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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
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8.負け犬の盾

 



 久しぶりに声を出したせいで、腹から声を出したにもかかわらず少しかすれた。


 俺の渾身の詠唱(・・)が響くとほぼ同時に、熊が放った世にも不思議な魔法(・・)が俺の体に着弾し、跳ね返る。


 ――ギャンッ!


 反射された魔法はアネモスベアーの脇腹を掠めた。血飛沫と共に、その直線状にあった壁に直撃。硬いはずのダンジョンの壁はガリガリと派手に抉れた。巻き上がった砂埃が壁際にいた狼少女にかかる。


 あれっ……なんか予想と違うぞ!


 スキル名を唱えたら反射した魔法は使用者に命中するんじゃなかったのか!? 熊の肩にちょっとかすっただけじゃあないか!


 反射された魔法に困惑しているらしいアネモスベアーは、逆ギレの唸り声を上げて急にこちらへ突進してきた。慌てて俺は広くはないルーム内を走って逃げる。


 おいどうなってんだスマホォ! なんか俺の作戦が狂ったぞ!


『今の詠唱は正確ではなかったため、本来のスキル通りにただ魔法を反射しただけになった』


 正確じゃなかった!? ちゃんと叫んだぞ!


【正確には“反射ァッ!”と発音しなくてはならない】


 一緒だろ! どう言ったって勢いつければそんな感じになるだろ!


 意味のわからない要求をしてくるスマホに向かって文句を言いながら、アネモスベアーの腕を横っ飛びでかわす。


『どちらにしろ、今の威力の魔法ではアネモスベアーに決定的なダメージを与えることはできない』


 アイツ魔法を使っても、まだ手加減してんのか!


 どうにかしてアイツ自身から、アイツにダメージを与えられる魔法を撃たせないといけない。


 アネモスベアーは体をぐるりと素早く回したかと思うと、その体の重さを利用した回し蹴りを繰り出してきた。事前に間合いを取っていたおかげで直撃は免れたが、頬に浅い傷がパックリと開く。何もしてなかったら頸動脈が血を吹くことになる攻撃の軌道だった。


 そんな時、またルーム内の空気が揺いでスマホから警告が。


【風魔法発動準備検知。二発以上連続での攻撃の可能性】


 アネモスベアーは警告通りに何度も腕を振って連続で数発の風魔法を打ってきた。


 今度こそ!


「反射ッ!」


 失敗。跳ね返った魔法はアネモスベアーにかすりもせず明後日の方向へ飛んでいった。


「反射ぁ!」


 失敗。魔法は高速で地面に突っ込んだ。


「はんっしゃァ!」


 また失敗。今度はなぜか反射した途端に蒸発するように消えてしまった。


 俺今日、まだ「反射」しか口に出してないぞ!?なんでこうもうまくいかないんだ、難しすぎるぞ発音!


 なんとか頭の中を回転させながら、間合いギリギリの距離を保つために俺だけがルーム内を駆けずり回る。時に胸ポケットにあるスマホのカメラを敵の方へ向けてないといけないから、全力でアネモスベアーに背を向けて逃げるわけにもいかない。


 物理攻撃も交えてきているせいで、少しずつ少しずつ、俺の体に致命傷に届かない浅い傷が増えていく。反射もうまくいかず、結局いまアネモスベアーに与えられている傷は肩の浅いもの一つ。


 対して、俺の一番大きい傷である左腕からは、押さえている指の間からポタポタと血が落ちていて、止まる気配がない。このままだといつ俺の血が足りなくなるかわからない。


 それにしても傷が本当にイテェ! 口内炎が全身でできたみたいなイライラ&苦痛だ。腕の傷もなんだか今は痛くないような気がするが、怪我は怪我だしなぁ……


 策を練りながらふと、俺はルームの壁のそばに目をやった。そこには小さな体をさらに縮こませて壁に擦り寄っている狼少女がいた。涙が溜まった目をギュッとつぶって、アネモスベアーの攻撃の音に対してことあるごとに体を震わせている。


 ふと、その閉ざされていた目が微かに開いて、金色の瞳が俺を捉え――


 足の爪先から頭のつむじまでが波のような震えに襲われた。意識もしていないのに、勝手に俺の狼耳がピンと立ち、尻尾の毛が逆立つ。


 それは魔法とか大層なものではなくて、もっと感情に近いものから作用したように思えた。


 こんな小さい子に年上のみっともない姿を見せるわけにはいかない。……俺がしっかりしなくちゃあならない――そんな気になった。


 その直後にいつの間にか消え去っていた俺の聴覚が戻ってきて、熊の鳴き声を脳に届けた。敵からうっかり意識が逸れていたのに気がついて振り向くと、もう俺の素早さでは逃げ切り難い距離までアネモスベアーが突進してきていた。


 ――俺が、しっかり!


 策はできていた。こいつの怒りは俺の挑発でもうあと少しで振り切れようとしている。残り一押しだ。


 限りなくアネモスベアーの巨体が迫ったところで、俺はコントロールが効くかどうかわからない賭けに出た。


 あらかじめ、押さえるのをやめていた(・・・・・)左腕から流れる血をたっぷりと溜めていた手のひらを力の限り振るう。手先から飛び散った大量の血は、俺の望み通りにアネモスベアーの小さな目に向かって降りかかった。


 ガッツポーズをする前に、俺は熊の巨体にはねられていた。


 悲鳴のような咆哮が聞こえる。長いこと地面を滑った俺はようやく勢いが止まった。小学生の頃車にはねられた時と似たような体験をしたが、その時と同様致命傷ではなかったため、残り一回の反射は発動しなかったようだ。


 だからって、いてェ~よクソ! マジで倒したらお前の皮を剥いでマタギスタイルになるぞ俺は! 今決めた!


 心に決めた目標を達成するために、痛む体に鞭を打って体を起こす。アネモスベアーの様子を伺うと、案の定アイツは頭をぶんぶんと振って混乱していた。完全に俺の居場所を見失ったようだ。


 撥ねられてでも俺が逃げなかったのは、このチミドロ目潰し(・・・)を確実に成功させるためだ。それがアイツにとっての最高の挑発になると思ったから。俺の望み通り、アイツは今までとは比にならないほど怒り狂って、しかも混乱している。


 アホのように煽られた相手に対して普通手加減するだろうか? 俺ならしない!


 ここまで来ればアネモスベアーは必ず高威力の魔法を放つだろう。つまり俺はもうただここにいるだけでいいということだ。問題はあのふざけた詠唱が成功するか……


【アネモスベアーの風魔法発動準備検知。威力:高、発動まですこし間があります】


 来たぞ来た! 学校成績平均3のパッとしない俺の脳から作られた筋書きにバカみたいに乗ってきたアホが!


 フラフラ頭を揺らす目眩に逆らって嬉々として頭を上げる。そして、アネモスベアーの攻撃に備えようとして――俺は喉の奥で「えッ」と音の出ていない声を上げた。


 アネモスベアーはこちらに背を向けていた。こちらを向いていない理由は想像できる。俺の血に驚いてやたらめったらに体を動かしているうちにそちらを向いてしまったんだろう。


 問題はそのままの方向へ魔法を放とうとしていたことだ。


 なんで、アイツ俺のほうに撃とうとしないんだッ……あ!


 魔法を打つ直前に天井に向かって大きく吠えたアネモスベアーの目だけでなく、鼻にもべったりと俺の血が付着しているのが見えた。


 鑑定結果で暗闇でも鋭い嗅覚で獲物の位置がわかるということを知っていたから、目潰しをしてもこちらに攻撃してくると踏んでいた俺の読みは、自分自身の行動によって潰れていた。


 俺が今いる位置は、今からアネモスベアーの目の前に回り込んで魔法を反射するには微妙に間に合うかどうかといったところ。


 この攻撃を見送って次のを待つか……という言葉が心に浮かぶ直前。無意識に足に力が入った。


 アネモスベアーが錯乱しながら魔法を放とうとしている先にあるのは――いや、いるのは(・・・・)、小さな少女だ。たまたまにしては恐ろしくタチが悪かった。


 彼女はどうして自分が狙われているのかもわからず、目の前の魔物を大きな目で見つめたまま恐怖で固まっていた。自力で逃げるなどできそうにない。


 我に帰った時には、狼少女の前に滑り込んでいた。自分でもよく間に合ったと思う。間髪入れずにアネモスベアーは今までと比較にならない強風を巻き起こしながら、爪の間を駆け巡る銀色の風を放った。


 ろくに距離などない。いつかのようにスローになった視界の中、自分の胸元まで限りなく引き寄せる。


 着弾の直前、そのタイミングを確信した。


「――“反射ァッ!”」


 叫んだ瞬間に俺の声が金属のこすれるような不思議な音を纏った。手応えを感じたと同時に極限まで引き寄せられた風の刃が、共鳴するように一度明滅する。


 世界の時間が戻ってきた。風の刃は閃光と共に高速で術者の元へ返還され――後ろ足で立っていたアネモスベアーの胸元に細い細い切れ目が入る。刈られた体毛がハラハラと舞った。


 呼吸が無意識に止まっていた。魔物の唸り声もみじろぎする音も聞こえなくなり、ルーム内は静寂に包まれる。


 やがて、アネモスベアーの体がずるずるという音を立てて始めた。


 その体に刻まれた斜めの三本の線に沿って、頭から左肩、右肩から腹部、下腹から腰の三部位が上から順に地面に落ち、最後に残された脚部がばたりと倒れたのを最後にアネモスベアーは最後の断末魔すら挙げず、完全に沈黙した。


 ほぼ輪切りされた体からダラダラと血が染み出してきて地面に溜まっていく。どうやら見事に心臓を真っ二つにしたらしい。


 ……あれ、勝ちましたね…………勝ちましたねェッ!?


 異世界にきて初めてまともに戦って初めて自分で勝っちまったぞ俺!


 なにが最弱の種族だ! なあにがダンジョン最下層の魔物だ!口ほどにもないなこのクマちゃんがよォ!


 俺は、バラバラになった熊に指差して勝ち誇る。ここまで爽快な気分になったのは今年で一番だ。あの手応えとこの結果を見るに、俺はスキルを正しく使うことに成功したらしいし、何もかも気分がいい。


 そうして好き勝手にもう立ち上がることのない熊を煽っていると、スマホが勝手に話し始めた。


【経験値を取得しました。レベルが上がりました。戦闘終了を確認。回復に移ります】


 え? なにそれ―――


 俺が反応する暇もなくスマホが話し終えると、突然目の前が暗くなった。


 ふらふらと体が傾くのを感じたのを最後に意識がぶつりと途切れた。





【主人公】

テンション高い系男子。

多分惚れっぽい。


【狼少女】

狼の少女。防衛成功。


【アネモスベアー】

風の魔法を使う熊。輪切りになった。


2020.12.28:修正


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