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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
二章:狼的な幸運
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67.赦す者とは罰する者




 ◇異世界◇


 下手に動くとアステラではない参加者を跳ね飛ばす危険性を考慮し、人が群がる正面玄関を避け、ヨルは正反対の方へ駆けた。


 ヨルの目的地を察したスキートの管理者命令により、数体のディーラーが階段へつながる通路を塞ぐように立っていたアステラにタックルをかまし、邪魔になる人間獣人を全てどかした。


 開かれた道を進み、あっという間に廊下、階段を駆け上がったヨルは、突き当たった扉を体当たりで破り、外に出た。


「おえ……気持ちわる」

「耐えろ」

「ココドコ……?」


 ヨルの片腕の中でシェイク状態だった昊が耳を垂らして周囲を見回し、そこが会場であった建物の屋上であることを悟ると、再びピンっと耳を立てた。


 この会場は前回のスキート邸があった場所とは別のサウザリーフ内私有地であり、そこにあった廃れた劇場を大改装したものだ。音漏れも厭わぬよう、周囲には民家も他の建物もない。ただただ会場の周囲に広大な平原が広がり、その周りを森が囲っている。


 その眼下に見える平原は、今や激戦区となっていた。若い騎士の報告通り、森の奥から止めどなくアステラ教徒と思われる狂人たちが各々武器を振り回しながら会場へ進撃してくる。


 それに対抗しているのが、ヨルが外に待機させていた騎士団だ。女騎士団長など、見覚えのあるメンツが最前線で剣を振るっている。


 そんな中どう見ても後方でサポートするべき新人騎士がなんの躊躇いなく前線の戦闘に加わっている。それを見て、ヨルは口角を上げた。


「“仔獣奏(クインテット)”!“仔獣奏(クインテット)”ッ!“仔獣奏(クインテット)”ぉッ!」


 屋上の淵に立って地上を見下ろすと、正面入り口前に仁王立ちしたフェルムが鞭を構えてスキルを乱用していた。


 フェルムの声が聞こえる範囲にいた新人騎士は、たちまち目の中から自我の光を消し、上官から命令されていたであろう後方支援の仕事を放り出して前線へ突撃していく。


 加えて、会場の中から慌てて飛び出してきた非戦闘系参加者も、フェルムのスキルによって自我を奪われ、落ち着いて争いに巻き込まれない安全地帯へ避難していく。


 キルト夫妻がアステラである場合、パーティー会場という格好のテロの機会を逃さないだろうことは予測されていた。


 それが起こった際、騎士団がテロの司令塔だと考えるだろうキルト夫妻及びアノネの排除に強行しないよう、フェルムのスキルによって事の早急な沈静化を促すために、手に打っていた。


「きゃっ!?」

「ふぎっ」


 フェルムが役割を全うしていることを確認したヨルは、両脇に抱えていたソラとアノネを乱雑に解放した。


 文句言いたげな二人を無視して左手の人差し指と親指で輪を作り、西に向かって“遠見”のスキルを発動。距離と大気を無視して、視えた遥か数百キロ先に建つ協会本部が視てその周囲を観察する。


「やはり教会周囲に張られた魔法壁はまだ突破できてないぞ。魔導士も十分に集まっていない!」

「ヨルサン目ぇ良すぎん?」

「まずいな、十二時まであと三十分を切っているではないか!」


 階下のアステラを全て一掃し終えたスキートも、ヨルたちに追いついた。珍しく真剣な表情で自身の懐中時計を確認している。


「現地の魔道士をもっと集めるよう連絡できないのか? 天下のキルト家の術でも人が集まりさえすれば破れないというほどではないだろう?」

「いや、遠見で見たが不自然なほど魔導士の人数が足りていない! キルト夫妻がこれを見越して近隣の魔導士を遠くに追いやっていた可能性もある! それよりもオレが教会まで走っていって直接魔法壁を破壊しに行った方が……!」

「脳筋ムーブやめな!? アノネちゃんの実家って死ぬほど急いでもこっから半日はかかるんだよね!? 無理だよ途中でタイムオーバーする! それよりこっから魔法でもなんでも撃った方が早いんじゃねえ!?」

「勇者の弾速なら間に合う可能性も十分あるが、現実的ではないな。あまり遠距離へ魔法を撃つと目標がブレる上、確実に到達前に魔力が霧散してしまう」


 ヨル、ソラ、スキートと頭を突き合わせて意見を出し合う。しかし、距離と魔法壁を破壊できるだけのエネルギー不足の問題は解決しそうになかった。


 何しろメンツがかたや魔力ほぼ無しの最弱種、かたや脳筋勇者、さらには変態吸血鬼だ。明らかに知識と情報が不足していた。


 どん詰まりに来たと感じたヨルは顔を上げ、地面にへたり込んだままのアノネに目を向けた。首を垂れ、何も考えたくないというように目を瞑っている。


「アノネ・キルト!」


 ヨルは彼女の肩を掴み、無理矢理顔を上に向けさせた。その驚き顔が再び下を向かぬよう、彼女と目を合わせる。


「考えろと言ったはずだぞ! 魔法壁を突破するにはどうしたらいい!? もうお前くらいしか頼りにならない!」

「……頼り?」


 アノネは鼻で笑った。


「何度でも言います、ワタシは今回の一件の元凶ですよ。そんな人間を頼ると?」

「そんなことは――」

「というかそれ以前に、ワタシは本気で挑んだゲームで最弱種に負けるような、価値のないクズですから。どうせ低脳ですよ」


 アノネは途中から急に自虐的になり、絶望を通り越して笑っていた。


 くるりとソラの方を振り向いて、「一体アノネに何をしたんだ」と睨みつける。当の原因は両手を合わせてながら、無言で頭を下げていた。余計なことをしてくれたらしい。


「いい加減に悪ぶるのはやめろ。お前はそんな奴じゃないだろう」

「いいえ……ワタシは最初からこういう奴だったんです」


 アノネの表情が、自虐的から苦しげな雰囲気に変わる。


「愛してくれる人も利用してきた人間だったんです。最悪の副作用付きの魔法薬を生み出したんです。あなたたちに拾われて、変われると思ったんです。でも無駄でした」


 深い絶望が容易に伝わってきた。ヨルは歯を食いしばる。


「変われなかったんです。何をしようと、ワタシは許されるべきではないのに、どうして信じようとするのですか。どうやってそれを信じろというのですか」




 ◆現世◆



「昊は自殺じゃ、ない。自殺なんかしない」


 夜は頭を押さえ、ふらりと一歩踏み出した。その不気味さに旭は思わず後ずさる。


「本当にそうだよな? 違う……だろ?」


 さらに、夜は不安げに問いかけてくる。


 当時の旭は、昊が外へ飛び出す瞬間をはっきり見ていない。夜の質問には答えられないが、何度も受けた感覚だ。


「ああ……」


 簡単に察せた。


「あんたも昊の事故をワタシのせいにしてたの」

「いや……」

「違くないでしょ。そうだよ、全部自業自得だって。わかってる。もうわかってるんだって」


 嫌で嫌で仕方なくとも、変わりたいと思った時には周囲の人間からの評価は既に出来上がっていた。


 そんな評価をさせたのも、結局自分だ。


「本当に羨ましいよ、あんたの行動力と周りの目を気にしないメンタル」

「何……」

「友達なんかいなくても、あんたは平気なんだろうね。ワタシには、絶対無理だった。たとえ本当に友達じゃなくても」


 夜の目が大きく見開かれる。口を開け、何かを言おうとしていたが、何も聞きたくはなかった。首を振って涙を払った。


「そんなふうに変わりたかった。でも変われなかったクソヤローなんだって……わかってるよ……ッ!」


 夜が再び一歩こちらに近づいてくる気配がした。


 咄嗟に後ろに下がり、地面を踏みしめようとしていた足が空を掻いた。踵が数度何かに当たっては擦り付けられる。がくりと体が落下を始め、手を伸ばした時には何も掴むものはなかった。


 旭は背中から冷たい水中に包まれた。ごぼごぼと直接鼓膜に響く泡の音を聞きながら、ベンチの正面――自分の背後に池があったことを思い出した。


 閉じる間もなかった口と鼻に水が押し寄せ、吐き出しては苦しくなって飲み込むのを繰り返す。

 

 池の底に肘があたり、痛みが走る。ぼんやりとした視界の中で、そう遠くないところにある夕日が照らす水面が見えた。


 間抜けな最期もお似合いだとは思ったが、これくらいで人が死なないことくらいわかっていた。きっと旭は、誰に助けられずともなんとなく助かり、これからもなんとなく生きていく。


 そして、また変わることもできず、長いものに巻かれては周囲の目に怯えながら生きていくのだ。




 ◇異世界◇



「罰されるべきだと言ったのはお前だろう!」


 ヨルが突然叫ぶようにアノネ向けて言い放った。そのあまりの気迫に、アノネは目を見開いてパチパチと瞬きを繰り返した。


「そんな……こと言ったことありましたっけ?」

「あるだろう!……の、はず……あった気がする」

「ヨルサン記憶が……」

「若いのに認知症か?」

「うるさい斬るぞ!」


 徐々に語尾が弱まるヨルは、気合を入れ直すように外野を一喝した。


「とにかく! その最悪の蘇生薬を生み出した悪名高いお前が!? オレがパーティーにいることを許した魔導士アノネ・キルトが! 無価値だなんてことの方が誰も信じないだろう!」


 アノネはもう口を挟むこともできずに、ただヨルの言葉を聞いているだけだった。


 時間に追われているから必死に説得しようとしているのではない。アノネに同情して励ましているのではない。言葉全てが本音だと、直に伝わってくるような気さえした。


「本当に生きたいと願い、後悔していたから、オレはお前を見つけたあの日、お前を信じようと思ったんだ――」


 ヨルはただ大人として、アノネという子供を導こうとしてるのだと気がついた。


「それが本当なら。贖罪を果たしたいなら、“自分で考えて”、生きて、そして全部償え! オレはオレが死ぬその時までそうしていくつもりだ!」




 ◆現世◆



 静かに凪ぎかけていた水面が突如荒れ、地上から大量のあぶくが吹き下がってきた。その間を割って、白い手が伸びてくる。続いてその手の主が池の中へ飛び込み、水底の旭へ迫ってきた。


 重い水圧の中ではその手を跳ね除けることもできず、脱力して漂っていた腕を掴まれた。水の粒を感じるほどぐんっと力強く引っ張られ、あっという間に上へ上へと引き上げられていく。


 水面に顔が出ると、もはや上も下もわからない旭の腰に手を回され、一気に池の外へ投げられた(・・・・・)。ゴロゴロと地面を転がりながら、口の中の水を吐き出す。


 咳き込み、やっとの思いで顔を上げると、旭と同様全身びしょ濡れで息切れを起こしている夜がすぐ横にいた。


 ――助けられた……?


 旭はその事実に驚き、滴る水滴を拭うことも忘れて夜を凝視してしまう。


「ワタシに昊以外の友達はいない」


 日は落ちた。街頭と月明かりに照らされる濡れた黒髪をそのままに、ヨルは顔を上げた。

 

「けれどそれは必要ないからじゃない。むしろ欲しかったよ、たくさん。ワタシも……そういう人間に変わりたかった。でも、もういい」


 そう言った夜からは、妥協は感じられなかった。むしろ、感謝のような穏やかな感情が表情から読み取れる。


「変われないのも、変えられないのも。誰しもが同じだったんだ」


  旭への怒りは既に消え去っていた。そこに空いた場所に代わりに収まっていたのは、旭と同じ“後悔”の念。


「ワタシは、昊を変えられなかった。だから、あの思想を植え付けた人間を――そうだと決め込んだお前を恨むことでしか逃避できなかった」


 信じられない。心の中でその言葉だけが反響していた。


 あの頑固で思い込みの強い正義マンが、自分の正しい行いを後悔し、悪であるはずの旭に同情を寄せているなんて、誰が信じる。


 その期待を打ち砕くように、旭に向き直り視線を合わせた夜は、地面に両手をつき、静かに頭を下げた。

 

「――……悪かった」


 この光景はなんだろう。その言葉の意味はなんだろう。


 混乱で何もかもわからない旭の手に、熱い滴が垂れてきた。池の水に攫われたはずの涙が、再び溢れてきていた。


 

「ワタシはお前を許す」




 ◇異世界◇



「オレはお前を許す」


 どの立場で赦しを与えているのか――という皮肉は、アノネの口から出てこなかった。

 

「過去に何をしていようと償う(生きる)気があるならば、オレはお前が望めば許しも、罰も与える。だから信じろ、信じるから!」


 彼の脳筋理論に呆れつつも、呆れることができるほどの活力が自分の中に戻ってきているのに気がついていた。


『キミ、名前は?』


 猫をかぶっていた頃の――出会ったばかりの頃のヨルたちの姿が蘇ってきた。


 身一つで飛び出してきたためにまともな食料も装備もなかったアノネは、東の地方に入った途端に体力的なガス欠を起こした。長引いても二日で適当な街に着くはずの予定が、季節的な悪天候と完治していない傷の悪化に見舞われて五日にまで伸びたからだ。


 とにかく日銭を稼がなくてはと、目も当てられない状態の姿でギルドに駆け込んだアノネは、受付のギルド登録で止められた。


 聞いていた話では十歳未満の冒険者も存在すると言う話だったが、十二歳と若く一人で、しかも瀕死の状態な冒険者は今まで前例になかったらしい。理由を矢継ぎ早に聞かれたが、既に飢えで意識朦朧としていたアノネは苛ついて魔法杖を突きつけた。


 そこを、ちょうどギルドに訪れた勇者に捕まったのだった。


『アノネ、です』

『姓は?』

『あ、ありません』

『ないわけないだろう、冒険者登録の申し込み用紙には、途中までだが上流階級しか使わない単語まで綺麗な字で書いていたじゃないか」


 見てたのかよ、とアノネが悪態をつくことはなかった。


 勇者はアノネを騎士団に突き出すことはせず、ギルドの洗濯場まで運んだ。何をされるのかと思えば従者のフェルムに命じて、雨水泥水で汚れていた全身を洗われ、気がつけば医務室で傷の手当てを受けていたからだ。


 何もかも突然で意味不明な彼らの行動に反発する活力は既に失われていたため、アノネはおとなしくされるがままになるしかなかった。


 フェルムから渡された飴玉を舐めながら、姉以外の人間から施しを受けることに対し不思議な感覚を覚えていた。


『魔力暴走によるひどい裂傷ですね。途中まで治りかけてましたが……い、色々と……その、不衛生だったせいで少し悪化してました』

『……暴走。立派な魔法杖があるのにか? それとも、それがあっても失敗するような素人なのか。その杖はどこから盗んできた?』

『こ、コハクト様……詰めすぎでは……?』

『違……います』


 否定しようとして、躊躇ってしまった。確かに与えられたとはいえ、窃盗以上にとんでもないことをしてきてしまったから。


『違うんです………ワタシは、ただ』

『ただ?』


 あんなろくでなしの両親とはいえ。自分から蹴落とした姉兄とはいえ。見下してきた学友とはいえ。全てを西の地方に捨ててきてしまったことが、今更になって必死だったアノネを後悔させる。


 逃げれば全て忘れられると意識のどこかで思っていたが、そんなことはないのだと思い知った。何度も犯した罪が罰となって襲いかかってくるのではないかという恐怖が、途端に襲いかかってくる。


 それを初めて感じた時、何をされても何をしても出てこなかった涙が、ここにきて一気に溢れ出してきた。


『ご、ごめん、なさい……ッ、ぁ、わ、ワタシ……』

『子供だから泣いて謝れば済むと言う話じゃ――』

『死にたく、なくて……』


 説教じみた声色だった勇者は、アノネの一言を聞いてピタリと口を閉じた。


『……死にたくなくて、いっ、いろんな、人に手をかけッ……ずっと、太陽がみた、かった……みんなをッ、ワタシの敵にされて……ッ』


 一度決壊して壊れやすくなっていた感情の蓋は、容易に崩れた。アノネは涙と共に今まであったことを洗いざらい、神父でもない勇者に懺悔した。


 もちろん。自分が“キルト”であることも。“キルト”の人間でいたくないと言うことも。


『コハクト様……』


 全てを語り終え、えづきながら目を擦っているとフェルムが黙りこくったままの勇者に声をかけた。彼はしばらく何も言わないまま考え込んでいた様子だったが、腰掛けていた椅子から立ち上がった。


『オレは……コハクト・グリフィンだ。こっちは従者のフェルム・アナプルナ。こいつに新しい服と帽子を買ってもらえ。だいぶ遅いが二時間後に食事にする』

『え……』

 

 唐突に告げられたことの数々に、理解が追いつかない。アノネは説明を求めて勇者を凝視した。しかし何も答えない彼に変わって、フェルムがアノネの肩に手を置いた。


『き、キミを保護するつもりだそう……だよ。で、でもいいんですか、コハクト様? さっき死なないようにして綺麗にしてから騎士団に突き出すって――』

『余計なことを言うな。さっさと買い物に行くんだフェルム』


 勇者は、口を押さえたフェルムを睨みつけた。そして、居心地が悪くなったか、立ち上がって医務室の出口へ振り替えった。


『明日、騒ぎを起こした謝罪も兼ねて改めて冒険者登録しにいく。それまでに騎士団とオレたちのどちらに“保護”されたいか考えておけ』


 勇者はそう言って部屋を出て行こうと足を踏み出したが、考え直したように止め、こちらを身もせずに再び口を開いた。

 

『姓を名乗りたくないなら、好きにすればいい。……ただ、名がお前を表すわけではないと言うことを、忘れるな。お前が名に付く意味を作っていくんだ』


 当時はその言葉が綺麗事だと思っていた。しかし、今の彼と同じ口から出たと思えば、それは紛れもない本心だったとわかる。


 ヨルは当時から変わっていないところもあった。しかし、世間への猫被りに必死で不器用だったあの時よりも、随分と十分に周りのことを考えられるようになった。そんな成長を感じていた。


 完全に変わるわけではなく、少しでも良い方向に向かおう(・・・・)としていた。


 こんな脳筋でもそれができるならば、変われない自分にも、できるだろうかと。


「――魔法攻撃が届かなくとも、保有容量の大きい魔道具の中に魔力を詰めて先に飛ばすことで、魔法壁に着弾させられると思います。勇者殿固有のスキルでワタシの魔力を定着させれば、さらに確実に」


 アノネは端的に解決策を呟いた。ヨルは目を見開いたが、口角を上げて笑った。


「よし、やろう」


 ヨルはマジックバックの中から“古代純石の魔法杖”を取り出し、アノネの胸に押しつけた。




 ◆現世◆


 

「ッ……うん」


 首を垂れた夜に、旭はただ一言を返した。


「アタシも……ごめんなさい」




 ・ ・ ・ ・ ・

 



 ◇異世界◇



「手近なものでいい! 質の良い魔道具を集めろ!」

「ゴーレムは!? あれ魔法使えるって言ってたよね、魔道具とおんなじようなもんじゃ無い!?」

「まかせたまえ!」


 ここぞとばかりに嬉しそうに笑ったスキートが指を鳴らした。すると、階下から屋上の入り口まで階段を駆け上り、大量のディーラーゴーレムが列をなして飛び出してくる。


 もちろんのこと、ゴーレムはとびっきり魔力伝導が良い。


 アノネはすぐさまそのゴーレムの一体に触れ、魔法杖を介して魔力注入を開始した。


「オレの“天変地異”で、着弾の衝撃の物理攻撃に、魔法を付与すれば良いんだな。種類は!?」

「遠隔操作ができるようにしてください。魔法発動の操作はワタシが直接やります!」

「俺は!? この激アツ展開の中俺ができることないの!?」

「無い! 怪我人は黙って立っていろ!」

「ひでぇ!!」


 ソラが一喝される様子も、勇者がテキパキと動く様子も、自分が必死になっているこの感情も、何もかも現実味がなかった。しかし、これが夢だったとしても、大陸滅亡の事実だけは揺らがないことは分かっている。


 だから、アノネは夢から覚めぬよう必死に手を動かす。


 アノネは話しながら、そして魔力を操作しながら夜空を見上げた。天体の位置から方角を割り出し、風向き、空気中の魔力濃度等、全ての情報を考慮して計算する。


 徐々に膨大な魔力で満たされていくゴーレムが、内側から発光し始めた。ここが限界だと感じたアノネは、すぐさま離れる。


「して……先ほど“着弾”だの“飛ばす”だの言っていたが、この巨体(ゴーレム)をどうやって遥か彼方まで飛ばす気なのだ?」


 力を貸したは良いものの、とスキートは不思議そうに首をかしげた。


 その答えを表すように、ヨルはゴーレムの体に手を回すと、簡単にそれを持ち上げた。


「オレが投げる(・・・)! 方向は!?」

「足欠け蛸座への角度、“命中”と“遠投速度”スキルをフルで!」


 アノネが割り出した適切な軌道(・・)を告げると同時に、ヨルは全身を使い、振りかぶった。


 パァンッ!!


 ――直後、発生した突風と共にゴーレムの姿が消え去る。その場に残ったのはゴーレムを持ち上げていた腕を西へ振り下ろした体勢のヨルだった。


「どうだ!?」

「ウワっ! あの流星みたいなやつ、まさかゴーレム!?」


 見上げると、ヨルによって遠投されたゴーレムが遥か彼方上空で光り輝きながら流星の後遠く光の尾を引いている。


 ヨルの“命中”スキルもしっかりと発動しているようで、ゴーレムはブレることなく一直線に支持した方角へ飛んでいき、落下を開始した。


 しかし、高速突き進む遠くの光は、突然瞬き膨張を始める。


「くそっ、ダメだ……ッ!」


 “遠見”でゴーレムの様子を見守っていたヨルから悔しげな舌打ちが上がった。


 同時に、西の空で輝いていたゴーレムの光が、大きく弾け飛び、消え去ってしまう様子が肉眼で見えた。協会本部まで届かなかった。


「なんで!? 爆発した!?」

「く、空気抵抗による発火と……あと、魔法壁を破壊するために必要な魔力を、保有値限界まで詰め込んだので、熱暴走を起こした可能性があります」

「もう一回だ! 今度はゴーレムが爆発しないよう保護魔法を張る!」


 こんな無茶苦茶な方法が一度で成功するとは思っていない。不可能を可能にする力を持つ勇者と魔力爆弾の人智を超えた力に耐えられるよう、何度でも調整するしか無い。


 今度はできるだけ魔力量を絞り、それに加えてゴーレムの全体に発火防止と強化の魔法を張った。そして、飛距離を少しでも縮めるために屋上の縁ギリギリから、ヨルは再びゴーレムを発射す(投げ)る。


 しかし、結果は同じだった。限界飛距離は伸びたが、ゴーレムは魔法壁に到達するよりも前に花火のように弾け飛んでしまう。


「やはり、内側から爆発している! そもそもゴーレムの耐久値が魔法壁を破壊する魔力量に耐えられていないぞ!」


 勇者からの報告にアノネもまた舌打ちをした。爪の先を噛み、別の方法を模索する。


「魔力を少なく詰めたゴーレムを何体も投げるのはダメなの!? 質より数戦法!」

「無駄です! あの魔法壁はキルト家が開発した魔力吸収再生型。どんなに一度に投げても、一撃で破壊できなければ再生します! 」

「軍事用レベルじゃねーか! ムリジャン!!」

「勇者の胸を穿ったお前がそう言うことを言うな! 他に何か頑丈な魔道具を探すぞ!」

「誰かロンギヌスの槍持ってない!?」


 魔法壁を破壊するだけでは解決しないのだ。その後、現地の騎士団が協会に侵入し、内部設置された魔法陣を破壊する余裕を持たせなければならない。もたもたしていては、時間がないのだ。


「もう十二時まで十分も無いぞ! 今からでも国外逃亡するか!?」

 

 大陸の勇者がいる場でとんでもないことを言うスキートも、流石の状況に焦っている様子だ。時間がないのはこの場の全員が知っている。アノネは全てを無視して思考をフル回転させた。


 ゴーレムでは耐えられない。もっと頑丈な魔道具があれば解決する。それも今すぐに……

 

「サプリングデイのダンジョンに潜れば海の向こうの大陸に行ける! 不可能では無い!」

「……は? お前、今なんて――」


「――あっ……」


 気がついた瞬間、アノネの手が震えた。それ(・・)を握る手に力が入る。


 昔々、この大陸の原初の賢人と呼ばれた人間が作った最高の魔道具。


 アノネが五年以上の時と、姉の犠牲を払ってようやく手に入れた魔道具。


 唯一この世でアノネの価値を引き出してくれる。


 ――“古代純石の魔法杖”。




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