小噺3.パパラッチハント
68話と69話の間に起こっていた勇者くんの苦労話。
二章ラストの内容を踏まえているので、ネタバレ注意。
パシャリと、音がした。
ヨルは振り向き、刀に手を構えたが、背後には何もいない。周囲に無数に生える木々の中でぽつぽつと成る赤い実が揺れるのが目につくだけだ。警戒を解かないまま、刀から手を離し、再び森林の中を駆け出した。
ヨルはスキート主催カジノパーティーが大惨事の中終了してから、事態の収集のために東西を走り回っていた。
東では勇者を嫌う騎士団に今回の協力を感謝して頭を下げ、西では湖と化した旧キルト製薬協会跡地でアステラの残党の怪我人及び幸せそうな顔の死体を回収して、東に戻って被害を王都に報告して……と、かなりのハードスケジュールを連日こなしている。
ソラは腹が塞がったかと思えば教会に女神の加護を受けた狼として展示されるのは流石に予想できなかった。しかし抗議する間もなく王都から命を受けたものだから、逆らうわけにもいかず。四の五を言う前にそれら全てをこなしてやれば誰も文句は言わないだろうということで、ヨルはひたすら足を回していた。
しかし、その東西を移動する道中、ヨルはずっと違和感を覚えていた。なにせ、走っている間、戦っている間、全てどこかの瞬間で視線を感じるのだ。
勇者という身の上である以上、注目の的になることは痛いほどに理解している。しかし、勇者の早さに追いついてくる視線というのはかなり気味が悪い。しかし、“危機感知”スキルが発動しないということは、視線の主が本当にいるとしてもヨルに対して敵意はないはずだ。念の為一度“霊感”スキルを活用してゴーストに取り憑かれでもしていないかと確かめてみたが、それも違った。
ヨルはしばらくの間気持ち悪い視線の正体に思いを馳せていたが、正面に王都の城壁が迫っているのが見え、緩やかに走る速度を落とし始めた。
・ ・ ・ ・ ・
「以上が旧キルト製薬協会跡地付近の状況報告です」
王城内部の会議室でそう言った時には、数名の大臣はなんとも言えない顔で各々が頷くだけだった。以前の様に泡を吹いて卒倒してもおかしくはないと思っていたが、今回はだいぶ冷静だ。前回で慣れたのだろうかとも思っていたが、どうやら違うらしい。
「人攫い組織の真実を暴き、その主な主犯の逮捕に協力した。その上大陸の危機も救った……大変な功績だ、勇者よ」
勇者呼びじゃなく名前を呼んで褒めろ、とヨルはささやかな文句を内心で吐く。
しかし実際のところ、ヨルが直接したのはアーデの確保だけだ。人攫いがアステラである情報を掴んだのはソラとアノネの潜入の成果であるし、毒雲の阻止はアノネがいなければ成し得なかったことだ。
そんな実態も知らず、大臣たちは互いに顔を見合わせてため息を繰り返している。確かに今回のことはやりすぎたとは思っているが、そこまでの問題はないはずだ。今回の爆発では一般人の被害者は出なかったことが確認できたし、死傷者が出てもアステラ教徒のみ。残酷だが利益しか出ていないはずだ。
長い間沈黙を保っていた大臣の一人が、躊躇いながら口を開いた。
「して……このことを誰かに口外したか?」
「いえ、関係者にしか……彼らにも口止めは一応しましたし」
アノネがキルトの名とともに世間に広まると彼女への批判につながることは明白だった。それを含めて今回の一件のことはヨルのパーティ以外だと、強力を仰いだ騎士団関係者くらいしか知らないはずだ。
「ではなぜ今日の新聞に今回の一件が事細かに載っているのか……」
「は?」
「心当たりはないかね」
そう言って会議机の上を滑らせて差し出されたのは一部の新聞だった。手に取ろうとする前に、新聞の一面を飾る文字が目に入り、一瞬固まってしまう。躊躇いながらそれを取り上げ、広げて記事を読んだ。
『勇者、アステラの陰謀を食い止め、大陸を救う。』
大文字の見出しに続く内容には、まだ公表されていないはずの情報が盛り沢山で載っていた。今さっきヨルが報告したばかりの西の爆心地現地の様子や、先日のスキート主催カジノパーティーにてキルト夫妻を逮捕する算段だったことなどの情報が漏洩していることが確認できる。
そもそも、今回の一件にアステラが関与していることすら、国民の混乱を招かぬように慎重に公開される予定だったというのに。
「これは明日の朝販売されるものの内容だ。本来今日の予定だったが、なんとか明日の号外に回すよう遅らせた」
「……揉み消しはできないんでしょうか」
「すでに創造神様の降臨の光は国民のほとんどに目撃され、噂が広まっています……この新聞一枚を止めたところで情報の漏洩は抑えられんでしょう」
「ではワタシに一体何をしろと……」
「いや、いずれ公表することだ。問題はないことはないのだが、あまりにも情報が正確すぎるのが気になりまして……本当にどうしますかね、これ」
「新聞社に問い合わせても、情報源は匿名のタレコミとしか言わんかったしな……」
「とにかく今日か明日までに今回の一件の正確な情報を公表する場を設けんと、政府の信用が落ちる可能性が……」
「では会見の準備を……――」
あまりの心労からか、ヨルの存在も忘れて大臣たちは会議を始めた。この場でやることは終えたヨルはそそくさと会議室を後にした。差し出された一部の新聞を持って。
王城を出て、試しに人混みの多い大通りに出てみたが、予想通りいつもの執拗な視線を感じる。ヨルは久しぶりに悪以外への怒りを感じていた。
民衆がヨルの存在に気がつく前に、ヨルは駆け出した。
普段は衝突を恐れて人混みでは速度を出さないが、“集中”スキルによって思考速度を引き上げることで、器用に人と人との間を複雑に縫い、一気に城壁の外へ飛び出す。門番が発生した突風に目を白黒させる様子を見届けることなく、ヨルはそのまま走り続けた。
サプリングデイ付近の田園風景が目立ち始めた畦道まで来た時、ヨルは足を地面に突き刺し、その場で突然停止した。腕を振り上げ、真横に伸ばす。すると、その腕に何かが衝突して苦しげなうめき声を上げた。
その一瞬で、その声の主を見ようとしたが、人間。少なくとも人型の何かだということしかわからない。なぜなら“それ”が、再び風よりも早い速度で飛び退いたからだ。
ヨルはそれを逃さない。相手が距離を置こうとするならこちらから距離を詰め、それでも逃げようとする兆しが見えたので刀を抜刀した。
それは田の水面を走り抜けようとしていた。スキル“天変地異”を発動させ、刀を正確に投げつける。それは刀を簡単に回避し、田園を走り抜けようとしたが、刀が田に張られた水に突き刺さる方がわずかに早かった。
瞬間的に田んぼの水が凍結し、そこに足を踏み入れていたそれは足を取られて転倒。仰向けに倒れて水に塗れたところをさらに水が凍って動きを拘束した。
「あぁッ!!」
「下手に動くと皮膚が剥がれるぞ」
「ひぃ! すみませんすみませぇぇん!!」
ようやく動きを止めたそれに警告しながら歩み寄ると、飛び散った水が時を止めたかの如くにそのままの形で凍っていた。スキルで“刀で突き刺す物理攻撃”に氷魔法を付与したからだ。氷魔法をそのまま放っても良かったのだが、刀を投げた方が確実に速いので投げた。
ようやく視認できる様になった“それ”は、やはり幽霊などではなくただの人間だった。かろうじて凍った水面から出た顔立ちから、まだ年端も行かない少年だということがわかる。先ほどまで頭に乗っていたであろうハンチング帽が近くに落ちており、埋まりかけの胴体には、何か小さな魔道具らしき物が紐で下げられていた。
「でッ、出来心でぇ! 日銭を稼がないとやって行けなくて!」
殺意を持って確保に乗り切ったものの、思いのほか脅威を感じない彼の見た目に、ヨルは扱いに困った。アステラなどのわかりやすい敵対組織の差し向けたものであれば、容赦無く拷問にかけても良かった。しかし、どうみても一般人だった。荒いことはできない。
ヨルはため息をつき、地面に突き刺した刀を引き抜いた。
「お前が新聞社にアステラの情報を売ったのか」
「すみませんすみません!」
「謝罪など求めていない」
「はいぃぃぃッ! そうですその通りです、勇者様!」
勇者としてはいつも猫をかぶっているため、ここまで市民に怖がられるのは初めてだった。いまさら優男振る必要性も感じず、笑顔も浮かべずにヨルはさらに少年に向かって詰め寄った。
「今までの高速移動はお前のスキルか何かか」
「そ、そうです。“電光石火”って言って……」
「冒険者登録は。ネームタグを見せろ。そちらの方が早い」
「ぽ、ポケットの中にありますぅうう」
「……今から氷を解除するが、もし逃げたら……」
「逃げません逃げません!!」
顔に張り付く氷も気にせず顔を横に振る少年から目を離さぬ様にしつつ、ヨルは仕方なく魔法を解除した。氷が水に戻っても、言葉通り彼が逃げ出す様子はなく、しおらしい態度で自ら泥で濡れたネームタグを差し出してきた。
それを受け取り、冒険者としての彼の情報を見ていく。少年の名がセッコであることを確認し、続いてスキルの欄を見る。そこには言葉通り“電光石火”と、それを補助するであろういくつかの身体スキルが列挙されていた。スキル名の上をなぞれば、そのスキルの簡単な解説が細かな文字で浮かび上がってくる。
“電光石火”とは、その名の通り普通では視認できないほど高速で空間を移動できるスキルだそうだ。移動の際には普通とは違い、風を起こさず無音で移動できるため、通常の高速移動よりも遥かに気がつかれにくい。しかし、流石に勇者の危険察知能力と速さには叶わなかったということだ。
ヨルはため息をつき、タグを少年セッコへ返却した。
「いつから尾けていたんだ?」
「う、えっと……創造神様の降臨の光を見て、駆けつけたので」
あれのせいか、とヨルはさらに額に手を当ててため息をついた。
創造神の降臨は遠方からでもその光が目撃されたという。この少年の足の速さなら、誰よりも早く駆けつけることができただろう。そこで勇者と、その場で起こっていた惨事を目撃し、これ幸いとそのままヨルたちの後をつけて情報を集め、新聞社に売り飛ばしたのだろう。当事者のそばにずっといたのだから、あの新聞の情報の正確さにも納得がいった。
ヨルがため息を吐くたびに、セッコはいつ切り捨てられるかとビクビク肩を震わせた。
勇者という存在がネタの宝庫であることは、これまで記者に追いかけられた経験がないわけがないので痛感していたが、今回は記者側が持つ能力がマッチしすぎていた。今までは有る事無い事を書かれようが気にしていなかったが、今回ばかりは話が違う。
マジックバックに手を伸ばそうとして、体を捻る。すると、すぐそばの畦道でこちらを見る人間が一人立っていることに気がついた。抜刀しかけたが、その人物の顔に見覚えがあることを思い出し、ツカに触れた手を離した。
「……ドノクラテス?」
「やはり勇者様でしたか」
その人間は、およそ一年ほど前にたった一度顔を合わせただけの、アノネの兄であった。驚いたように口を丸めていたが、表情にはあまり出ていない。
ヨルは彼の目線が自身の顔ではなく、足元に向けられていることに気がつき、自分の足元を見下ろした。そこでようやく、自分と少年が田んぼの中で、靴を泥で汚して会話をしていたことを思い出した。
ひとまず少年を引っぱって田んぼから畦道へ上がり、涼しい顔で魔法を使って泥を除去した。その間に、事の経緯を互いに報告し合う。
ドノは協会本部の爆発から命からがら逃れることができていた。しかし、騎士団などに被害を訴えることもせず、面倒な事柄から逃げるためにこのまま北上して姿をくらます道すがらだったそうだ。サプリングデイには寄らないつもりだったとその口は言うが、西から北東へいくならもっと簡単な道がある。結局のところ妹が心配でここで立ち往生していたのではないかとヨルは勝手に思う。
ヨルの方も、今までにあったことと、少年のことを説明した。
「なるほど、そういうことだったのですか。ただならない雰囲気でしたので、てっきり勇者様が農家の少年に恐喝でもしているのかと」
「…………」
勇者兼貴族のヨルに向かって恐れもせずに失礼なことを吐くのは、兄弟そっくりだと改めて思った。そう思われても仕方ない詰め方をしたのが悪いので、ヨルはそれを咎めることはしない。
ドノにも一瞥されたセッコは、置かれた状況がよくわからずにまだビクビクとしている。
「厄介なファンに好かれたものですね。情報だけでなく、写真まで撮られているのではないですか。カメラを持っていますし」
「……かめら?」
ヨルは聞き慣れない単語に首を傾げた。しかし、セッコの方は身に覚えがある様で、さらに身の震えを激しくした。
要領を得ないヨルのために、ドノはセッコが首から下げている紐の先端に結ばれた機械を指さした。
「これですよ、インスタントカメラ。最大の大陸で発展していた“科学”の産物です。あちらの大陸は滅んでいますが、過去に輸入されたものがたまに希少な品として市場に出回るんですよね。一介の平民が持っているのは少し驚きです」
無表情だったドノが少し饒舌になって、心なしか目を輝かせていた。よし、と声さえかければ躾けられた犬の様にカメラに飛び付きそうだ。それを危惧してか、セッコはだらだらと汗を流してそのカメラを体の後ろに回して見られないようにしている。
直感的にセッコ少年がまだ何か隠し事をしていることを悟り、ヨルは有無を言わさずそのカメラをむしり取った。途端に黙りこくっていたセッコが、わっと泣き出す。
「ひい! すみませんすみません! 撮った写真は燃やしますから! うちの家宝なんですそれ、勝手に持ち出してるところなので返してくださいいいい!!」
「その写真とやらはなんだ。出せ」
「ひいいいい!」
「オレもぜひ一見したいです」
勇者らしからぬ恐喝を実際に見ても、ドノは止めることもせずむしろワクワクした目をしてヨルを唆した。
平謝りしながらセッコがパンパンに詰まったポケットから差し出してきたのは、無数の十センチ四方程度の紙の様なものだった。しかし、その表面には独特の光沢があり、それぞれに違う絵が――見た空間を切り取ったのかと思うほど精密すぎる絵が描かれいていた。
しかも、その絵のほとんどがヨルの横顔、後ろ姿、戦う勇姿などだ。まるで自分の小さな分身が増えた様な気がして、ヨルは薄気味悪くなる。
そういえば、とヨルはソラのことを思い出した。彼はことあるごとに「写真撮っとくか〜」といっては自分のスマホの表面をたくさんの物、時にはヨルやフェルムなどの人物に向けていた。それも後に現実を切り取った様な絵を画面に表示させていた。映像記録用の魔道具だと思っていたので、当時はそれほど驚かなかったが、おそらくこれと似た様なものだったのだろう。
「過去に大学で見た資料のモノクロ写真よりもずっと鮮やかですね。随分と格好良く撮られていますし、本物と見分けがつくかどうか」
「やめろ」
ドノは、一枚の写真を取り上げてヨルの顔の横に並べた。それを無視して、ヨルはその大量の写真を地面のど真ん中で広げ、より分ける。
ほとんどがヨル単体で写っている写真ばかりだったが、時にはアノネや協会で展示されているソラ、爆発した協会跡地の惨状、挙げ句の果てには創造神降臨の瞬間を捉えたものまであった。
「この写真は新聞社には売らなかったのか」
「う、い、いや……に、二、三枚……ほど……」
「どんな写真だ」
「勇者様の写真と、あと創造神様と勇者様の仲間の皆さんが写っている画角のものとか……」
セッコの言葉の後半はモゴモゴと口の中で反響し尻切れ蜻蛉となった。今更になって自分がまずいことをしていると言う自覚が湧いてきた様子だ。叱りつけてもいないのにさらに泣きそうになっている。
今日出る予定だった新聞に売りつけられた写真は載っていなかった。大方ここまで精密な絵を印刷する技術がないため、今頃試行錯誤で奮闘しているだろう。創造神降臨とその姿という特大のネタを逃すはずがない。早ければマスコミ根性の熱意で、明日には模写か何かを完成させ、新聞の一面がすり替えられるかもしれない。
創造神が一面を飾ることは特に問題はない。この国では特に偶像崇拝も禁止されていないし、見たくないものは自己判断で見ないだろう。問題はアノネの顔が全国紙に載ることの方だ。
それに合わせて、内容にも問題がある。ヨルは先ほど取り出し損ねた新聞をマジックバックから取り出した。
少年は見たまま聞いたままを新聞社に話したのだろう。記事には出てくる人物全員実名が載っていた。もちろんアノネも、アノネ・キルトとして載っている。プライバシーの配慮などこの世界にはない。身内しか知らないはずの勇者コハクトの“ヨル”という名前まで情報垂れ流しだ。最悪の記事だ。
王国側もこの記事を見て。この問題点に気がつかないというのはいかがなものかと思う。報道に関するプライバシーの配慮の法をもう少し整備してほしい。
「アノネは地元では多少有名でしたし、顔が知れ渡るとなると面倒なことになりそうですね」
「キルト製薬協会がアステラだったことは、すぐに知られるだろう。もしアノネの顔と名前がセットでそれと結びつくと、最悪だ」
保護した以上、最後まで守らなければならない。ヨルが座り込んだままドノを見上げると、ドノもまた目を合わせ、頷いた。
そうしてその場で始まった作戦会議は、オロオロと手持ち無沙汰になったセッコ少年を置いて進行していった。
・ ・ ・ ・ ・
翌日の朝、ヨルがフェルムとともに宿屋を出ると――実際には出られなかったのだが――そこには大量の人混みが勇者コハクトを求めて押し寄せてきていた。
覚悟はできていたが、吐き気を催しながらその民衆に笑顔を振り撒き、なんとかギルドまでたどり着いた。案の定その入り口前では新聞社が笑顔で号外をばらまいており、その一部をヨルも受け取って待合室まで行く。
フェルムをチップの換金に行かせて、待合室の中でも人気が少ない場所に位置するソファに腰を下ろした。
新聞を広げる直前、脊髄反射で何もない空間に手を出した。そして思い切り何かを掴む動作をすると、本当に何かを掴み取ってしまう。
「うぎゅっ」
「…………ああ、お前か」
自分が何を掴んだのか目を向け、それがようやくセッコ少年だということに気がついた。無意識に掴んだが、ヨルの手は正確にセッコの首を掴み上げていた。すぐに開放してやったが、まさか攻撃されるとは思っていなかったであろうセッコは、信じられない顔で咳き込んでいる。
「ひ、ひどいですよ勇者様。ちゃんと言った通りにしたのに……」
「悪い、刺客かと思った。頼んだことに関しては良くやってくれたな」
あっさりした謝罪しかなかったにも関わらず、セッコはその褒めの一言でその顔に笑顔を浮かべた。
今度こそ新聞を広げる。その一面のどこにもセッコ少年撮影の写真は載っていない。内容も王都が止めていた新聞の内容ではなくなっている。
「回収してきたものを」
「あ……はい、これです」
セッコは肩から下げていたカバンから、三枚の写真とその丸められた紙を取り出し、ヨルへ手渡した。丸められた紙の方を広げると、そこには降臨した創造神を取り囲むヨルたちの写真の模写が描かれていた。かなり精密な出来で、八割ほど出来上がっている。そのほかにも取材のメモ等細かい書類と、完成しかけの新聞の版までもが次々と彼のバックから出てきた。
ドノと話し合い、セッコにはまず再び新聞社に行き、売った情報全てを回収してくるように言った。気がつかれない高速移動はそれを簡単に実現させた。これで独占して特大のネタを持っていた新聞社は、新聞の二面ほどを丸々空にすることになり、大混乱に陥っていた。
それでも流石に記事のネタにはしてくるだろうということで、最後の手段にスキートに新聞社に行ってもらい、「当事者の話」という特大のネタを叩き込んでやった。これで紙面を殱滅した詫びくらいにはなっただろう。
スキートには個人の名を出さないように頼み込ませ、できるだけ詳しいことは書かせないよう誤魔化せと言ったので、写真も無くなった今なら、報道されて困る情報は紙面からなくなったはずだ。
それでも、紙面を流し見する限りでも何故か「勇者の偉業」が全面に押し出されている気がするのはいただけない。
ちなみに、ドノは事情を説明しに行った際にスキートに気に入られたようだったので、適当にスキートの相手を押し付けてきた。忙殺されていたヨルたちのためにウィウィも預かってくれていたため、ともにギルドの接待用の部屋で待っているはずだ。のちに教会へ行ってソラを回収した後、アノネに会わせてやれば機嫌を直してくれるだろう。
散漫していた思考がまとまり、目の焦点が手元の写真に合った。創造神が写されているものだ。何度見ても、よくこんな場面を咄嗟にカメラに収めたな、と謎の感心をセッコに向けてしまう。
その感心をどう受けとったのか、セッコはソワソワと笑顔を浮かべてその写真を指さした。
「これ、宗教絵画くらい出来がいい写真じゃないですか? 模写になってもすごく神聖な感じで」
「ああ、そうだな。燃やすぞ」
「え……ぎ、ぎゃああ!!」
仕事の早い絵師の努力に内心謝罪しつつ、ヨルは刀のツカに触れて魔法を発動した。写真だけでなく、絵画や版はともに炎に包み込まれ、一瞬で灰になり、そばのテーブルの上に降り積もった。少年は悲鳴をあげてその灰の前に崩れ落ちる。
万が一にも、灰から修復されないために、バックから取り出した空き瓶に灰を回収した。
「ひ、ひどいです……オレの最初で最後の最高傑作の写真たちが……」
「仕方ないだろう。創造神だとか勇者だとかが写った最高の“絵”が万が一市場に出回ってみろ。高額取引が行われるだけならまだいいが、撮影者のお前に危害が及んだらどうする」
そう声をかけてやると、セッコは目を丸くして落としていた頭を上げた。「勇者様がオレのことを考えて……?」と呟き、すぐに笑顔を浮かべて勇者を拝み始める。
だんだんと察してきたが、ヨルの写真を死ぬほど撮影していたあたり、勇者の熱狂的なファンなのだろう。だからこんなことをしても本気で怒らないのだ。実際のところ、日銭よりも勇者のいうことを守る方が優先度が高いんじゃなかろうか。
今までにいたこういうファンは徹底的に避けていたため、厄介な印象が先行し、ヨルの性質と合わせて、素直に喜べない。
「あの、ちなみに他の写真って……百枚くらいあったと思うんですけど……」
「あれもほとんど処分したに決まってるだろ」
一縷の希望を踏み潰されつつも、セッコは理解していたように項垂れるだけだった。
ヨルはため息をつき、少年の肩から下げられたカメラに視線をやった。原因が彼自身だとはいえ、ここまで働かせておいて何の礼もないというのもひどい話だろう。それに、写真は複数人で撮るから思い出になるのだと、ソラが言っていた。
「『最初で最後の最高傑作』なんてその若さで決めていいのか。真っ当に使えば、お前の能力ならもっといい写真も撮れるし、日銭とは言わず一家の稼ぎ頭になれるだろう」
声をかけると、少年は驚いた顔を跳ね上げた。
「……一枚だけだ。それに、オレ単体の写真はだめだ。今後写真を売れないように、お前も映ればいい」
言い訳がましい条件をつらつらと並べる間に、少年の顔に笑顔が徐々に浮かんでいく。
ほとんど処分した、と言った中で燃やさなかった狼男の写真をこっそりと失敬した謝罪は、これで済ませばいい。
そういえばなんでそんなことしたんだろうか、と、ヨルは少年が横に並んでシャッターを押す間、疑問が浮かんでいた。
その疑問は、この後すぐにフェルムの言葉によって大体が解決することになる。




