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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
三章:狼の生態
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79.完徹絶食野郎ウーマン




 文化祭が迫っていた。


 夜は生徒会役員として、文化祭実行委員会から回ってきた許可が必要な書類に目を通さなければならない。それを全て一人で、生徒会室にて黙々と行う。


 出し物についての書類に目を通す。各クラスの出し物については確定済み。今処理しているのは、文化祭当日のフィナーレで行われる「後夜祭」の舞台上で出し物をする団体の参加申請書類だ。本来ならもう終わっている仕事だが、とっくに弾いたはずの問題のある団体が再び懲りもせず申請してきて、長引いている。


 概要には「バンド演奏」とだけ書かれ、参加者の名前も必要設備も書かれていないというあり得ないA4用紙を見ては、頭を抱える。他にも「漫才(ネタは本番まで秘密にさせてください)」や、「オカルト部主催“非”マジックショー(火器と真剣の使用許可をください)」等、唸るしかない。


 諦めの悪さに免じてこれらの団体には後日の面談にて直接制裁を下すことにし、連絡事項を書類に書き込んで処理済み書類棚に放り込む。文化祭まで一週間を切っているこの状況でも諦めない頑固さには、腹立たしさより呆れが勝つ。


 ひと段落した作業にわずかに集中力が切れ、生徒会室の外へ目をやった。窓の外にある校庭では、ジャージ姿でサッカーボールを手に持ち、同級生に怒鳴られながら逃げ回る昊――魔王の姿が見える。


 結局、魔王は昨日病院から無断で外出していたことが担当医にバレた。恐ろしく早く治癒した怪我の様子を見るという話だったが、半ば追い出されるようにして退院し、今日から昊本来の学校生活に戻っている。もちろん、それは魔王が昊という一生徒を演じているだけには過ぎない。


 瞬時に魔王が昊ではないと看破した夜にとっては大層不思議なことに、誰も昊が別人と入れ替わっていることには気が付かなかった。魔王は断片的な昊自身の記憶をうまく使用して昊を演じ切っている。


 ふと、生徒会室内に意識を戻すと、目の前に茶髪の髪の毛が現れた。


「ノックもできないのか?」


 内心驚いたことを隠すために怪訝な表情を作る。無断で夜の手元を覗き込んでいた音乃(ねの)(あさひ)はそれよりも不機嫌な表情を浮かべた。


「したわよ。あんたが気がつかなかったんでしょ?」

「……したのか?」

「したってば」

「お前が?」

「あのねえ、アタシだってこの学校の面接でくらいノックして入室したのよ?」


 そう口では言いながら、音乃は勝手に夜の机向かいのパイプ椅子を引いて腰を下ろした。一貫性が無い。


 この教室は本校舎の端に位置しており、昼休みであってもそれなりに静かな場所だ。それでもノックの音に気がつけなかった自分が信じられず、夜は音乃が足を組み頬杖をつくのを見ても行儀の悪さを指摘する気になれなかった。


 彼女は人目のある廊下で鉢合わせる時とは別人のように落ち着いていた。高飛車な態度はなく、逆に良く見えるよう繕ってもいない。人の目はそれほど気にするものだろうか、と不思議でならない。


「宝探しのためのいい案、浮かんだ?」

「……まず第一に、お前も協力するつもりなのか」


 夜が魔王に協力するのは言うまでもない。昊を取り戻すためだ。対して音乃は対して思い入れのないキーホルダー一つを差し出すだけで知らぬふりをしても誰も責めない。夜だって、そのことくらい理解している。


「有名人に会えるかもってんなら、ちょっと興味あるし」


 野次馬根性をむき出す音乃の発言に、夜は眉を顰める。


「それに、魔王の宝を集めれば、昊が戻ってくるんでしょう? あいつともう一度話さなきゃいけないのは……あんただってわかってんでしょう?」


 続けられた訴えかけるような彼女の言葉で、夜は眉から力を抜いた。目を伏せ、書類をトントンと整える。


 昨日、音乃は積み重なった胸の内をぶちまけた。それが彼女の全てだとは当然思わないが、昊への複雑な心境は理解している。謝罪の一言では表せないものだろう。


「そうか」


 だから、この話は終わりだ。首を突っ込めば突っ込むほど、互いの古傷を抉りあうことになる。そしてそれに得は伴わない。


「フェルマータについては……オレはよく知らない。正直、彼と連絡を取る手段も思いつかない」


 昨日の魔王の発言は信じ難いものだったが、彼は自分の意見を曲げなかった。確実にフェルマータの歌声と昊の記憶の中の”神器を所持している人間”の声が同じだと言い、彼がそう言うのならばそれを信じるしかなかった。


 正直言ってそんな大物と昊が知り合いであるということも衝撃だったが、夜はそれ以上に彼の顔の広さに驚き、そしてそのことを今のいままで知らなかった自分に対して失望していた。


 フェルマータはネット上の遠い人物だ。夜も昨夜軽く調べたが、二つの動画サイトにアカウントを所持している以外、活動報告をしているような場もまともに見当たらなかった。SNSに公式アカウントを見つけはしたたが、それはフェルマータ本人ではなくアシスタントが管理しているようだった。会いたいという有無のメッセージを送ったところで、まともに返事は望めないだろう。


 簡単に言うと、夜の宝探しはここで手詰まりだった。昊がいつ戻ってくるのかわからない。あんなに楽しみにしていた文化祭に、昊が参加できないのでは無いかと思うと、やるせない気分になってくる。


 書類から視線を上げると、スマホを片手で操作する音乃が見えた。校則では校内では携帯電話の電源を切らなければならないと決まっている。電源すら切られていなかっただろう電子機器を睨みつけると、音乃は「緊急事態だよ。でしょ?」と言って肩を竦め、悪びれもしない。


「アタシはフェルマータガチ勢ってわけでもないけど、周りに送れないように情報と新曲は追ってたから、実は心当たりがあるんだよね」

「心当たり? 何のだ」

「フェルマータに会うチャンス。まずそこ解決しなきゃ始まんないでしょ? 昨日調べたの……これこれ」


 音乃は液晶を上にして机に置き、それを向かいの夜の元まで滑らせた。その画面には某人気動画投稿サイトのフェルマータのユーザーページとMVが表示されている。スピーカーからはフェルマータの歌声が流れ出した。爽やかで力強い歌声、細やかなビブラートは特徴的で、聞き入らずとも夜を爽快な気分にさせた。歌詞からも読み取れるように、フェルマータの曲はその全てがラブソングだ、と何かの記事で見た気がする。

 

「……いい歌だな」


 心からの感想だったが、音乃は「そこじゃないって」とツッコミを入れてきた。彼女は画面を下にスクロールし、コメント欄を表示させる。


「これ、くらい一週間前に出た新曲なんだけど……ほら、フェルマータのコメントがある」


 何百と書き込まれたコメントの中、そこでは音乃の言う通りフェルマータ自身もまた発言していた。


『ヘイトスクリームの発表からもうすぐ二年が経つ。記念日は二週間後。どこかで新曲を発表します。』


 淡々としていてぶっきらぼうな文面とは別、その内容の方を読解した夜は音乃へ視線を戻した。


「この”どこかで”ってのが引っかかると思わない? いつも通り曲の動画をこのサイトにアップするだけならこんな言い方しないと思うのよね。っていうか、トレンドになるくらいファンの間で考察されてたのを見ただけなんだけど……」

「何が言いたい?」


 くどくど長ったらしく話す音乃を睨みつけると、彼女は「せっかち坊ちゃん」と口を尖らせつつ、結論を口にした。


「つまり、この“どこか”っていうのは、ネット上じゃなくて“現実世界のどこか”なんじゃないかってこと」


 音乃の顔には自信が浮かんでいる。


 現実世界のどこかで曲を発表するということはつまり、フェルマータが現地開催のライブを行うのではないかと推測しているのだ。


 しかし、眉唾な話の域を出ない。夜が再びスマホの中に目を落とすと、音乃は食ってかかるように椅子から立ち上がり、机に乗り出す。


「わかってるわよ現実的じゃないなんてのは。でも試してみるのも悪くないじゃん。時間的にも一週間もないくらい近いし!」

「そもそもその推測が正しかったとして、どこでライブをするのかもわからないじゃないか。時間が近いってことは特定する時間もないんだぞ。特定するような情報網もオレたちにはない!」


 一喝すると、音乃は気圧されたように鼻白み、再びパイプ椅子にストンと尻餅をついた。


 フェルマータがネット上でのみ活動している。ライブを開催したことは一度もない。他のアーティストとのコラボも、CDが発売された時も、全て代理人(アシスタント)を介したネット上のやり取りのみだったと関係者がインタビュー記事で語っていたそうだ。そんなフェルマータというネットリテラシーの鉄壁から情報が漏れることは期待できない。


「それに……」


 不貞腐れているような彼女から視線を落とし、夜は頭を抱えた。


「それに一週間……いや、正確には今日を入れて五日も時間をかけていられない」

「なんで? あんたなんかあるの?」


 昨日から頭痛と腹痛と胸の痛みが酷い。

 

「…………ない」

「え? 何?」

「耐えられない……ッ! これ以上昊がそばにいないのはッ!!」


 今度は夜が立ち上がり、拳を机に叩きつけた。驚いた音乃はパイプ椅子を滑らせ、床にひっくり返った。


 口に出したことで抑圧されていた怒りが一気に膨れ上がり、同時に全身の痛みを増幅させた。頭痛腹痛はいつものこととして、胸の痛みは連日肥大化している恋愛感情から上がる悲鳴が体調不良に現れたものだ。


 昊がいなくなってから十日。もしも昊があちらの世界で幸せな生活を送っていたら。もしも元の世界のことを忘れていたら。


 もしも――自分のことが忘れられていたら。


 そう考えるだけで、夜はおかしくなりそうだった。こんな状態では夜は一週間ももたない。暴走する感情とは裏腹に、頭の中では冷静に自分を客観視して分析してしまう自分にどうしようもなく腹が立った。


 怒ることが夜の原動力だった。嫌悪する悪を罰するのに一番重要な感情かつ、それが夜の強い気力のもとにもなっていた。しかし、昊がいなくなり、音乃を許してからは何に対して怒ればいいのかわからない。当たり散らす場がなくなったことで、英気を養うための怒りは萎み、余計なことばかりを考えては腹が立つ。

 

 また拳を振り上げる。


「ちちち、ちょっと落ち着いて!」


 溺れるように机の上に這い出てきた音乃が叫んだ。夜は深呼吸をしながら拳をゆっくりと下ろし、席に腰を下ろした。体を曲げて額を机につける。しかし怒りがおさまっても、腹の痛みが増している。


「悪い……取り乱した」

「あ、あんた……あんたもしかしてさあ……」


 心底驚いたという声色の音乃が倒れたパイプ椅子を起こし、そこに座り直す音がする。


 彼女の問いが続けられるよりも前に、夜は腹を刺されるような縛られるような感覚に襲われ、腹を押さえて蹲った。


「な、なに? どうしたの、大丈夫? 生理?」

「……そうだ」


 答えると音乃はふと黙った。冷や汗流れる顔をあげてそちらを見てみると、彼女は拍子抜けした表情を浮かべている。


「あ、そうか……冗談で言ったつもりだったけど、あんた女だったね」

「オレをなんだと思ってる……」

「あんた、女だと思って欲しい人間の一人称と見た目じゃないのよね。そういや顔色悪いし、重いタイプか。薬効かないの?」

「もう、切れた。無い……薬が」

「新しいの買えよ。昨日カラオケがあった通りに薬局あったし」


 音乃の正論に対して口を開閉させて返事を躊躇したが、夜はやがて観念して弱々しく声を出した。


「金がない」

「はあ? あんたがバイトしてないにしろ、天下の六堂家貧乏なわけないし、親から薬代くらいはもらえるでしょ」

「もう……しばらく家には帰って、ない」


 音乃が黙った。考え込むように視線を宙に泳がせ、再び夜を見る。


「ちょ、ちょっとまって。しばらくっていつから?」

「昊が事故にあった次の日から……」

「今日火曜だよね?ってことは一週間以上帰ってないの!? あんたが!? どうやって生活してんだよ!」


 当時の夜は頭がおかしくなっていた、音乃への復讐を決め、人生を捨てる覚悟だった。凶器に使おうと無断で持ち出した刀は六堂家の家宝だ。既に取り返しのつかないことをやらかした以上、もう家には戻れない。


 所持金は一昨日に魔王に肉まんを買ってやったのを最後に底をついた。


「どこで寝てんだよ!? 昨日は!? どうやって!?」

「寝てない」

「はァ!?」

「いいんだ……最近横になっても全く眠れないから。昨日は学校のパソコン室で、ずっとフェルマータのことを、調べて……」

「ちょっとちょっと! だめ、ダメ、ダメだ! 金もないってことは食事も取ってないってことよね!? あ〜〜〜もう!!」


 体調不要、金欠、家出、不眠、絶食のクインテットを食らった音乃はもう聞きたくないというように頭を掻きむしり、ポケットから財布を取り出した。


 取り出された一万円は、夜に突きつけられた。ふっと生まれた苛立ちに、夜は眉を潜めた。


「なんだこれは」

「とりま! 取り敢えずご飯は食べてきなよ、学食でも購買でも」

「施しは受けない」

「あげるわけじゃないから。後できっちり返してもらうわよ、当たり前」

「金の貸し借りなんて」

「友達同士でくらいなら普通にやるでしょ。なに、悪いコトって言いたいわけ?」


 ひらひらと札を揺らして受け取るように催促する音乃を、夜は目を大きく開いて見つめた。


「……“友達”? お前が?」


 問いかけると、音乃は虫の居場所が悪そうに言葉を詰まらせ、わずかに照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「ま、まあ、友達っていうか……」

「――お前如きが?(・・・・・)


 音乃の手が止まる。


 きゅうっと締まった瞳孔と、細く鋭く形作られた目で、夜は音乃旭を睨んでいた。

 

 表情を固まらせていた音乃も、やがて自分が拒絶されたことに気がつくと、それに釣られるように眉を顰め、目尻を釣り上げた。


「だから友達いないんだよ、お前」


 音乃は机に乗り出し、いつの間にかくしゃくしゃに丸められた一万円札を持った手で夜の胸ぐらを掴んだ。


「勘違いしないでよ坊ちゃん。あんたがガリガリになって死なれちゃ困るって言ってんの」


 聞いたことのないような低い声で、音乃は言い放った。くしゃりと、夜の手に紙片が押し付けられる。


「アンタのためじゃない。そんなに意地が張りたいんだったら昊も諦めんだね。そうじゃないなら、動け」


 それだけ言って突き放すように夜から離れると、音乃は踵を返して生徒会室を出て行った。


 反応ができなかったわけではないが、ほんの少しだけ音乃に気圧され、動くことができなかった。夜はしばらく呆然と音乃の言葉を頭の中で反芻した後、ムッとして眉を顰めた。


「友達くらいいる……昊が」


 誰も聞くものがいないむなしい言葉の響きに居心地が悪くなり、夜は観念して立ち上がった。


 音乃に握らされた一万円札はすでに紙屑と見紛うほどにしわくちゃになっていたが、学食で使用する分には、問題ないだろう。




男のような女。

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