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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
二章:狼的な幸運
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66.混戦開始



「んあ゛〜〜〜〜〜……」


 廃教会でヨルにぶった切られた時以来の久々の感覚。血が無くなって頭の回転が遅くなってるけれど、潰した指は全然痛まない。


 色々脳内物質がどばどば出てんのかも。あ……ちょっと気持ちよくなってきた?


「にいちゃん、あんた勝負師だな……」

「ソラじななないでーーーッ!!」

「死なん死なん」


 さっきまで俺らのゲームを観戦していた参加者の中にはお医者さんもいたらしい。決着と同時に俺の怪我にびっくりしたウィウィが泣き出したと同時に、群衆をかき分けて、お医者さんのおっさんがすっ飛んできた。今ナイフが刺さっていた太ももにぐるぐる包帯を巻かれている。


 こう言うことになるから、ポッケから手出したくなかったのよ。ウィウィに心配をかけたのは、俺が悪かった。


「ど、うして……」


 消え入るような声が聞こえてきて、卓の向かいで拳を叩きつけたまま項垂れているアノネちゃんいた。ゲーム決着と同時に、彼女の全チップはディーラーによって俺に全て譲渡されている。


 それにしても、この会場にこんなにチップがあったのかと疑うほどアノネちゃん溜め込んでたな……てかどんだけ勝ってたの、マジで。このイカサマ師……


 しかし、アノネちゃんの様子を見ていると、あんなにも打ちひしがれているのは、ゲームに負けたからでも、チップを全て失ったからでもないようだ。彼女はは震える声で言葉を続ける。


「ッ……ぅ……そ、ソーダは……自殺、したんですよ……何が犠牲になって守りたかった、です、か……」

「それは……どうだかな」


 ヨルからアノネちゃんの過去を勝手に聞いた罪悪感が今更少し湧いてきて、頭を掻いた。


 それでも、アノネちゃんがクソだって言ってた家に勝手に帰ってしまった理由を知りたかった。結果的に聞いてよかったと思う。そうでなければ、アノネちゃんが自分を人殺しだと言ったことを、あんなに真っ向から否定してあげられなかった。


「アノネちゃんが死んだお姉さんを見つけた時、部屋の扉が空いてたんでしょ? 優秀で振る舞いも礼儀正しかったって話だし、それにこれから死ぬって人がちょっと中途半端すぎるんじゃない?」


 俺の簡単な考えを告げると、アノネちゃんはピクリと肩を揺らした。しかし、やっぱりその口から漏れ出してくるのは納得ではなく、嗚咽混じりのため息だった。


「理解、できない……あなた達のような、偽善者の考えだけは……」


 相当色々なショックで参っているらしい彼女は、「理解できない」と何度も小さな声で繰り返している。


 その時、人混みをかき分けて、こちらに向かってくる二名の金髪が見えた。それに引きずられるようにしてついてくる誰かも。

 

「ま、本当のところは当事者に聞くのが一番かもね」


 そう言うとアノネちゃんはようやく顔を上げた。


「な……何やってるんだお前ら?」

「こちらも一勝負あったようだな!」


 過剰なほど銀の鎖で拘束されたキルト夫妻を連れ、ヨルとスキートは並んで俺らの卓に来た。明らかにゲーム終わりの状況と、俺の怪我を見てヨルが困惑顔を晒している。


「いやこっちのセリフ〜〜〜。俺が証拠持ってくまで手出さないって話じゃなかったっけ? 魔法杖まで持ってきちゃって」

「お、お前こそ! アノネを説得させるだけでなんでそんなに怪我だらけになってるんだ!また入院ものだぞ、それ!」

「あ、ごめん。ヨルに買ってもらった一張羅血だらけにして穴開けちゃった」

「そういうことを言ってるんじゃあない!」


 互いにギャンギャン言い合いながら状況を確認したが、どうやらアノネちゃんの両親は二人ともアステラ堕ちをほぼ自白したらしい。そのほかにも、彼らを逮捕するために、騎士団に連絡しただとか、西支部の騎士団に緊急出動要請をしただとか言っている。


 今回の作戦は、“アステラ堕ちした両親支配からのアノネ嬢救出大作戦”だったので、スキートだけでなく、ヨルを通して騎士団にも協力をさせた。


 ……作戦名のセンスへの苦言は、俺じゃなくてスキートに言ってほしい。


 本来の俺の考えは、アノネちゃんの両親にアステラの容疑(冤罪)を騎士団に通報し、アノネちゃんを含む彼らを誘き出す()を作るかわりに、万が一彼らが逃げた場合に対応する兵を提供してもらう。あわよくばアステラ関係以外にも余罪があればそれで逮捕してもらい、アノネちゃんを解放させると言うものだった。


 しかし、本当にキルト夫妻がアステラ教徒だった上、ちょっとしたパーティーを想定していた“誘き出す場”をスキートに外注したら、こんなどデカい大騒ぎのカジノパーティーになってしまった。

 

 その大事具合を見て騎士団は、このパーティーがアステラ教徒による大規模テロの場になるのではないかと危惧して死ぬほど騎士を送ってきたのに、結末はあっさりと本人達の自白で終わったのか……


 我が子を監禁するような奴らだし、どうせ犯罪の一つや二つ犯してんだろ、と思ったら普通にやばい奴らだったよ。


 ヨルとウィウィからの説教じみた心配攻撃を受け流していると、ふとアノネちゃんが席から立っていることに気がついた。


 険しい顔でスキートの裏で拘束されている両親をしばらく見つめていたが、やがてそのそばへ歩み寄っていく。


「なあ……結局アノネの説得はできていたのか?」

「いや、それよりもちょこっと話し合うことができたからなんにも説得してない」

「おい」


 ヨルに小声でツッコまれながら、俺たちはアノネちゃんを見守る。


「アノネ嬢、これはキミの両親とはいえ邪宗に魂を売ったクズどもだ。あまり近寄るな」


 案外キルト夫妻に対して辛辣なスキートに制止されて彼女は足を止めたが、彼らから目を離さない。


 両親は二人とも全身どこも怪我がないのにもかかわらず、なぜかぐったりと項垂れていて、拘束されて立たされていなければすぐにでも倒れそうな顔色をしていた。何されたんだよ。


「ソーダを……」


 アノネちゃんが口を開く。声に反応したのか、両親は何も考えていなさそうな表情の顔を上げた。


「……用済みになったソノフレンダにどんな処分を下したのですか」

「アレはこちらよりも先に、ワタシたちを(・・・・・・)排除しにきたのよ」


 そんな顔からは想像できないほど、母親が食い気味に返答した。アノネちゃんの表情が固まる。


「返り討ちにして殺してしまったが、いい実験体ができたと思ってな。研究途中の蘇生薬で生き返らせてやったんだ。だがやはりあの段階の薬は未完成だった。見ただけでもほとんどの内臓等が正常に機能していないことはわかった」


 まともに会話もしたこともないのに、ベラベラと喋るその内容から読み取れる彼らの性質から、スキートの気持ちがわかった。


「混乱したのか脳機能がおかしかったのか、アレはすぐに逃げ出したし、その後は知らないわ。ドノクラテスの話だと部屋で倒れていたようだし、結局処置も間に合わずそのまま死んだんでしょう」

 

 こいつら、アステラとか毒親云々の前に、クズなんだ。


 本当に、お姉さんを殺したのはアノネちゃんではなかった。お姉さんは自分が処分される前に、アノネちゃんを守るために実親を殺そうとした。そんな状況に追い込んだ元凶が親だなんて、こんなおかしい話があるか。

 

 実親を……――


「そこまでだ」


 彼らの話す声色がうわごとのようになったところで、スキートが鎖を引いて彼らを締め上げて締め上げ、黙らせた。


 アノネちゃんは呆然と虚空を見つめて固まったままだ。


「詳しい話は騎士団の取り調べで洗いざらい吐いてもらう。時期に――」

「勇者コハクト様!」


 ヨルを呼ぶ若い声がスキートの言葉を遮った。


 声がした方を見ると、騎士団の鎧の男が慌てた様子でこちらに駆け寄ってきている。ヨルは怪訝な顔をして一瞬キルト夫妻の方を一瞥した。


「どうした、逮捕には騎士団長がくるはずでは――」

「はあ、はあ……に、西支部騎士団からの魔道通信機での報告がッ!」


 肩で息をする若い騎士は、助けを求めるような表情で叫んだ。


「製薬協会本部内部の召喚術式まで辿り着けず! 本部全体が協力な魔法壁によって守られているとのことで、騎士団の力では日付が変わるまでに術式の破壊することは困難とのことです!」

「は!? ……ちょっと待て、今何時だと思ってるんだ。それじゃあ……」

「何?なんの話これ」


 俺の知らない何かが起こっていることはわかったが、確認する暇はなさそうだった。


「く、加えて! 先程アステラ教徒と思われる大量の暴徒がこの会場に押し寄せ、今騎士団は外で交戦中です! 会場内部にも教徒侵入の恐れがあるため、参加者の避難を――」


 なんか、変だ。


 途中まで騎士の話に耳を傾けていたが、周囲の――参加者の様子がおかしいことに気がついて、俺の狼の耳が勝手に忙しなく動き、周りの情報を集める。


「アノネ、後はお前の魔力であの完璧な蘇生薬を大量生産させれば、全て完成する」


 再び、父親アーデが口を開いた。続いて母親ヴェネノも笑い出す。


「あの副作用を引きだすには、調合の他にもあなたの感情、“罪悪感”が必要だった。あなたを教育して、大量の人間を攫ってきた甲斐があったわ。あなたのために(せいで)誰かが死ぬのは嫌でしょう? だから、この時を待っていた」


 俺たちの騒ぎに気がついていない参加者のほとんどは各々ゲームを始めていたが、所々で何もせず静かに立っているだけの人間や獣人がいる。


 咄嗟にそばにいた医者を突き飛ばし、ウィウィに覆い被さった。熱い、と感じた瞬間、カァンと俺の耳元で突然甲高い音が鳴り、直後近くに立っていた見知らぬ参加者が火柱を挙げながら倒れる。


「アステラだ! 参加者に紛れ込んでいる!」


 スキートが叫び、一瞬会場中の空気が固まった。直後、その場の全員が一斉に動き出す。

 

「ソラ!」


 俺の肩口から顔を出したウィウィが叫び、振り返ると狐の耳をした獣人が笑顔でこちらに向けてナイフを振りかぶっていた。


「シッ……!」


 ヨルが即座に動き、携えた刀でナイフを弾き飛ばした。刀を振る勢いのまま体を回転させ獣人のうなじに踵を叩き込む。気を失った男が倒れるよりも早く、別の参加者が襲い掛られそうになっていたアノネちゃんの首根っこを掴み、魔法杖をバッグにしまいながらこちらを振り返る。


「ウィウィ! 事前に言った通り、フェルムに伝達だ! 行け!」

「はっ、はい! “チェルジ”っ!」

「ウィウィっちゃん、マジで気ぃつけて!」


 ヨルの指示通り、ピンクの煙に包まれたウィウィは、スキルで小鳥に変身して飛び上がり、他の参加者の魔法攻撃等の餌食になることなく、無事に真上にあった天窓から脱出していった。

 

 彼女を見送って見上げていた顔を地上に戻すと、そこはすでに大混乱の参加者とアステラ教徒で溢れていた。


 見ると拘束されていたはずのキルト夫妻が混乱に紛れて姿を暗ましている。逃げ足が速い。


「スキート! 招待するの知り合いだけって言ったじゃん! アステラ入れんな!」

「いや、本当に皆が知り合いだ! 今回のパーティーに侵入させるためだけに、精神汚染(洗脳)された可能性がある!」

「こわっ!」


 廃協会でテロがあったときも、煙吸った人がほとんどアステラ思考になってたらしいし、洗脳は得意分野なんだろう。


 四方八方から襲いかかってくる大量のアステラ教徒を住んでのところで交わしながら、ヨルとアノネちゃんのそばにピッタリと張り付く。


「で!? さっきの話どう言うこと!? 何が破壊できないって!?」

「キルト夫妻――アステラは大陸の全生物の命を奪うことが今回の本当の目的だった! 協会本部に毒の雨雲を召喚する術式を展開していて! 日付が変わると同時に発動すると! 言っていた!」

「え……」


 騒ぎで声がかき消されないよう、ほぼ絶叫でヨルにさっきの話で気になったワードを問いかけると、同様に叫んだヨルから返答が返ってきた。


 それまでヨルに振り回されるままだったアノネちゃんが、動揺したように反応した。


「なんだそれ! 大陸全土で無理心中ってか!?」

「いや、死んだ生物は全て――」


 鎌を持って飛びかかってきた魚人の鳩尾に刀の鞘を打ち込んでから、ヨルは一度口をつぐみ、アノネちゃんを一瞥する。


「全て、アノネが作った蘇生薬の副作用で、アステラ思考にできるそうだ!」

「は!?」


 ヨルは言い切った。アノネちゃんがいるのをわかっていて、あえて本人の前で言った。


 アノネちゃんの顔が今まで以上に曇っていく。


「わ、たしが作った……わたしの、せい――」

「そうだ! だからッ……」


 コウモリの群れ(スキート)が、俺たちを取り囲んでいたアステラ教徒たちの周りを飛び回り、翻弄する。その誘導によって一箇所に集まった彼らを、ヨルは刀の一振りで吹き飛ばした。


「アノネが――オレたちが(・・・・・)なんとかするんだ! その頭脳を貸してもらうぞ、アノネ!」


 ヨルがアノネを無理矢理右腕に抱え、あれっと思った時には俺もヨルの左腕に抱えられていた。


「とにかく外に出るぞ!」

「で、出てどうすんのさヨルサン!」

「これから考えるんだよ! そういうのお前得意だろうが! 考えろ!」

「えぇ……」

 

 開けた道を駆けるヨルが暴論をぶちまける。コウモリの包囲から漏れた残党が飛びかかってくるが、それも蹴り飛ばす。


「なんで……」


 右側から震える声が聞こえた。


「なんで! なんでワタシなんかをっ……!?」

「この中で一番知能が高いのはお前だろう!」

「そこじゃないと思う!」


 ここでボケをかますヨルの脳筋具合に、場所も選ばず突っ込んでしまった。


「ワタシは……ワタシのせいでこんなことになっているのに!」

「アノネちゃんはアステラなの!? 違うでしょ! アノネちゃんのせいじゃないのは皆わかってんだからね!」

「自分のせいだと思ってるなら思っているなら考えろ! どうすれば協会本部の魔法壁を破れる!?」

「知りませんよそんなの! 一ヶ月前にワタシに廃協会でワタシに魔法で攻撃してきたこと忘れてませんから! それでよくワタシにものを頼もうと思いましたね!? 史上最低の勇者のくせに! お仲間(アステラ)に自分で頼んでみたらどうですか!? 」

「それはヨルが悪い!!」

「あれはああしないといけない状況だったんだよ!そもそも当てる気はなかった! こら、暴れるな! 大人しくしてろッ!」

「あーもうめちゃくちゃだよ!!」



 

 ・ ・ ・ ・ ・


 


 ◆現世◆



 周りを見回す。平日の夕方という時間帯のせいか、公園には遊具にすら誰もいなかった。ベンチ正面にあった広大な池が夕陽を照らしていて、一層周囲の静けさを際立たせる。


 せめて誰かいれば、学校でのように見られていることへの意識で強気でいられたのに、それは叶わない。


 旭は、乾いた喉に唾を無理矢理嚥下した。


 正面に振り返ると、夕日に照らされ、夕陽の紅が反射した目を細めてこちらを睨む夜がいる。


「……何を信じればいい」

「え……」

「いかにも昊が言いそうなことじゃないか」


 ようやく口を開いたかと思えば、夜は意味不明な言葉を発した。


 よくよく考えて、ヨルが先程のしおりとの会話を聞いていたのだと察した。


 もしかしたら、それを踏まえて夜が旭への“変な思想を教えた”という誤解を解いてくれるのではないかと期待してしまう。昊のあの性質は、小学校からすでにああだったことをしおりが図らずとも証言してくれたからだ。


 しかし、彼女の手がゆっくりと刀のツカにかかるのを見て、そんな淡い期待は砕け散った。


「謝るならば」


 ビクビクと何故か震えている右手を押さえ込むように、夜がツカを握る手に力を込めた。


「泣くなら……最初から、昊を殴るな……!」


 痛みに耐えるように喘ぐ夜の息と、殺気の圧が上がっていく。


 最もな意見だった。


「昊が何も言わないのに甘えてお前はッ――!」

「そうだよッ!!」


 だからこそ。自分でわかっているからこそ、その意見を殺意にしてぶつけてくる夜へ、逆に憤りを感じてしまった。


「アイツがッ……死ぬほど優しくて、こっちがボコボコに殴ってもまるで良いことしてるみたいに甘やかしてくるんだよアイツ! ほんとに馬鹿じゃねぇの! マゾどころじゃねえっつうの!」


 最低だとわかっていても、自分ではどうしようもなかった。悲しみとは違う涙を流しながら叫ぶ旭に、夜は目を見開き、初めて動揺した表情を見せた。


「本当は全部ヤなんだってッ! 立場守るために見栄張って誰かをいじめてないといけないのもダセーし、写真撮ってアップするしか脳がない友達と付き合うのもメンドクセーし、なのに何もかも辞められない自分を肯定してくれるあのオールグッドマンも、全部ッ!!」


 全てから逃げたくなって、無意識にずりずりと足が後ずさる。誰かの視線という枷がない状況で崩れた旭の内側は、止めどなく口から溢れ出てくる。


「誰も蹴落としたくなんかないんだってばッ!!」

「黙れッ!」


 心根の暴露を聞いていた夜が、額に青筋を浮かべて一喝した。気圧され、また一歩後ずさる。


「そんなの、誰が信じると思う! 自分の行いを忘れたのか! 嫌だったからって、昊への暴力が全て許されるとでも思ってるのか! そう昊に言われでもしたのか! なあ!?」

「ッ……言われたわよ!」


 言い放ってやった瞬間、夜の表情が固まった。


 真実だった。ズキズキと痛む頭に、否が応でも蘇る。


「……昊の事故の日……」


 デパートの屋上にいた。


 昊と夜がそこに行くのを、旭は夜に気がつかれないように後を尾けてきた。


 その日は本当に一日が上手くいかなくて気分が落ち込んでいて、今以上に昊への罪悪感が強まっていて押し潰されそうだった。だから彼に謝って、いじめ関係の一切を断ち切ろうとしていた。


 ヒーローショーが行われるステージのベンチに寄りかかる昊から夜が離れたのを見計らって、旭は彼に話しかけた。


 今思えば、あの時の昊の様子はおかしかった。


『あさひ。よかった今会えて』


 旭が話を切り出すよりも早く、昊が嬉しそうに笑って喋り出した。


『ごめんなぁ、学校のカーストのてっぺん取らせ続けるつもりだったけど、こんな半端でさ。暴力嫌いなのに、俺のこと殴って変な罪悪感とか持たなくて良いからな。もっと良い方法でできなかった俺が悪いし』

『ま。まって、なんの話……』

『どうしても罪悪感持っちゃうなら、大丈夫。全部許すってことにするから。俺はお前に感謝してるよ』

『昊……?』

『許したんだから、もう怖がんないで自由に生きろよな』

 

 そう言い終えた瞬間、昊の視線が旭とは別の方向に釘付けになった。


 まだ旭が言いたいことも言えていないのに走り出そうとした彼を引き止めようと、手をかけた。しかし、その手は彼の鞄についていたキーホルダーを引きちぎってしまっただけで、彼を止めることは叶わなかった。


 呆然としていた旭が、昊が駆けていった方を見た時には、彼は外れたフェンスを飛び越えて、デパートの外へ身を投げていた。


「でも、許されたからって、何!? それまで変われなかったアタシにどうしろっての!? 勝手に自殺しようとしてアタシを置いていって、あの馬鹿は何をさせようとしたんだよ! 」


 誰にも話せなかったあの日のことを洗いざらい吐いた旭は、それでもつかえが取れないように喚いた。あれだけ怖かった夜にも、張り手のひとつやふたつされなければ気が済まないような気がした。


 しかし、先程まで噛み付く勢いだった夜から、なんの言葉も返ってこない。


 見れば、彼女の顔は絶望したような表情で血の気が失せていて、こめかみに手を当てている。


「……昊が、じ、さつ?」



 

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