45.落下ダメージ
2022.2.14:大幅加筆修正
「遅いな」
「ま、まだパーティー開始から三十分くらいしか経ってないですけど……」
「しんぱい!」
心配という限度を通り越した主人達の発言に、フェルムは戸惑いつつ時計を確認した。魔力式の懐中時計の補充魔力は十分にあり、長針短針が遅れるような欠陥はない。正確に時を刻んでいる。
サウザリーフ郊外にポツンと存在するスキート邸から野原を挟んで一キロほど離れた丘の上。そこで、ヨル、フェルム、そしてウィウィが待機していた。
ステルス性の魔法効果がかけられた簡易テントをせっかくフェルムが張ったにも関わらず、ヨルとウィウィは並んで丘の上に仁王立ちし、遠くに見えるスキート邸を睨みつけている。まだちらほらと遅れてスキート邸に向かう貴族の馬車が近くの道に見えるため、もう少し隠れる意思を見せて欲しいというフェルムの願いは届いてくれない。
「やはり俺が行くべきだったか。ソラに任せるべきではなかったか……?」
「け、警戒されるからと言ったのはヨル様では……」
「ウィウィがソラと行けばよかった!」
ソラによく懐いているのはわかるが、今回のパーティーの条件に合う組み合わせがあの二人だったのだから仕方がない。出会って数日にも関わらずよく似ているウィウィとソラでは、性格的にも見た目年齢的にもデコボコカップルは成立しない。ウィウィがソラに懐いている以上の感情を持っているのは明白だが、今回は我慢して欲しい。
しかし、フェルムも安心しているわけではない。ソラとアノネの性格的相性は最悪だ。しかも、ソラは鋭いものの、目的達成のために手段を選ばない問題点がある。最終的にどんな結果になるのかがわかるまで、フェルムの激しい鼓動が落ち着いてくれそうにない。
ヨルが珍しく本気で他人の心配をしているのは、フェルムと同じくソラの奇行が心配だからだろう。
つい最近までアステラの情報に取り憑かれて自分のことで精一杯だった彼の心中を思い返せば、この変化はとてもいいものに思える。ただ、元から脳筋という大雑把の極みを土台とした思考回路のため、その行動の思い切りの良さがソラとは違うベクトルで困りものだ。従者としてのフェルムの心労は絶えてくれそうにない。
フェルムはテントの陰で、二人の夕食の準備をするために、マジックバッグから肉を取り出し、塩を振ってフライパンに乗せた。
そもそも彼らがここに待機している理由は、万が一会場で騒ぎが起きたりソラとアノネに何かあった時にすぐ救助に向かえるようにするためだ。
しかし、今まで会場で直接騒ぎが起こった例はない上、ただの調査でそんな万が一の事態が二人に降りかかる可能性は低いだろう。
少なくとも今回勇者コハクトが出向く必要が発生するようなことはないはずだ。
長考していた間に焚き火にかけていた肉が焼き上がる。いまだに仁王立ちで屋敷を監視している二人に声をかけながら、ヨルの肉には胡椒を振り、ウィウィの方にはお子様メニュー風にコーンを添えた。
・ ・ ・ ・ ・
収穫がない。交流目的の雑談を装って他のカップル達に聞き込みをしても対した情報が全く得られなかった。それどころか、この屋敷に入ってから最初のリア獣が言ってたような怪しいウワサですらめっきり上がらなくなってしまった。
そもそも、このパーティーに出席している客の三分の一ほどはスキート主催イベントの常連客。顔馴染みなどの純粋にスキートを好いている者が多く、彼が不利になるような情報は吐かなかった。
「やはり……にはないはず……スキート氏の周辺は……」
あまりにも調査が失速しているので、アノネちゃんの機嫌は急降下。先ほどからブツブツと考え込みジュースの入ったグラスをぐるぐるぐるぐる回しまくっている。目つきも心なしか悪い。乙女の表情ではない。
目に付くカップルにはあらかた話をしてしまった。収集源が消えた今、手詰まり状態だ。スキートは続け様にいろんなカップルと長話をしているため、こちらが突撃できる隙がない。
なのでどうにかスキートを観察してただ待っているということだ。だからアノネちゃんの機嫌が悪い。グラスを回しながら、ずっと彼を睨みつけている。
わっかりやすい&怪しい。人のこと言えないじゃん。
真剣な眼差しは可愛いが、これじゃああからさま過ぎる。焦ってるわけじゃないと思うけど、もう少し肩の力抜かないとな。
「アノネちゃんってさ、貴族?」
「……違いますが。どうしてそう思ったんです?」
適当な話題をふっかけると、アノネちゃんは視線はそのままに答えてくれた。私語をするなという不機嫌さが声色から伝わってくる。
「敬語もそうだけど、勇者の監視係になるくらいは信用される振る舞いも知識もあるわけでしょ? 結構いいところで育ったのかな~って思ってみたり」
アノネちゃんは言葉の毒や態度はともかく、振る舞いやマナーはしっかりしている。
一ヶ月ほど、この世界で過ごして来た。内職を受けるために入り浸っていたギルドはまさに冒険者社会の縮図という感じで、多種多様な人間、人外が出入りしている。
それを見ている中で知ったのが、この世界には俺のいた世界のような義務教育システムがないことだ。そのため、身分や貧富の程度で結構振る舞いや知識の差が出る。冒険者という職業がある性質上、教養がなくても最低限どの稼ぎができるという考えが染み付いているからなおさら教育の優先度が低いらしい。
物の食べ方、字が書けるか、それが綺麗かどうか、勘定ができるか、そして口調など。そこからあからさまな貴族系かそうでないかの見分けがつきやすい。アノネちゃんは明らかな前者だ。
アノネちゃんは眉を顰めた。一瞬俺に不審な視線を寄越して、またスキートがいる方へ戻す。
「そう、ですね。貴族ではないですが、少なくとも低俗な家庭で育ったわけではないですよ。まあワタシは優秀ですからね」
微妙に濁された。まあいいけどね。
「じゃあさ~、その優秀なアノネちゃんが勇者パーティーなんてのに入ったのも、優秀だから? 確か、パンプ以外で一番最近パーティー参入したんだよね」
「そ……その通りですぞ。勇者殿は見る目がありますよね」
「俺はアノネちゃんのことだからヨルがいるからパーティーに入ったのかと思ったんだけどな」
ピタッとアノネちゃんの動きが止まった。ラグいゲーム画面のようにカクカクの動きで俺の方を振り返る。
「な、なぜそう思うんです」
「え、だって。アノネちゃんヨルのこと好きでしょ?」
そして、バネのような勢いで俺に詰め寄ってきて胸ぐらのネクタイを掴みかかってきた。
わあ、さっきより顔が近い。
しばらく睨み合っていたが、気まずい間に耐えかねた俺がニコッと笑いかけると、アノネちゃんは呆れて乱暴に手を離した。
あぶねー。窒息するところだった。
「どうして! 知ってるんですか!」
「えー、だってアノネちゃんわかりやすいじゃーん。たぶん、ヨルのパーティーに大人しく拾われたのも一目惚れしたからでしょ~~~?」
「ぐっ……ぬぬぬ」
図星だ~~~! ぐぬぬ顔が輝いています。かわいいね。
「別に今は好きでもなんでもないです! 邪宗なんかに協力していたただのクソヤローじゃないですか。あの人なんて顔だけです。ワタシは顔を評価していただけです。今は嫌いです!」
「アノネちゃんは面食いか~」
モゴモゴ言い訳をしているアノネちゃんは、すっかりスキートのことを忘れている。
「じゃあ俺は? 俺はイケメン?」
「は? 中の中なんですが?」
「わぁい、アイムミスターミドル」
オレンジの髪色でわかりずらいが、若干顔が赤くなっているのがわかる。
フェルムかヨルかで結構当てずっぽうに言ったんだけど当たったみたいだそう考えるととても悪いことをしてしまった気分になる。
「ごめんねえ」
「……なにがです。ドスべりギャグでワタシに鳥肌を立たせたことについてなら許しませんが?」
「このパーティーも本当はヨルと来れれば雰囲気マシマシだったのにな~って」
「だから、今はなんとも思ってませんって!」
「照れなくていいのに~」
「照れてないです!」
青春だねぇ。俺二次元にしか恋したことないわ。
右手か左手か、どちらの手で俺を殴ってやろうかと手を握りしめていた彼女だったが、これ以上注目集めるのは嫌なようですぐに両拳を降ろしてしまった。
別にいいんだけどなあ。
「ああもう! 無駄話をしていたせいでスキート氏を見失ってしまいました!」
「あらら。まあ、この会場内にはいるだろ」
このパーティーの主催者、スキート。ヨルの反応や最初の挨拶のぶっ飛び具合からまともな人間(?)ではないのは察している。けれど、ここにくることになったのも何もかも急で、彼についてのそこまで詳しいことは知らない。
「不思議なのは」
「ん?」
「スキート氏の仄暗い噂を外でも聞かないことです」
どんなにイラついていても、根は真面目。仕事の話に移った途端、アノネちゃんの表情は真剣なものになった。
「調べたの? スキートのこと」
「な、なんですかその目は! ワタシだって世論や有益そうな噂話くらい聞きますし、記憶してます! ……それに特にスキートはここら大陸の東側では誰もの話の種ですよ」
思ったよりも彼女の見聞が広いのに驚いてしまったのが顔に出てしまった。ポーカーフェイス、ちゃんと発動させないとな。
アノネちゃんの知る“変人スキート”の噂話を聞くと、その通り名からそれない面白いエピソードがザックザク出てきた。
過去にスキートが主催した他のパーティーのテーマ一覧がこちら。
“地面から宇宙までの距離を地面に寝転んで感じる会”
“猫の尻尾の揺れるパターンを探す会”
“魚に含まれる寄生虫の謎を愛する会”
“最弱種狼についてなぜあれほどの弱いのかを七十二時間語る会”
最後の大変不愉快極まりないテーマは置いておいて、テーマだけでスキートの頭のぶっ飛び具合が分かる。しかそれを月一ペースで開催している上、それなりに毎回参加者がいるらしい。
なんだこの圧倒的カリスマ性。夜の帝王でももうちょっと勧誘の仕方はまともだったぞ。
「スキートを気味悪がる人間もいないわけではないですが、妙に人気があるんですよね……そういうところがますます怪しいです」
でもそうなると、今までの聞き込みでは有益な情報が出ないのは当然だったということだ。
「問題は、人が消える原因がスキートの変人電波が伝染してるせいなのか、人攫いのせいなのかってところね……どうかなあ、変人は善にも悪にもなるパターンあるからな~~~」
「なんですかそのパターン」
「俺の世界の常識」
「いらない常識ですね」
こうなると、最初の目的通りにスキートと話したいところ。アノネちゃんも同じ意見なようで、見失った彼を探して視線だけでキョロキョロと周囲を見回す。
「正直あのスキート氏に話が通じるのかが不安なところ――」
「ワタシをお探しかな?」
背後から力強い声が聞こえてきた。自信に満ち溢れたその声を聞き間違えるはずもなく。驚いて振り返るとそこにはピンと背筋を伸ばして歓迎の笑顔を浮かべたスキートがいた。
縮地法の使い手かもしれない。
「どうも新たな凸凹カップル諸君! 君たちとは一目見た時から話したいと思っていた!」
暑苦しさすら感じるスキートはさらに口角を上げた。鋭い歯がむき出しになる。よく見ると、脇にはきちんと愛しの嫁であるチェルシーを抱えている。すげぇ怪力なのか、これが愛の力なのか……
アノネちゃんは動揺で人見知りが発動してあわあわと口の開閉を繰り返している。
「すまないな、ワタシは楽しみは最後に取っておくタイプなんだ! 狼族を見るのは初めてでな、会場入りの際見かけてからずっとうずうずしていたんだ!」
「おー、そりゃ光栄デース。 エグザクトリーで狼族の本田昊でーす。ホンダが苗字でーす」
「ミスターホンダだな! よろしく!」
とりあえず挨拶を、と思って手を差し出すと、スキートは力強く上下に振った。最初に見た時から思ってたけど、こいつテンションたっかいな。俺はこんなに落ち着いてるのに。
「確かキミたちはグリフィン家からの紹介だったな! 勇者になったコハクト君にも恋人ができたのではないかと思って招待状を出したのだが……」
「いやあ、あいつはダメダメ。堅物だし。しばらくは恋人できないと思う」
聖職者なのを言い訳に独り身を正当化してますから、あいつ。
というか、スキートは招待状まで一人一人確認してんのか。
俺たちは王都からの命令で実際にグリフィン家に届いた招待状を使い、紹介という形で来ている。凸凹カップルなんてそういないからこそそう言われるのだ。だから招待状は知り合いなら譲渡可能なのだそうだ。
「しかし、勇者とはやはり奇妙な運命を背負っている。まさか絶滅したとされていたウェアウルフの知り合いがいるとは。こんなパーティーも開いてみるものだな! 以前にウェアウルフに興味があった身としては嬉しいことだ!」
なんというか、ぐいぐいくるなこの人。喋り方は屈強なくせにオタクっぽい。親近感。
「そんなミスターホンダの恋人がこちらか。君はエルフか何かか?」
スキートは俺の後ろの方へ視線を移した。いつの間にやら俺の後ろに隠れていたらしい。アノネちゃんはビクッと肩を震わせたものの、小さく深呼吸してから胸を張って前に出てきた。
「わ、ワタシは人間です!」
「ああ、そうだったのかすまない。その輝く髪色に目を引かれてしまった。そこまでの変色が起きているということは相当な魔力をお持ちのようだ。いったいお嬢さんは何者だ?」
彼女の髪色に驚いている様子のスキート。確かに彼女の派手なグラデーションがかった髪色は珍しいが、そういう意味で言っているわけではないらしい。
俺も最初アノネちゃんのこと見た時はパリピかなって思ったもの。
彼女はムッとしたものの、それを無理やり消すように胸を張った。
「わ、ワタシは大魔道士! ……になる予定の、アノネ・キルトです! 魔力量が高いのは当たりま―― 」
「キルト? もしやあのキルトか!」
アノネちゃんがいつもの文言を言い終わる前にスキートが感心したような声を上げた。
「え、アノネちゃんのこと知ってんの?」
「いや、アノネ嬢とは初対面だ。しかし、キルト家と言ったら確か貴族御用達の大手魔法製薬協会のトップの名じゃないか」
そんな「当然でしょ」みたいな顔で言われても知らんし。
タイムリーなことに、アノネちゃんの身の上の話が出た。
貴族ではないって話だったけど……俺の周りすげー境遇のやつしかいねぇな。
すごいね~なんて言おうとしてアノネちゃんの方を向くと、睨みつけられた。
「ワタシもあそこの出す輸血用血液パックを嗜んだことがあるが、本当に美味だったぞ。そうだ、キルト家といえば最近風の噂で、そこの末の子が行方ふ――」
「あ、ああ! スキート氏! アナタは吸血鬼なんですね!」
「む……いかにも!」
珍しく声を荒げて、アノネちゃんはスキートの話を遮った。まあ本人が知られたくない話を他人から聞くのは気が進まんからいいけど。
そうだ。あまりにも勢いがある話し方のせいでスルーしかけたが、スキートはやっぱり吸血鬼だったのか!
「吸血鬼と椅子の恋! すげ~! どうやって出会ったんだ?」
「おお! 知りたいか! 彼女との出会いは本当に運命としか言いようがない。知己である友人の家の倉庫の奥でささくれた床板に足を引っ掛け、その時手をついて取り払ってしまったウェディングベールとも言える埃のかぶった布の下から出てきたのがこのチェルシーでな。ああそういいえばその知己もキルト嬢の実家同様薬屋でな、これがまた……」
ヤベェ思ったより語り出した。
内容はちゃんと聞けば興味深そうだが、彼のロマンチックに回りくどい言い回しのせいでほとんど頭に入ってこない。
しばらく続くかと覚悟を決めたが、案外早くスキートは我に返った。小脇に抱えて嫁を撫で回していた手を止めて咳払い。意外と理性が効くらしい。
「すまない熱くなってしまった。ワタシはキミたちと話に来たのだ!」
「狼が珍しいのはわかるけど、俺たちと話したいってのは?」
スキートは微笑んで、チェルシーを撫でた。
「ワタシは実家からは独立したし、チェルシーも同じようなもの。この交際と結婚に反対はなかった」
「お、おう」
「しかし、キミたちは身分も、そして生物としての価値にさえ希少性がある。愛はいつ何時でさえ引き裂かれる危険がある。近親からの反対、世間の目……ミスターホンダ。キミに至ってはいつ人攫いに存在をさらわれてもおかしくないのだ」
俺とアノネちゃんは同時に口をつぐんだ。
「ワタシは! そのようなカップルの背中を押したい! 保護したい! その思いでこのようなパーティーの開催を決意した」
「それは……志が高いですね」
「ああ、難しいことを言っているのはわかっているのだ。人の、世間の偏見を完璧に覆すのはこの世界にもう一つ海ができるほど難しいこと。それでもワタシは全てのカップルの幸せを実現したい」
アノネちゃんの皮肉にも朗らかな笑顔で返したスキートの言葉に、突然拍手が上がった。いつの間にかスキート目当てに集まってきた他のカップルが涙ぐみ、あるいは号泣しながらスキートの目標を称賛している。どんだけファンいるんだよ。
「ほ、ほんとにそんなこと思ってるんですか?」
「真実だとも」
アノネちゃんは何か動揺している。スキートの真意を見抜こうと、問いかけ真っ直ぐな答えを返されてまた黙ってしまった。
「先ほど言った通り、キミたちは引き裂かれやすい運命にある。どうか君たちの幸せのために、ワタシたちで守らせてもらいたいのだ!」
「それは……」
「――意外と大丈夫だぞ」
「む?」
勢いを無くしてしまったアノネちゃんの肩に手を置いた。
スキートの言っていることは立派だけれど、俺に限って全く見当違いなことを言ってる。
人攫いはこの大陸では深刻な問題らしい。それでも俺の友達には地上最強の勇者もいるし、事実今までこうして無事に生きてきてる。
案外この世界は単純なことは、この一ヶ月くらいでわかってんだ。
「海くらい作れるって!」
「は?」
素っ頓狂な声を上げたアノネちゃんの口を塞ぐ。
「どういうことかな?」
「俺らラブラブカップルが引き裂かれるわけないって。ヨ……コハクトなんて地形くらい簡単に変えられるくらいの力あるわけだし」
スキートはまだ首を傾げている。
夢だとか難しいとかそういうこと考えるのやめようって。
「海が作れるんだから、偏見をなくすなんて単純に考えてそれより簡単なことが難しいわけないだろ~?」
「海が作れるのは勇者くらいだが……」
「いいんだって。俺らは案外大丈夫だ。人攫いもなんとかなる! なんとかする!」
「する?」
「あなた何言ってるんですか!」
口を滑らしたと思ったのか、アノネちゃんがもうやめろと逆に俺の口を塞ごうとしてくる。
事実だ。今回は調査だけだけれど、俺が狼である限り人攫いの影は延々とついてくるわけなのだから、そのうちその組織の全貌も見えてくるんじゃないかな。
楽観的? それでも意外と、人間も人外も生きていけるもんだよ。
「……愛だ」
アノネちゃんの猛攻が勢いを増したのでそれに対応していると、スキートがぽつりと呟いた。見ると、何か目が潤んで輝いている。
「……これが、種族を超えた愛か! 感動した! 感涙だ! ワタシは自ら君たちの愛の力を過信し、抑え込もうとしていたのか! 」
感涙っていうか冠水っていうか。スキートは急に大粒の涙を流して号泣し出した。なぜか周囲にいるスキート信者のカップルも同じく泣いている。
「ミスターホンダ! キミの愛、いやキミたちの愛をしかと! しかと見受けたァ!!」
「うるさ」
「きゃ!?」
急ながばちょ。
涙を撒き散らしながら、俺たちは大きな腕で抱きしめられた。
「ワタシはキミたちの作る未来という海を見てみたいぞ! ワタシはきっと君たちに会うためにこのパーティーを開いたのだな。これは運命というほかない! ああ、チェルシー、わかってくれるかい、このさだめの素晴らしさを!」」
「あ、あざーす?」
あれはそういう比喩的な意味で言ったんじゃないんだけど。
まあコイツの機嫌が良くなったならいいか。
ただ耳元で、しかも大声で褒めまくられているのがいただけない。いつまで続くんだと思っていると、彼は急にハッとして俺たちを解放した。
「ああなんてことだ。そろそろ次の催しを始めにいかなければ。もう少し話していたかったが、ワタシはもう行くよ。パーティーの最後にはベスト凹凸カップルを表彰するイベントもある。そのつもりで頑張ってくれたまえ!」
「が……頑張れって、何を頑張るんですか……」
あんなにべったりとしてきたのが嘘のように、スキートはあっさりと、そして意気揚々とどこかへ去っていってしまった。
「……嵐みたなやつだったね~」
「……そして嵐のように荒らし回って何にも重要なことを聞くことができませんでした」
ちらっと横を見ると、最高に不機嫌そうな顔をしたアノネちゃんが、スキートにハグされた体勢のまま固まっていた。苛立ちを隠さない様子で浮いていた手を振り下ろした。
「でも、結構面白いこと言ってなかった?」
「ええ、スキート氏の人間性はワタシにはよ~くわかりましたよ」
「だね~」
吸血鬼、変人スキート。
人攫いについて言及していたが、その言葉には偽りの思いがなかった気がする。確かにやばいとしか言いようのない面はあるがそれが彼の個性だと受け入れてみると、その他の真っ直ぐな思いが浮き彫りになっているように感じる。
だから――
「スキートはいいやつだな」
「スキート氏は何か隠してますね」
俺たちは言い放って同時に顔を合わせた。一瞬でアノネちゃんの機嫌の急降下が加速したのを感じる。
「アナタ何言ってんですか!」
本日二回目のセリフが飛んできて、俺はでかい狼耳を思わず畳んだ。
「え、うそ!? 話して結構いいいやつじゃなかった? 人攫いのこと言及してたけど、仲間っぽくない発言だったよ?」
「本当楽観的ですね! あんなの嘘に決まってるじゃないですか! あんなッ……あんないかにもな変人が他人の幸せを願っているなんて嘘くさいにも程があるじゃないですか!」
確かに嘘はついているかもしれないけれど、それは偏見なんじゃ……
「絶対……絶対ああいう人間には裏があるんです、腹黒なんです! ソラ、希望的観測ばかりの楽観的思考は捨てなさい! 絶対にスキート氏の秘密を暴いてやりますよ!」
「待って待って、落ち着いてってアノネちゃん。何焦ってるの」
「焦ってないです。ワタシはいつでも冷静に物事を判断してます!」
実際、彼女は周りが見えなくなるほど取り乱してはいない。ここまで怒っていても、周りに目立たないように振る舞いに気を遣っているし、声量も落とされている。しかし、その感情と行動のミスマッチさが逆に怖い。
パーティーの参加が決まる前からなんだか不機嫌だったが、スキートとの会話でいっそう彼女の怒り高まっている。
なんか地雷踏んだか?
でも確かに、王都からの指令ではこの屋敷が怪しいのは確かだし、俺は調査をやめようと言いたいわけじゃない。あんまり刺激しても良くないだろうし、ここは余計なことは言わないでおこう。
「わかった。じゃ、引き続き調査しよ! スキートの黒い噂について言及してたのって、最初のリア獣どもだけだったよな。もう一回探して話聞いてみようよ」
俺は切り替えができる男です。争いはしません。
だけれどアノネちゃんには意外だったようで、拍子抜けしたような顔をされた。ぽこっと脇腹をパンチしてきて、またそっぽを向いてしまう。
「……考えがあるなら早く実行しますよ」
アノネちゃんが俺の意見に賛成してくれたのは嬉しいんだけど、残念ながらぱっと見渡したところあの二人は見当たらない。意外と広く人口密度も高いこのホールの中、一旦逸れたほぼ他人をもう一度見つけるのはかなり難しいんじゃないだろうか。
「あなた仮にも犬科でしょう。パンプみたいに匂いで探せないんですか?」
「それな~。狼になってから速攻試そうと思ったんだけど、俺花粉症で鼻詰まりがひどいから全然嗅覚が機能しないんだわこれが」
「ああ、確かにひどい鼻声ですもんね」
「え、そんなに?」
「……狼になってから?」
「んや、なんでもない」
仕方がないので、アノネちゃんと共に食事を撮りに行く風を装ってその場から移動する。
アノネちゃんが俺の提案通り殺気を帯びた目でリア獣カップルを探しているので、俺は建物の内装の方に目を向けることにした。
聞き込みに夢中になっていて気にしていなかったが、変人と名高い主人のいる屋敷だけあって、そこら中場所を問わずに可笑しな芸術品が飾られている。そのためとても視界が悪い。
あの珍しいはずの獣人カップルも、この空間では比較的普通として埋没してしまうだろうから、あまり目立たないだろう。見つけ出すのは楽じゃないだろう。
「んあ? なんだこれ?」
通りがかったのは、最初にスキートがスポットライトを浴びていたステージのそば。そのステージ袖の幕の中に隠れるようにして光を反射する何かがあるのを見つけた。
ふらっと幕の中へ入る。
屋敷の使いなどの関係者でもいるかと思ったが完全に無人だ。スムーズに俺が見つけたものの元へと辿り着く。
そこにあったのは黄金のスキート像。キメ顔が金の輝きよりも眩しい。
「何やってるんですか!?」
アノネちゃんの存在を忘れてた。俺に続いて周囲の様子を窺いながらステージ袖の中に入り込んできたアノネちゃんがまっすぐ俺の元へ駆け寄ってきた。
その勢いのまま繰り出してきたグーパンを脇腹に食らって、うずくまる。
いたい……さっきは優しかったのに。
「誰かに見つかったら怪しまれますよ!?」
「だってよ~、あの目立ちたがり屋の金ピカ像を裏に下げてんだよ? これは伏線の予感だろ!?」
「何をふざけたことを……」
ガタリ、と近くで物音がした。
音の方を向く。
そこには椅子が。とても見覚えのある主催者の嫁がそこには静かに静止していた。
「なんでここに人妻椅子が……」
幕の外からの照明を、彼女(?)が鈍く反射している。と思うと、その肘掛けが粘土をこねたようにうねった。
「オオカミ、問答無用で欲しいの。これも運命かしら」
「し、し、しゃべっ……!?」
ガコン、と今度はすぐ近くで音がした。
妙に響く音の方へ振り返る。
「ごめんなさい! 代わりにお願いします!!」
そこには、お目当ての二人組。にっこりと爽やかに笑う例の狐人族の彼女と、その彼氏がいた。
彼氏の方がスキート像の腕部に手をかけている。その腕はよく見ると肘あたりに蝶番が取り付けられており、すでにレバーの容量でそれは下げられていた。
不意に、浮遊感と内臓が持ち上がる感覚を覚え、喉の口から悲鳴が絞り出される。
絞首台のように床がぱっかりと開いて体重の支え失われる。俺ら二人とも抵抗できずに落ちていく。アノネちゃんの長いドレスの裾が翻った。咄嗟にその裾を掴んで引き寄せる。
このたった数秒のうちに起きたことを頭が処理する前に、視界は光の届かない暗闇に落とされた。




