47.薄暗い牢屋の中で
2022.2.14:大幅加筆修正
「パンプこえ~~~」
アノネが肩を落としていると、爆発時にも微動だにしなかったソラがようやく声を出した。場違いな呑気な声に苛立ちが沸き起こる。
「何なんですかアナタは! 今の話聞いてなかったんです!? このままじゃ斬首ですよ、ザンシュ!」
自分がここまで取り乱している理由もわからないまま、アノネは怒鳴る。しかし、ソラはいつも通りどこ吹く風だ。
「大丈夫だって。今日死ぬわけでもあるまいし」
人攫いがアステラという真実を知ってなおも楽観的なソラに、舌打ちする。強がりでも何でも無い、ただの愚かな世間知らずだ。
人攫いは、いままで正体を掴ませなかった徹底ぶりと手口を持ってたみを苦しめてきた。そんな存在が日常生活のすぐ隣に蔓延っている。狼などというちっぽけな存在など、簡単に隣の大陸へ連れ去られるに違いない。
もし今うまく逃げ出せたとしても、この世界で暮らしていく限り、一生アステラの狂気から逃げ回る生活を強制される。それが、彼にはわかっていない。
「それよりもさ、俺たちもパンプみたいに強行突破で出られないの? アノネちゃんの魔法とかで!」
「……あっ」
ソラの言葉を聞いて、自分の魔法杖の存在を思い出した。確かに魔法ならば金属の檻なんて簡単に突破できる。
この程度のことをソラに先に気が付かれるなんて……と少し屈辱を感じながら、魔法杖を呼び出そうと手を振った。
「あ……あれ? 杖が、魔法杖がない! 没収されてます!」
「え、あの異次元収納の魔法杖って没収できんの?」
「そ、そんな……! あれがなきゃ……」
アノネは真っ青な顔で膝から崩れ落ちた。
「ヘイ、スマホ。“魔法杖”で辞書検索」
『魔法杖:主に魔法使いなどが使用する器』
「“器”で再検索」
『器:この世界で魔法を使用する人間に必要な、魔力制御のための道具。獣人は魔力量が他の種族とは比較的少ないので必要ない場合が大半。勇者様の刀、フェルム様の鞭などがそれに当たります』
「へ~! あれそういう道具だったんだ! 」
魔道具に向けてテンションの高い独り言をしているソラ。その魔道具から間違ってはいない解説が聞こえてきたが、アノネにとってのあの魔法杖はそんな単純な存在ではない。
「……あれ? 魔力制御のためってことは、器がなくても一応魔法を使うことはできるってこと?」
『可能ではあるようです。お詳しいことは見習い魔法使い本人に聞いてみては?』
「おお、スマホ……お前のAI生意気に育ったな~。で、どうなんですか見習い魔法使いサン?」
「だれが見習い魔法使いですか! 大魔道士と呼びなさい!」
肩を落としていると、忌々しく輝く自分の髪の毛が横顔に触れた。それを乱暴に正した。
「……確かに、普通の人は器がなくても魔法は使えるでしょうね」
「ということは?」
「きっと低脳のアナタは、ワタシの髪の色がこんな理由も知らないし、予想もつかないんでしょう?」
「もちろん」
素直なソラは、何の疑いもなくアノネの口から説明がされることを静かに待っていた。気に食わないが、答えるしかない。
「ワタシ、魔力の保有量が多すぎるんですよ……」
アノネは自身の髪――オレンジと青の派手なグラデーションが特に強い部分を撫でた。
この世の生き物は各々の魔力保有量に比例して外見に影響が出てくる。その変化が一番顕著に現れるのが体毛の色だ。
街で噂になるほど魔法が上手ならば、フェルムのように暗めの青や赤等の派手な色に変色。冒険者ギルドで有名になる程の魔法使いならば、さらに明るい色に。国や教会で活躍するほどの上級魔導士になると、ヨルのようにその髪色に煌めきが追加。
「そして、さらに突出して魔力量が多いと、このように一色どころか何色もミックスされたグラデーションがかかるんです……嫌にキラキラするし、正直言って寝る時邪魔です」
「贅沢な悩みってこういうことか~。言われてみれば、アノネちゃんとかヨルってキラキラしてんな~って思ってたわ」
スキートにエルフだと間違えられたのも、この常軌を逸した髪色になるほどの魔力量を持つのが人間であることが珍しいからだ。
「魔力なんて持っててなんぼじゃねーの? なんでそんな……ヤナカンジなん?」
「……爆発するからです」
「……エクスプロージョンかい? エクスプロージョンかい!?」
「なんでそんなにテンション高いんですか」
爆発。冗談抜きで注意しなくてはならないものだ。
一般人が器なしに魔法を使うと、制御しきれず一気に魔力が外に流失して枯渇状態になる。大量に魔力を保有する人間が同じことをすると、体内に圧縮されていた全ての魔力が外に出て、瞬間周囲を巻き込んで破裂する。それが“爆発”である。
「ありゃァ。アノネちゃんが爆散するところは見たくないなあ」
「するときはアナタも巻き込んでやりますよ」
ここを脱出する手段がなくなってしまったというのに、困った様子がないソラを睨みつけるが、そんなことをしても彼が動揺しないことはとっくにわかっている。
「これからどうします? 自力での脱出は難しいですよ」
「俺はこれからよりも、アノネちゃんの“これまで”に興味があるんだけど?」
「はぁ?」
脈絡もなく聞かれ、アノネの頭は一瞬真っ白になった。話を逸らされたと気がついた時にはソラが二の句をついでおり、遮ることができない。
「ずっと気になってたんだよね。キルト……魔法製薬だっけ?」
「……貴族でも魔道士の家系でもなく、ただの製薬協会の出身でがっかりでもしましたか」
この国に知り渡るキルトの名を聞いた人間には幾度となく肩を落とされてきた。アノネの髪色を見れば、魔導士としての才能があるのは明々白々
。それなのに魔導士の家系でないということは、宝の持ち腐れだと思われるからだ。
しかし、世間知らずのソラがそんな判断基準を持っているわけもなかった。見れば、彼はポカンと口を開けてる。
「いやあ、そいうことじゃなくてさ。魔法薬の方に興味があったんだけど……そんなに聞いて欲しいならアノネちゃんのおうちのこと聞いちゃおうかな?」
「はあ? ……何でそうなるんですか」
「いいじゃん。どうせ今は暇だし……だめならいいけど?」
話す気はないというつもりで牢屋の外へとそっぽを向いたが、懲りない視線を感じる。観念して振り返ると、ソラは嬉しそうに笑った。
仕方なく檻の柵から離れ、ソラから少し離れた場所に腰を下ろして壁に寄りかかった。
ソラが話し出すのを待つ。十秒、三十秒、一分。沈黙が続く。
「……ちょっと。気まずいんですが?」
「ん……? あ、ごめんぼーっとしてた」
「アナタが言い出したんでしょう。勝手に質問でも何でもしてくださいよ」
「ごめんごめん。ごめんなサイクリング」
「寒い!」
「いてっ!」
手頃なところにあった小粒の石を投擲すると、ソラはまた笑った。どマゾかこいつは、と舌打ちした。
「期待されてるような場所じゃないですよ、ワタシの実家は。最低最悪の家族でした。だから……家出したんです」
話してやろうという気分になった途端、するすると言葉が出てきた。ソラと話していると何故だか口が緩くなる。このままでは必要以上に自分を曝け出してしまいそうだった。そうならないよう、一旦口をつぐんで息を吐く。
「実家を家出!? ……俺にはちょっと想像できないな。どう最低だったの?」
「どう? どうって……はっきり言ってクソだからです、ゴミ溜めです」
「アハハ、そんなに?」
言葉に詰まる。言ってもいいこと、言わなくていいこと、言いたくないこと。順に整理して、言葉を組み立て、誤魔化した。
アノネが勇者の監視役を任命された際、少しだけ彼の身の上話を聞いた。貴族にも関わらず、家族内でも兄弟と親から孤立する自分の立場に苦しんでいたらしい。
それでもいいじゃないか、自分の命の保証も、尊厳もまだある。信頼できる従者もいる。孤独など、彼の錯覚だ。
「家だけじゃなかった……あの環境は、ただの……」
どんな魔法の才能があろうと、家業を次ぐ才能がないとわかるや否や娘を会社の道具に使った親。
いつでも見下して蹴落とすための弱者を探しているスクールの同級生。
何もかも信用できなくなって手段を選ばなくなった自分。
全て、最悪だったと思う。
親も昔はあんな人とたちじゃなかったように思う。それなのに、どうしてああなったのか。
アノネは大きなため息とともに立てた両膝に顔を埋めた。
「アノネちゃんは父さん母さんが嫌いなんだ?」
「ええ」
「家出するほど?」
「ええ! そうですよ!」
心の底からの言葉を吐いてなお、ソラは立て続けに問いかけてくる。
「アノネちゃんを――育ててくれたのに?」
最後の質問に、思わず顔を上げた。
ソラの声が泣きそうなほどの優しさを含んでいたから。彼の表情はただただ純粋で、しかし真剣さを孕んでいた。その顔を見ているだけで、嘘をついてはいけないという強迫観念に陥る。
「あんな……あんなの…………」
何故か目の前の狼が恐ろしくなって動揺する。そんな自分に気がついて、恐怖心を振り払うためになんとか言葉を絞り出した。
「――自分たちのために、生かされていただけです」
そう言った途端、いつも話し相手をまっすぐ見つめる昊の目線が、逸れた。
「そっか」
しかし、その表情とは裏腹に彼の返事はあっさりとしていた。
その言葉を最後にあのおしゃべりなソラが黙りこくってしまい、話し出す前よりも気まずい空気が流れる。
聞いてきたのはソラの方なのに、どうして自分がこんな思いをしなくてはならないのだとアノネは不機嫌になる。
しかし、気がつくと彼にかける言葉を自ら探していた。自分から話題を振るのは好きでもないし慣れてもいなかったが、ソラに対して聞きたいことは山ほどある。その中から適当に選んで聞けば、このお調子者の口は簡単に開くに決まっている。
そうして、決心ののちに口を開こうとしたとき、遠く――上階から大きな揺れとかすかな人の悲鳴が伝わってきた。埃っぽい天井からパラパラと砂が落ちてくる。
「な、なん……何ですかこれは!?」
パンプが起こすような爆弾による揺れだとは思えなかった。それよりも大規模な揺れだったからだ。しかも、巨人が歩いているように断続的な揺れがだんだんと近づいてくるではないか。
いつも余裕を装っているソラも、こればかりは状況が読めていないようで、口を真一文字に結んで天井を見つめている。
そしてついに、近づいてきた振動がちょうど頭上で止まった。
途端にソラが曲がった尻尾の毛を逆立てたかと思うと、呆気に取られていたアノネの上に覆い被さった。
直後、通路の天井に光の円が出現。それを描いたのが剣が纏う魔法の光の残像だと気が付ける暇なく、その線に沿ってくり抜かれた天井が落下してきた。押しのけられた空気が突風となり、それに煽られた瓦礫が吹き飛んでくる。
アノネはソラに抱きつかれていたせいで周りが見えず、パラパラと足に当たる砂つぶの感触しか感じることができない。揺れはすでに収まって当たりが静まり返っているのに気がついて、崩落がさらに誘発する心配はなさそうだった。
「ちょっと、もうどいてください! ワタシに飛びつくなんて情けない!」
「いでっ」
アノネは軽蔑をたっぷり込めてソラの肩を叩いてその腕の中から脱出した。ため息をついてドレスの裾を払いながら顔を上げ――声も無く飛び上がった。
落ちてきた円型の天井の中心の上に、ヨルが無言で立っていたからだ。
「ゆ、ゆゆゆ、勇者殿!?」
「え? ヨル?」
ようやく言葉を絞り出して声をかけてもヨルは刀を片手に俯いたまま微動だにしない。突然の登場に動揺はしたが、ヨルはアノネたちの危険を察知して救けにきてくれたということなのだろうが、様子がおかしい。
どうして危機がわかったのか、そもそもさっきの地震は何なのか。回転の早いアノネの頭に、次々と不穏な疑問ばかりが浮かんで、素直に安心することができない。
「おぁ~、助けに来てくれたんか! あざます、パネェっす、ヨルサン!」
そんな異変にも気がつかず、馬鹿正直にヨルに感謝するソラ。魔法で吹っ飛ばしてやろうかと逡巡するも、杖がなかったことに気がついて断念した。
じっと地面を見つめていたヨルは、ようやくゆっくりと顔を上げた。牢屋の柵越しに見るその顔は、糸で操られた人形のようにぼうっとしていて、首も少し横に傾いているように見えた。
彼はおもむろに牢屋の前まで歩み寄ると、微かな風音を刀から発させた。途端、アノネたちを閉じ込めていた鉄柵が細切れになってバラバラと地面に散らばる。
「…………ソラ」
アノネの驚愕の表情を無視して、ヨルはソラの方を向いた。本人は「え、なに? 俺?」と自分を指して呆けている。
ヨルは口をパクパクと開閉させていて、心なしか息が荒い。やがて、ようやく決心がついたかのようにスウッと息を吸い込んだ。
「お……“オレ……と……つきあって、くれ”……?」
なぜか漂う言わされている感。ヨルは自分でその言葉を発したにもかかわらず、自分への疑問が滲み出ている。
いや――その前にこの男、今一体何を言ったのか。
つきあってくれ。付き合ってくれ? 告白? この状況で? ああ、そうか告白か………
そんな長考の後、アノネは自分を納得させようとした。
「はああああああぁぁぁぁッッ!?」
無理だった。絶叫が喉の奥から飛び出した。
その声でヨルもハッと我に帰り、信じられない顔で赤くなった自分の顔を抑えてた。酷く動揺しているようで、「いっ、いや、今のは」と吃りながら何か弁明しようとしている。
アノネはヨルの告白相手を振り返った。ソラは顎を出してキョトンと間の抜けた表情でヨルを見ている。当たり前の反応だった。
もう可哀想なほど吃っているヨルを見て、ソラは首を傾げ、腕を組んで考え込み、少し時間を置いてから「あぁ」と握り拳を反対の手のひらに打ちつけた。
「いいけど……」
「はあァ!?」
アノネはこれ以上ないほど信じられない顔をしてソラを見た後、もう一度ヨルを見た。ヨルはその返答を聞いて虚空を見つめて固まっている。完全に思考停止しているようだ。
ソラは、眉を顰めながら続ける。
「いや、全然いいんだけど、どっか行くんならこっから出てからにしてくんね?」
「……え?」
何か、話が噛み合っていない。ヨルだけで無くアノネも眉を寄せた。
ソラはさらに折れそうなくらい首をぐらっと傾けた。
「ヨルさーん? お返事は?」
「……つ、つきあ、てくれる、のか? あ、え……?」
「まあ、どこに付き合うかにもよる。てかどう考えても今そういう状況じゃねーだろ」
ソラの言葉の後、数時間にも思える間の静寂が訪れた。
その言葉の意味が理解できた瞬間、アノネは――
「で……ですよねーーー!」
――ほっと安堵した。
「あー、びっくりしましたどうしようもないような人間とはいえ、一勇者が最弱種なんかに特別な感情を抱くわけないですもんね! ああ私ったらなんてありえないことを考えてるんでしょう大魔道士の名が廃ります!」
饒舌になったアノネは、いつの間にかかいていた冷や汗を拭う。
アノネに遅れて理解が追いついたヨルは、何故かガックリと肩を落としながらも、どこか安堵した表情をした。すぐに咳払いをして、正気を取り戻す。
「そ、その話はまた後でする……と、とりあえず、なんでお前らこんなところで捉えられているんだ?」
「知ってて助けに来てくれたんじゃないんかーい」
・ ・ ・ ・ ・
◆現世◆
夜の渾身の愛の告白。その大声を全身に受けた昊モドキは、体を若干反らせた。しかし、ニヒルな笑みを浮かべたその表情は崩さないまま、余裕を持った動作で体勢を元に戻す。
「知っているとも。お前ならそうするんだろうな~」
魔王はあれだけ煽ってきたくせに、既に興味をなくしたかのように車窓の外の夜景に視線を移した。その態度に夜はムッとする。
しかし、途端に冷静な思考が戻ってきた。自分は今一体何をしたのだろう。昊の生写しのようとはいえ、この赤の他人の魔王に? 告白したのか? それも自信満々に?
「………………死のう」
「若者特有の死にたがりはヤメロ~~~」
刃が繋がったばかりの日本刀を首に当てると、魔王に片手で止められた。泣く泣く刀を下ろすと、魔王は鼻で笑って夜を嘲ってきた。
「それを本人に伝えられていたら今頃恋仲だったかもしれんのにな~。今更アイツは気がつかんぞ」
「そんなものわかって――……あ?」
魔王の言葉に引っかかった夜は、彼の顔を見た。魔王は満面の笑みを浮かべた。
「わはは。一体何を勘違いしているのかは知らんが、昊本人はお前の恋慕なんぞ一ミリも気がついてなんかいないぞ」
「なッ……!?」
あまりにもあっさりと告げられた事実に、夜は仰反る。
それが事実なのだとしたら、今の茶番は一体何だったのだろう。
――というか、昊。逆に全く気がついてくれていなかったなんて、鈍感にも程があるよ。
――いや、そもそもこの昊モドキ。まさか俺を陥れようとしてわざと黙っていたんじゃなかろうか。
そんな、諸々の心の叫びを、夜はとりあえず一言に込めた。
「何だとオオおおおおッ!?」
頭を抱えて固まった夜に冷たい視線を送った魔王は、口元だけに笑みを浮かべた。
(……まあ、気がついたところで、あの男の気持ちは何も変わるまい)




