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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
三章:狼の生態
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73.吠えない




 生まれつき吠えない犬を作る方法は時間がかかるものの、割と簡単らしい。吠えない犬同士を交配させ、できた子供の中でも特に吠えない犬を選び、また交配させる。それを繰り返せば、躾をせずとも吠えない静かな犬が遺伝子レベルで出来上がるそうだ。


 しかし、狼ほど「吠えられない」犬を作ったのは、その方法では無いだろう。なにせ、あまりにも弱すぎる。


「異世界に来て早二ヶ月だけど、今日やっと本物見たわ」

「そ、そうなの? 学校で飼育もされてるくらいだし、珍しく無いと思っていたけれど」

「鶏扱いか~~~」


 ソラがからんからんと喧しくベルを鳴らしながら頷いた。


 今日のサプリングデイは、いつにも増して活気がある。なぜなら今日は春の月(サプル)の中でも春が本格的に始まるとされる祝日だからだ。街の名前が示す通り、この街はダンジョン所有区であること以上に、“春の都”としても全国に知られている。


 本格的に、といっても近頃は既に暖かい日は多かった。しかし、せっかくの祝日という騒ぎ時稼ぎ時を逃すわけもない。ギルドも面している表通りは、満開の花畑のように至る所に春を象徴する花が飾られ、鮮やかに花弁が降り注いでいる。


 当然の如くメインストリート沿いには出店が立ち並んでいた。軽食や記念品を捌く売り手以上に、買い手の笑顔が眩しい。そんな祭り騒ぎを楽しむ人々がひしめき合うメインストリートの一角に、ソラが店番を任されている出店があった。


 今朝創造神に叱られたにも関わらず、ソラは今日も懲りずにギルドから依頼を受けていた。依頼といっても、彼には薬草採取で毒草を食べた前科があるので、ヨルから危険が伴う可能性がある依頼の受理禁止令を出された。だから、出店の番という派手さの欠片も無い依頼を受けている。フェルムはそのお守りとして駆り出された。


 なぜそんなにも執拗に依頼を受けるのかと問えば、「お金」と当たり前すぎる答えが返ってきたことがある。金が必要な理由が知りたかったが、フェルムはその時点で面倒になって質問をやめた。


 ソラは客足が収まったのを見てベルを会計台の上に置き、台の横に隣接して設営された低い柵の中へ手を突っ込んだ。たちまち、小さな獣たちがキャンキャンと鳴きながら、ソラの元へ群がり、その手へじゃれつき始める。


「チワワじゃん。狼じゃ無いよ、これ」

「い、いや、これが狼なんだよ……」

「ええ、紛れもなく」


 隣の創造神――キャラまでもが、うんうんと頷いてフェルムの言葉を肯定した。居心地が悪く、フェルムは意味もなく襟を直しながら、目下の獣たち――狼を見下ろす。


 初めて狼を見る子供の大半が、自分の膝下ほどの大きさのこれを赤ん坊の狼だと思うが、驚くべきことにこれで成体なのだ。それを知って、なるほどこれがこの世界の最弱種かと納得し、弱いことを理由に引っ込み思案だったり頭の足りない友達だったりを「狼みたいだ」とからかい、上級生になるうちにそのノリは飽きられて消滅していく。そうやって、生活の中で「狼は何よりも下の存在」だという認識を刷り込まれて大人になっていく。


 可哀想だとは思うが、見下されても仕方ない生態をしている狼には当然のことだとも思えた。

 

 言わずもがな、体はいい食事をさせても大きくならず。寿命は妙に長いが、繁殖力も特に高くないくせに、身体能力は高くなく。魔力も持たず。闘争本能が強いくせに、知能は全種族の中で最低の平均値を誇り、勝てない相手にキャンキャン鳴きながら獰猛に突っ込んでいっては、返り討ちにあって情けなく悲鳴を上げるか、捕食されている。しかし、その肉はまずい。


 肉食のくせに何を食って生き延びてきたのだと言わんばかりに弱い。ただただひたすらに弱い。フェルムはテイマーとして魔獣の勉強を開始した当初、この狼と狼の魔物がどうして現代まで絶滅を回避してきたのか不思議で仕方なかった。


 しかし、その理由は明白だった。狼たちはスクールや魔物の研究機関等で、人の手によって家畜化され、危険がなく扱いやすい対象として生かされていた。野生で生きるものも、たまたま狼以外の魔物がいない場所を生息地としていた個体が生き延びただけだった。


「俺ん世界では狼っつったらめためた怖くてかっこいい存在なんだけどな~」

「信じられない」

「マジレスしないでフェルム」


 ソラは寄ってきた狼たちをわしゃわしゃと手当たり次第に撫でている。


 少し奥を見ると、ウィウィが柵の中で狼たちとケラケラと笑いながら戯れていた。あまりにも狼の数が多いので、ブンブン振られる尻尾らにあっぷあっぷと溺れているようにも見える。狼同士で相性がいいのだろうか。


 「わんこたちが言ってること翻訳できないかな。おんなじ狼だし。スマホさーん、久々に出番ですよ〜」

『対象の知能が言語化に必要な基準値に達していないため、現時点では不可能』

「おおう……」


 見ると、キャラが微笑ましい表情で二人の様子を見守っていた。それを見なかったことにして、フェルムは出店の外へ視線を移す。人混みの中から、こちらの方向に歩いてくる人間が見えた。視線もこの出店に向いている。


 慌てて客が来る、とソラに伝えようとしたが、それよりも早く「ソラ!」と喧騒の中でもよく通る軽快な大声が飛んできた。キャラが顔を見られぬよう、ローブのフードを深く被り直している。


「あ、ベルセルク剣のおっさん」


 ソラが顔を上げ、満面の笑みを作った。歩み寄ってきた髭面で体格のいい男は、浅黒い肌をした肘をどかっと会計代に乗せ、腕だけで台上を占領した。ソラの言う通り、彼は剣を背中に携えていた。彼の身長よりも大きな大剣は鉄塊ではないのかと一瞬見紛う。ソラが言ったベルなんとかとは、どういう意味かはわからない。


「今日の依頼はこれか。聞いたぞ、薬草採取でぶっ倒れたんだってなあ!」

「毒見のつもりだったんだよ~~~」

「ははは! オレはそういう、狼のくせに根性と悪運があるところが好きなんだ」

「俺もおっさんのガッツあるところ好き~~~」


 軽い調子でソラと会話を交わす髭面の彼には見覚えがあった。笑顔であるせいで思い出すのが遅れたが、サプリングデイのダンジョン探索で生計を立てている有名な冒険者だった。残虐に魔物を倒す姿がダークヒーロー的人気を集めている。そんな名知れ人がソラと知り合いだったのは、フェルムには初耳だった。


 髭面は視線を横に移し、これまた大きく笑った。


「おい、狼男が狼を売っているのか! 傑作だな!」

「そーだよん」


 柵の中の狼たちは、研究所等で繁殖させすぎたものを、一般向け愛玩動物として売りに出された個体たちだ。ソラはその出店の店番を引き受けていた。あまりにも酷い扱いだとフェルムは内心憤るが、他の魔物の生き餌として処分されるよりはまだ救いがある気がした。


「里親になってよおっさん、こいつら可愛いでしょ~~~?」

「従魔にするには弱いし、肉はまずいって話だしなあ」

「食うなや」

「あ、髭のおじさ!」

「おお、ウィウィ子お! いたのか!」


 会話を聞きつけ、ウィウィが狼の群れの中から立ち上がった。髭面がまた顔を綻ばせた。ダークヒーロー像が完全に面影をなくしている。


「柵の中にいるってことは、お前も買えるのかあ! じゃあ、ウィウィ子を引き取ろう」

「違うも~ん! ウィウィは俺んパーティだし~~~!」

「値札はどこだあ? 金貨百枚くらい簡単に出せちゃうぞ!」

「わ、わ。ウィウィ、おじさんのパーティになっちゃう、ソラあ!」

「だめだめだめだめ~~~ウィウィ売り切れ、売り切れ!!」


 髭面は笑いながらソラとウィウィの頭を豪快に撫で回した。まるで気のいい親戚のおじさんに揶揄われる子供たちを見ているような微笑しい光景だった。


 フェルムはてっきり、ソラたちは狼族ということで下に見られて、街中で肩身の狭い思いをしているのではないかと思っていた。実際、彼らをヨルたちで連れてきた当初は、周囲にそんな雰囲気があった。ギルドに行けば、勇者の腰巾着と笑われていたフェルム以上に、笑いのタネや、勇者に近づいたという妬みの対象になっていた。


 しかし、明らかに周囲の雰囲気は変わっていた。彼らは、依頼のために頻繁にギルドに通っていたため、知り合いが増え、それに伴いソラの裏表の無いひととなりに大勢が絆されたのだろうと、フェルムは思う。確かにソラの“あれ”はかなり厄介だ。ストイックに修行と仕事一本だった勇者を堕としたくらいだから。


 からんからんと喧しく鳴るベルの音で、フェルムは我に返った。


 ソラとウィウィが「まいどあり~」と言いながら手を振っている。見れば、髭面が右脇と左脇に二匹ずつ狼を抱えて遠ざかっていくところだった。


「ひ、引き取ってくれたの、あの人?」

「おう、拠点の中で放し飼いにするんだって~」

「……すげえ」


 商売上手だね、と褒める前に感嘆がフェルムの口から漏れた。


「随分と人間さん方とも仲が良いんですね。異世界に来て二ヶ月であんなに打ち解けられるなんて!」


 静かにことの成り行きを見守っていたキャラが、嬉しそうに声を上げた。確かに、それほどの短期間で、フェルムが知らない間にこんなに仲良くなれるのは、才能なのではないだろうか。


「まあね。あん人と会ったの今日で二回目だけど。あ、また名前聞くの忘れた」

「すげえ」

「フェルムがすげえbotになっちゃった」


 既にこの街では、ソラとウィウィの仲の良さまで知れ渡っているようだった。



「ソラ! 来週新しい本入荷するんだ。また勇者ものだぞ」


「ウィウィ、今日もにいちゃんにくっついて回ってるのか!」


「この間のお前のマッサージ最高だったよ! またよろしく!」


「メロンパンの試作品できてるぞ~、今度食いに来いよ」


 その後も、ソラは何度も通りかかる住民から声をかけられていた。もれなく、全員が狼かまたはついでで販売していた土産の品のサプリくんまんじゅうを購入して去っていった。随分と好かれている。ソラにだけでなく、時々商店街で見かける面々がフェルムに声をかけることもあった。


 今までの勇者パーティーは、魔王探しのために慌ただしく街から街へ移っていたため、顔見知りが増えることはほとんどなかった。人付き合いが苦手なフェルムにまで知り合いが増えるほどに長居をしているのだと、しみじみと実感する。


「……元の世界に置いていかれたソラの友達は、寂しいだろうね」


 なんとなくフェルムがそう呟くと、にこやかにベルを鳴らしていたソラは動きを止めた。


 キャラが顔を上げ、ほうと息を吐いた。ウィウィが興味津々な様子を隠すように、耳だけを動かしている。


「元の世界。確かに興味深いです。あちらでは、あなたの扱いがどうなっているのか分かりませんが、もし失踪扱いにでもなっていたら、ご家族は心配しているでしょうね」

「ソラのかぞく! ソラはきょーだいいた!?」

「あ~~~~~……」


 ソラは考え込むように喉の奥を鳴らした。言い淀んでいるようにも見える。


「俺っちは一人っ子で~す。友達も、別に多かないよ~~~。同級生に二、三人くらい」


 本当か? とマジマジと彼の顔を見てしまう。ウィウィをまるで大事な家族や妹のように扱う姿は一人っ子には見えないし、友達が少ないような性格にも見えない。

 

「ひとりっこ!? 少ないねぇ」

「ウィウィっちゃんは何人兄弟?」

「ろくにんしまい」

「多いな。しかも姉妹か、羨ましい」


 こういう会話をしていないと、ソラが異世界人であることを忘れそうになる。異なる世界に放り込まれたにしては、あまりにもソラの順応性が高く、狼族であるというハンディキャップを背負わされているにも関わらず街に溶け込んでいた。


「ず、ずっと聞きそびれていたけれど、ソラはいつこの世界に来たの?」

「んあ、ダンジョンあったでしょ、サルギナダンジョンだっけ。気がついたらあそこの最下層にいたんだよね。そうだよね? ゆー……じゃなかった、キャラ?」

「そんな始まりでしたね……あの頃はワタシだって何が何だか。邪神はあんな危険な場所にソラを置いてどういうつもりだったのでしょう」


 キャラはこめかみに手を当ててた。まるで当時の記憶に苦い味があるように顔を顰める。しかし、ウィウィを見とめると途端に微笑んだ。


「そういえば、あの時はあなたにも助けてもらいました」

「ん、うぃうぃに?」

「はい、随分危険なことをさせてしまいましたが、おかげで彼のスキルを引き出す時間を稼げました」

「ああ、俺ってあれで逃げてる間にスキル獲得してたんだ」

「なんか、ウィウィしたっけ?」

「声が聞こえたっていってなかった? それで、ミミックの姿で俺のこと助けてくれたじゃない」


 ソラに指摘され、ウィウィは「ああ!」と声を上げてキャラを指さした。


「声がいっしょ! あの時のひと、キャラだったの!?」

「ええ」

「なんでウィウィの名前知ってたの!?」

「……わたしは、創造神ですからね」


 そう言ったキャラの表情に自信はなく、むしろ後ろめたいことを隠しているような自虐が混ざっていた。


「……ねえ、神様ならさ。俺の元の世界とか見られない?」

「今はちょっと……気になるんですか?」

「今ふと思い出したんだけど、というか、覚えてないことを思い出したんだけど」


 妙な言い回しをしたソラは、手に持っていたベルを頭に当てた。詰まっているものを取り出そうとするような動作で、トントンと頭を叩く。


「俺、この世界に来る直前に何してたか、全く覚えてないんだよね」

「お、覚えていないの? どれくらいの期間?」

「ん、はっきりしないけど、最後の記憶ではあっちは四月頃だったんだよな……元の世界の様子でもなんでもわかれば、思い出せそうな気が……というか、近々なんかでっかいイベントがあったような気がしてさ。スマホのスケジュール帳見ても、今年以降の予定が全部消えてたから、一層わけわかんなくてさ」


 独り言のように状況を話したソラは、「ライブの日過ぎてたらもったいね~」と唇を尖らせる。


 フェルムは生唾を飲み込んだ。今まで深く考えてこなかった。しかし、ここに来て色濃くその可能性が浮かび上がる。


 メインストリートの喧騒が遠ざかって聞こえるような、目眩を覚える。


「そ、そ……ソラは、元の世界に帰りたいの……?」

「えっ」


 ウィウィが眉を八の字にして声を漏らした。


 聞いてしまった、聞かなきゃよかったとフェルムは後悔する。聞いてどうするのだと、心の中の別の自分がフェルムを責め立てる。


 元の世界を、元の世界の時間の流れを気にするということは、帰るつもりがあるからという理由があるに他ならない。その証拠に、ソラは否定もせずに目を見開いていた。


「まあ、帰りたいというか……帰んなきゃこの世界がやばいのよ」


 自分の意思を曖昧にして、ソラはキャラ――創造神の顔色を伺った。彼女は、神妙な顔で頷いた。その話は既にだいぶ前に聞かされていた。


 ソラの魂はこの世界の転生システム(輪廻の輪)に従属しているこの世の魂とは、全く規格が違う。もしソラが死亡し、その魂が天に昇って輪廻の輪に触れてしまえば即座に輪は故障、破壊され、二度と転生は行えなくなる。下界に新しい生命が生まれることはなくなり、世界は緩やかに滅亡の一途を辿る。


 死ななければいいという話ではない。そもそもソラはフェルムが知るだけでも、五、六回は死にかけている。というか三回は実際に死んでいた。狼族であるというハンデ以上に、この問題はソラと相性が悪すぎる。


 わかっているならもう少し慎ましく生きられないのかと、この間ヨルに説教を食らっていた。


「ソラ……かっ、帰っちゃうの?」


 ウィウィの涙声が上がる。ソラがはっとして目を見開いた。


「うっ……」

「ちょ、ちがっ……」


 大粒の涙を溜め、嗚咽を始めたウィウィを見たソラは明らかに動揺した。慌ててウィウィに向き直り、自分の服の袖で彼女の涙を拭った。


「バカ! お、俺がお前を置いていくわけないだろ? な? な!?」

「そらすぐしぬじゃんかぁ~!!」

「我が名は狼男すぐ死ぬですんません!! もう死にません!」

「うそだぁ~~~!」

「嘘じゃねえよ。俺お前のこと大好きなんだよ!? 知ってるでしょ!?」

「ゔあ~~~~~~!」


 ウィウィの嗚咽はヒートアップして号泣にシフトチェンジしていたが、言葉とは裏腹にソラへの信頼は崩れていないのがわかった。本当に家族ではないのだろうかという疑問が湧いてくるほど、互いに心を許している。


 ウィウィの鳴き声に集まってきた通行人がやれやれと微笑ましい視線を送ってきた。キャラが深刻な顔をして通りに背を向ける。


 フェルムはその仲睦まじい光景を見ながら、ソラをこの世界に留め、なおかつ、ウィウィから心を離すためにはどうすればいいのだろうかとぼんやり考えていた。



 

ソラ:最もウィウィのことを考えている狼男。

フェルム・アナプルナ:最もヨルのことを考えている従者。

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