6.出会いは存在する
【数時間後】
元の世界でスニーカーを新しい物に買い変えたばかりでよかったと思うこの頃。
硬い地面を踏みしめ、お気に入りのバンドの曲を大音量の鼻声でダンジョン内に響き渡らせながら歩く。最初は控えめだったのだが、あの女の子以外に人がいないだろうって思うとだんだんと歯止めが効かなくなっていた。
今なら裸でダンジョン内歩けそう。いや、無理か。
俺は今、ダンジョン内の通路を歩きながら出口を探していた。
あのデカ狼が魔物を狩り尽くしたという話は本当の本当だったらしい。まったく他の魔物と遭遇しない。
ひたすらに歩いて、見たことのない鉱石や草があれば鑑定をかけ、使えそうなら床や壁からひっぺがして、背中にしっかりと背負ったリュックに放り込む。
もう数十分くらい歩いてるけど、辺りの景色は代わり映えしない。通路、ルーム、通路ルームと延々と繰り返している。
腹は小腹が空いている程度でまだ餓死の心配はないが、このままだとデカ狼と同じ飢餓に苦しむことになる。リュックの中に入った菓子パンも長持ちはしなさそうだし、そろそろ食べられるものを探さないと。
俺が死んだら同時にこの世界も道連れなので、自分は過剰にでも大切にしないといけない。マジで。国宝級に。
それにしても、俺がこのダンジョンで目覚めてからどれくらいの時間が経ったんだろう。時計機能も使えないし、太陽も見えない地下だから時間感覚がなくなってきて――
【目が覚めてから三時間と十七分三十二秒が経過中です】
へー、細かいな。助かる。
………こ、このスマホ、俺の脳内に直接……! というか、頼んでないのに勝手に喋り出したぞ!?
懐中のスマホから直接頭の中に機械音声が響いた、ここ数時間で聴き慣れた機械音に、俺は驚愕して思わず歩みを止めた。次いでさらに声が届けられる。
【神・ユーリアシュから授けられた力の目的は、持ち主をサポートすること。その命に従ってこの機体に搭載された人工知能の学習機能が魔法によって大幅に強化され、主が使用して経験を得たことにより状況を学習し、自己判断でサポートができるようになった】
取り出したスマホはやはり画面が暗いままで、誤操作で話し出したわけではないことがわかる。本当に自己判断で話してるってことは……
自立してるってことか!? 勝手に動いて俺のことサポートしてくれるなんて。な、なんか……自立型スタ○ドみたいでちょっとかっこいいな!
しかも、学習するってことはこれからさらに成長して強くなるわけだ!
【戦闘能力の強化は不可能。しかし、これから主が人工知能を活用すればするほど学習し、サポート力を上げることは可能。辞書・鑑定機能のアシストがその一例】
アレお前が自己判断してやったってことか!? 有能かよ! 好き!
異世界に来て魔法だけでなくテクノロジーの発達にまで感動させられるとは思ってなかった。
あ、そういえばちょうど会話する相手がいなくて寂しかったところなんだよな。テクノロジーの発展を祝って、これ話相手よろしく。
【…………】
嬉々として挨拶したのに、スマホは元のように黙り込んだ。俺のメンタルケアはサポートのうちに入らないらしい。お友達は自分の力で作れということか。
仕方がないので俺はスマホをポケットにしまい直して、歩みと鼻歌を再開した。
ダンジョンの通路は魔光石が少なくて薄暗く、その上膨大に枝分かれする分かれ道のせいで自分がどこを歩いているのか分からなくなる。時々行き止まりに当たるので行ったり来たりを繰り返しているからか、もしかしたら同じ場所を通っているのではないかという不安が時々湧き上がってくる。
これほど入り組んでいて膨大な通路とルーム数のダンジョンの魔物を、よくあの狼は狩り尽くしたものだ。元々いた魔物の数は知らないが、鑑定で出たこのサルギナ大迷宮の解説には難関って書いてあったし、それなりに強い魔物がいたはずだ。
どんだけ腹減ってたんだよ。……まあ、何も食わなきゃ減るよな。
餓死なんて寂しすぎる死に方なんて俺だってしたくない。俺が死ぬときは畳の上で苦しまずに老衰って決めてるから。その目標を達成のためにも、とりあえずこの世界では生き続けないといけない。
まあ、こんな暗い思考でも、鼻歌はバリバリ明るいアイドルソングなんだけど。
だらだらと歩いていると、何回目かのダンジョンのルームに出た。喉が乾いていたので、ちょうどいいとそこ休むことにした。
川はルーム内にしか流れていない。川底の青白い光は結構強いため広いルームでは頼りになる灯りになる。
俺はその川に近寄り、スマホを取り出して川の水を鑑定した。出てきた鑑定文の中に飲用可能の字を見てガッツポーズ。
ほい、飲める水確保。
こういう水の安全確認は大事だ。去年の海外旅行中に見た目が綺麗だから大丈夫だろうと水道水をがぶ飲みして腹を壊した俺がいうのだから間違いない。
飲めないなら飲めなそうな色をしてもらわないと困るんだよな。ホント。
リュックには水筒もペットボトルもなかったので、地面に跪いて手で掬って飲む。
この先絶対川がどこにでもあるとも限らないし、水を持ち運ぶ手段も考えておかないとカラカラに干からびかねない。
十分に喉を潤して俺は立ち上がった。……ところで正面に見えた何かが気になって動きを止めた。
あ、こ、これは……新発見では!!
変わり映えしない景色に若干テンションが下がっていた俺の心は、その明らかな“変化”に色めき立った。ブンブンと俺の狼の尻尾が勝手に左右に揺れている。こういうとき、ふと忘れていた自分が狼男だという事実を思い出す。
よっしゃ、確変チャンス! だてに幸運値25やってないぞ!!
俺は満面の笑みでダンジョンの壁に駆け寄った。
俺が見てきたものに限っての話だが、このダンジョンのルームは基本的に一つずつがとても広い。たまにルームの隅から目を凝らしてようやく反対側の壁が見えるくらいの広さのものもあるくらい。
しかし、今俺がいるルームはその例を踏まえて考えるととても小さなものだった。まあ、大きいっちゃ大きい。学校の教室2×2個分くらいだろうか。
俺が見つけたのは、その四角いルームの一面にある何か紋様のようなものだった。壁画とは違って、深い溝が連なって左右対称の曲線の重なり合った絵が描かれている。意味とかそういうものは芸術評価3の凡人には分からない。
その絵のちょうど真ん中に、他の文様よりも深い溝が縦に長く長く彫ってあるのに気がついた俺は、ゆっくりと後ずさって、その壁全体を一望した。
そこで確信する。薄暗くて気がつかなかったが、この壁は大きな両開きの扉だった。二枚の扉が合わさって左右対称になるように絵が彫られていたのだ。
これはまさか、まさかさま……出口だったりするのではないか!! もしくは違う階層へ繋がる扉とか!
来ました、このラッキーボーイ。見事自らの運で当たり部屋を引きました。でも正直いうとこんなとこで運使うんだったら元の世界でガチャに使いたかった。
それよりこの扉……見たところ取手はない。試しに両手でその扉を押してみる。……動かない。イコール開かない。だけれど、流石にここまで来てこの部屋を放置するのは嫌だ。もしこの部屋から出たら戻ってこれる自信がないし。
ピクリとも動かない上になんの反応も示さないそいつに、俺はいろいろ試してみる。全力タックルはもちろん。壁の溝にスイッチなどがないか調べてみたり。しまいには川の水を両手で掬って壁にぶっかけてみたり。
はい、どれもハズレでした~~。
力技でダメなら頭脳戦だこの野郎。俺を通さないからには痛い目を見てもらおう。
そうして俺は顎に手当てて考え込んで、元の世界で得た知識……正確にはラノベとかゲームで得た知識を呼び起こした。この世界は俺大歓喜なテンプレ要素が結構ある。ならそのパターンで考えようじゃないか。
こういう閉ざされた扉がゲーム内で出てきたとき、どんなメッセージが出るだろうか。
“かたく とざされ ていて あかない まだ ここへ くるのは はやい ようだ”
これだと一旦ここを離れないといかんからイヤだ。次。
“ここを ひらく ためには してんのう を たおす ひつよう がある ようだ”
四天王いないな。それっぽい奴いたとしても強い奴と戦って勝てる自信ない。次。
“ふしぜん な くぼみが ある ここに かぎを さしこめ そうだ”
……これじゃね?
ひらめきいた俺は、顔を上げた。
本物の鍵ではなかったとしてもキーアイテムとかそういうものが必要だということは十分にあり得そうだ。
先ほど壁を念入りに調べた時に、そう言えばあったのだ。不自然なくぼみ。最初に見たときは周りと同じような模様の一つだと思ってスルーしたが……
もう一度、俺は壁に顔を寄せてそのくぼみを見る。
壁に掘られた紋様の溝は、長い間放置されていたせいか、土埃で汚れていたり埋まってしまっていたりと手をつけられていない様子だったのだが、俺が気になったそのちいさな菱形のくぼみだけは、土埃が不自然に積もっていなくてやけに綺麗だったのだ。
スマホのつけ、そこを改めてよく観察してみると土埃がないだけではなく、引っ掻き傷が何本かそのくぼみ周辺に引かれていることに気がついた。
やっぱり―――
その時、手に持っていたスマホが喋り出した。
【この扉は迷宮の最下層にある、最後のルームへ繋がる扉。本来なら魔力を流せば開くが、今は作動していない。扉中央にあるくぼみから菱形のパーツのようなものが紛失していることが原因と思われる】
うん、それ全部俺が気がついたことだね……
――って! お前口出すんだったら早く言えや! 俺があんなに必死に足りない脳振り絞って考えた時間なんだったんだよ!
【懐に仕舞われていたため、カメラが遮られて鑑定機能が無効になっていた。たった今取り出されたことにより扉の情報を読み込んだ。初めて見るものを見つけたら、今までのように真っ先に鑑定することをお勧めしますが】
こんな時だけ敬語使いやがって! 俺テンションあがっちゃってすっかり忘れてたの!
出来の良い助手を持つと自分の立場が危うくなると言うことを学んだ俺は、ゴホンと仕切り直した。
それにしても、パーツとやらを嵌めないことには、この扉は開けられないと言うことか。しかもこの先最下層の最後の部屋らしい。まず俺がこのダンジョンの最下層にいたこと自体驚きだが。
最後の部屋って何があるんだろう? なにがあるんですかスマホ先輩。
【普通のダンジョンにはそのダンジョンの主である魔物の住処となっていたり、大量の財宝がある。このサルギナ迷宮は現在踏破されていないため、最終ルームについての記録がない】
未知のゾーンじゃん。好奇心わきあがるなあ。
この先にいけないのがものすごく悔しい。なんとかその欠けたパーツをつけられないだろうか。
俺は扉の真正面に仁王立ちして、その三センチにも満たない小さな窪みを睨みつける。
こんなに綺麗な菱形してるし、小さいけど探せば見つかるんじゃ……あ? 菱形ってどっかで見ましたねぇ!
俺は、大切にしまっていたあれを取り出そうとしてポケットに手をツッコむ。まさかのキーアイテムをもう既に持っているかもしれないと言う幸運。
もう幸運25なんて言わず2525でも俺は疑わない。
カタッ……
その時、背後で物音がした。
なぜかそれがおのずと敵ではないとわかった俺は本能的に、バッと背中を反り返らせて後ろを見た。そこにいた者に向かってその体制でビシッと指を差す。
第一村人発見ッ!
「……ッ!?」
上下が反転した世界の先、このルームの唯一の入り口に、人が立っていた。
しかも人間ではない、狼少女――先ほど俺が介抱し、何も言わずに逃げてしまったあの女の子だった。
運命か!! ――いてェッ!
この大きなダンジョンの一層で再び会えた幸運に驚いた途端、体から力が抜けてしまい、俺バウアーがバランスを崩してドシャアッと地面に倒れてしまう。
無理に背骨を猛スピードで反り返らせたせいで背中が……
俺が腰をさすっている間に、狼少女はハッと我に帰ってまた俺から逃げようと踵を返した。
ヤバイ、今回は逃さんぞロリっ子! ロリじゃなかった、女の子!
俺は颯爽と立ち上がってクラウジングスタートのポーズをとる。だっと飛び上がるように走り出して……異変に気がついた。
通路の奥へ走り去ろうとしていた狼少女が、ゆっくりと後退りしながらルームに戻ってきたのだ。その華奢な肩が小刻みに震えている。その腰から垂れた大きな尻尾が彼女の足の間に入って縮こまっている。
一瞬でその背後に追いついた俺は、彼女の前に回り込んでその顔を覗き込んだ。狼少女は目を見開いて俺なんかには気がついていない様子で通路の奥の暗闇に釘付けになっている。
この表情の意味は一瞬でわかった。―――これ以上ない恐怖だ。
彼女の後を追って、何かが通路からこの部屋へゆっくりと入ってくる。
それは、もうここのダンジョンにはいないと思っていた魔物だった。それも、熊型の。
心なしか、かつてのデカ狼よりもひとまわりほど大きいその巨体を血管の浮きでた太い四つ足で支えている。魔光石に照らされた毛並みが灰色に光った。小さな目は鋭く細められて狼少女を睨みつけていた。半開きになった口からよだれ出てきて、地面に小さな水たまりを作っている。手足の鋭い爪が擦れた地面がガリガリと削れていっている。
この熊が今獲物として標的にしているのはどうみても狼少女だろう。
一匹が進み、一人が後退る静かな間が続く。じりじりと対面しているなか、その静寂を先に破ったのは熊の魔物だった。
―――ガアアアアァァァッ!!
「ッぅ!」
熊の魔物は突然咆哮を上げ、両前腕を地面に叩きつける反動で上半身を起こし、その太い右腕を振り上げた。
ナイフのように鋭い爪がぬらりと白く光る。
【主人公】
今回は意外とテンションが普通だった男子高校生。
【女の子(狼少女)】
なぜか主人公から逃げる狼人間らしき少女。
2020.12.28:修正