33.ヒットアンドラン
投稿したつもりが投稿できていなかったと言う悲しみッ!!!
六堂 夜に“友達”ができて数ヶ月。
我に帰った夜が何度問いただしても、昊はあの日ゴミ捨て場で殴られていた理由を口にする事はなかった。毎回のように笑い、あれはなんだこれはなんだと明後日の方向を指差し、話の流れを無理やり変えてうやむやにし、はぐらかす。
だからその日、夜は昊の態度に苛立ちが積み重なり、今日こそはと意気込んでやってきた――ゲームセンターに。
放課後のゲームセンター。以前までの夜だったら吐き気を催すレベルで嫌っていた場所だった。不良の溜まり場だというイメージが両親のしつけの過程で植え付けられていたためだ。
しかし、この数ヶ月の間友達となった昊に再教育されるかの如く、さらには湯水の如く『アニメ漫画ラノベ舞台声優ゲーム同人誌アイドル実況者』……などの“コンテンツ”を浴びせられ、最初は抵抗があったものの、次第に今までの偏見が崩されつつあった。今日もその再教育の一環で、ゲームセンターに半ば無理やり連れてこられていた。実際来てみると、現代のゲームセンターが幼児向けにされているブースもあることを知り、多少の抵抗はなくなった。それでも、金の無駄遣いの場という認識は変わらないが。
『とれねえええええええッ!!』
『昊』
『あとちょっとなのに! 待ってろ俺の推しココにゃん!』
『昊、今日こそ殴られていた理由を』
『その箱の角が引っかかってるのさえ取れればすぐに俺の家にお出迎えするから!!』
『ッ……貸せ!!』
どんなに話しかけても『ココにゃん』とやらがフィギュアとして景品となっているUFOキャッチャーに張り付いて反応しない昊を操作台から押し除けた。やり方は見様見真似で夜が操作すると、たちまちあれほど苦戦していたフェギュアの箱のキャッチに成功。そのまま台上を引きずって穴へ落とした。
『すげぇぇッ!? プロじゃん!』
『お前が下手すぎるんだ! アームの力と景品の位置をよく見ればできることだろうが!!』
『お、おう。これが手練の言葉……』
若干気圧されつつも、目を輝かせて憧れの眼差しを向けてくる昊に一瞬いい気分になるが、夜は瞬時に我に帰った。フィギュアの箱に頬擦りする昊の顔にまた新しい青痣を発見したからだ。何があったのか問いただそうと口を開いたが、またはぐらかされるのかと思うと、やりきれない気持ちになった。
『なあ。もう、満足だろ……そろそろ帰ろう』
『え? あー、そっか。お前門限早えぇんだよな。帰るか~~~』
夜の不機嫌にも気がつかず、昊は屈託のない笑顔で賛成してきた。青痣がある分余計に痛々しく、夜は顔を背けた。
夜はジャージの袖を握りしめ、昊はフィギュアを抱え、並んで帰路についた。
また一人でペラペラと喋っている昊に適当に相槌を打ちながら、頭の中にある憂鬱な気分に頭まで浸かる。どうしてさっき問わなかったのだろう、と。
夜は今まで正しさを信じて生きてきた。他人のために振るった暴力で自分が嫌われようとも、それが正しい行いであればそれでよかった。本来の夜なら、こんな一人の男の口から犯人を吐かせるためにあれほど嫌いだった盛り場まで来ない。殴って、わからせてやることが最速最善の一手のはずだった。しかし、夜は昊を屈服させることができないでいる。当然だろう、殴られて困っている相手にさらに殴っていうことを聞かせようとしても非効率である事は夜でもわかる。でも、それが理由ではないような気がした。
数ヶ月の間、昊を見てきた。驚くほどに人に見られやすい黒い部分が少なく、いつでも笑い、いつでも自分の好きなことをしていた。はっきりとした自我を持っていて、意見もよくいうし、他人を妬まずよく褒める。同じクラスでないながらもここまで裏表がないと確信できる人間だと確信できるのだから相当なものだ。
そんな人間が、どうして好かれないのだろうか。夜にとっては、それだけが疑問だった。
彼のクラスの空気は、昊をあまり好いていないような空気をしていた。だが、当の本人は全くそれを気にしていない様子。生徒会の人間や教師にそれとなく聞き込みをしたが、昊が過去に何か問題を起こしたという事はなかった。その時点で、よく脳のない人間が言うような「虐められる側にも問題がある」とすら思えない。
むしろ――夜はその孤独にも暴力にも屈しない精神に好感が持てたし、羨ましくもあった。
『あ――……猫が』
突然、意識から遠ざかっていた昊の声が戻ってきた。延々に続いていた独り言を途切れさせ、短い言葉が吐かれる。我に帰った夜がそちらに視線を投げると、道の車道側を歩いていた昊が、そちらへ飛び出していくところだった。
え、と声を漏らす。体が咄嗟に動かなかったが、状況だけはそちらから流れ込んでくるように把握できた。
交通量はそう多くない車道の真ん中に、ポツンと小さな仔猫がいた。トラックがあと十メートルほどでそこへ到達する。猫の存在が小さすぎて運転手が気が付かないのか、トラックが速度を緩める様子はない。
走る昊が迷わずフィギュアの箱を投げ、地面を滑らせた。猫がタイヤに巻き込まれる直前で、代わりにタイヤが箱を巻き込んで一瞬硬直し、スリップした。前輪をすれすれで回避し縮こまった猫が後続する後輪に潰される直前で、昊が猫のもとへ到達した。猫を手で救い上げ、それと入れ替えるように自分の背をトラックに向ける。
全て一瞬の内の出来事だった。体が飛ばされる低い音で固まっていた夜の思考が動き出す。
「そ……昊!?」
背中から夜がいる歩道とは反対側に跳ね飛ばされた昊は、丸めた体を地面に引きずってようやく停止した。ピクリとも動かない。夜は血相を変えて道路に飛び出した。車が突っ込んできたが、構わず駆け抜ける。
昊の側に跪き、その肩を揺らす。自分の息が荒過ぎて昊の呼吸があるか測ることができない。仔猫が腕から抜け出して昊の額にできた傷を舐めていている。パックリと割れた傷からダラダラと薄い血が流れ出している。
まさか、死んだ? あんな軽さで? トラックはどうした。もういない。ひき逃げだ。あいつ、あの運転手。雑誌を読みながら運転していた。飛び出してきた昊に気がついた様子だったのに、速度を下げなかった。
「…………」
夜は静かにトラックが走り去った方を見据えた。
夜の服装はジャージにスニーカー。バックさえ放り投げれば、夜の体は軽い。全力を賭して走れば、街中を走るトラックくらい簡単に追いつける。捕まえて、叩き潰してやる。
よくない黒い思考が心の底から噴き出てくる。それでも、夜はそれを塞ごうとはしなかった。
『ウェルカムあなざーわーるどォ!』
突然、走り出そうと前傾になっていた夜の顎が下から叩き上げられた。痛みに悶えて夜は地面に転がる。車道に出そうになって死に物狂いで体を止めた。
『昊!?』
『あれ、夜がいる。なんでだ! トラックに引かれたら異世界転生はセオリーだろ!』
夜の顎に一発決めたのは、何かを勘違いして喜んだ昊が突き上げた拳だった。そう、昊が普通に起きていた。もちろん、怪我はそのままだ。額から流れる血も、地面に擦って制服にこびりついた泥もそのまま。
『だ、大丈夫なのか?』
『ん? ああ、ちょっと待てよー。猫ー、ねこ~~~こっちこい。……おお、無傷!』
そう言って昊は抱き上げた仔猫を夜に寄せた。満面の笑み。自分の怪我に一切気を向けていない。
『違う! お前が大丈夫なのかと聞いているんだ!』
『俺? 無傷ムキズ』
『どこがだ!』
夜は猫を取り上げて道脇に置き、昊に飛びかかった。地面に転がし、服を剥いで怪我を確かめる。背中にトラックのバンパーの跡が付いていた。それを見て夜の黒い思考が再び吹き出し始める。
『いいね』
『……なんだと?』
『メーヨノフショウ』
『はあ?』
メーヨノフショウ。漢字に変換し、意味を測ることができず、少しの間固まった。そうして、だんだんと昊の意思が見え始めると、肌の表面が粟立った。
――名誉の負傷だと……ッ!?
その通りだ。昊の言っている事は何も間違っていない。自分の命も顧みず、一つの命を救った。称えられるべき行動だ。
だが、なんだこの違和感は。
『俺ってこう言うことを率先してすべき人間だからさ~』
いま、この一言で、何かが表された気がする。
昊が、誰に殴られても蹴られても日陰者にされても車で撥ねられても、文句ひとつ言わない理由が。
『何……だって?』
『え? だから~~~、率先して殴……あ、やべ』
『おい……なんだって? 率先して、なんだよ?』
声が震えていた。理由はわからない。怒りのせいだとも、他の感情からだとも思えた。
何か口を滑らしたようにやってしまったという顔をした昊の胸ぐらを掴んで詰め寄った。猫が昊に尻尾を巻きつけて見上げてきている。
殴ってでも吐かせてやりたかったが、それでは意味がない。もしこいつを殴ってしまったら、また何かおかしくなる。
『昊』
『え~~~……あ~……あはぁ』
『昊……』
ただ呼びかけた。昊はヘラヘラと笑って目を左右に泳がせている。
昊はしばらく「あー」とか「うー」など、意味のない言葉を発していたが、やがて意味を持った言葉を発するためにその口が開いた。
言い辛そうではあったが、ポツポツと語り出された。
おぞましいとも感じたその理由は、昊の今までの行動の原理を明かした。
『あのさあ、誰にも言わないでくれよ。これ、本当は言っちゃいけないって言われてんだ。な? 頼むよ』
頷くわけがなかった……以前までの夜という人間ならば。
そこに悪があると分かっていて、弱きを見捨てるなど夜の行動原理を司る信念に反する事はできない。
しかし、昊の人間性を知ってしまった夜に、そんな事はできなかった。
彼の根底に染み付いたそれは、酷く優しい心の証拠だった。気味が悪いほどに。
だから、夜は肯定も否定もできなかった。だからこそ、唯一の逃げ道――質問へ逃げた。
『だ……だれ、に……誰に言ってはいけないと言われたんだ』
『んー? あは、そこまで聞く? 結構図々しいなあ。そういうところ嫌いじゃないけどさ~』
はっきりとした拒絶ではなかったが、そこには聞かないで欲しかったという昊の気持ちが痛いほどにこもっていた。
『……これは教えない』
昊はその後何度聞いてもその信念を誰に植え付けられたのか口にする事はなかった。
「昊……」
夜はあの日と同じような夕焼け空を見上げて力なく笑った。
あの時――昊が跳ねられた時。夜は昊の体など案じていなかった。もし本当に心配していたのならば、真っ先に救急車を呼ぶべきだった。自分の怒りだけに身を任せて、いつも通り犯人というストレスの吐口を捕まえたかっただけだ。昊のように、他人のために生きてはいなかった。
だから、これからそう生きる。他人のために――昊のために生きる。
昊のために、行動を起こす。
夕焼けがよく見えるように、室内が明るくなるように、夜はカーテンを開け放った。
この景色だけは、自分だけでなく憎いあいつにも焼き付け、思い出させてやる。
・ ・ ・ ・ ・
「おい、何やってんだヴァカコハクト!」
アノネちゃんに魔法を放ちやがったコハクトを思いっきり睨みつける。
こんな可愛くて髪の長い子に炎属性の魔法を打つなんて! 髪がよく燃えちゃうだろ!
適当にジェスチャーで集落の前張ってた住民に仲間ですアピールしたらあっさり通してもらえたから、喜んでスキップで教会に向かってたらアノネちゃんがぶっぱされそうになってて飛び上がったわ!
コハクトは、いつも持っている刀とは違う妙にキラッキラした剣持ってフラッと立っている。その足元に……フェルムが倒れてる。血を流して、目を閉じている。
「……コハクト、お前……フェルムのこと刺したの?」
スマホがないから言葉が通じるわけない。それでも問わずにはいられなかった。
結構信頼しあった主従関係に見えたのに。フェルムは刺されるような悪いやつじゃない。俺がもっと早くここに駆けつけてさえいれば——
「コハクト! いってくれれば俺が刺されたのに!!」
……って、ああ。やべ、俺死んだら世界滅んじゃうんだった。加減が難しいね〜〜〜。
コハクトは、通じてないだろうが俺の言葉を聞いて眉を潜めて頭を傾けた。それでもすぐに俺を見据え直し、重そうな聖剣を片手で持ち上げ、俺に向けた。不自然に生温い風が吹き、コハクトの方へ木の葉が流れていく。この感じは経験したことある。魔法を放つときの生き物が発する合図だった。
俺はそっと背後で放心していたアノネちゃんを振り返った。突いて我に帰らせると、酷く動揺したように俺のことを見返してきた。そっと体を押して教会の方へ行くように促した。ウィウィを探したかったが、この分だと俺、たぶんコハクトに逃してもらえなそうだったから。
アノネちゃんはコハクトとフェルムを交互に見てしばらく躊躇っていたが、やがて後ずさるようにして走り出した。
その後ろ姿を見届けて、俺はコハクトの方へ向き直る。変わらず、俺に剣先を向けていた。腕疲れないのかな。
あー、さて。ここからどうすればいいんだろうか。
コハクト相手だと、ちょっと本気で考えないと普通に殺されるかも知れんからな! 舐めたら死ぬよ。
うん……というかまず、なんで俺コハクトに殺意向けられてんの?




