胸ぐらを掴み上げられ、足が地面を離れた。


「説明してくれるんだろうな? ……仲間の命が惜しくないのなら黙っていてもいいが」

「悪魔か、お前!?」


 どう見ても正義の味方たるべき立場の人間がする行動ではない。


 聖剣に選ばれた者の振る舞い方がやはり間違って伝承されていることに対して頭を抱えるついでにローブのフードを深く被り直した。




 ・ ・ ・ ・ ・




 魔王軍の魔王は、ヨルがよく知るあの“魔王”で間違いはなかった。どんな歴史の教科書にも必ず掲載されている大虐殺によってヨフロという大陸を一つ滅ぼしたあの魔王だ。勇者コハクトとしての運命の宿敵とも言える。


 時間が惜しいヨルたち一行は、ナバ及び弓兵部隊全員を連れて村を出ることにした。なかなか地理はあるようで、道案内役にもなる。


 彼らは特に拘束や武装解除はさせなかった。なぜならそれが必要ないほどにヨルが強いからだ。それを分かっているため、気絶から回復した弓兵たちも無駄な抵抗はせずに嫌な顔をしつつ大人しく指示に従った。


 勇者一行と弓兵部隊は団子になって雪の森を進行した。


 しかし、ナバが所属する魔王軍第六小隊弓兵部隊とやらは魔王軍の悪名に似合わないほどに弱い。


 今こうしてあっさりと服従させられていることもそうだが、そもそもが魔法を苦手とする二十名の獣人のみで構成されていることに違和感がある。


「貴様らの部隊は末端というわけか?」

「末端といえば末端でありますが……」

「魔王軍全体の規模は? 他に強力な魔法やスキルを持った兵はいるのか?」


 仲間を人質に取ったおかげですっかり敬語に靡いたナバは、とんがった耳を垂れさせて口籠った。


「いやいや! 軍の機密情報をおいそれと漏らすわけにはいかないであります!」

「では殺す」

「あんた一体なんなんでありますか!?」

「た、隊長。本当にこんなどこの馬の骨とも分からない戦闘狂と行動してて大丈夫なんですか……!?」

「ひどい言われようですね」


 服従はさせられたものの、すっかり弓兵全員から狂人扱いされたヨルは唸る。


 自分の国では何も言わずともヨルの強さを「勇者だから」と遺憾のあるものの簡単に受け入れられていたことに慣れていた。今は必要以上の敵意を持たれぬよう勇者であることは隠すことにした手前、脅しもただの脅し以上にはならない。


「ま。ま。いいじゃん? もう捕まっちゃったんし、この怖いお兄さんに脅されてるんだからさっきみたいに口滑らせてもしょうがないって〜」

「うっ……」

「喋っちゃおうよ〜〜〜魔王そっくりのな俺からのお願い〜〜〜〜〜」

「魔王様じゃないのに……魔王様じゃないのにそっくりすぎて頭が混乱するであります……」

「ナバくぅ〜ん」


 ソラがベッタリと、それはもうベッタリとナバの背中に取り付いてつんつんと彼の頬を突っついている。


 ヨルの胸に槍が刺されるような感覚と、ナバに対しての燃え上がるような殺意が湧いてきたが、ソラを通した方が情報を引き出すのが容易なのは明らかだったので、唇を噛んで耐える。


「魔王軍の規模はそれほど大きくないであります……」

「そうなん? 具体的には?」

「今はひと部隊大体五十名程度。ほとんどが遊撃部隊として構成され、それが六部隊あります。現時点ではこの全てが大体の魔王軍の戦力であります。あとは幹部数名と魔王様がいますが……」

「ん? えっと……ごろくさんじゅうで……え?」

「さ、三百人!?」

「何が大きくないですか! 少なすぎますぞ!」


 やはり魔王軍の悪名に似合わなさ過ぎる規模の貧弱さだ。自分は一体何と戦っていたのかと、当時の苦悩を思い出し頭痛がしてくる。


 それを自覚しているのか、していないのか。ナバのみならず、近くで聞き耳を立てていたらしい他の弓兵の獣人までもがムッとして睨んできた。


「そもそも強大な力を持った魔王様一人がいるのだから、大きい必要なんてないであります! 魔王軍の生い立ちは魔王様に救われ彼の方を支援するために有志が集まってできたものであります。それに、最近出てきた幹部はトップクラスに匹敵するほど強く、カリスマもある獣人が率いていて……!」

「なるほど。その幹部や魔王一人一人の戦力が膨大だから、こんな少人数でも軍が成り立っているわけだね?」


 まともな道もない木の根ばかりが飛び出す森の中を車椅子器用に進むレデイは、話に飽きたフォッサに髪の毛にじゃれつかれている。


「ま、まあ……結成当時は二千人くらいいたらしいですが、アステラに殺されたり洗脳されたりと数を徐々に減らしてしまったようで……」

「それでも、キミたちのような部隊があぶれないまま統率を持っているのだから、そのカリスマ幹部とやらはよほど優秀な人なのだろうね?」

「そ、そうなんであります! もう流星のように颯爽と現れては散り散りになっていた部隊をまとめ上げ、しかも戦闘力は魔王様のお墨付きらしいですぞ! 作戦立てる頭脳も完璧だとか!」

「ふっ」

「何笑ってんの」


 なぜかおかしいことを聞いたようにレデイは吹き出し、「なんでもない」とすぐに真顔に戻った。


 ナバたち弓兵部隊はその幹部とやらに命令されて狼の村に来ていたと語った。


 なんでも、いつか洞窟を通って帰ってくる魔王をお迎えしろとの指令だったらしい。


 思い当たる出来事は、ある。やはり、情報源がアステラの主とはいえ、あの時の情報は間違っていなかったのではないだろうか。


「だから、一層ソラさんを魔王様だと思ったのですが……」

「いや、最初思いっきり弓で襲ってきたけどね?」

「すみません、思いっきりあの村を襲撃したアステラの兵の残りだと勘違いしたであります」

「じゃあ、あなたたちはこの村を監視していたのですよね? ワタシたちの他にあの洞窟から出てきたものはいませんでしたか?」


 魔王軍のインパクトばかりで忘れかけていた本題をアノネが突っ込んだ。


 しかし、ナバは要領を得ないようで首を傾げた。


「他? いえ、そもそもジブンたちの部隊が村に着いたときにはアナタたちがいたので、それより前のことはわからないであります。道中でも特に誰ともすれ違いませんでした」

「そうか……」

「うう、ウィウィ、フェルムう……まじでどこいったの〜〜〜!?」

「……うぃうぃ? それって」


 ソラの呻き声にも似た言葉に、ナバは首を逆方向に傾けた。


 すかさずソラがカッと目を見開いた。先程の甘い囁きとは別の迫力がある真剣な顔でナバに詰め寄る。


「え! ウィウィのこと知ってんの!? どこで知ったどこで見たどこ行った!?」

「うわ!?」

「……なに? 知っているのか?」

「か、確証はないですが…昨夜見かけた少女がそう自身のことをそう指していたような気がするであります!」

「ウィウィの一人称グッジョブ!!」


 ソラが天を殴るように拳を何度も掲げた。手がかりを掴んだ喜びを全身で表している。


 しばらく垂れてピクリとも動かなかった尻尾をちぎれるくらい振り回している彼を見て微笑ましくなりかけたヨルはハッとして矛盾に気がついた。


「ちょっとまて、お前さっき誰ともすれ違わなかったと言っていただろう? どうしてウィウィのことを言わなかった? まさか嘘を……」

「いやいやいや! 違うんであります!」


 刀をかちゃりと鳴らしてやると、ナバはぶんぶんと首と手を振って釈明した。


「さっき言ったでしょう!? 幹部がジブンたちのベースキャンプに指令に来た時、そのウィウィという少女と青い髪の若い男を客人として連れていたんですよ! だから特に気にしなかったというか……!」


 キョトンと、その場のほとんどの人間が思考を停止させて固まった。レデイが「何が頭脳が完璧な幹部だ」と頭を抱えて舌打ちをしているが、それよりも、だ。


「どういうことですか? 二人を攫ったのはアステラの人攫いのはずじゃありませんでしたっけ?」

「それ、確証はない推測だった……魔王軍の人間が、ウィウィを……攫った?」

「え、え? 何かまずいんでありますか?」


 不味い以前に、ヨルたちが追うべき、そして敵とすべき対象が変わってしまう。


 そもそもがアステラが狼を集めているという情報から始まってソラが導き出した推測だ。確かに確証はなかった。


 優しい物腰だったソラがナバたち弓兵部隊へ不信感をあらわにした時、レデイが「こうも考えられないかい?」と優しく語りかけた。


「話を聞くに、アステラと魔王軍は敵対しているんだろう? もしかしたら、アステラに攫われていた彼らをたまたま発見して、その幹部さんが助けてくれたんじゃないかな」

「お……おおおお! グッジョブ幹部!」

「確かに……! あの魔王にも匹敵するカリスマ溢れるお人ならやりかねません! ていうか、多分絶対やってるであります! アステラの悪の手から少女と少年を救ったのでありますね!」

「それなら筋は……通るか」


 要らぬ争いを生みかけて脱線した話の流れはレデイによって軌道修正された。


「その後は二人はどこへ?」

「そのまま幹部と共に行動するようで、指令の後すぐにベースキャンプを発ったであります!」


 二人が保護されているというのであれば、その足取りを追って再開できれば終わりだ。ヨルはアステラとの全面戦争にはならないで済むことに安堵した。


「こうなったら、その幹部さんを追うしかないね!」

「え、会いに行くのでありますか!?」

「行く。というか案内してもらうぞ」

「えええ! いや、今度こそ重要機密事項であります! 言うわけにはいかないであります!」


 流石に幹部の行き先を吐かせるのは骨が折れるかもしれない。


 さて、今度はどう脅そうかヨルが思案に入ろうとしたところで、ソラが視界の端でふらりと動いた。


「お願い……」

「ひえ!? そ、ソラさん!?」

「魔王様からの、お願い」

「そ、ソラァッ!?」


 無意識に叫んで固まった。


 ソラはナバの手を取り、指を絡め、祈りを捧げるように口の前にその手を持ってきた。目には涙を溜めて上目遣い。三角の狼耳はフニャリと垂れている。


 突然のソラの行動にタジタジになったナバは目を泳がせていたが、さらにぐいと引き寄せられたことで頬を染めてソラの黒い瞳に釘付けになった。


 何より距離が近い。


 距離が近い――ヨルよりも!!


「ウィウィが心配なんだ。心配で心配で心臓が張り裂けそうなんだ。だから……お願い。なんでもするから、幹部さんの居場所を教えて?」

「ま、ま、ま、魔王さま……」


 甘い囁きのおねだりはナバの判断能力をゴリゴリと削ったらしい。ソラを自らのボスと見誤った彼は、ごくりと生唾を飲み込んだ。


 ヨルは左目の下瞼が痙攣するのを自覚した。


「よ――喜んでェエーーーーーッ!!!」

「よっしゃァ、案内頼んだぞナバくん!」

「隊長!? いいんですか!?」


 承諾をもぎ取ったソラはパッと表情をいつも通りに切り替え、ナバの背中をバンバンと叩いた。


「え、なんだったんですか、今の。気色悪」

「はは、ソラくんは交渉上手だなあ」

「ソラ……誘惑はいけません。争いを生むだけなのです」


 冷めた雰囲気で今のやりとりを見ていたアノネ、レデイ、そしてキャラまでもがソラを信じられないものを見る目で見ている中、嫉妬で狂いそうになったヨルは喉の奥でうめいた。


 刀を抜いて付近一帯の森の木を切り飛ばし、丸太が積み上がって一瞬でログハウスが完成した。




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