表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
三章:狼の生態
86/94

81.覚悟ギロチン




 ◇異世界◇




「お前は本当ツイてないね〜〜〜フェルム」

「う〜〜〜……」


 依頼の戦闘中の紛失や破損ならともかく、それとは全く関係ないところで鞭を失くした救いようのないフェルムにも、さすがオールグッドマンである昊からの言葉は優しい。


「う、や、やなこと……全部忘れたい……」

「そんな都合のいいことあるか〜い」


 自虐心のためかレデイの奢りで飲む酒はちびちびと飲んでいるもののその手は止まらず、少し気を抜けばタカが外れてしまいそうだった。


 すでに日付が変わったホテル直営の酒場に残っているのは夜更かし得意のフェルムとソラのみだ。


 三時間ほど前まではパーティ全員でわいわいと食事をして、満足したアノネとウィウィ、キャラが共に部屋に上がっていった。二時間前には今日の反省と明日の方針会議を終え、ソラに共にランニングに行くことを断られたヨルが外へ出ていった。レデイはいつの間にか姿を消していたので行方はわからない。


「フェルムってテイマーだよね? 魔獣とかをテイムしてるところ全然見たことないけど」

「してる……してはいるんだよ。み、見えないところで」

「やっぱりレベルの壁? 前見た時は俺、フェルムと同じレベルだったよな〜〜〜フェルムが強い魔物を引き連れてるところ見てェ〜〜〜〜」


 フェルムの年の人間でレベルが16程度であることはほとんどない。意図的にそこで止めているにしても、そろそろもう少しレベルを上げなくては怪しまれるか、とフェルムは逡巡した。無意識に酒を傾けている。


「テイム……してるよ。いつも、魔物」

「え、嘘」

「大体日常的に連れ歩いてる。ぼ、ボクの家の人は」


 酒の周りが呂律にも至り、判断力の低下を自覚しながらもやはりソラの前では口が止まらない。


「なるべく小さくて大人しい……進化しない魔物がいて……それを、選んで……それに、それにぃ……経験値を蓄えておくんだ」

「蓄える? え、経験値を? どゆこと」

「主人より……レベルが高いのは……見栄えが悪いって……家訓にあるからあ……」

「ふぅん……従者一族は闇と秘密が深そうだなあ」

 

 何かフェルムの実家であるアナプルナ家の門外不出の教えを漏らしてしまっているような気がする。しかし、散漫な意識と、酒の匂いと、誰もいない周囲の状況と、話し相手がソラというこの状況では秘密を漏らすなと言う方が無理な話だ。


 だからと言ってフェルムばかりが隠し事をさらけ出すのはフェアではない。手に持っていた酒瓶をダンっと机に叩きつけた。ソラが摘んでいた冷め切ったフライドポテトが皿から飛び上がる。


「そ、ソラ」

「なんじゃらほい」

「恋人って、いるの」

「いたらもっと必死に元の世界戻ろうとしてるよね〜〜〜。虚しい質問やめえや」

「いっ……いたことは?」

「ない」

「嘘」

「いねぇよ」

「経験ないってこと……?」

「童貞だよ」


 俺がモテ男に見える? と問いかけてくるソラには、正直「見える」と答えたかった。性格にクセはあるものの人たらしの才能があることは、堕とされたヨルや気難しいはずが仲良くなったアノネを見れば明らかである。


 しかし、ソラ本人が無いと言うのであればまた一つ主人の障害が消えたことになる。


「じ、じゃあ、大事な人は……?」

「ウィウィ」


 間髪入れずに答えたソラの顔は真剣そのものだった。いつものおちゃらけた雰囲気は、今の一瞬だけ消えている。他人同然の彼女を大事に思っていることに対して驚きつつも「だと思った」と返した。やはり一番の障害が残っていた。


「なになに、恋バナの気分なの? フェルム〜」


 彼特有のにんまり顔に戻った途端に、厄介な気配を感じ撮った。


「フェルムこそどうなんだよ〜」

「ぼ、ボクの一番優先すべき人はヨル様だよ」

「んじゃなくって、恋人っすよ」


 小指を立てるソラを見てようやく話を理解したフェルムは、照れ臭くなって呻いた。


「い、いたよ……少し年上の女の子が」

「はァッ!?」


 突然細められていたソラの目が丸く丸く見開かれた。フェルムはその声に驚いて椅子から転げ落ちた


「え、じゃあ童貞じゃないの!? 嘘つき! 仲間だと思ってたのに!!」

「う、嘘も何も言ってないよ、ボクは……」

「く、ぐやじ〜! うらやまじ〜〜〜! あっ、でも“いた”ってことは今はいない? 別れた!?」

「え……い、いや、別れてはいない……けど」

「なあんだ。まあ、勇者修行に彼女つれてくるわけないよね〜。見たかったなァフェルムのカノジョォ!」


 椅子に這い上がってソラの様子を伺うと、想像していたよりも怒ってはいないようだった。


 それにしても、彼女とは別れていないはずだ。そんな記憶はない(・・・・・・・・)はずだが、今は彼女と手紙の一つも交流をしていないことに気づいた。フェルムは確かに彼女を愛していたはずだが、今はその顔すらまともに思い出すことができない。むしろ、思い起こされるのは恐ろしく重く暗い罪悪感と主人(ヨル)の顔ばかりだ。


 なぜなのだろうか。そのことを考えていると、アノネから聞いたソラの話を唐突に思い出した。


 彼は人を殺したことがあるらしい。それが真実か冗談なのかは定かではないが。本当なのではないかと考えると――“同じ”だと思うと、わずかな、ほんとうにわずかな安心感が湧き上がってきた気がした。

 

(……同じ? 誰が?)


 誰が同じなのだろう。アノネと、ソラと、あとは誰だろう。


 鈍磨な思考を巡らせていると、ボーイが閉店を知らせに来て半ば追い出されるように酒場を追い出された。そこからどうやってホテルの宿泊棟に戻ってきたかはよく覚えていない。気がつけば、夢うつつのような状態でヨルの部屋にいた。


 習慣とは侮れないものでどんなに酔っていても体は動いた。ヨルが脱いだ服を回収し、部屋を片付ける。


 ひと段落したらマジックバックから調理器具を取り出し、ヨルがトレーニング後に食べる夜食と、朝食の下ごしらえをする。ホテルのルームサービスはもちろんあるが、フェルムの主人は死ぬほど辛くてかつ自分の好みの味の料理しか口にしない。レシピを知っているのはフェルムだけだ。


 妙に上機嫌だった。酒のせいでハイになっているのかも知れなかったが、まだまだ酔いは浅い。


 その証拠に意識はぼんやりとしていても、リズミカルに動く手の包丁捌きは鈍っていないし調味料の分量を間違えるようなことも一切ない。


「――異国の歌ですか?」

「ぎゃあ!?」


 背後から透き通った声が飛んできて、フェルムは飛び上がった。手にしていた包丁が吹っ飛び、天井にドンっと突き刺さる。


「あっ、あ、ユーリアシュさま……!?」

「キャラでいいですよ。すみません、驚かしてしまいましたね」


 振り返るとそこには申し訳なさそうに天井を見上げるキャラがいた。酔いのせいでキャラがヨルと同室であることをすっかり失念していた。


「聞いたことのない歌が聞こえてきたので、気になって出てきてしまいました」

「す、す、すみませ……起こしてしま――え、歌?」

「ええ、今あなたが。とても気持ちよさそうに歌っていたでしょう?」


 フェルムは「ワタシは睡眠を取らないのでお気になさらず」と朗らかに言うキャラをマジマジと見た。冗談を言っているような風ではない。フェルムは自分が自覚なく歌っていたことに気味が悪く感じた。


「この国の言葉の歌詞ではなかったようですがとても流暢で……それに、とても上手でしたよ?」

「えあ、あ、はっ、はい、ありがとう、ございます……?」


 歌なんてここ数年歌った記憶がないが、そんなにも酔っ払っていたのだろうか。しかし、今の驚きですっかりそれも冷めた。


 ふたりが黙ったまま数秒の時間が流れる。そもそもがフェルムはこの創造神という生き物が敵の如く苦手であるのに、会話を弾ませるのは不可能だった。


「お手伝いを……と思いましたがお邪魔になってしまいそうですね。ワタシは部屋にもど――」

「ま、待って……!」


 引き留めてから、やはり後悔した。


「……ください」


 取ってつけた丁寧語がむなしい。キャラは踵を返しかけた体を止めて、不思議そうな顔でフェルムを見た。しかし、その顔はすぐに女神らしい優しい優しい笑顔が浮かび上がる。見るものの目がとろけてしまいそうなほど美しい白金の髪が薄暗い室内で輝いている。


「ずっと……ワタシにお話ししたいことがあるようでしたよね」

「お、お話……いや、違うんです、そんなんじゃ……ボクのは、これは……」


 察されていた。優しい言葉の既視感は、昊だ。彼女の優しさに流されて全て話してしまいそうになる。やめておけ、と心の中の誰かが言う。


「きっ、キャラ様は……創造神で、そして審判の神……なんですよね」

「ええ、兼業みたいなものですかね」

「フィフティマは――」

「あれは邪神です。ええ、紛れもなく」


 即答したキャラの目には苦労が現れている。


「じ、じゃあ審判の立場からは……罰する対象……ですか」

「んん、それは……できることならそうしたいですが、あれはワタシより格上の全知全能の神です。残念ながら不可能でしょうね」

「で、ではその子供たちは?」

「……アステラ教徒のことですね」


 難しい問題です、とキャラは眉を下げた。


「自らの意思でテロ等に協力しているノラ派には相応の罰が下るでしょう。もちろん事情によっては酌量の余地はありますが、完全なる洗脳で思考汚染されたアズ派の方々は扱いが本当に難しい。邪神の決断にそのまま操られているようなものなのですからね。アズ派の方そのものを罰するには酷であるという意見もあります」


 つらっと一通り自分の意見を述べたキャラは、首を振った。


「そうは言ってもワタシはただの審判。……“罰する”役割は持っていないのです。神界にはたくさんの神がいますからね。それにはそれに適した神がそれぞれいます」


 彼女は右の手のひらを立てた。それを、スッとフェルムに向ける。


「不躾で申し訳ないですが……あなたは罰されたいのでしょうか?」


 フェルムの心中は察されていた。下界を二千年間見てきた創造神も、伊達ではなかった。


「ボクは……罰されたくありません」

「ふむ」


 今日初めて、まともに突っかからずに言葉が出てきた。


 創造神は頷き、優しい笑みを浮かべるだけで黙って話の続きを待っている。


「罰というのは、与えられる側がもう二度と罪を犯さないよう戒めのためにするもの、だと思います。例えば、与えられる側が最も嫌がるようなことをされるような……」


懺悔だ。罰を受けることだけが目的の、中身は何も語らない懺悔がボロボロと溢れてくる。


「罰を望むということは、その罰はもう与えられる側に望まれてしまったところで、罰である意味がなくなってしまうのでは、と……」


「だから、僕は罰を望まないことで、自分が最も嫌がる罰を受けられることを望んでいる(・・・・・・)……望んでしまっているんです」


「しかし、望んでいるうちは……真に自分の望まない罰が与えられることは無いわけで……」


「しかし、『望まれる罰が与えられない』ということがボクが一番嫌なことだというのならば、ボクは永遠に罰を受け続けることができるんです……」


 締まらない言葉を最後に口を閉じる。創造神の表情は変わっていない。


「えっと、つまり……ボクは」

「罰されたいんですね」

「…………は、い……たぶ、ん」


 罰される“理由”の方は何も言わないフェルムにキャラは何も聞いてこなかった。


「先ほど言ったように、ワタシは審判をするだけです。罰はきっと、ワタシが下すまでもなく他の誰かが下す……かも知れない」


 聞かないのは、彼女がもうわかっているからかも知れない。


「――それにあなたは、真に懺悔するべきことを隠しておくことで、自分が万が一罰され終わった後も、再び罰される理由を作っておいているのですね」

「……? な、なにかわかるんですか?」

「わかってしまうんです。一目見た時から……見分ける力だけは、あるので」


 訳知り顔の創造神は、下界にいる一人の娘キャラの顔になっていた。


 何がわかるのか。それを全て問いただしたかったが、それができる雰囲気を逃してしまった気がする。


「じゃあ、ボクがもし悪事を働いたら、その時は直接罰を下してくださいますか」

「……それは」


 言葉を紡ぎかけたキャラの口が、突然パカっと空いた。


 彼女が「あっ」っと言うか言わぬかのタイミングで、フェルムの背に冷たい感覚が上から下へと駆け下り、同時にドンっと重い音がした。


 振り返ると、フェルムが背を預けていたキッチンのまな板上に包丁が垂直に突き刺さっていた。疑問符を頭に浮かべていると、着ていた服がでろんと落ち、フェルムは突然半裸になった。落ちた服は背中部分が縦一直線に切られた状態で虚しく床に落ちている。


 先ほど天井に刺さった包丁が重力で落ちてきて、フェルムの服の背中を切ったらしい。背中を指でなぞって奇跡的に傷がなかったことに安堵しつつ、後数センチズレていたら脳天に包丁が突き刺さっていたかも知れない恐怖に、今度は背中に悪寒が駆け上がった。


「罰……というより、あなたは落とし前をつけさせられそうな気がしますね」

「……もう、それでもいいです」


 キャラの優しい苦笑いはここ最近で一番心に響いた。


 同時に、やはり目的達成と罰を受けるためにはやればいい――やるしかないと覚悟が決まった。



 次に気がついた時には、フェルムはホテルのソラとウィウィの部屋の前にいた。


 鍵はあらかじめ複製して持っている。それを鍵穴に差し込んで捻ってみると簡単に扉は開いた。足音を立てないように部屋に入り込む。


 寝室まで来ると、先ほどまでともに酒屋で駄弁っていたソラはベッド横にある机に突っ伏して眠っていた。ギルドで受けた内職系の依頼をしているうちに眠ってしまったようだった。道具がそこかしこに転がっている。


 あらかじめソラの食事と飲み物に盛っていた遅効性の睡眠薬の効果だ。簡単に目覚めてもらっては困る。狼人間に従魔術は効かない。しかし、それ以外にも方法はいくらでもあることを知っていた。


 ソラを揺さぶっても起きないことを確認してから、フェルムはベッドの方を振り向いた。


「ウィウィ」


 その中で眠る銀髪の狼耳に向けて声を掛ける。優しく揺さぶり羽毛をめくってやると、徐々に瞼が持ち上がった。寝ぼけ眼がフェルムを捉える。


「フェル……? なにぃ……」

「出かける時間だよ」

 

 フェルムはそう言いながら自分に対して首を傾げた。


 自分でも何をしようとしているか、よくわからない。


「ん……? どこ……」

「キミの、お父さんたちのところ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ