62.クソ運ゲー
「ぎゃーーーッ!! また負けちゃった!?」
「がはは! 狼のお嬢ちゃん、まだこういう遊びは早いんじゃあないのかい!」
「んもー! もっかい、おじさんもういっかい!」
シックスとレインという流星の如く現れた引っ掻き回し役によってポーカーに対して興醒めしたアノネは、一度も誰にも勝ちを譲らないまま卓を立った。
チップは十分稼いだ。魔法杖を手に入れるための優勝に届く量はあるだろう。最初からそれが容易いことは分かっていた。
問題はいつまで立ってもアクションを起こしてこないあの狼どもだ。アノネを助けるという戯言のためにこのイベントを開いたことは見え透いている。というのに、待ち構えていたアノネの前に彼らが現れることはなく、遠目から見えた勇者も展示された魔法杖の前に張り付いて動く気配がない。フェルムは死んだのかと思うほど会場内にいる気配がない。
痺れを切らしたアノネは、自ら彼らを探すことにした。そしてすぐに狼パーティーの片割れを見つけた。ポーカー卓にいる時からウィウィの騒がしい叫び声が頻繁に響いていたため、見つけるのは容易かった。
悲鳴を聞いた通りの状況で、比較的高齢な老夫婦や、独り身の中年らに囲まれた卓で、彼らとひとりでゲームをしているウィウィはどう見てもゲームに勝っている様子ではない。
彼女に気がつかれないよう、素寒貧の野次馬に混ざって遠巻きにその様子を見ていたが、彼女とセットであるはずのソラの姿が見当たらないが――
「ずいぶん粘ったね〜〜〜」
鬱陶しく伸びた語尾をした声が聞こえたかと思うと、背後からぽんっと肩を叩かれた。驚いて振り向くと、頬がぷにっと肩に置かれた手から立っていた人差し指に押された。もちろんその手の主は、憎たらしく笑うソラだった。いつもとははまた違う小綺麗なジャケットに腕を通した姿は、ジャケットに着られているようにも見えた。
身を引いてその手を振り払ったが、ソラは特に気にする様子もなくぶんぶんと狼特有の太い尻尾をブンブンと振って喜びを表している。この尻尾のために穴を開けられたであろうズボンが可哀想で仕方がない。
「ごめんごめん、ウィウィにゲーム任せてチップ交換しに行ってたんだ〜。えーと、二? 三週間ぶりだね〜」
致命的な配役ミスだろ、と思ったアノネは再度ウィウィの卓の方を見た。アノネが連勝していて注目を集めていたように、可愛らしい狼少女が無垢な知識でゲームをする姿は見物らしく、誰もソラとアノネの方を見ていない。
「アノネちゃんらしいけど、やっぱり素直になってくれて良かった〜」
「……素直、とは?」
「招待状見て気がついてくれたでしょ? アノネちゃんを助けたいって俺らの気持ちよ! パーティー来るだけじゃなく俺ンとこ来てくれたってことは、頼ってくれたってことでしょ! 嬉し〜〜〜! 」
ああ、と怒りが呆れのため息に変換されて口から漏れ出た。予想をしていなかったわけではないが、ソラの思考の浅はかさには脱帽する。自分に都合のいいことしか考えられないお花畑の脳内は最弱種さながらなのだろうか。
この男、アノネがこのパーティーにきたのは、助けを求めるためだと勘違いしている。しかも、プライドが高いから恥ずかしがって今の今まで助けを求めるのを尻込みしていたとも思われている。ものすごい屈辱だった。
「ワタシを悲劇のヒロインにするためだけにこんな大袈裟なパーティーを開いたとは……頭がおかしくなきゃ思い付かないような発想で感動しますよ」
「いひひ」
皮肉ってやったのに、ソラは嬉しそうに歯を見せて笑った。やはり根っからのマゾヒストらしい。その顔が妙に痛々しく見えて、アノネは彼の顔から目を逸らした。
「それくらい、アノネちゃんが好きなんだよ」
思わず、目を見開いた。
顔を背けていなければ、間抜けな顔をソラに見られていたかもしれない。喉の奥が詰まり、内心で静かに戸惑っていると、ソラはすぐに言葉を続けた。
「オレも、ウィウィも、ヨルもフェルムもみんなね」
喉の詰まりが一気に消え去った。そうだ、こいつはこういうオールグッドマンだったと、アノネは頬の内側の肉を噛んで自分を戒めた。
アノネの内心など知らず、ソラはそのままベラベラと話を続ける。
「もう大丈夫だかんね。すっごい頑張ったから結構色々進んでて、アノネちゃんのGOサインもらえれば、ヨルが速攻で悪い奴らやっつけてくれるぜ!」
ソラは立てた親指をぐいぐいとアノネに見せつけてくる。言っていることの意味不明さが目立ったが、アノネが助けを求めればヨルがアノネの両親を虐待か何かで然るべきところに通報するとかそういうことだろうか、とアノネなりに解釈をした。
ソラは尻尾だけでは物足りないというかのように、本当に嬉しそうにアノネに笑いかけ、アノネの両手をとってブンブンと上下に振った。
「アノネちゃんも、これまでめちゃくちゃ頑張ったんだよね。もうこれからは本当に自由になれるのだ! “クソ”だって言ってた家族から逃げ回る必要もない! やったね!」
無知はやはり罪だ。
「……それで、ワタシは救われると?」
「ん……救われないの?」
「何故そう思ったんです?」
何も理解していないソラの手を、アノネは思い切り振り払った。
ぽかんと呆けた顔で目を見開いたソラは、まだまだアノネが助けを求めていないことを理解していない。
「アナタほど口に出す言葉に意味がこもっていない人は初めてです。出会って間もない。ワタシの全てを知っているわけでもないのにどの口がものを言っているんです。まだ勇者殿やフェルムに言われた言葉の方が信用できる」
「狼だけど……」
「このパーティーにきたのもアナタたちに諦めさせるためです。ワタシが助けを求めているなど本気で思っているのですか」
「んぁ……?」
最悪な頭の回転力をしているソラは、まだ要領を得ないようで唇を尖らせて首を傾げた。
自分は救われるべき人間ではないのは明白だ。だって――
「ワタシは人殺しなんですよ」
「え」
勇者すら告白した時に固まった事実は、同じくソラも尖らせていた口を解放し、ぽかんと口を開けた。
この正義マンは、これくらいストレートに言ってやる方がその鼻を惨めに挫けるだろう。その姿を見れば少しは気分が晴れるかとも思ったが、そうでもなかった。自ら嫌な記憶を呼び起こさせてしまい、むしろ気分が沈んでいく。
ふすっと、空気が抜けるような音が聞こえアノネはいつの間にか逸らしていた視線をソラに戻した。
彼はまだ驚いた顔をしていたが、やがて、若干内斜視気味にアノネを見つめる目が細められ、徐々にその頬が赤くなっていく。
「――俺もだよ」
その顔が笑顔に変化していくのがわかったとき、ソラはようやく口を開いた。
「お揃いだね」
何を言っているのだろうという感情が先行した。
周りの騒がしい音よりも鮮明に聞こえた彼の声が、鼓膜に触れ、脳の中枢に染み込んでいくような感覚にさえ陥った。全ての罪を許されるかのような心地よさと安心がのしかかってくる。
しかし、忘れない。アノネはアノネ自身がやったことを忘れることはできない。
彼は正義マンではない。ソラは勇者の時から身内の悪行はなんとも思わない節がある。それにしても、これは悪質だ。
ソラが? アノネと同じように、お揃いに、人殺しだと自分から言ったのか。
ソラの言葉を徐々に理解していくたびにふつふつ腹の底で泡が立つのがわかった。煮えたぎる熱が胸まで上がったった途端、沸騰するように急激に喉から頭までが熱くなる。こめかみに集まる熱で、ぶつりと糸でも切れるような音がしたのを合図に、アノネの喉の奥から刃が飛び出した。
「はッ!! ナニ訳わからん嘘いうてんねん!変な共感してウチを釣ろうと出鱈目言ってんじゃね! 何も知らんくせに、何度も言っとるようにウチは自分に助けなんか一度も求めたことないやろ!こンのアホの最弱種が、自分脳みそド腐ってんちゃうかボケェッ!」
なりふり構っていられないほどの怒りは、アノネを抑え込んでいた礼義を取り去った。そのせいで増強した言葉の迫力はソラに目を見開かせるほど圧倒し、広い広い会場に彼女の声が響き渡る。
戸惑った様子の参加者が静まり返り、アノネに注目を集めていたが、怒りを吐き出したアノネは逆に冷静になっていた。
何をしてでも、自分の罪を侮辱してきたこの最弱種の狼だけは徹底的に心を折って負かしてやらなければ、死んでも死にきれない。そのためだけに、冷静になっていた。
「……わー、急だったけどアノネちゃんの関西弁迫力あるね。もしかしてアノネちゃんの実家の協会本部って西の方? その辺にある? 琵琶湖みたいなでっかい湖……いや、無いか。ギルドで地図見た時なかったし」
地理と方言の知識は無駄にあるらしい。
狼の耳を押さえて驚き顔のまま固まっていたソラは、すぐにいつもの余裕顔に戻って軽口を叩いた。しかし、耳の毛並み付近についたクセを手癖で直し、正面に向き直ったその顔は様子がいつも違う。眉間に皺が寄り、片眉が釣り上がっている。
「じゃ、聞くけど。なんで家出したワケ」
声色も語尾が上がり気味で――明らかにキレている。あのソラが。
「助けて欲しくないならなんでヨルたちと一年も一緒にいたんだよ。のくせに、クソ親の姓大事にしてキルト大魔道と呼べとか言っちゃって定まってないんだかんなあ。自分のことわかってるふうに言ってるけど、何にもわかってないのお前じゃん。自分の言ってること、ほんとにわかってんの」
口調も、いつもの媚びるような猫撫で声に言葉ではなく、温厚なソラにしては棘のある言い方だった。
「素直になれよ、アノネ。わかって欲しいなぁ俺の気持ちぃ〜」
「自分こそ……最弱種の頭でもそろそろわかっていただきたいんやけど」
「あっそ。交渉決裂?」
ふっと吹くようなため息をついて唇を尖らせたソラは、「このまま外に連れ出す予定だったけど、や〜めた」と言ってアノネと向き合っていた体をくるっと後ろに回した。そして、小さなチップが入った袋を近くの空いていた卓のディーラーに向かって投げ、口に手を当てた。
「ウィウィっちゃーんッ! カモン!」
「ぅ゛はいっ!」
呼び声に応えて、静まりかえって停止していたゲームの卓から元気にウィウィが挙手しながら飛び出し、駆け寄ってきた。
「あっ、アノネちゃ! おひさしぶり! どこいってたのっ?」
――話してないんかい。
アノネの口からツッコミが出る前に、アノネに引っ付こうとしたウィウィの首根っこをソラは掴んで後ろから抱きしめた。
「ウィウィ! 気ィ引き締めろ!」
「わ゛!? なに、なに!?」
「俺らはこのイベントを優勝し、アノネちゃんの魔法杖を手に入れる!」
「お〜っ!?」
先程までの雰囲気が嘘のように、いつものソラ節が炸裂し始めた。ウィウィもだいぶ心臓の鼓動がだいぶ速いようだが、アノネよりは彼のノリについていけている。
「そして! 魔法杖を折る!」
「ゔぇ!?」
「は?」
「素直じゃないアノネちゃんなんかに渡さないぞ〜〜〜!」
突拍子も利益もないことを言い出したソラを睨みつけ、その次に、もう一度ディーラーが受け取ったソラのチップ入れの袋を見た。既にディーラーによって中身は出され、積み上げられたチップタワーはどう見ても十数枚ぽっち。
「どう見ても、優勝できるチップの量を所持しているようには見えない……んですけど?」
「うん。だから、アノネちゃんから全部巻き上げるんだよ。この会場で一番勝ってるのは知ってるし」
「え!? で、できるの!? ウィウィたち、今日一回もかってないよ!?」
どう考えても無謀な試みだった。道理もよくわかっていないであろうウィウィすら青ざめるほどに。
ソラはアノネに勝負を仕掛けている。
「だからいいんじゃねぇの。い〜〜〜っぱい貯まってるはずだしぃ」
「……ウィウィ。自分の主人、もっと頭を使うよう言い聞かせて貰えへんですか」
「ほえ? あ、アノネちゃん、しゃべりかたちがうくない?」
「ああ失礼……よく考えてみてください。ワタシがこの勝負を受けなければ、ワタシはこのまま優勝、あなたは大負けのままでデメリットしかないのでは?」
「え、あ、なに? な、なんでふたり仲わるいの? けんかしてたっけ?」
可哀想なことに状況も何も把握していないらしいウィウィは、互いに笑みを浮かべながらも睨み合うふたりに板挟みになり、冷や汗を流している。
「へえ、アノネ、俺に負ける気満々なんだね。なんて言ってたっけなあ、助けて欲しいんじゃなかったらこの会場に何しにきたんだっけな~~~?」
「そ、ソラ……? だいじょうぶ……?」
ウィウィの心配そうな声にの反応せず、ソラは一層憎たらしい笑顔を浮かべた。最弱種のくせに、敵の目的を把握して煽るのが上手いのは相変わらずだ。
ゲームを受ければ本来の目的通り、パーティーに来た理由はソラたちの心を折る為だというプライドを保てるが、受けなければアノネは助けて欲しくてパーティーにきたレッテルを貼られる。
見えすいた罠の中にはめられていたが、アノネには勝つ自信がある。負けるリスクがない。
しかしなんだろう、この不穏さは。勝つ自信しかないのに、同時にこの最弱種の狼が勝つのではないかという一抹の不安――いや、自信のようなものも、同時にある。
勇者も、この妙な雰囲気に飲まれてあの廃協会跡で敗北したのだろうか。ソラが食えない奴だからとはいえ、アノネが食われるわけにはいかない。
「――カードゲームしか受けませんよ。殴る蹴るなんて野蛮すぎて趣味ではないですから」
「おっけぃ!!」
「軽い」
アノネが勝負を受けた瞬間ソラは飛び上がって喜び、その移動で卓に着いた。ウィウィもその隣の席につき、いつもの調子に戻ったソラに対して喜んだ。
「俺がさっきまで稼いでたのはチップじゃないって教えてあげる」
諦めも含まれたため息をついて、アノネは彼らが待ち構える卓へ一歩足を踏み出した。
――途端、強烈な視線をゾクリと感じた。思わずうなじを抑え、体を硬直させた。最近、たびたびこのような感覚に襲われるようになった。
視線を感じるたびに、何か、誰かから叱責されているような……そんな少しだけ居心地の悪い感覚が、同時に訪れる。
――怪我をさせないでください。本当に、彼はいったい何を考えているんですか? どうか、命だけは脅かさないでください。この世界と、彼自身のためにも……
耳の奥からか、もしくは天からか、どこから響いているのかもわからない幻聴のようなものまで聞こえ始めた。気になりはするが、行動に支障が出るほどの邪魔ではない。
最後に一度周囲に目を向ける。先程の口論のせいか、いっそう周りには野次馬が集まってきていた。皆がアノネ達へ期待と好奇の視線を送ってくる。
気味が悪い視線も幻聴も全てを見物客のせいにして、アノネは改めて卓上に肘をつく狼男を睨みつけた。
・ ・ ・ ・ ・
「もう良い!」
ヨルは目に見えぬ速さで抜刀し、切っ先をキルト夫妻へ突きつけた。
薄寒い予感は既に以前からあった。人の不幸を楽しむという教団の思考を考慮すると、二人の行動はそれに当てはまりにくい部分があったため、しばらくの間その確信はなかった。
「貴様らアステラの研究自慢には興味はない……ッ」
刀と共に疑いを突きつけられたキルト夫婦は、ようやくその口を静かに閉じた。
嫌疑を否定しない様子を見て心が落ち着きかけたヨルだったが、直後、何かを感知し後方に飛び退った。守っていたケースを手で突き破り、中身の魔法杖を引っ掴む。
瞬間、ぐらっと脳が揺れた。「卓が」と横にいたスキートが呟くのを聴きながら、ヨルは傾いた頭と体勢を立て直す。そのときには、目の前の光景がガラリと変わっていた。
薄暗くも人工物の調度品で輝いてたパーティー会場とは打って変わって、切り揃えられた芝生が生えた平野のど真ん中に、ヨルは立っていた。
「は? 外……?」
「違う、幻覚だ。キルトめ、ワタシの管理権限を毒で壊したな」
ヨルの背後を守るように、スキートもこの場に立っていた。
ヨルは信じられない顔をして周囲を見渡した。遠くに知らむ山の景色も、耳元をそよぐ風の感覚も、芝生の踏み心地も、どう感じとろうとしても本物に思えた。
「キミが魔法杖を守った直前に、直近のゲーム卓が飛んできていた。まずいぞ、私たちはチップを持っていない」
「な、何がまずいんだ……?」
敬う口調も忘れて、スキートの方を振り返ると、彼の正面に二人組の人影――キルト夫妻が立っていた。
「ゲームは共有幻覚空間での魔術決闘。全員の知力、幸運以外のステータスを均等にし、スキルは剥奪。勝利条件は、敵を二人とも殺すことです」
「こちらの賭け金はチップ、あなた方は魔法杖でよろしいですね?」
淡々とルールを提示するキルト夫妻は、問いかけておきながら既に事を始めようと魔力をその掌で魔力を練っていた。
「おい、まさかここって――」
「堅物夫婦だと思っていたが、なかなか面白いことを考えるじゃあないか」
「ディーラーが作り出したゲームの幻覚の中か!?」
ディーラーはこの世界にあるゲームならば、参加者の要望に応えて瞬時に自身の体の一部を材料に生成することができる。
この最東端に位置する大陸発祥である「幻覚の中で世界を生成して行う」ゲームは、現実の自分は眠っているだけで怪我も障害も身体には反映されないことから一時期金のある貴族の間で爆発的に流行っていた。
ある程度魔法伝導がいいものに、幻覚魔法をかければ、製作者の力量と想像力によって簡単に幻覚世界を生成できる。
ゴーレムは、死ぬほど魔法伝導がいい。
「既にゲームの中ってことは、もう暴力はセーフなんだな?」
「そうの通りだコハクトくん。ただし、現実にダメージが反映されないなんて甘い考えはやめておいた方がいい。アステラが考えるゲームはそういうものだ」
「このファッキンゲーム……これがソラが言ってたクソゲーか。チープで面白いなんて二度と言わせん」




