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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
二章:狼的な幸運
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59.挑発される鉄




◇異世界◇



 アノネの両親は滅多に人前に出ない。


 既に製薬技術が確立し、顧客も多く安定していることで貴族などの開催するパーティーに媚を売りにいかなくても商品が勝手に売れるからだ。それ以前に、キルト一家というものが高いプライドの塊ということで、そういう行為を嫌っていたという理由もある。


 人前に出ることを強いられるとき、決まってその役割をさせられたのはアノネだった。それは今も変わらず、キルト家の名を傷つかせないよう、虚勢を張り、見栄だけで形成された態度で、常に人の上にいることを強いられている。


 ここ数日は休む間も無く来客の対応をさせられた。昼間の間は訪ねてくる商人や別の製薬団体の取引をつっぱね、夜は騎士団からの事情聴取を連日受け続けている。


 そして、深夜は寝る間も与えられず、両親の魔法薬の研究と人体実験に付き合わされている。限界はとうに超えていたが、その度に質のいい回復薬を投与されては、起き上がることを強要される。


 その実験はアノネの魔力を必要としており、魔法杖の不在のために難航していた。アノネの膨大な魔力は、下手に扱うと事故を起こしかねない。それを完璧に制御することができるのはあの特注の魔法杖のみである。


 やはり、魔法杖を持って返ってこなかったことに対しては実験中ずっとネチネチと嫌味を聞かされ、いまだに耳鳴りが止まらない。しかし、騎士団に窃盗者として突き出されて前科がつくよりはマシだった。


 そんな状態で魔法杖を壊しかけたと言い出すことはできず、一応サプリングデイで失くしたという体にしてはいたが、近いうちにあの街の修理店で発見されれば簡単に全てが知られてしまうだろう。


 その日がきっとアノネの命日になる。今はただその日をただただ待っている。


 ——そう思っていたが、どうやら命日が早まりそうだった。


 実家に戻ってから二週間経った日、一日のほとんどを牢屋(自室)と実験場を行き来していたアノネは、久しぶりに来客の対応を任された。


 接客のために着替えた正装の裾を払いながら客間を開ける。


「ひさしぶりだな」


 まず声に聞き覚えがあった。一礼しようとしてた頭を上げて室内を見ると、蜂蜜色の髪の奥でこちらを見つめる紅眼と目があった。


「ゆ、勇者……殿……」


 驚きはしたが、動揺はしなかった。


 流石にあんなに唐突な別れ方をしたら、何かしら理由の要求をするムーブがあるとは予測できた。しかし、まさか手紙などではなく、あの勇者本人が訪ねてくるとは思わなかった。

 

 ヨルは、アノネが入室してソファにつくまで、うっすらと上品な笑みを浮かべたまま黙っていた。アノネはこの顔を知っている。外面がいい時、世間様対応の時の“勇者”顔だ。


 そして、この顔をしているときは大体内心の機嫌が悪い。ヨルは、アノネが入る前に出されていたであろう粗茶のカップに口をつけ、音も立てずに上品に中身の紅茶を啜っていた。


 アノネにとって気まずい空気が流れる。数日間人とまともな会話をしていなかったが故コミュニケーション能力の低下しているせいもあるが、かける言葉が見つからなかった。


 むしろ、彼からなんと言葉をかけられるのかが気になった。哀れみか、怒りか、勇者らしい助けの言葉なのか。いずれも、どんな言葉をかけられても突っぱねる決意をしておく。


 しばらく互いに座ったまま黙りこくっていたが、先に口火を切ったのはヨルだった。ティーカップをカチリとソーサーに置き、まっすぐとアノネを見た。


「お前の魔法杖なんだが、盗まれた」

「は?」


 あまりに唐突なその二言に、アノネは作っていた気まずいすまし顔をガラリと崩した。


 ——え、いいんですか? なんでいなくなったのかとか、今まで何してたとか、何されたとか。そういうテンプレートな掛け合いはしなくていいんですか?


「修理店に深夜強盗が入ってな、盗られたんだ。その報告だけしに来た」


 しなくていいらしい。


 ヨルはアノネの実家の事情を知っている。虐待家庭に連れ戻された子を救い出す勇者。とてもそれらしいシナリオが転がっているというのに完全無視だ。


 そんなことを考えて、アノネは思い直した。別に自分は助けてもらいたくなんかない。救いは望んでいない。


 ヨルは呆けたアノネの表情を見て口の端を上げた。


「だが安心しろ、杖の行方は大体わかっているから、きっとすぐ取り戻せるさ……お前ならな」


 そんなことを知りたいのではない。その理屈の通らない行動の意味を知りたい。というか、盗まれた魔法杖の行方がわかっているなら取り返しておいてくれ、勇者だろ。


 たくさんの言いたいことが脳内を駆け巡るが、それらは喉で詰まりを起こし、口から外に出ることはできなかった。


 アノネが一言も喋らないのをいいことに、ヨルはサラサラと話し続ける。


「魔法杖は裏ルートで流れに流れて、ついには明日行われるパーティーの中のイベントの優勝景品だ。手際が良すぎて目にも止まらぬ速さで決定しやがった。これは、そのカジノの招待状だ。知り合いに口を聞いてとってもらった」


 「取り返しに行くなら使え」とヨルは懐から招待状を出し、アノネの前の机上に置いて押し出した。見えるところに宛名としてアノネの名が書かれていた。


 封蝋がされている。その印のデザインに見覚えのあったアノネは、訝しげに目を細めた。ようやくこの事態の全てを把握することができた。


「“パーティー“というから何かと思えば……スキート氏ですか」


 封蝋の印はスキートのものだった。つまり、このふざけた催しの開催者は彼ということ。


 彼とヨルは知り合いだ。口利きすれば開催者である彼から魔法杖を取り返すことなど容易。招待状をもらう意味もない。ではなぜそれをしないのか。


 ヨルたちはアノネを救い出そうとしているのだ。


 アノネがそれを拒否するのすら見越して、こんな回りくどい方法で誘き出そうとしている。


 魔法杖が貴重で重要なものであるのはアノネを知るものなら誰でも知っている。最高の釣り餌だ。これを考えついた奴は最高の悪者だろう。


「これでワタシを救えるつもりですか」


 いい迷惑だった。


 もちろん、解放されるものならされたい。誰しもが、しがらみから抜け出したいと考えているものだ。アノネも一度逃げ出した。


「これで恩を売ったつもりですか」


 でも、やはり解放されるべきでない——許されるべきでない人間も存在する。それが、アノネというクズ。


「ワタシが許されるべきだと?」


 勇者の元で活動し、大衆の救済を行うことで罪の意識を追いやっていた。しかし、赦されるために必要なのは、やはり救済ではなく罰なのだ。罰によって許されるよう、運命は収束する。


「人殺しのワタシが?」

「知ってるよ。そのことはお前から聞いたんだからな」


 眉間に精一杯の皺を寄せながらアノネは鼻で笑った。ヨルは表情をピクリとも変えない。


「わからないか?」


 アノネの荒れ狂う心情を知ってから知らずか、ヨルはそのうすら笑みをやめない。それどころかまた優雅に茶を啜る。


「それを知っても、お前のことをパーティの一人としてオレたちが受け入れていた理由を」

「知りたくもない。同情なんて要りません」

「言っておくが、理由は同情や憐れみではないからな」

 

 ふっと息を漏らして笑ったヨルは、空のカップとソーサーを机に置いて立ち上がった。


「思い知ることになるよ、アノネ(・・・)大魔道士。魔法杖、取り返せるといいな」


 客間の扉に手をかけたヨルは、「ウィウィも寂しがってる」と一言残して出ていった。


 アノネは机上に残されたパーティーの招待状を見下ろした。


 こんな本人も隠す気のない罠、もちろんかかりたくはない。しかし、魔法杖は絶対に取り返したい。つまり、アノネに行かないという選択肢ははなから残されていないということだ。


 やはりやり方がまわりくどく、陰湿である。おそらく考えついたのはヨルではないだろう。


 苛立ちで燃やさないように気をつけながら招待状を取り上げ、魔法で呼び出したペーパーナイフを通した。


 中にはパーティーの詳細が書かれた羊皮紙もご丁寧に同封されていた。


 何かデジャブな嫌な予感を感じてそれを読むことを逡巡したが、やがて文頭にあるパーティーのテーマらしき一文に目を通した瞬間、やはり読まなければよかったと後悔した。


 情報量が多すぎるパーティーの詳細を見て酔ったアノネは、少ない睡眠時間を無駄にしないためにソファから立ち上がった。


 同時に、どうやって両親から外出の許可を取るかの問題に行き当たり、アノネは襲いかかってくる頭痛にうめいた。

 


 

 ・ ・ ・ ・ ・

 



「アノネに啖呵を切ったのはいいもの……うまく行くかどうかものすごく不安になってきたぞ」

「ばーか、今更だろ」

「アノネに招待状を届けにいった時、オレ、パーティーの内容一ミリも知らなかったんだぞ。まさかこんなにふざけたものだとは……」

「いや、俺も思ったよ? もっと真面目な内容にしてくれたかなーって? ……でも、さすが――」


「「変人スキート……」」


 ソラとヨル。二人は正装のネクタイを正しながらため息混じりにハモった。パーティー会場の控え室がわりに使っている倉庫の中、二人で一枚の細長い鏡を共に使って最後の身だしなみを整えていた。


 来る今日は、アノネへの罠をふんだんに仕掛けたパーティ当日。


 スキートに依頼した企画は完成。


 パーティー会場も、金も用意し、必要な客もめいいっぱい招待した。


 ソラの作戦も完璧――なはずだ。その全容を聞いていないヨルは不安げに横に立つソラを盗み見た。中腹で折れ曲がった尻尾は、その心うちのワクワクを抑えきれずに左右に揺れ続けている。


「この規模の騒ぎを起こして……どう収集つけるつもりだ。だいぶ危険なことになりそうなんだが」

「うーん、どうしよ」


 不安だ。このノリと幸運だけで生きている狼男に全てを任せるべきではなかったかもしれない。


 やがて、日が落ちればパーティーは始まる。客が入ってしまえばもう取り返しがつかず、やるしかなくなる。


「でもま、こうするしかなかったじゃない?」

「まあな」

「ヨルも止めなかったじゃんね」

「……まあな」


 ヨルの心の中に「なんちゃらの弱み」とうろ覚えな言葉が浮かび上がる。


 今回、一番にソラの作戦(意見)を支持していたのはヨルだった。それは本人の意思にだいぶ反していて、自分でもなぜここまでソラに信頼を寄せているのか理解できないほどだ。


 同時にスキート邸でのパーティー以降、ソラが視界に入っていると動悸が止まらない体になった原因も判明していない。ソラに肯定されれば異常に心が喜ぶし、冷たい反応をされると必要以上に落ち込む。ソラから離れていても、彼のことが不可抗力に頭に浮かんできて思考の回転を邪魔される。


 こんなのは異常だ。早く原因を解明して解決したい。


「まあ、さ」


 ピコッと耳を跳ねさせながら、ソラは悪戯っぽい笑みを浮かべて犬歯を見せた。


「なんだかんだ言って、あぶねーことになっても、ヨルが助けてくれんでしょ〜〜〜?」

「——……」


 その表情と言葉を受けて、ヨルは心臓が特大の矢で貫かれるような激痛を感じた。胸を押さえて悶え苦しみたかったが、なぜか体は勝手にそれを全力で隠すように平静を保った。


 脳すらも破壊されるような感覚。即死級の破壊魔法をソラが打てるはずもないのに。


 やはり病かと内心戸惑いながらも、表情は呆れ顔を保っていた。動悸の正体の謎とは裏腹に、この妙な効果(・・)には少し覚えがあった。


「……馬鹿なこと言うな。そこまでは面倒見ないぞ」

「嘘つけ」


 ソラは、全部お見通しだとでも言うようにゲラゲラと笑った。元々早まっていた動悸が急速に加速する。


 ——まずい、死ぬ。


 生命の危機を感じていたヨルだったが、その前にソラの方が「んじゃ、パーティー前にウィウィにちょっかいかけにいこ〜」と控室を出ていったことで、なんとか死を回避した。


「ヨル様、景品の警備体制が整いまし――な、何してるんですか?」

「……いや」


 ソラと入れ替わるように控え室に顔を覗かせたフェルムは、鏡の前で頭を抱えている主人に向かって戸惑ったような声を出した。


 手招きしてフェルムを呼び寄せる。その肩にかけたマジックバックを渡してもらい、その中から自分のステータスタグを取り出した。てっきり胃薬でも取り出すのかと思っていたフェルムはキョトンとした顔で、ヨルと共にそのタグを覗き込む。


「増えている……」

「レベルがですか? 久しぶりですね」

「いや、新しいスキルが……」


 ヨルは自身のステータスの、【技能(スキル)】の欄を指す。


 そこにあった見覚えのない、しかしとても聞き覚えのあるスキルの名は“ポーカーフェイス”。確か、ソラが既に持っていたもののはずだ。しかも、新しく獲得したスキルのはずなのに既にLv.3と表記されている。


 「スキルは特技の延長線で獲得する」と言うのはスクールで何度も唱えた常識だ。ヨルは昔から他人の前で表情を取り繕うことが多かったが、そのおかげでもともと獲得していた表情を操る対人専用スキルに“鉄仮面”と言うものがあった。よく見るとそれが消えている。代わりに“ポーカーフェイス”が追加されていると言うことは――


「“ポーカーフェイス”は……“鉄仮面”の上位スキルだったんですか」

「そうらしいな。効果的にも、“鉄仮面”よりも自由度が高いみたいだ」

「急にスキルが進化する上にレベルまで急上昇してるって……ヨル様、いったい何があったんですか?」


 フェルムに困惑した顔を向けられ、ヨルは口をつぐんだ。身に覚えはものすごくある。先程のソラとの会話で、内心とは裏腹に簡単に平静を保てていたのも、このスキルの効果だったのだろう。


 自身の体に異変が起き続ける事態に、どこか不穏なものを感じたが、それに悩むのは今ではない。今は優先するべきものがありすぎる。


「獲得したものは幸運だったと思っておこう。それよりも、警備の配置の話だったな」

「あ……はい」


 話を強引に戻すと、フェルムは不安そうに返事をした。


 部屋の格子がついた窓からは、沈みかけた夕日の眩い西日が差し込んでいた。じきにパーティーが始まる。


 


 ・ ・ ・ ・ ・




「さてと……」


 馬車のステップを、自身のドレスの裾を踏まないよう注意して降りた。アノネをエスコートする人間は誰もいない。兄にはこのことを知らせず、家に置いてきた。


「来てやりましたよ」


 日はどっぷりと落ち、周囲は夜の闇が降りていたが、ご丁寧に道端に立てられた街灯が誘導灯のようにパーティー会場の入り口へと並んでいる。これで道に迷うような人間は馬鹿だ。


 アノネは独り言を呟いたが、一人の時間はここまでだった。


 アノネの乗ってきた馬車の前に着いていた方の馬車から、“クソ野郎”たちが降りてくる。兄は置いてこれたが、こちらはやはりダメだった。

 

「行こうか、アノネ」

「足元に気をつけて」


 相変わらず、外面はいい。アノネの両親は家ではしもしない気遣いの言葉をかけてから、アノネに背を向けて歩き出した。


 滅多に人前に出ないとは言ったが、必要に迫られればこの夫婦は躊躇いなく自身を投じる。


 今回は魔法杖が景品となってしまったパーティーの主催者がスキートだと知るやいなや、話が通じないと即判断した両親は、アノネに同伴する形で参加を決めた。招待状に、「宛名の人物本人がいなければ、入場を認めない」と記載がなければ、アノネの方が家に置いていかれていたところだ。


 改めて、よかったと息をついた。


 アノネが許されるべき人間ではないと言うことを理解できない勇者たちのために、丁寧に心を折ってやれる最後のチャンスだ。


 アノネはこのパーティーでアノネの価値を証明し、低脳どもを笑って、その思い出だけを背負って消えてやろう。


 前回のパーティーできたような白のドレスとは対照的に、喪服のように黒いドレスを身に纏ったアノネの心は決まった。


 ――と、気合を入れたものの……


 やはり、パーティーのテーマが『サマーバカンス費用を稼ごう! カップル対抗バトルロワイヤルカジノパーティー! ※豪華景品も有』という場で証明できる何かに価値はあるのだろうか、とも思った。




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