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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
二章:狼的な幸運
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60.こうだったでしょ?




『皆様、本日はよくこの『サマーバカンス費用を稼ごう! カップル対抗バトルロワイヤルカジノパーティー』にお越しいただいた! ワタシはこのパーティーの主催者、スキート・ランドリューだ!』


 聞き覚えのある口上に、前回聞いた時より長いタイトル。アノネはわかっていながらも眉を顰めた。マイク(魔道具)で響き渡る声がガンガンと頭に響く。


 彼女の内心とは裏腹に、眩いスポットライトが当てられた豪華なステージ上のスキートは、誇らしそうに自身に向けられた拍手を全身に浴びている。


 会場内を見回すと、以前のパーティーよりも明らかに参加者が多い。その中には前回も参加していたカップルも見られ、やはり変人スキートの熱狂的人気が窺える。


 彼の口からスラスラと出てくる長ったらしい挨拶を聞き流しながら、横に立つ両親の顔色を横目で伺う。


 二人とも口角は上がっているが、目が冷ややかな視線をスキートへ送っている。


「薬弾で仕留められるだろうか」

「身体情報から致死量は求められるますね。けれど、吸血鬼相手だと一弾に収まる量を超えますわ」

「不意打ちができたとしても、二弾目三弾目が当たる確率は低いな」

「ええ、今は様子を見るのが最善でしょう」


 周囲のざわつきの合間に、物騒な二人の会話が聞こえてきた。目も合わさずにスキートの暗殺について考察する姿は、アノネから見ても恐ろしい。


 こんなところで騒ぎを起こされては困るので、冷静な判断で暗殺を中止してくれて、アノネは安堵した。そんな荒っぽいことをしなくとも魔法杖は手に入れられる、はずだ。


『今回のパーティーは今までワタシが開催してきたものとは、趣向を変えた催しだということは諸君らも気がついているだろう。パーティーテーマ通り、今回は諸君らの懐を潤わすために、カジノ風イベントに力を入れた!』


 スキートがパチンと指を鳴らすと、薄暗かった会場内の天井に取り付けられたライトが一斉に点灯した。しかし、それは会場全体を明るくするものではなかった。等間隔でスポットライトのように狭い範囲を降り注ぐ数十本の光の柱の下には、それぞれひとつずつ卓が設置されている。


『皆、会場に入る前に購入したチップを持っているはずだ。それを賭け金とし、それぞれの好きな卓で、そして好きなゲームで他の参加者と戦ってもらい、チップを稼いでいただく。ゲームの管理は――』


 スキートの説明に合わせ、ステージ裏から一切乱れのない動きで、ベスト姿の人間が大量に行進して出てきた。パッとみただけでも三十人はいる。行進者たちはスキートの後ろに列をなして停止、胸に片手を当て踵を鳴らし、アノネたち観客の方へ振り返った。


『――こいつら、我が友人に創ってもらったディーラー型ゴーレムにしもらう。間違ってもプレーヤーに危害は加えないから安心したまえ!』


 遠くてよく見えなかったが、よく目を凝らすとそのディーラー型ゴーレムの顔にとても見覚えがあるような気がした。体は男の体格をしていたが、首から上はまるで取ってつけたかのように、黒髪猫耳のあのメイドの顔をしているではないか。


 この間までボロ宿に泊まっていたスキートがなぜこの短期間で再びパーティーを開けたのか疑問だったが、ゴーレムのせいで誰が出資者なのかわかってしまった。しかし、考えてもしょうがないので、アノネはこの件については忘れることにした。


『二時間後のパーティー終了時に、皆が稼いだチップ数を集計し、一番多く所持していた者が晴れて優勝だ! 追加百枚のチップと共に豪華景品を進呈する! その豪華賞品がこちら!』


 舞台袖から、ディーラーの一人が布のかかった代車を押して出てきた。わずかに両親の周りの空気が張り詰めたのを感じ、アノネは唾を飲む。


 台車が自分のそばに来ると、スキートは躊躇いなく目隠しの布を取り払った。布の下からは、横長の大きなガラスケースが露出し、透き通ったその中には、案の定件の魔法杖が収まっていた。嵌め込まれた魔法石の輝きから、瞬時にそれが紛れもない本物だと判断する。


 修理屋に出した時は治るかどうか怪しいところだと言われたが、あの様子を見るに、完全に修理が完了していたようだった。ねじ曲がっていた杖先も、ヒビが入っていた魔法石も綺麗に治っている。


 横目で両親を見上げると、また魔法杖を今ここで強奪できないだろうか、という物騒な話し合いをしていた。少なくとも、魔法杖を壊されていたことは知られずに済んだ。


『この魔法杖はかつて大魔法使いが使用していた代物! どんな膨大な魔力も、繊細に操ることが可能という、神の手によって作られたと言っても過言ではない! 使えばヒーロー、売れば金貨千枚は下らないぞ! ちなみに、動作確認はしていないからその辺はご了承頼む!」


 スキートの説明に、周囲の参加者たちは息を呑んで、その魔法杖の輝きに目を奪われていた。


 彼の今の紹介が、あながち誇張表現だと言えないのが逆にアノネの癇に障った。技術の結晶が詰まったあの杖は古代からキルト家に代々受け継がれてきたもので、製作者すらはっきりしていない。アーティファクトとも噂されたことがあるくらいだ。


 アノネは、技術の欠片も知らないであろうスキートがあのような説明をしていることにムッとして、杖を取り返す決意を改めた。


 頼むからもう乱暴な扱いをしないでくれと、スキートを睨みつける。


『うむ、優勝へのモチベーションが上がったところで、詳しいルール説明の時間に移らせてもらおう』


 これは聞くだけでいいものだと判断し、アノネはさっと周囲を改めて見回した。


『その一、テーマにある通り、カップルは二人で一人としてゲームに参加することができる。というか、個人的にそれを強く推奨する! 愛の力で勝つところが見たいからな。しかし、チップをより多く効率よく稼ぎたいというのであれば、一人参加も可だ』


 先程観察した通り、見覚えのあるカップルが何組かいる。前回の聞き込みの際にあらかた為人はわかっている者もいるので、そいつらを手始めにターゲット(・・・・・)にするのも手だろう。


『その二、同じくテーマ通り、このパーティーはバトルロワイヤルでもある。しかし金が絡む以上それぞれのルールは必要だ。よって、同じ卓についた参加者、もとい対戦者と話し合い、各ゲームのルールや、賭け金について独自のルールを設けて構わない』


 標的が絞り込めたところで、アノネはメインの方を探し始める。


 この場所に来たのは魔法杖を取り返し、彼らをのすためだ。今は見当たらないが、アノネの保護を目的としているだろう彼らがこのまま隠れているわけがない。


『その三、ゲーム内容は、各卓に設置されたディーラーに要望とゲーム設定を吹き込めば、ルーレット、トランプなどに限らず、あらゆるゲームを用意から管理までしてくれるぞ! しかし、あくまでもディーラーはゴーレムなので、管理をするだけでイカサマなどの指摘をしてくれるわけではないので注意だ!』


 注意深く周囲を観察していると、微かにステージの舞台袖に輝く金髪が見えた。


 眉を潜める。彼は参加者として仕掛けに来るわけではないのだろうか。


『以下は禁止事項、パーティー終了まで三ゲーム以上参加しない、ゲームルールに無い場合に限った他の参加者への暴力、チップの窃盗、その他主催者である私が判断した迷惑行為など、これらが発覚した場合はチップ取り上げの上、即退場とさせてもらう! ちなみに、チップの譲渡は双方合意の上であれば可とする』


 説明がひと段落ついたのか、スキートは一拍使って深呼吸をした。ルールは全て記憶したが、改めて思い返すとかなりの無法地帯になりそうではなかっただろうか。


 スキートが招待した客が参加者だということを思い出すだけで、アノネはそれまであった自信の中に一抹の不安を芽生えさせた。


『以上の規則を守れば、遠慮は無用。忘れてしまった場合は事前に配っていたパンフレットの三ページ目をチェックして欲しい。その他、何か質問はあるかな?』


 スキートが観客に問いかけると、薄暗い中に色白の人の手が勢いよく挙がった。


「はいは~い、質問! 終わった後、稼いだチップは? 換金はどうすればいいんすか~~~?」


 目だけに集中していたアノネの耳に、独特な声が届いた。


 その声は二重に聞こえて、イラつくくらい語尾が間延びしていた。そんな特徴的な声を聞き間違えるわけもなく。


 薄目を開けながら挙がった手の主を確認すると、やはりそこにソラはいた。


『おっと、その説明を忘れていたよミスター・ホンダ! このチップは見ての通り、特注で作らせたものだ。希少な魔物の骨と()でできている。パーティー終了後、お近くの冒険者ギルドをはじめとした換金施設がある場所で一枚金貨二枚(・・・・)程で買い取ってもらえるように手はずが済んでいるぞ!』


 スキートの言葉を聞いて会場のほとんどから動揺を含むざわめきが沸き起こった。


 それもそのはず、このチップは皆、会場入場時に一枚を銀貨一枚(・・・・)で交換したのだから。


『お分かりだろう、私は全てのカップル……独り身もいるだろうが、全ての者の味方だ。諸君らがこのチャンスを無に帰すか、バカンスへの足掛かりにするかは自由……』


 この自己犠牲具合には、アノネはある種の恐怖と同時に、既視感を覚えた。


 もう一度ソラがいた場所を見る。


 しかし、そこにはもう彼はいなかった。


『今までのカジノの常識(ルール)は捨てろ! 手段を選ばず、時には選んで優勝とバカンスをもぎ取れ! ただ今を持って、パーティーの開始を宣言する!』




 ・ ・ ・ ・ ・




 カジノといえばと連想すれば一番か二番くらいにはその名が上がるポーカー。それが行われているゲーム卓は、常に人が集まっていた。


 その卓のほとんどの椅子は人が参加者が入れ替わり立ち替わりと忙しなく面々が変わっていた。しかし、たった一つの席だけ――アノネだけは、卓についてから一度も席を立たなかった。


「ロイヤルストレートフラッシュ」

「またかよぁ! ありえねぇだろこのクソアマぁ!」


 アノネが、投げ捨てるようにイカサマのみで構成されたカードを机に叩きつける。その途端、対戦相手だった虎耳の男がチップをばら撒き、卓に乗り上げて殴りかかってきた。


「規則違反。規則違反。運命。イハン。キソク」


 途端、それまで大人しくカードを配ることに徹するのみだったディーラーゴーレムが無機質な声を上げながら虎男にヘッドロックをかけて取り押さえた。虎耳男は瞬時に気を失い、別で駆けつけてきたディーラーが男の体を受け取り、アノネの勝ち取り分以外のチップを抱えて会場の外へ消えていった。


 一ゲームの区切りがついたアノネは、ふうっと息を吐く。手元に積み上がったチップはざっと見ただけでも百枚は軽く超えている。最初のアノネの手持ちチップがたったの十枚だったことを考えると、まあまあな成果だった。


 カードゲームにはまず誰にも負けない自信があるアノネは、イカサマ含むあらゆる手を使って他の参加者のチップを巻き上げていた。


 通常のカジノであれば、華麗ではなく、少々荒っぽく見えるものの、今夜この場に限ってはそうとも言い切れない。なにしろ、これは”カジノ風”パーティーであって、カジノではないからだ。


 開始から三十分程経ったパーティーだったが、ほぼ自由(無法)と言えるルールのせいで、会場内は既にカオスを極めていた。


 少し周りを見回せば、近くの卓ではトランプやルーレットのみならず、なぜか腕相撲で勝負をしている人間とドワーフや、卓の上で本気の殴り合いで戦っている魚人族と猫人族がいる。先程のようにディーラーが止めに入らないところを見ると、あれが“ゲーム”として認められているようだ。


 双方が承諾したルールさえあれば、なんでもいいのかと辟易しつつ、アノネは飛び散ってきた血をスッと避けた。


 その乱痴気騒ぎの卓から目を逸らし、見える範囲の卓の参加者を見る。


 アノネの両親はパーティー(騒ぎ)が始まった直後にアノネを置いてどこかへいってしまっった。見える範囲で参加者としてゲームに臨んでいる姿は見えない。


 そしていまだに、かつてのパーティ仲間からはアノネのいるゲーム卓に姿を表すことはなかった。ほんの時折、ウィウィと思わしき絶叫が会場のどこかから聞こえてくるのが気になるが、姿は見ていない。


 随分と彼らのことを気にしている自分に気がつき、アノネは苛立ちを隠すようにして自分の卓へ向き直った。


 そして、気がつく。アノネの正面から一組のカップルが歩いてきていた。


 周囲の参加者をかき分け、やはり一直線にアノネの卓へ歩いてきたカップルは、卓に備えられた椅子に揃った動きで座り、スポットライトの中に全身を入れた。


 二人の男女だった。女の方は輝く金髪を自由に伸ばした狐人族。男の方はローブのフードを目深に被り、裾から獣の尻尾を覗かせた何かの獣人。


 特徴しかないその姿を見て、アノネが彼らにされたことを思い出すのに、数秒すら必要なかった。


「貴方たち……見つからないと思えば、どのツラ下げてワタシの前に現れたんですか」

「お久しぶりです、アノネ・キルトさん! その節はどうも助かりました!」


 紛れもなく、そのカップルは前回のパーティーでアノネとソラの二人を地下牢に落とした張本人たちであった。騒ぎが収まった後、騎士団に怪しい二人として情報を提供し、捜索させたのものの、避難した参加者や、周辺の街を捜索しても発見できたと言う報告は上がってこなかった。


 素性ははっきりしないが、人攫い組織に関わる危険人物なのは間違いない。


 アノネは貸出用魔法杖を取り出し、無力化用の魔法を発動しかけるが、そういえば実家で取り上げられたままなのを忘れていた。握りしめた拳に杖は出現することなく、スカる。


 アノネの様子を見た狐人族の女は、まるで小さい子のいたずらを見るように微笑ましそうに笑った。


「ダメですよ、ここでは暴力はご法度……だよね?」

「オレらはただバカンス費用を稼ぎたいだけなんだよ」


 二人から筋違いな諭す言葉を投げかけられ、一層頭に血が昇る。しかし、抑えた。アノネの今日の目的は人攫い組織の調査ではない。


 ここで騒ぎを起こすのも良くない。連勝無敗を続けているアノネの周りには、既に素寒貧になり、手持ち無沙汰を誤魔化す参加者がギャラリーとなって集まっていた。アノネが物理行使に出れば、悪にされ退場させられるのは目に見えている。


「ほら、勝負してくれるよな。大魔道士」

「……いいでしょう」


 渋々ながらアノネはゲームを受け入れた。この悪党たちが何を企んでいようと、カードゲームでは負けない自信があった。


「あ、そういえばワタシたち名乗っていませんでしたね! ワタシはレイン・ルゴナール。見ての通りの狐人族です!」


 狐人族の女――レインは、悪人とは思えない輝かしい笑顔と共に胸に手を当てた。そして、すぐに横の恋人の背を叩き、名乗るよう促す。


「オレは……シックス」


 名だけか、とアノネが彼の無礼さに眉を潜めたのも束の間。


 彼は目深に被っていたフードを手で少しだけ持ち上げ、その中にあった獣特有の耳を覗かせた。


 その形状を見て、この数日間ほぼ毎日それと同じものを見ていたアノネは、ぽかんと口を開けた。ただの獣耳だったのに、なぜか瞬時にその耳を持つ種族が浮かんできた。


「シックス・ウルフィア(・・・・・)。狼族だ……見ての通りの」


 無愛想に無表情だった男――シックスの口角が、意地悪そうに釣り上がった。


 絶滅したとされたウェアウルフの三人目が現れた衝撃もあったが、それ以上に彼の姓に聞き覚えがありすぎた。何しろ、その名はウィウィの――


「さて!」


 アノネの思考を遮るようにレインがパチンと手を叩いた。

 

「勝負はポーカーのままでいいですよね!」

「え、ええ……」


 きっと今ここでアノネが知りたいことを問いただしても、彼らが真面目に答えることはないのだろう。


 今はとにかく彼らが強引に進めようとしているゲームを終わらせることにしようと決めた。


「あとは、掛け金についてですが……」

「もちろん、そちらが勝ったら全てのチップを差し上げます!」

「はあ」


 掛け金の提案については、アノネは今までの負けることを視野に入れないゲーム通り、両者のオールベッドを要求しようとしたが、先に言われてしまった。


「じゃあ、貴方たちが勝った時は何を要求するんですか」

「んじゃ……変顔でもしてもらおうか」

「はあ?」


 妙な掛け金を要求され、アノネは眉間に皺を寄せる。本当に何を考えているのかわからない。よく聞けば、勝った時の要求のはずなのにチップの要求をしていないではないか。


 文句を言うか迷い、口をモゴモゴと動かしていると、シックスが鼻で笑った。


「なんだ、変顔が怖いか。負ける気満々か、大魔道士」

「なんですって……ワタシはこのパーティーも、これまでも誰にだってカードゲームで負けたことはないんですが!? もしこれで負けようものなら、変顔だって全てのチップだって貴方たちが断ろうが差し上げます!」


 怒りのまま啖呵を切ると、シックスとレインは全く同じタイミングで口角をあげた。


 その笑顔に一瞬ゾクッと背筋を凍らせたが、その顔を睨みつけることでそれを振り払った。


「言ったな?」

「え、ええ!」

「じゃあ最後に、アノネさんから何か他に勝った時の要求はありますか? 敗者の屈辱、なんでもしちゃうし答えちゃうぞ!」


 やはり優しい声色のレインが問いかける。


 アノネの頭に、瞬間的に彼らの素性や目的の開示することを要求する案などがいくつも浮かんだが、それら全てを却下した。


 何度も言い聞かせているように、アノネが勇者やソラに有利な情報を集めてやる必要はない。


「特に。チップさえいただけるなら」

「わお、もったいない! でも勝つ気満々だね」

「ああ、でも……名乗ってもいないワタシのフルネームを知っていた理由くらいは、吐いてもらいましょうか」

「おっと……」


 アノネは所持しているチップ全てをディーラーの方へ押し出した。


「それは、手痛い……」


 言葉とは裏腹に、歯を見せて笑いながら、シックスは同じくチップが入った大きな皮袋をディーラーに投げつけた。




 ――結果、その皮袋は何倍にも中身が膨れ上がり、圧勝したアノネの腕の中に丸々収まっていた。


 恐るべきストレート勝ち。パーフェクトゲーム。数十分、いや、もしかしたら数分で決着がついた。一戦目は。


 カードが配られてから意味ありげに悩み、シックスとレインの二人で相談して何枚か交換した末にオープンした手札は、ゲーム全てを通して役無し(ブタ)


 負けたかと思えば、片方が席を立ち、チップを交換所で買い足してきて戻ってきて、アノネに再び勝負を仕掛けては、オールゲームで役無し(ブタ)を自慢げに叩きつけてくる。


 1、ゲーム開始。


 2、カードオープンで役無し(ブタ)


 3、リア獣が負ける。


 4、リア獣がチップを交換しに行く。


 5、戻ってきて再勝負。(1に戻る)


 この一連の流れが一生続くかとアノネは思った。


 途中から役無しの手札の数字の配列で何かSOSメッセージでも伝えてるのかとか、これはコントか何かかとか、そう言うくだらない妄想をするほどにアノネは混乱した。


 特にゲーム中。シックスの頭に、他の乱痴気(戦闘ゲーム)卓から飛んできた武器や、どこからともなく飛んできたタライが降ってくると言う珍事件が多発したせいでなおさら。


 アノネはいままで使用していたイカサマのテクニックを一度も発揮することなく、彼らの自滅によって連勝記録を伸ばし、大量のチップを手に入れた。


「どうするのシックス〜! 本当にスカンピンになっちゃったよお!」

「ぼろぼろ負けだ」

「ふざけてるんですかッ!?」


 流石のアノネもツッコミを入れざるを得なかった。


「わざと負けましたねアナタたち!? ワタシにいくら貢ぐつもりですか! チップが重いんですが!? 一体全体どう言うつもりですかーーーッ!!」


 ぎゃんぎゃん文句をぶつけると、レインは耳をパタンと畳んで悲しげな顔を作った。シックスは無表情でその体をハグする。


「うう、アノネちゃん怒ちゃったよ! やっぱり不運のシックスにはギャンブルは向いてなかったんだァ」

「今日こそはと思ったんだ……あんなにクソブタ手札しか回って来ねェとは……いつもよりもタライの雨が多かったし」

「幸運薬三十本も飲んでおいたのにね……!」

「俺、万年幸運値-1000だからな……意味あるわけねェ」


 ぶつぶつと小声で話し合う二人は、どこか真剣に悩んでいる様子でもあったが、そんなことが今怒り心頭のアノネに関係あるはずもなく。


 彼女にとっては、勝てるはずだった勝負でわざわざ勝てるようにお膳立てされたという屈辱的状態。


「これは侮辱です! 屈辱です! 再ゲームを要求します! そんなにワタシにチップを捧げたいなら、ワタシの実力で叩き潰してあげます!」


 やんややんやと文句が止まらないアノネを、リア獣は微笑ましそうに見るだだった。


「……シックス、もういいんじゃない?」

「あー」


 レインに何か促されたシックスが、スッと席から立ち上がった。アノネは構わず棘だらけの言葉を口から吐き続けていたが、彼が突然バンッと強く両手を卓に叩きつけ、その音と迫力にアノネは驚いて口をつぐんだ。


 気がつくと、シックスが徐々に卓の上に身を乗り出していた。


「なッ……——」

「そんなこと言うなよ」


 言い聞かせるような声色で問いかけながら、シックスが少しずつ迫ってくる。驚いてのけぞるが、すぐに椅子の背もたれに背中がつく。


「むしろ、良い勝負だっただろ?」


「接戦だった勝負で」


「お前は見事その大量のチップを勝ち取ったわけだ」


「嬉しいだろ?」


 シックス以外の周りの景色が引き伸ばされ、遠のいていく。


 シックスの言葉が妙に近くから聞こえる。まるで脳に直接響いているようで、思考に染み渡る。


 そう、そうだ。あれだけ啖呵を切っていた二人が手を抜くわけがない。アノネは実力でこの勝負を勝ったんだった。負けたことにも悔しがれない二人のあほヅラは哀れだ。


 大きく納得したアノネは、ねじ曲げられた事実に気がつかず、ふんっと鼻を鳴らして得意げにリア獣を笑ってやる。


「お見事でしたよ、キルト大魔導士!」

「ふん……まあ今回はこれくらいにしてやります」


 先程の怒りが嘘のように萎んでいく。むしろ、なぜあんなにも怒りが湧いてきたのか、不思議だった。


「お言葉に甘えて、破産しちゃう前に挑戦もこれくらいにしておきますね!」


 あれだけ何度も挑戦してきた割に、レインはあっさりと言い放つ。シックスも合わせて、二人はやはり一切乱れのない揃った動きで立ち上がった。チップを全て失った体は随分と身軽そうだ。


「ちょっと」

「あぁ、そうだった! お名前を知ってた理由ですよね! 忘れてません!」


 アノネが慌てて声をかけると、レインはピョンっと椅子から飛び降りて、可憐な動作で振り返りながらアノネに笑いかけた。


「アナタの魔法杖を修理したおじいちゃんと知り合いなんです。……じゃ、アノネさんは引き続きパーティーを楽しんでくださいね!」

「幸運を……大魔道士」


 情報漏洩をさらりと告げられ、アノネは複雑な気持ちになった。


 大敗したはずの二人は機嫌が良さそうな足取りで、再び参加者の人混みの中へ消えていった。


 

 

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