4.文明の利器
おはよーございます。
閉じたまぶたを貫通する青白い灯りを感じて、俺はバチっと目を開けた。バチっとね。
うつ伏せで気を失っていたため、口の中に少し砂が入ってざらついている。
起き上がった俺は、まず真っ先に頭をガッと勢いよく触った。
元々の人間らしい耳が側頭部からなくなって、代わりにフサフサとした手触りの獣耳が頭の上についていた。さらにバシッと背中側に手を回して腰辺りを触ると、もふもふの尻尾がビロンと生えているではないか。引っ張ってみても抜けないし、強く握ると痛い。しかも勝手にブンブン縦横斜めに揺れて動く。
やっぱりあれは夢だけど夢じゃなかったんだな。ユーリアシュが言ってたことは本当だったわけだ。
狼――というより、狼男? になった実感がじわじわと湧いてきた俺は、ここが誰もいないダンジョンであることをいいことに豪快に拳を突き上げて喜んだ。
……あれ? そういえば俺、肋骨ボッキリ折ってたよな。
何故かあれほど苦痛だった痛みを全く感じず、不思議に思って胸を触るが、やはり痛まない。服の上から肋骨をなぞってみても折れていそうなところはない。
そういえばと思い出し、あのデカ狼の爪が刺さった肩を触ってみると、なんとそちらも傷がなくなっている。服には確かに穴が空いているので、刺さったことは確かなんだが……
不思議だねぇ、異世界……まあいいか。
たぶんユーリアシュが治してくれたのかと勝手に決めつけて、俺はその場で立ち上がった。壁に叩きつけられたまま動かなくなっているデカ狼の方に恐る恐る近づいてみる
起きた時から気になってたんだけど、こいつ、異様に焦げ臭い匂い。
最強の狼だという情報を思い出して、警戒しながら近づいて爪先でその体をつついてみて本当に死んでいるのかどうか確かめる。
……うん、マジで死んでる。
仰向けに倒れたその腹部が大きく丸い火傷跡に侵されていた。臭いの原因はそこか。
完全に弛緩しているその体にもう魂は宿ってないことを確信した俺は、安心しながらデカ狼に手を合わせた。
なんでお前が死んだかはよくわかってないが、成り行きで殺してしまってスマン、最強の同族。最初に遭遇した魔物がお前でよかったよ。思い返してみると案外格好よかったし、今後の俺のなりたい狼ビジョンの一例として記憶の一部に留めておくわ。
……さて、これから俺はどうすればいいのか。
ユーリアシュは、俺を「世界各地のダンジョンの中を探した」って言ってたから、おそらくダンジョンを出ればちゃんと外の世界があるんだろうな。とにかく生きろとは言われたけど、このダンジョンから出るのを目的とするのが一番だろうか?
そこまで考えたところで、俺は意識の世界でユーリアシュが言っていたことを思い出した。
“あなたの持ち物で一番思い入れのある何かに、サポートの力を与えました”――だったか。
制服のポケットを探ってみても全て空で、そのようなものはない。だとすると心当たりがあるのはリュックか。
俺は引き返して、近くにほったらかしになっていたリュックのそばに座り込んだ。このフロアの魔物はあのデカ狼に食い尽くされたって言ってたし、おそらく他の魔物はもういない。今度こそはゆっくりして大丈夫だ。
だけど、そんなサポートできる神アイテムになりそうなもの、俺持ってたか? さっき確認したリュックの中身にはそんな感じのものはなかったと思ったけど。
もう一度鞄の中身をひっくり返して確認してみたが、国語辞典も、筆箱も、一番気に入っているラノベにも俺をサポートしてくれそうな気配がない。
眉を潜めながら俺は、リュックから顔を上げた。……と、そうするとリュックから離れた場所にポトリと落ちている俺のスマホが目に入った。
半開きになっていたリュックの中から飛び出したんだろう。
そういえばこっちに来てから一回もスマホには触ってないな。現代人には辛い時間だった……そうでもなかったけど。
充電どんだけあったっけな……
落ちていたスマホをひょいと拾い上げ、もとの世界にいた時から入っていたヒビ以外には目立った傷がついていないことを確認して、電源ボタンを押して画面を点灯させた。
――その瞬間、眩い光がスマホの液晶画面から放たれた。薄暗いダンジョンの岩肌が白と逆光の黒のみに染まる。
突然のことに驚き、もろに目潰しを喰らった俺は思いっきりのけぞってスマホを取り落とした。かつんと乾いた衝突音が広いダンジョンに反響する。
なんだなんだ!? 世界滅亡か!?
固く目をつぶっても軽く貫通してくる光を腕で遮ってじっと耐える。やがて、光が徐々に弱まっていくのを感じた。ビクビクしながら目を覆っていた腕をどかす。俺の目を潰した犯人であるスマホは、液晶を上にして地面で憎たらしいほど大人しくしているではないか。
くそぅ……この文明利器の板如きが持ち主に危害を加えるとは。反抗期か。……てか、本当になんだったんだ今の。
訝しみながら俺は、もう一度スマホを拾う。そして、また光ってもいいようにすぐ地面に伏せられる体勢で電源ボタンを押した。だがそれは杞憂だったようだ。今度は何も起こらずに普通に画面がホワンと点灯した。
ほっとしてスマホの画面を自分の方に向けた。ロック画面はうちで飼ってる柴犬と三毛猫が種族を超えた友情を表しながら戯れているいつも通りの写真を表示して俺を出迎えてくれた。こんな状況だが和む。
……ニヤけてる場合じゃねぇ。
さっきのありえない光からして、もしやこれがサポートアイテムですか?
確かに言われてみれば、今ある俺の持ち物の中で一番思い入れのある道具はこれかもしれない。中身は間違ってもこのスマホを落し物にできないレベルの俺の趣味という趣味が詰まってる。それに、金銭面でちょいと厳しくて、ガラケーからスマホに変えてから一度も機種変してないため、俺の持ち物の中で一番長く使っているから愛着がある。
でも……なにも変わっていない気がする…………ん!?
……見つけた、変わったところ。
何気なく残り電力が気になって画面の右上に視線を動かした時、そこにある電池マークは満タンの絵になっていた。おかしいところはその左。隣にパーセンテージで残りを知らせてくれる数字の部分が「∞」になっている。
∞って、無制限って意味のムゲンでいいのか? こんな表記見たことないぞ、おいどうなってんだステ○ーブ!
と、少し困惑したものの……冷静に推測してみるとこの表記が、ユーリアシュの力を授かったサポートアイテムという証拠なんじゃなかろうか。
で、でも……これだと無人島に一つだけ何か持っていくとしたら? っている質問でスマホって答えて、圏外だから使えないって論破されるアホなやつみたいじゃないか!?
その考えに至った俺は、なんだか誰も見ていないにもかかわらず、恥ずかしくなって急いでスマホを操作してロックを解除した。
ただのムゲンバッテリーというだけなら異世界に役立つとは言えない。ユーリアシュをただのおっちょこちょいにしないために、このスマホのサポート能力を証明するなにかを発見しなくては!
表示されたホーム画面に、見慣れたアプリたちが整列する。それを慎重に一つづつ開いて何かないか探る。
まず某検索エンジンは、ネットがないので使えず。動画サイトも同じ理由でダメだった。
時計アプリはなんだか文字化けのような奇妙な文字列が表示されており、意味を見出せずに断念。
写真アプリはそれ以上もそれ以下もない真っ当な写真アプリとしての役割を相変わらず果たしていた。
ゲームはオンラインのものは使えなかったが、オフラインの愛すべきクソゲーどもはフツウに動作した。これで数十分時間を無駄に消費してしまった。
音楽アプリもゲーム同様、オフラインで聴けるものは聴くことができた。既になんだか懐かしい曲聞いてなんか涙出てきた。
なんか……なんか予想通りすぎてさぁ……圏外とか当たり前だし……
良い意味でも悪い意味でも代わり映えしないプログラムたちに、俺は落ち込んで、ダンジョンの床に寝っ転がりつつ続けていたこの作業を諦めかける。
しかし、祈りを振り絞る思いであるアプリを開いた瞬間、希望の女神は俺に微笑んだと確信した。
それは、辞書アプリ。俺の高校受験を助けた盟友。
真っ白な画面が立ち上がった瞬間、画面中央に“おしらせ”のウィンドウが表示されると同時に、馴染みのある機械音声がそこに書かれた文章を読み上げた。
【神・ユーリアシュの権限によって行われたアップデートにより、新機能がついかされました。“カメラ”へのアクセスを許可しますか?】
はあああああああああ!! 神様! ゆーりあしゅさまあ!!
ありがとうッ……それしか言葉が見つからない。
というか辞書、お前ッ……受験だけでなくこんな異世界入門までこの俺を助けてくれるのか? 俺、今一瞬でアナログ辞書派から電子辞書派に鞍替えしたわ。
限界オタクのそれのようになった俺は、いったんスマホを置いて立ち上がり、何度も深呼吸して心を落ち着かせた。冷静な脳を取り戻してから俺はスマホを再び手に取ってその画面を読み上げる。
さて、このユーリアシュの名が出ている時点で、このアプリもサポートアイテム確定だ。しかし、“辞書とカメラ”と言われても何が起こるのか見当もつかない。
しかし、物は試しだ。
俺は、そのおしらせの下にある『許可する』をタップした。すると、瞬時にウィンドウは閉じてしまう。そのまま少し待ったが何も起こらない。
なんだ? 何かしないといけないのか?
首をひねりながら、俺はなんとなくスマホを持っていた腕をふいっと持ち上げた。その途端、一瞬スマホが震えて画面が勝手に切り替わる。単語を調べてタップして意味が表示されたときのようだが……そこに表示された文章を見てまたまたオレは目を見張った。
【天然魔光石:空間中の魔力を吸収する際に暗闇で光る】
俺はそのまま数秒感間固まった。状況を整理しながら、スマホを持っている腕をスーッと横にずらして、その先にあったものに視線を通した。スマホのカメラの先にあったもの……それはこのダンジョンで初めて目覚めた時から目に入っていた異世界不思議アイテム。床からボコっと隆起している真っ暗なこの空間で唯一の光源である、勝手に明滅する天然石だ。
確信した。今この俺のスマホに表示されている文章は、この石についての解説をしたものだ。
つまり、これは鑑定スキルではないのかーッ!!
なんというテンプレ爆弾。ユーリアシュは俺がいた元の世界を知らないと言っていたが、本当はわかってるだろ!
全く! 異世界はまたそうやって俺を喜ばせる!!
俺は静かに拳を天井へ向けて突き上げた。そうして喜びの感情を振りはらって、アプリ弄りに移る。もうこうなったら好奇心は止まらない。
アップデートによって辞書に追加された新機能は、カメラに写したものの情報を引き出して解説してくれるものなのだ。
それを瞬時に理解し、調子に乗った俺はスマホのカメラにダンジョンの床をかざしてみる。
【サルギナ大迷宮の床:世界で二番目に硬い鉱石を主とした床。魔力を含んでおり、時々魔光石を作り出す】
やっぱり鑑定だぁ! これはもっと使ってみなききゃあいけないな!
テンションの上がった俺は、次に壁をかざしてみる。
【サルギナ大迷宮の壁:世界で二番目に硬い鉱石を主とした壁。一定時間で変形し、壊れた箇所の修復などをする】
近くに生えている草にかざすッ
【薬草:魔力を回復する作用をもつ薬草。魔力のない獣人が食べると体力が少しだけ回復する】
鎮したデカ狼にかざすッ!
【黒狼の死骸:高い戦闘能力を持った異例の狼の魔物の死体。通称、“最後の強狼”】
川にかざす――ッ!!
【ミニミミック?:何かが宝箱型の魔物であるミニミミックに擬態したもの】
…………なんだこれ。
川を鑑定したのだから、当然水だとか魚とかの鑑定結果が出ると思っていた俺のテンションは一瞬で正常値まで落ちた。つまりは冷静になった。
誰かに見られたら自決を即決で決めかねない決めポーズをしながら川に向かって伸ばしていた俺は、腕を引き寄せてその画面をもう一度ちゃんと読む読む。
丁寧に宝箱型のミミックと書いてあるからには、あのミミックだろう。それに“擬態”した何かというのはどういうことだろうか。
でもなんかミミックって、なんか最近どっかで見たような……
記憶を辿りながら、俺は川の中をふと覗き込んだ。ら――
ミミックサァン!? ミミック先輩じゃないですか!
あのデカ狼の頭に噛み付いて俺が逃げるのを手伝ってくれたあの宝箱が、青白く光る川の底に、その蓋をぱっかり開けて沈んでいた。思い出してみれば、最後に狼に振り払われて川に投げ捨てられていた。その時からずっと沈んだままだったことに驚きだ。
……あれ、ミミックって鰓呼吸じゃないよな。
あれ? と首を傾げていると、スマホがピピッと音を立てたので、スマホの画面をもう一度見る。すると、いつの間にかミミックの解説文章の後に、さらにこの文が追加されていた。
【溺死しかけている】
アカン――!
俺は後先考えず、川に飛び込んだ。
数分かけて深い川底からなんとかミミックを引き摺り出した俺は、肩で息をした。
これでもスイミングスクールに通っていたのだが、流石に小学生の頃に取得して放置してたスキルは体が忘れていた。ミニミミックというだけあって軽かったおかげで簡単に持ち上げられたのが幸いした。
俺はあぐらをかきながらミミックの体をひっくり返して中の水を全て出した。ザバーっと流れ出た大量の水が跳ねて、俺の体にかかる。
服がビッショビショになっちまったが……命の恩人を捨て置けないよぉ、俺は。
でも、俺が異世界アイテムなんかに気を取られて、もたもたしてたから死んじまったかな……人工呼吸とかしたほうがいい? ミミックの口ってどこ?
ミニミミックとは解説されているものの、大きめのダンボールくらいの宝箱なのでまあまあの大きさはある。俺はその体(?)を膝の上に乗せ、よしよしと撫でて何か反応はないか待つ。
もしかしたらもう一度鑑定をすれば状態が詳しくわかるかもしれないと、スマホを手に取ろうとした。
その時、ミミックの体がカタリと動いた。
あ、生きてたか!?
命の恩人の生存に俺が喜ぶ暇なく、突然ミミックがボワンと小規模な爆発を起こしてその体が真っ白は煙に包まれた。
な、なんだこれは!? 今度こそ世界滅亡か!?
視界が遮られ、俺は慌てて目を瞑って腕で顔を庇うが、その爆発は怪我をするような威力のものではなかった。そよ風程度の強さの風が俺の頬を撫で、やがておさまる。
満を辞して恐る恐る目を開けるとすっかり煙は消え去っていた。
今のは一体なんだったのかと不思議に思いながらミミックを見下ろして……みおろ、し……
俺の膝の上からはミニミミックの姿が綺麗さっぱり消え去ってた。その代わり俺の膝の上には……オンナノコが。
十歳くらいの小さな女の子が俺の膝の上で気を失っていた。
なんだッ……なんだこのロリは! ロリじゃねえよ女の子だよ!!
【主人公】
テンション高い系普通男子高校生。
テンションが上がりすぎて高血圧にならないか心配。
小二までスイミングスクールに通っていた。
【女の子】
女の子。断じてロリではなく女の子。
出会いの波動を感じる。
2020.12.28:修正




