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カースト最底辺の狼  作者: 睡眠戦闘員
一章:狼の心得
39/94

39.テイム危機一髪

 



「そういうわけで、勇者をやめた」

「……ラノベのタイトルかな?」


 病室のカーテンを開いてきた出会い頭にそんなことを言ってきた来客は、妙に清々しい顔をしていた。ウィウィは頬を膨らませて睨みつけるだけで挨拶もしようとしない。


 うう、俺はこんな可愛い子に相当怖い思いをさせたのか! やっぱ、あの剣劇ぐらいは避けるべきだったか! 失策ッ……!


 俺は廃教会でぶっ倒れた後、駆けつけたアノネちゃんの回復魔法と回復薬を湯水のように浴びながら病院に担ぎ込まれたらしい。その時の記憶は薬で溺れて苦しいやら痛いのが引くやらで記憶が曖昧だが、とりあえず変に死んでこの世界を滅ぼすことにならなくてよかった。


「まあ……辞めたと言っても、教会も国側もそんなこと認めなかったから“自称”だがな」

「じゃ、今は“自称:一般人”ってことか! いいねえ、その設定。憧れるなあ、ヨル(・・)サン」


 俺がそう言うと、コハクトあらため、ヨル(・・)はまだ慣れないようで照れ臭そうにしながら、近くの椅子を引き寄せてベッドの側に座った。


 彼の本当の名は、ヨル・コハクト・グリフィンと言うそうだ。


 名前に第二形態を残してるとかびっくりだわ。てか、ヨルと背格好と顔が似てる友達の名前と丸かぶりでそれ聞かされた時「名前まで一緒かよ!」って膝叩いて笑った。おかげで胸の傷に響いて痛みで死にかけたし。


 グリフィン家の方針だかなんかで、本当はファーストネームは名乗ってはいけない決まりらしいが、本人はどうやらいい感じに吹っ切れたらしく、その名前を俺に教えてくれた。


 その吹っ切れ具合のまま、コハクトは勇者の力をふんだんに使った駆け足で、普通なら一ヶ月かかる道のりを二日で王都へ戻り、さっき言っていた「勇者やめたい」という旨を国王に伝えてきたそうだ。


 ついでに、自分が今まで行ってきたアステラと手を組んだテロ行為もゲロってスッキリしたらしい。吹っ切れすぎだろとは思ったが、本人がいいと思っているのだからいいのだろう。


 そんな爆弾を嵐に打ち付ける雨の如く大量投下された教会と国の責任者は、数人ほどブッ倒れたそうで。かろうじて意識を保てた者も、聞き間違いかと少なくとも数十回は聞き直したそうだ。


 しかし、そんな悪行を告白した今も、ヨルはここにいる。投獄されたり、処刑を言い渡されたりはしなかった。国も教会も、国宝である“創造神が創った”聖剣自身が選んだ勇者を断罪できなかったからだ。


 そう。笑えることに、やっぱり彼らは「勇者コハクト」がアステラと手を組んでテロをおこなっていた事実を隠蔽した。あちら側には幸いなことに、ヨルがテロをおこなっていたと言う証拠は今のところ一切見つかっておらず、先日の廃教会での騒動も、一般人の目撃者はいなかった。


 絶好の隠蔽日和というやつか!


「どっこもズブズブで闇深いよなあ~! 俺いいと思う、そう言うの」

「このオールグッドマン……まあ、オレも助かったところはあるがな」


 負い目はありつつも、カラッとした笑顔で笑ったヨルの顔からは、今まで見てきた笑顔よりも純粋な感情伝わってきた。


 勇者という肩書は剥奪しないままな上に隠蔽されたと言っても、ヨルになんの罰もなかったわけではなかった。本人は何も言わないが、結構色々あったようだ。


 結局のところ、今のヨルに課されているのは、しばらくは魔王探しをせず“修行期間”と言う名の無期限保護観察期間というやつだけだ。信用を取り戻すまでは大人しくしていなければならないが、もともとコハクトは他人を傷つけたいと渇望してるサイコパスではない。今の自由な“修行期間”があるのも、ヨルの関わったテロで怪我人や死傷者がいなかったことを証明されたおかげだ。


 完全に見失ったということもあり、魔王退治も一時休業して社会貢献に努めよ、とのことだ。


「どんな世界も世の中も、面倒なことは後回しにしたいタチなのは人間の性ってやつ? まあ、テキトーでいいんじゃね~~~」

「良いわけありますか! ワタシは曇りなき眼であなたの態度を監視させてもらいますからね! 勇者殿!」

「あ、アノネ!」


 背後からの声に、それまで静かにしていたウィウィがパッと顔を明るくして振り向いた。尻尾がパタパタと揺れる。病室に入ってきたアノネちゃんは、両手いっぱいに抱えたパン屋の紙袋を近くの小さな机にどかっと置いた。その紙袋の中からパンを一つ取り出すとウィウィに手渡した。


 この間の一件からなんか一層仲良くなってるんだよなあ、あの二人。可愛いが可愛いしてる可愛い光景が観れるから全然良いんだけど、俺はちょいと寂しいよ!?


 アノネちゃんは俺にもジャムパンを手渡してくれたが、ヨルには気まずそうにしていたかと思うと、やがてツンッと顔を背けた。ツンデレか。


 さて、勇者をやめられなかったヨルさんは保護観察期間が課されました。もちろんそれにはヨルを監視する人間が必要なわけです。よって、王都から直々にその監察役に選ばれたのがこのアノネ・キルトちゃんなわけです。


 選ばれた理由は三つ。勇者パーティーの所属期間が一番短かったから。ステータスの知能値が高いから。そして極め付けが、ヨルのテロに関してな~んにも知らなかったから、だそうだ。


「アノネちゃ~ん。ヨルにもパンあげなって~~~」

「キルト大魔導師兼極悪犯監察役と呼びなさいと言っているでしょう!」

「なっっっっっっげ。ウケる」

「ご、極悪犯……間違ってないが、なんだかなあ」


 本人は肩書きが長くなったのが気に入ったようで何よりだ。


 ヨルのしたことに関してはまだ受け入れたくない部分があるようで、若干の気まずさがあるようだが、今のところ特に困ったことはない。


「ああもう、この後も迷惑な勇者殿についての話し合いがあっててんてこ舞いの忙しさですぞ! 見舞いのパンは皆さんで好きなように食べてください、ワタシはこれで失礼いたします! よい病院生活を!」


「ああ忙しい」と独り言を呟きながら本当にそそくさ出ていったアノネちゃん。嵐のようにきてパンだけばら撒いて行っちゃったよ。


「パンめちゃくちゃあるし。お前も食えば? てかなんでまたカーテン閉じてんだし。開けんか!」


 俺は、自分のベッドと隣のベッドの間を隔てるカーテンを開け放った。途端に、謎に戦闘の構えをとる青髪が目に入る。


「そ、ソラ……言うなって言ったのに……」

「あ、やべ。忘れてた。めんごめんご~~~」

「フェルム! ここにいたのか!?」


 俺は、ごまかし笑いをしながらクロワッサンをフェルムの方に投げた。何度かてこずりながらもそれをキャッチしたフェルムは、ヨルに控えめな一礼をしてからそれにかぶり付いた。


「集中治療室から出られたのか! よかった……」

「あ~、それ初日だけだったよな。お前が王都に言ったのとすれ違いに俺と同室になったし」

「は、はい……その。コハクト様に刺されたところなんですが、ものすごく深かったわりに、奇跡的に内臓をほとんど傷つけずに貫通してたそうで……実際そこまで重症ではなかったかと」


 心を置ける大事な従者を聖剣で刺して殺しちまうところだったんだもんな。


 ヨルは俺のベッドに両手をついて心からの安堵のため息を漏らしていた。が、すぐに「いやいやいや」と顔を上げた。


「切れ味世界一の聖剣で刺したんだぞ!? オレが短い時間で見たときにはもうかなりの出血だってしてたし、病院に運んだときだってかなり生死を彷徨う状況だって医者に言われて……その、なんだ……とにかく、なんでお前そんなにいつも通りオレに接するんだ!? 運良く助かっただけで、オレはお前を刺したんだぞ!?」

「あは。二回も『刺したんだぞ!』って言ってんのウケる」

「ソラ、うける!」

「そこの狼二匹、ちょっと黙っていろ!」


 ヨルが拍子抜けするのも仕方がない。言った通り、ヨルは俺らを病院に運んだ後すぐに王都に帰った、フェルムが教会廃墟の横で刺されてから二人が顔を合わせたのは初めてだ。


 集中治療室に運ばれたフェルムを見て、出かける直前まで「死んだらどうしよう」だの「オレがバカだった」だの涙目になって俺に懺悔してるヨルがめちゃくちゃ面白かった。


 しかし、まだ廃墟の事件から一週間も経っていないのにフェルムがここにいる時点で、命に別状は無くなったということなのだが、俺もその辺り不思議に思っていた。俺だって刺された直後のフェルムは見たが、あの素人でもわかるくらい酷い出血からここまでの回復力をフェルムが持っているとは思えなかったから。


 俺とヨル、ついでにウィウィとで三人に見つめられたフェルムは、居心地悪そうにモゾモゾと体を動かして、口に含んだクロワッサンを飲み下してから口を開いた。


「あー……運が良かったわけじゃないですよ」

「え?」

「刺された直後に、自分をテイムしてダメージを受けていないと錯覚させたんです」


 ……チートバグかなんかかな?


 あれ、おかしいですね。この世界のルールでは従魔術は魔物にしか効かないはずじゃ……いや、フェルムは生き物ならなんでもテイムできるスキルあるんだっけ?


 ヨルも同じ疑問を持ったようで、驚愕している。


「じぶんに……!? お前の“仔獣奏(クインテッド)”でそんなことできたか!?」

「死にたくなくてすがる思いでやってみたらできたので……まあ、コハクト様の言う通り運が良かったのかもしれませんが……実際効果は少しだけで、あの時はほとんど気力だけで生き残っていたような気がしまするんですけどね」


 いつも通り、自重気味に肩頬を引きつらせて笑ったフェルムを見て、ヨルは深く深くため息をついてベッドに突っ伏した。


「どうしてそこまで必死に生き残って……オレを恐れないんだ?」


 目を合わせられないヨルを見下ろして戸惑った様子のフェルムは、「顔を上げてください」と慌てた。それでも顔を上げようとしない彼にを見て諦めたように笑う。


「まあ……その、知ってましたから。コハクト様がアステラとつながっているの」

「…………はぁ!?」


 少々思考が停止していたヨルは、フェルムの言葉を咀嚼して理解した途端にベッドから顔を上げた。


「嘘だろ!」

「ほ~ら、だから言ってんじゃん。お前わかりやすいんだって、脳筋だから。どうせ、アステラからの指令書を机の上に出しっぱにしてたとか、洗濯に出した服のポッケに入れっぱなしだったとかしたんだろ」

「そう、だいたいそんな感じ……あっ」

「嘘だろ! ちゃんと捨てたつもりだったのに!」


 ドジっ子脳筋ツンデレ系ヒーローヨルちゃんだからな、この自称一般人は。


「ふふ……ボクもそれをわかっていて……コハクト様に協力していましたから」

「ッ……だから、どうして協力したのか。その理由を聞いているんだ」

「コハクト様……」


 何かいうのを躊躇っているように口を開閉させていたフェルムだったが、やがて真っ直ぐにヨルの目を見据えた。


「ボクはグリフィン家ではなく、貴方に(・・・)忠誠を誓った従者です……何度も助けていただいた御恩をいつか返せるまでは、従者を辞めるわけにはいかないんです。その……辞めさせられるわけにも?」


 フェルムがビビったときのいつもの決まり文句「見捨てないでください!」が、まさかここまでの重さを含んでいたとは。


 珍しくどもらずに真っ直ぐ言い切ったフェルムは、さらに続けた。


「勇者に選ばれてからも様子がおかしいことはわかっていましたが、とても口を挟める状況ではなく……しかし、アステラに手を貸しているのも魔王探しのためのようでしたから、ボクが口を出すことではないかと思いまして。今までずっと黙ってました」

「お前……少しくらい何か口を出すくらいすればいいものを……いや、オレが言うことじゃあないな。……すまなかった」


 ヨルは深く頭を下げた。


 こいつ本当に丸くなったな。毒舌の鋭さと図々しさは増したけど。


 以前の“勇者らしい”良いやつさよりも、自然な良いやつさが出てて断然こっちの方がいい。


「謝るよりも褒めてやれって~~~」

「そうだな、フェルム、いつも助かる」

「い、いやそんな……褒められるようなことなんてボクなんかにはないですから」

「「いや、それはないだろ」」


 脳筋主人に仕える頭脳派有能従者か。いやあ、いいコンビだよ。どっちも自覚がないのが残念だ。


「……フェルム、やはりお前はもっと自分に自信を持ったほうがいい」

「あはは」

「いや、愛想笑いをするな。まったく……そういえば、ソラ、お前もオレがアステラだと勘付いていたと言っていたな? 本当にどうして……というかいつ気がついたんだ?」


 あ、それ聞いちゃう? ヨルさんのおっちょこちょいさらに暴露されちゃうけど聞く?


 俺は思わずにやけながら言ってやる。


「なんとなく確信したのは結構偶然だったんだけど、ギルドに依頼の品納品しに行ったときだよ」

「のうひん?」


 あのとき、納品して受付を離れたときに、たまたまギルドマスターと会って、俺は感激して握手を求めた。ギルドマスターも結構いい人でしばらく話が盛り上がってる時に、俺はあることを思い出してそれを訪ねた。


 俺が思い出したのは、集落の騒動の原因である青い煙を出していた怪しい球体。それを換金できなかったからヨルに渡したのを思い出した。


 あのとき、ヨルがそれをギルドに提出しておくと言っていたので、その結果がどうなったか聞こうとしたら、ギルドマスターから帰ってきたのは予想外の言葉。「そのような物を勇者から提出されたという報告は受けていない」と。


 ヨルの性格からして忘れていたということはなだろう。ヨルが自分の意思でギルドに提出しなかったとしたらアステラに不利な証拠を隠滅しようとしたのかと考えた。


「あはは……隠滅というよりも、その魔道具が指令書だったから回収しただけだったんだが。まさかお前がギルドマスターと会うとまでは頭が至らなかったな」

「バグ取りは入念にしないとな~~~」

「ほ、本当にラッキーなんだなあ、ソラって……」


 そんな感じで経緯を話すと、ヨルは自分の爪の甘さを笑った。


 俺はパンを頬張るウィウィの頭を撫でる。今回は結局ウィウィに助けられてばかりだった。有能ちゃんには何か後でご褒美がいるだろうな。


「あ! そうだ!」


 そう思っていると、ウィウィがピンッと耳を立てて立ち上がる。パンの最後のひとかけらを飲み込んで、ビシッとヨルを指さした。


「ゆうしゃ! もうソラのことうたがってない!?」

「む……疑う?」

「また“まおう”って言ったらころす!」

「ブッソウだよウィウィさん〜〜〜」

「あ、ああ。そのことか」


 何回言ってもヨルが「俺魔王説」をゴリ押ししてきたことを、俺以上にウィウィが根に持っているようだ。俺は全く気にしてないけど、まだ疑ってるようならまだ弁明してやるくらいの気力はある。


 フェルムもその辺りの意見が気になるようで、固唾を飲んでヨルを見ている。そんなに緊張することないのに。


 しかし、ヨルは、すぐに返事をせず顎に手を当てて考え込む仕草をした。


「……アステラとはいえ、確かな告げだったはずだったんだがなあ。まさか神が嘘をつくとは思えないんだが……」

「おいこら」

「こらー!」

「はは、冗談だ。もう友達を疑ってなどいるもんか」


 ヨルは頬を膨らませるウィウィに向かってひらひらと手を振った。


「お前はただの狼男だ。バカみたいに弱くて、いい奴だがな」

「そういうこと。わかってんじゃん。……一言多いけど」


 ヨルは「すまなかった」と片手を差し出し、俺は「許す」と言ってその手を取って握手をした。


 ウィウィもとりあえず安心したようで、頬を膨らませたままだが大きく頷いてヨルを許していた。


「さてと。じゃあ、どんなお詫びしてもらおうかな〜〜〜!」

「は? ……なんだそれ?」

「お、お詫び?」


 握っているヨルの手をさらに強く掴み、逃げられないようにして俺は黒い笑いを浮かべた。フェルムが「ひっ」と小さく悲鳴を上げている。


 俺は根にはもたないけど、やられたことは忘れないタイプなんだな〜〜〜これが。さあて、大事な制服をぶった斬られた恨み。どうやって晴らさせてもらおうか。


 ヨルは呆れていたものの、何も言える立場ではないのですぐに受け入れてくれたようだ。


「ま、まあ、迷惑をかけたのは事実だからな。金はあるし、大体の願いはなんでも叶えてやれると思う」

「………今なんでもって言ったな?」

「……言った……が……おい、一体何をさせる気だ!?」


 本人の許可が下りたところで、俺はとっておきの“お願い事”を思いついた。もっと他にもいいお願いがあるだろうなとは思ったが、ずっとむず痒い思いしてたしこれで解消されるなら安いもんだ。


「じゃあじゃあ、俺が今から言う二つのことを絶対に疑わずに信じること、受け入れること……これでどうだ?」

「え……そんなものでいいの?」

「お前のことだから、腹一杯レストランで飯を食わせろとか本屋の本を買い占めろとかいうかと思ったぞ。そんなことならお安い御用だ」


 フェルムは拍子抜けしてるし、ヨルは冷や汗を拭って余裕をぶっこき始めた。


 お安い御用? 言ってくれるねえ。


「で? その二つのことっていうのは?」


 それなら前置きなしにぶっ込んでやろうっと。


「——俺、異世界から来た元人間なんだけどさ。創造神が言うには俺が死んだらこの世界も滅びるらしいんだよね」




次で一章締めに入ると思います(願望)

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