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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
二章:狼的な幸運
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54.馬鹿につけていた薬

おひさしぶりです。



 やはり治験は重要なのだと実感した。ソラの想定外の症状、副作用が観察される度に、アノネはサラサラとメモをとっていく。


 今は、「知能引き上げ薬(馬鹿につける薬)」を飲んだソラが、「フハハハハ」と悪役のように笑いながら、またはそのような口調で四桁代の素数を列挙している。正直どちらが魔法薬による副作用かわからない。


「一生分叫んだ……」


 数分後、ようやく短い魔法薬の効果時間から解放されたソラが、ぐったりとベッドに倒れこんだ。数個の薬の効果と副作用に苛まれたにしては、意外とピンピンしている。その姿を見てようやくアノネは溜飲が下がったような気がしてバインダーを口に当てて口端を上げた。


 キルトの名だけで何も成果をあげられていないアノネの実験台に進んでなる人間はいない。初期にフェルムが一度快く引き受けてくれたものの、その一回で地獄を見てからは頼んでもやんわりと断られている。


 ウィウィにも「毛並みがよくなる薬」と、比較的被害を被らないものを飲ませてみたが、副作用で小一時間ブリッジをし続けるように体が痙攣したので、アノネへの好感度が少し下がったようだ。べつに気にしていないが。


「魔法薬って面白いね〜〜〜。すごい効き目だけどこんな副作用とか出ちゃうんだ」

「ウィウィ、もう飲みたくないなあ……」


 そうぼやく彼らの声で、アノネはペンを進める手を止めた。


「普通がこれだと思いますか?」

「んあ? どういうこっちゃ」


 察しのいいソラも、今回ばかりは気を使われているのかなんなのか、違和感には気がついていないらしい。


 よく考えればわかる事。魔法役にこんな副作用がセットのように一つずつついてくるわけがない。


「ワタシ()だけですよ……」

「アノネちゃん()? 何が?」

「ワタシは全能の天才ではなかったという事です」


 パーティー一の知能を持つアノネにも何故か苦手なことがある。それが彼女の実家で家業であったはずの魔法薬製作である。


 なんだか連日の騒ぎで疲れ、少し投げやりになっているアノネはため息のような軽さで饒舌になっていた。


「ワタシの作る魔法薬は、効き目はほぼ100%ですが、その全てが効果時間が一時間と持たない代物です。お分かりのように、必ずおかしな副作用がついてしまいますしね」

「すげーんだかやべーんだかわかんないね」


 ふざけた存在の詰め合わせであるソラに「やべー」と言われるまでの薬だ。何も言い返せない。


 迷惑極まりない代物を作るアノネが、副作用なし効果時間そこそこ効き目なあなあの一般的な魔法薬を作る学者と比べて劣るのは明らかで。成績優秀でありながらも、実家では肩身が狭かった。かといって、それだけがアノネの家での直接の原因ではない。


 とにかく、使い所を見いだせない魔法薬は試飲以外で誰にも使われることなくアノネの持ち物の底に溜まり、山を作っている。


「でも効き目は百パーじゃん? 使い所の問題だと思うけどな〜」

「それを見出す人もいなければ廃油同然ですよ、所詮は」


 ソラの言葉を一蹴したアノネが軽く笑った。自分で自分の事を否定するのはだいぶ久しぶりな気がした。普段の彼女であれば、プライドがそれを許さない。


 手元の試験管に落としていた視線を上げると、ウィウィが不思議そうな顔をして上の方を見ていた。その視線を追うと、これまた珍しく眉間に皺を寄せて怪訝な表情をしているソラがいた。存外、険しい。


「な、なんですか?」

「ん、なにが?」


 思わず動揺して問いかけたが、ソラは今のはなかった事にするように二パッと笑っていつものアホ面に戻った。最後に飲んだ魔法薬の副作用か何かがまだ残っていたのだろうかと、あまり気にはしないことにした。


「んとね。アノネちゃ、大丈夫だよ」

「はい?」


 室内に変な空気が流れていたところで、ウィウィがぺたぺたとアノネの下に歩いてきて、不敵な笑顔を浮かべた。血は繋がっていないはずだが、そこはかとなくソラに似ている。


「“ふくさよ”は変だしヤダけど、ウィウィの毛つやつやになったから」

「まあ……そういう魔法薬ですし」

「そーじゃなくてね。アノネちゃん、すごいよ。天才だと思うよ」


 アノネは口の中の頬肉を噛んだ。ありきたりな言葉だが、純粋さを持つウィウィから発せられると、嫌味も何もなくダイレクトにその言葉の意味が心に染みる。決して泣きそうにはなってはいないが、励まされた気がした。


「ウィウィと同い年なのにね、すごいねアノネちゃ!」

「それは余計な言葉というものです」


 忘れかけていたが、先日判明したウィウィと同い年問題はそう簡単にアノネの中ではまだ受け入れられていない。年上年下の序列を大事にする家柄ではあるが、染み付いた身の振り方を変えるのも癪だ。


「それな! アノネちゃんは、すごいよね!」

「あなたは便乗すればいいってもんじゃないですぞ」


 ウィウィの言葉に乗っかってきたソラはまた一蹴する。


 それでもソラはウィウィとハモってアノネを無駄に褒めてくる。ガラクタしかないといったばかりのアノネの懐から一体何を出そうとしているのだろうか。と、アノネが彼らの下心を疑い出したところで、早々にソラがその答えを出した。


「そんな天才のすごいアノネちゃんにちょっとお聞きしたいんですが、魔法薬じゃなくて普通の薬は作れんの?」

「なんですか、また舐めてます?」

「一回も舐めてないよ。や、真剣な話。俺困ってんだよね〜〜〜」


 と言って、その言葉の意図を説明するためか、部屋の隅に放り出していた自分のバックを手繰り寄せて中身の奥の奥を探り始めた。


 やがてソラは、「あった〜」とカバンの中から何か小さなものを摘み出した。


 カラカラ、ともカサカサとも取れる音を発する数枚のシートらしきそれは、いくつもの半透明の突起があり、それが二列に整頓している。どう見ても自然物ではないが、人工物にしては技術力が高すぎるモノに見える。


 ソラはそれを押し付けるようにこちらにそれを差し出してきた。


 怪しみながらそれを受け取り、観察してみる。シートの裏は薄い銀色の膜が貼られている。それを裏返して改めて表を見てみると、半透明の突起の一つ一つの中には五ミリほどの白い粒が入っている。


 丸薬、にしては小さい。


「薬……ですか?」

「うん。俺の花粉症の薬」

「花粉症……?そんなこと言ってましたね。それが何か?」


 ただ渡されただけでは分かりませんけど? という嫌味満載で言う。


 ソラは「もうそれだけなんだよね〜」と、手をペラペラはためかせた。


「このせか……ここに来る前に医者から遠出するって言って一ヶ月分半ぶんもらってたからなんとかこれまで持ってたんだけどさ〜。一日二回の食後服用生活、ここに来てあと一週間分しかないわけね」


 ここまで来ると皆まで言われなくともその意図がわかる。


「ワタシにあなたの薬を作れと?」

「ちゃんとお金は払うんで……依頼って感じでお願いできないでしょうか……?」


 頼むくらいなのだから、彼にその薬を処方していた薬師は今はいないと言う事だろう。ただの狼族であるウィウィ以上に身元不明なソラに薬を出すのはヤブ医者としか思えないが。


 何はともあれ、魔法薬が作れるアノネにとって、普通の薬を作ることは、変な副作用が出ることもないほど簡単な作業だ。ここで断れば、副作用を恐れる人間だと思われる。そんなのアノネのプライドが許さない。


「おくすり? 飲まないと、ソラどうなるの?」

「いや〜、まじ辛いよ? 鼻は詰まるわ、目は痒いわ、頭は痛いわ、夜眠れないわ、朝起きたら知らないところで寝てるわ」

「……花粉症ってそんな症状出ましたっけ?」


 アノネの知っている花粉症とはだいぶ違う症状らしい。既存の薬ではなく、ソラに合う薬を用意する必要があるだろう。


 ソラの人当たりの良さならば、ギルド経由で薬剤師の一人や二人知り合い以上に丸め込んでいそうである。それなのにわざわざアノネへ頭を下げている、と言う状況はなかなかやぶさかではないと言う気にもなった。


 易々と頼み事を受けることでプライドを傷つけるか、薬を作れない魔法師だと思われてプライドを傷つけるかの間でアノネは揺れる。


「……断る理由もないですし、薬の成分を調べておくくらいはやってあげます。あなたの専属薬剤師になるかは、検討しておきますよ。後ろ向きに」

「やった〜、ありがとうアノネちゃ〜〜〜ん!」


 呑気な彼を尻目に、手のひらの中に薬を収めた。どう足掻いてもこの男の良いように流されている気がする。それでも最近は悪い気はしない。


「ねーねー、ババぬきつづきしよう?」

「あ、そういえば」


 こんなにも時間を空けておいて、ウィウィはまた同じゲームを再開する気らしい。初めからカードを配りなおせば良いのにと思いながらも、アノネは自分のテーブルの上に放置していた自分の手札を拾い上げた。


 残り二枚、ウィウィからわざと引いたババが一枚と、エースのスペードのエースだ。


 アノネはその二枚をソラに突き出す。


「お〜、ノリいいねぇアノネちゃん」

「早く引いてください。終わったらワタシ、この宿の隣の薬屋に材料を補給しに行くので」

「終わるまでまってくれるのやさし〜」

「やさし!」


 やはりソラに似てきたな、とウィウィに対して苦手意識を少し引き上げながら、もう一度手札を前に突きつけた。ソラは一瞬のためらいもなく左右のうち右の手札を選び、引き抜いた。


「うわっ」

「あほですか」


 アノネにババが渡っていた事を忘れていたらしいソラはまたハズレを引かされた。その後、ウィウィはソラからババを引かず、アノネは安全な彼女の手札からエースのカードを引き当て、一抜けとなった。


「マジ!? 最初あんなにやる気なかったのに!」

「また負けたーーーっ!」

「はッ……カードゲームなら得意なんですよ、昔から。ワタシに勝ちたいならフェルムのように幸運値詐欺でもするんですね」

「すっげ〜……機会があったらそうするわ」


 来もしない未来に目を輝かせているソラとウィウィを背にしてアノネは鍔広の帽子を頭に乗せた。唾の淵から落ちる無数の星屑の飾りは、味方以外からの顔の認識を阻害してくれる魔法がかかっている。


 どれだけ本名を名乗ろうと、実際アノネを“アノネ”だと認識するのはアノネが許可した時だけだ。だから最近は調子に乗って名乗っていたが、よほど力のある人間でない限り、一般人には“キルト家のアノネ”を認識することはできない。


 安全対策バッチリのアノネは軽装で部屋を出た。扉を閉める直前、ソラの悲鳴が聞こえてきた。一瞬振り返った時、ソラの手元にジョーカー一枚が残っていた。


 代用の魔法杖で手遊び程度に掌中で転がしながら廊下を歩く。アノネの世界でただ一つの魔法杖は修理にはまだ時間がかかる。早くても一週間はかかるだろう。代理の杖が使えるよう訓練したとはいえ、油断すれば暴発し、街を吹き飛ばしてしまう。


 二度と見たくない光景を頭に浮かべ、すぐに打ち消す。


 行きつけの薬屋の入り口はもう目の前にあった。ソラの花粉症の薬の成分のあたりをつけて材料を買っておいてやるのも良いかもしれない。


 知らず知らずの内に思考がお人好しになっているのに気がついて、アノネは無理矢理口角を引き下げた。


「アノネ・キルト」


 名を呼ばれ、それが自分を指していると言うことに気がついて振り返るまで数秒の時間を要した。聞き覚えのある女の声だった。


 声の方を見ても、人が行き交う通りには自分を読んだ人物らしき者は見られない。


 ふと、視界が妙にひらけていることに気がついた。呆然と頭に手をやると、しっかり目深に被っていたはずの帽子がなかった。


 くすくすと、すぐそばで誰かが笑う声が聞こえた。同じ女の声だ。そちらを見ると帽子を見つけた。


 通りの真ん中で宙に浮いて(・・・・・)静止していた。目を見張ってそれを見ていると、ふっと力が抜けたように帽子は地面に落ちた。


 気味の悪い現象に怪訝な表情を浮かべ、帽子の方へ歩み寄って拾い上げようとした。しかし、体をその方向へ向けた瞬間、目に飛び込んできた光景に体が固まった。


 帽子がある方角には、薬屋と同じ通りにあるギルドサプリングデイ支部があった。そこから、今しがたちょうど出てきたと思しき男が、まっすぐこちらを見てた。距離にして数十メートル。その間には人並みもある。それでもこちらを見ていた。


 呼吸が止まる。心臓が急に大きく拍動して主張を始めた。男がこちらへ歩いてくる。


 反射的に俯いて、その際に足が震えていることに気がついた。男に気がついた人混みが、まるで海を割る伝説のように開けて彼らのために道を作った。


 飲み込む唾がなく、無理矢理嚥下した喉が痛んだ。アノネの目の前で男が立ち止まった。もう選択肢はなかった。


 馬車が迎えにきた。


「久しぶり、我が家の愚妹。慰謝料の準備はできてるんだろうな」




・ ・ ・ ・ ・




 特定の相手の事を異常に大事に思い、価値が高く感じたり、心身ともに接触したくなる事を“恋”と言うらしい。その感情には酷い高揚や、時には焦燥を感じる時もある。して、それは大半が一方的であり、相手が最初から同じ感情であることは少数である、らしい。


 上文はヨルが王都からの帰り際に寄った図書館で調べた本に描いてあったものである。


 別に恋という事象について調べていたわけではなく、先日のヨルの症状を調べていたらその低俗とも哲学的とも取れる本にたどり着いた。


 その本には他にも、その感情の消費の方法(紛らわし方)も描いてあったので、それに習い、行きでは二日かかった道のりを一日で疾走し、こうしてサプリングデイに帰ってきた。勇者にとっての適度な運動は、一時的ではあるが効果はあった。


 宿屋につき、フェルムの部屋に向かっていた途中で、たまたまアノネの宿泊しているはずの部屋に見知らぬ女客が鍵を開けて入っていくのを見てその足を止めた。


「……なんだ?」

「ヨル様、戻られてたんですね」


 眉を顰めてそちらを見てると、後ろから歩いてきたフェルムに声をかけられた。荷物がパンパンに詰められた麻袋を両腕に抱えてふらふらと近寄ってきたので、それを受け取り、自分のマジックバッグの中に詰め込み、向き直る。


「おい、今アノネの部屋に知らないご婦人が入っていったんだが……」

「え? な、なんでしょう……来客の予定なんかは聞いていなかったですけど……」

「というかお前、出かけてたんならソラたちはどうした」

「あ、アノネに見守りを……任せましたが……」


 嫌な予感を感じ取り、一旦アノネの部屋は放置してフェルムの部屋へ向かった。鍵を開けて中に入ると、ソラとウィウィが何事もない顔で二人でトランプをベッドに並べて遊んでいた。


「な、なな、なんで二人ともここにいるの!? 鍵かかってたよね!?」

「受付の人に言って入れてもらった!」

「そんな簡単な……」


 ソラは既にこの町で顔が効くようになっていた。なにしろ勇者が保護している狼族という特殊な立場だ。信頼も、彼の人当たりもいいため、大抵の頼み事は通るようになってしまっている。


 防犯的にも受付に注意をしておかないといけないだろう。


「そんなことよりも、お前らアノネの部屋にいたんだろう? どうしてこっちに移った?」

「ああ、そうそう。アノネちゃん帰っちゃってさあ」


 カラッと告げられた言葉にヨルとフェルムはぽかんと口を開けた。


「帰った?」

「うん、アノネちゃんのお兄ちゃんが迎えにきて帰った」

「帰ったって……まさか実家にか!?」


 それを聞いて、「どうして」よりも「まずい」という感情が先に浮かび上がる。トランプで遊んでいるウィウィが浮かない顔をしており、その状況の悪さを一層把握する。


 薬屋に行ったはずのアノネが十分と経たずに帰ってきて、「今までありがとうございましたと勇者殿たちに伝えてください」とだけ言って、荷物をまとめて部屋の鍵をホテルに返してしまったらしい。


 狼族である二人だけでホテルを出るわけにもいかず、そういう理由でフェルムの部屋に転がり込んだということだった。


 情報量が全く足りない。事態を把握していないのか、いつもの軽い調子のままであるソラから以上の話を聞いた。


 顔に手を当て思考を巡らせたヨルは、ソラに問いかけた。


「お前……止めなかったのか?」

「止められる雰囲気じゃなかったよ? 俺がなんか言おうとしたら、魔法杖口に突っ込まれてさ。気がついたら追い出されて、しかもいなくなってたし」


 ソラの話に対してウィウィがウンウンと大きく頷いていた。よく見ると、ベッドのそばにアノネが使っていたギルドから貸し出しの魔法杖が立てかけてある。


「ちょっと寂しいけど、でもよかったね〜。アノネちゃんって家出したところをヨルたちは保護してたんでしょ〜〜〜?」


 フェルムがギョッとして背後で飛び上がるのがわかった。何か言おうとしたので、ヨルはそれを手で制した。


 怒りが沸々と湧いてくるが、それはソラに対してではない。ソラは何も知らないだけだ。アノネとはこの一ヶ月ほどで打ち解けはしただろうが、彼女が身の上話をするとはあの性格からは思えない。ほんとうに、何も知らないだけだ。


 本当に悪で、怒りを向けるべきなのはアノネの――


「何事も、家が一番だし」

「ソラ」

「おうちに帰れてよかったよね〜アノネちゃん」

「……ソラ」

「お父さんお母さんも、心配してただろうし……――」

「ソラッ!」


 様子がおかしい。トランプを見つめたまま淡々と話し続ける彼の肩を掴んで強引に振り向かせ、ヨルは歯を食いしばった。


「アノネは! 実家で虐待を受けてたんだよッ!」




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